付録②:あさぎり生物図鑑(1)オニダイダラ
テレストリアル・スター号の調査隊がはじめて遭遇した超巨大生物であり、この惑星で最大級の超巨大生物のひとつ。大きなもので全長は約七百メートル、推定体重は四千万トンに達する。その姿はごつごつとした岩山のようで、体に生えた着生植物がその印象を強めている。
アルファ大陸北部の森林から平原に広く分布する。
その外見から予想される通り、オニダイダラの生態は基本的に「動かざること山のごとし」で、大半の時間をまったく動かずに過ごしている。一日の移動距離は数メートルに満たないことも多い。
しかし、捕食行動の際にはその印象は一変する。ふだんは折りたたんでいる巨大な三対の足を伸ばして胴体を地面から高く持ち上げ、大きく口を開いて凶暴な肉食動物の姿へと変貌をとげる。
捕食行動時のオニダイダラ
1.体の構造および行動
脚は十対、二十本ある。そのうち体の前方および腹側に位置する七対は比較的小さい。小さいと言ってもあくまで全身との対比であり、それぞれの足は大木の幹よりも太く、鋭い爪を備えている。これらの短い脚は通常時の緩速移動に用いられている。
一方、胴体後方のきわめて巨大でたくましい三対の脚は、獲物を捕食するときの高速疾走に使われる。強靭な脚から生み出される推進力で、短時間であれば時速百五十キロのスピードで疾駆することが可能である。
オニダイダラの餌は他の超巨大生物であり、森林に擬態した超巨大生物、モリモドキ類を主食としている。
オニダイダラの最大の武器はその巨大な質量そのもので、全力疾走の体当たりを受けた獲物はたった一撃で粉砕される。捕食行動の頻度は低く、十年から数十年に一度と考えられている。獲物と遭遇するまで何年間も緩速移動を続け、十キロ程度まで接近すると高速疾走で一気に仕留める。
感覚器は眼が発達している。頭部には複数の個眼が並んでいて、広範囲を視野に収めることができる。また、全身の数か所に光受容体がある。脚には地面の震動を知覚する器官があり、これで敵や獲物の接近を敏感に察知していると考えられる。この器官は耳の役割も果たしており音を聞くこともできる。
オニダイダラはときおり人間の可聴域の下限以下の低い声で鳴くことがあるが、その意味は不明である。完全な単独性の生物であり、同種の他個体と何らかのコミュニケーションを取っている兆候はいっさい見られない。
体の表面は石灰化した厚い外殻で覆われている。特に背部外殻は亀の甲羅のように分厚く発達している。背部外殻の形状は個体差が大きい。一時的に調査隊の避難場所になった個体は、外殻の前部がドーム状に高く盛り上がり、ひさしのように大きく前方に突出していた(上図参照)。調査隊員たちはこの下に小屋を作り雨露をしのぐとともに敵の目から逃れた。外殻形状の個体差の原因としては遺伝的要因説と、生育歴の違いとする説がある。
背部外殻には無数の亀裂や筋が走っている。これは断層線と呼ばれる構造で、この線で外殻は複数のセグメントに分割されている。そのため、背部外殻が体の動きを制約することはない。断層線の間には呼吸器官の排気口(気門)が開口している。
2.共生生物
着生植物に覆われ、気管のネットワークが張り巡らされたオニダイダラの背部外殻は多くの共生生物に格好の住処を提供している。その多くがオニダイダラの背中でしか見られない固有種である。推定寿命数万年におよぶ超長寿個体の場合、その個体にしか生息しない固有種の着生植物さえ発見されている。
着生植物はただ体表に生えているだけではなく、オニダイダラと密接な共生関係を結んでいる可能性が示唆されている。着生植物は光合成で作った栄養分をオニダイダラに受け渡し、また、着生植物もオニダイダラからミネラルの提供を受けていると考えられている。
大型の共生生物としてはサソリ型生物やクモ型生物、ワニトンボなどが知られている。これらは宿主の捕食行動の際におこぼれにあずかるだけでなく、寄生生物の侵入を防いだり、外敵を攻撃するなどの役割を果たしている。
探検初期のアクシデントにより、消化管にも共生生物や寄生生物が多数生息しているのが確認されている。中には体長数十メートルにおよぶ巨大な蠕虫類も見つかっている。
オニダイダラの腹面にも付着している共生生物がいるが、こちらは植物ではなく菌類やまたはフジツボに似た固着性の動物である。外皮の隙間に本体を埋めて生活し、外側に触手だけを伸ばしている。それらはオニダイダラの通過で押し潰された地上の植物の残骸や圧死した生物の死骸を摂取している。それらの生物がオニダイダラに何か利益をもたらしているのか、それともただそこに住み着いているだけなのかは判明していない。部位的に調査が難しく、研究はあまり進んでいない。
オニダイダラが通過し、撹乱された土地にのみ生育するバラムン樹も広義の共生生物であると言える。
このようにオニダイダラの体には無数の共生または寄生生物が生息し、独自の生態系を形作っている。
3.生活史
オニダイダラはその巨大さで有名であるが、百メートル以上に達する個体は少なく、五百メートルを超える超巨大個体は全世界で十七頭しか存在しない。ほとんどの個体は全長三十メートル以下と比較的小型である。
これらの小型個体は若齢個体と考えられている。大型、超大型個体が少ないのは、成長の過程で多くが天敵に襲われるなどして命を落とすためと考えられる。大型、超大型個体は事実上無敵であるが、まだ若い小型個体は多くの大型生物や超大型生物の餌となる。
運よく生き延びることができた個体は生涯にわたって成長を続ける。成熟や老化により成長がストップすることはなく、生きている限り体が大きくなり続けるのだ。そのため長命の個体ほど巨大である。最大級の個体は推定で十万年以上生きている可能性がある。
巨大なのはメスであり、オスは全長六十センチ程度しかない。
このようにメスとオスで極端にサイズ差がある現象は矮雄と呼ばれる。矮雄は地球の生物界でも複数例が知られている(チョウチンアンコウ、ボネリムシ、ムラサキダコ等)。オスはサイズが異なるだけでなく、形態もメスとはかなり異なっており、体つきはほっそりとして柔らかく、背中に羽をもち飛翔することができる。
巨大なメスの背中に飛来したオスは、背部外殻の断層線の隙間に潜り込み、尾端にある注射器のような交接器官でメスの皮下に精包を注入する。役目を果たしたオスはすぐに死ぬ。
メス体内に潜り込んだ精包は蠕虫のような形に変態し、メスの体組織の奥深くまで潜っていく。循環系に辿り着いた精包は血流に乗って全身を巡りながらメスの生殖巣をめざす。背部に散在する生殖巣に到着すると精子を運んできた精包は分解し、内部に抱えていた精子を解き放つ。そのうちのひとつが卵細胞を受精させる。受精卵は背部外殻の下で守られながら胚へと成長する。
五ヶ月後、体長五十センチほどの幼生が孵化する。一回に五から十頭の幼生が孵る。幼生にはまだ硬い外殻はなく皮膚は柔軟である。その後は三年ほど、親の背中に茂る着生植物の森で小動物を捕食しながら成長する。そのとき豊富に餌を食べて大きく成長できたものはメスになり、十分に餌を獲得できず成長できなかったものはオスになる。幼生の多くがオスになると考えられている。
オスは変態して背中に羽が生じるとともに消化器官が退化して何も食べなくなる。やがて親の背中から巣立ったオスは成熟したメスを探して飛び回る。運良くメスに辿り着けたオスは精包を植え付けると短い一生を終える。
メスはその後も親の背中に住み続けるが、体長が三メートル程度になると地上に降りて独立する。独立直後の若いメスは地上を徘徊する他の大型生物の餌食になることが多い。その試練を耐えて成長できた者だけが超大型生物の王者としての地位を手に入れることができる。十分に成長した成熟個体を倒しうる唯一の敵はリブラドラコ・ギガバシレウスだけである。
4.類縁関係
ベータ大陸の北部にも近縁種と思われる超大型生物が生息している。オニダイダラよりも背部の棘状突起が発達し尾が長い。全長は半分程度である。未調査のため詳しい生態は不明である。
オニダイダラは大型動物のアサギリカバと近縁である可能性がある。サイズはかなり異なるが、解剖学的構造や遺伝子配列には類似点が多い。