付録②:あさぎり生物図鑑(2)ギガバシレウス
恒星間移民船セドナ丸の乗組員が撮影した映像は全世界に衝撃を与えた。
そこに映っていたのは生物学の常識ではありえない超巨大生物だった。その姿は伝説のドラゴンをほうふつとさせ、その巨大さと相まって見るものに圧倒的な畏怖の感情を呼び起こした。
この生物の存在により、惑星あさぎりの名は全人類の記憶に刻み込まれた。
大気中を飛行するギガバシレウス
1.体の構造および行動
頭部の先から尾の先端までの全長は千メートルに達し、最大級のオニダイダラをも上回る。しかしその体は長い尾と巨大な翼が大きな割合を占めるため体重では劣る。
ギガバシレウスはあさぎりの生態系における究極の頂点捕食者である。上下左右四方向に大きく開く顎には、縁にセレーションのついた鋭い歯がぎっしりと並んでいる。この口で体長十メートル程度の大型動物から、オニダイダラやサバククジラのような超大型生物まで貪欲に捕食する。
武器は鋭い歯だけではない。前肢には巨大な鉤爪を備え、翼の縁には鋸歯状の刃が並んでいる。これらの武器は自分と同程度かより大きな相手と戦うときに用いられる。
鉤爪をもつ強力な前肢と異なり、短い後肢はもっぱら着陸する時だけに用いられている。地上を歩くのは得意ではなく、前肢と後肢を使って這うように移動することしかできない。そのため地上の獲物を捕食する時を除き、ほとんどの時間を飛行して過ごしている。
オニダイダラとの戦いでは翼の刃ですれ違いざまに何度も斬りつけて失血により体力を削り、最後に全体重を乗せた上空からの急降下攻撃で堅固な背部外殻を叩き割った。
また、恒星船テレストリアル・スター号を攻撃した時は、船体に噛みつき、体をひねって船体の一部を食いちぎるという、地球のワニのデスロールのような行動を見せた。重力のある地上と無重量の宇宙空間とで柔軟に攻撃法を切り替える点は、高い知能の存在をうかがわせる。
この生物の真に驚嘆すべき点は、この巨体で空を飛び、それだけでなく宇宙にまで自由に行き来できる点である。推進力をもたらすのは尾からのジェット噴射である。七本ある尾はそれぞれが他に類を見ない推進器官であり、末端には大きな鱗によりノズルが形成されていて、そこから噴射炎を吐き出す。尾は柔軟に曲げられるため、噴射の角度を自在に調節することが可能である。これにより様々な方向に加速することができる。
宇宙空間での動きは軌道力学的に最適化されており、人類またはAIによる宇宙船操縦技術を軽く超えている。地上に縛られて進化した人類よりもはるかに発達した空間認識能力を備えていると考えられる。
これだけの巨体を宇宙に打ち上げるには膨大な量の燃料が必要なはずだが、外見からは体内に大量の燃料を蓄えているように見えない。信じがたいことだが化学反応ではなく核分裂または核融合のエネルギーを利用している可能性が高い。体内に原子炉のような器官をもっているのだろか。もし仮にそうだとしたら、なぜ細胞を構成する有機物が高熱や放射線に耐えられるのだろうか。謎は多い。つくづく地球の生物学の常識が通用しない生物である。
ギガバシレウスは熱や光線に対し異常なまでに強い耐性を示す。恒星船レーザー砲の最高出力でもほとんどダメージを受けず、恒星間推進機関の超高温プラズマの直撃にも耐えて生き延びた。
その秘密は全身を覆う外皮にある。外皮の表面には光を乱反射させる微細構造があり、これがレーザーの威力を低減させる仕組みになっている。さらに、皮下には受け取った熱をすばやく伝導する脈管状の組織があり、照射を受けた一点が過熱するのを防ぐ役割を果たしている。余剰の熱は最終的に広大な翼面から外部に放熱される。
超高温プラズマの直撃により大きなダメージを受けた際は、全身の外皮を脱ぎ捨てるという行動を見せた。一般的には、損傷を受けて機能を果たさなくなった古い外皮をパージしたのだと考えられている。
だがこれには異説がある。天敵に遭遇したトカゲが尻尾を切り離して逃げるように、ギガバシレウスが外皮を身代わりにして逃走を図ったとする考えだ。おそらく、頂点捕食者に上り詰める以前の小型の祖先がもっていた古い行動の名残なのだろう。だが、別の可能性も考えられる。すなわち、強大なギガバシレウスさえもトカゲのように逃げ出さざるをえない、恐るべき未知の天敵が存在するかもしれないのだ……。我々としては前者の可能性の方が高いと信じたい。
惑星間を移動する個体群が発見されている。その数は五千体以上にのぼる。密集したひとつの大群を形成しているわけではなく、単独または五体までの小さなグループにわかれて、互いに数万キロの距離をおいて航行している。それらは木星型ガス惑星である第七惑星近傍から、第二惑星であるあさぎりに向かう軌道をたどっていた。
これは定期的に繰り返されてきた渡りなのか、それとも一度限りの大規模移住なのかについては議論が続いている。間違いなく言えることは、これらの群れがあさぎりに到着し、活発に捕食を開始したなら、惑星全土の生態系は壊滅的な打撃を受けるということである。
生活史についてわかっていることは現時点では何もない。発生プロセス、成長過程、生殖、寿命、いずれも不明である。
2.進化
宇宙空間を飛行する能力と、輻射熱に対する異常なまでの強靱さが示すのは、この生物が惑星あさぎりよりも太陽に近い灼熱の世界に適応していることである。惑星間を飛行する能力を考慮すると、第一惑星、またはそれよりも太陽に近い軌道までが活動圏になっている可能性が高い。彼らがそこで何をしているのかは不明である。
一方、第七惑星付近で確認されたことから、低温にも耐性を持っているのは間違いなく、極端な温度変化にたいして順応することができると考えられる。
宇宙空間は生命にとって極めて過酷な世界である。太陽や恒星から飛来する高エネルギーの粒子は細胞を破壊する。温度変化が激しく、太陽に近づけば数百度に熱せられ、逆に離れれば氷点百度以下にまで凍り付く。宇宙という厳しい環境に適応したギガバシレウスから見れば、惑星という恵まれた環境に生息する生物は、クラゲのように繊細で脆弱な存在なのかもしれない。
宇宙は過酷な世界ではあるが、その高い障壁を乗り越えて適応することができたならば、得るものもきわめて大きい。太陽からもたらされるエネルギーは惑星表面よりもはるかに多く、重力の制約を受けることもない。成長に限界がなくなるのだ。
それに何より、不安定な惑星の環境に生存を左右されることがなくなるのだ。惑星の環境はそこに暮らす生物を保護しているが、その温かい庇護はつねに変わらずあるわけではない。火山の噴火や軌道や自転軸の変化、それに大陸の移動や大気組成の変化、さらには天体の衝突によりその環境は大きく揺らぎ、そのたびに生態系を大量絶滅が襲う。惑星外に進出できた生物はもはやそれらに悩まされることなく繁栄を謳歌し続けることが可能となるのだ。その繁栄に終止符を打つものがあるとすれば、遠い未来に待つ太陽の死のみだろう。
3.類縁関係
ギガバシレウスの遺伝的暗号、細胞の構造、分子生物学的メカニズムはあさぎりの生物と共通しており、解剖学的構造にも類似点が見られることから、この生物があさぎり起源であることは間違いないと考えられる。
しかし、どのようなプロセスを経て宇宙への進出という困難な進化を達成するに至ったのかは未解明である。可能性としては、大気中を浮遊する生態系に生息する飛行生物が少しずつ高空に進出し、大気の希薄な高高度を経て真空の宇宙空間に適応するに至ったと考えられる。
しかし、ギガバシレウスの体構造は宇宙に適応して高度に特殊化しているため、その分類学上の位置を特定するのは困難である。あさぎりの生物とギガバシレウスをつなぐミッシングリンクを探す試みは続けられている。現時点ではまだ近縁種は知られていないが、この星系のどこかに未知の種が潜んでいる可能性は高い。