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第72話 ドラゴンスレイヤー

 牧野は信じがたい思いで大地に横たわるギガバシレウスを見ていた。

 巨竜はだらりと口を開けて、全身を弛緩させて倒れていた。


「死んだのでしょうか」牧野は言った。

「いや、まだ生きている。よく見ろ、少し動いている」向井が言った。彼の言う通り、巨竜の翼の末端や脇腹、それに巨大な鉤爪などはひくひくと痙攣していた。


「あくまで一時的な麻痺なのかもしれん。早くここから離れるに越したことはないな。急ごう」向井は言った。



 向井に急かされて、男たちは台地のようなオニダイダラの頭部からロープを使って懸垂下降を始めた。動けない負傷者は担架ごとヒト型重機で抱えて地上に運んだ。

 向井は最後まで頭部の上に残り、そこからギガバシレウスの様子を監視し続けた。


「痙攣が大きくなってきている。いつ動き出してもおかしくないぞ」向井は焦った。


 地上ではすでに下り終えた隊員が仲間たちが下りてくるのを待っていた。向井は三十メートル下の地上に向かって大声で叫んだ。

「何してる!早くここから離れるんだ!仲間を待つ必要はない!一か所に固まるな!ばらばらに散らばって走れ!急げ!」その言葉を聞いてようやく隊員たちは散り散りになって走り出した。



「そろそろ俺たちも降りたほうがよくないか」平岡が言った。彼は戦闘用ヒト型重機で怪我人を運んだ後、再びオニダイダラの頭部に戻り、向井と一緒に最後まで残っていた。

「そうだな。乗せてくれ」


 そう言って向井がヒト型重機に歩み寄ろうとした時だった。

 地面が大きく揺れた。向井はよろめいた。

「おい、後ろ……」平岡が言った。


 向井は振り向いた。

 オニダイダラの体の向こう側から、ギガバシレウスがゆっくりと顔をのぞかせつつあった。

 眼と口から流れ出た黒い膿汁の跡がその表情をより凄惨にしていた。全身の鱗はなおも逆立ち乱れたままだ。その全身から放射される凶暴な怒りのオーラはすさまじく、分類学的系統と、進化した惑星の違いを超えて人間たちにもはっきりと感じ取れた。

 その怒りの矛先は間違いなく人間たちに向けられていた。


 怒り狂った巨竜は強力な左前足を振り上げた。そこには七本の巨大な鉤爪が並んでいた。その爪が自分たちの頭上に振り下ろされるのを見た瞬間 向井は自分の死を確信した。

 逃げても間に合わない。これで終わりだ。



 その時、強烈な蛍光グリーンの閃光が空を走った。

 不気味な緑色の光に包まれた瞬間、世界から重力が消失した。向井は体が浮き上がるのを感じた。

 その直後、空間そのものが張り裂けるような強烈な爆発音が轟いた。

 その衝撃で向井は床面に叩きつけられた。


「……なんだ今のは。いったい何が起きたんだ」向井は起き上がりながら言った。

 そして彼は信じがたい光景を目にした。


 自分たちに振り下ろされようとしていたギガバシレウスの鉤爪が消えていた。

 鉤爪だけではない。前足もなかった。そして、オニダイダラの向こうから覗いていた凶暴な頭部もなかった。

 ギガバシレウスは上半身の大半を失っていた。

 頭部、頸部、左前足が跡形もなく消失していた。まるで鋭利な刃物で切断されたかのようにその傷口は滑らかだった。

 巨竜の残った部分はぐらりと揺らいだかと思うと、再び地響きを立てて大地に崩れ落ちた。今度は二度と起き上がってくることはなかった。



 あまりの展開に向井は茫然としていた。

 戦闘用ヒト型重機のハッチを開けて平岡が外に出てきた。彼もギガバシレウスの残骸を見て言葉を失っていた。二人とも狐につままれたように死んだ巨竜をただ見つめるばかりだった。


 その時、かすかな音が聞こえた。

 甲高い音だった。飛行機械の音のようだ。その音ははるか上空から降ってきた。

 二人は顔を上に向けた。


 はるか上空に点のように小さく黒い物体が浮かんでいるのが見えた。

 目を凝らして見れば、胴体から両腕と両足が伸び、大まかにヒト型をしているようだった。ヒト型重機だろうか。だがそのプロポーションはどこか異様だった。細すぎるし、腕が長すぎる。

 それは高度を下げつつあり、地上に近づくにつれ次第にその形状の詳細が見えてきた。


 それはこれまで見たことのないヒト型の機械だった。

 身長は三十メートル程度もあり一般的なヒト型重機よりもかなり大型だ。骸骨のように瘦せ細っている。その全身はまるで黒曜石のような光沢のある黒い素材で覆われていた。

 両腕には巨大な銃身のようなものが取り付けられていた。このせいで腕が極端に長く見えたようだ。

 前腕や脛、背中それに側頭部からはブレード状の板が突き出ていた。そして、漆黒の機体に沿って蛍光グリーンの細いラインが光っていた。その機械は黒い悪魔のように見えた。


 それは大気を揺らめかせながら、こちらに向かってまっすぐに降りてきた。そしてオニダイダラの頭部の上で呆然とする向井と平岡の前を通り過ぎ、軽やかに地上に着陸した。

地上に降りた隊員たちは突如飛来したこの異様な機械を遠巻きに眺めていた。



「おい、みんな無事か」端末から声が聞こえた。

 向井は端末の画面を見た。乾からの通信だった。音声のみだ。

「あ、ああ。何とか全員生きてる。……今、目の前で信じられないことが起きた。いや、今現在も起きている」

「はは、そうだろ。びっくりしたろ?俺もこの武器の威力にはびびった」乾が言った。

 向井は違和感を覚えた。そして気づいた。通信のタイムラグもなく乾からの返事が即座に返ってきたことに。


「……乾、あんた今、一体どこにいる」向井は言った。

「ここ、ここ。俺はここだぜ」

 乾がそう言うと同時に、着陸した漆黒の機械が右腕を上げ、左右に振った。



 黒いヒト型機械は長い足を折り曲げ、地面に膝をついた。下腹部のハッチの扉が開き、操縦席がせり出してきた。そこには黒い特殊スーツを身に着けた操縦者が座っていた。操縦者はスーツに繋がった接続コードやシートベルトを取り外すと座席から立ちあがり、ワイヤーにつかまった。そしてウインチを作動させて地上まで降りてきた。

 黒いスーツは顔面も覆っているため、操縦者の顔が見えず不気味だった。顔のない操縦者は大股で隊員たちに向かって歩いてきた。


 隊員たちは固唾を飲んで謎に包まれた操縦者を待ち受けた。

 これは本当に乾なのだろうか。それに、この機械はいったい何だ。

「……よう、みんな久しぶり。元気にしてたか」乾の声が言った。スーツに内蔵されたマイクを通した声だった。


「ああ、こちらは色々と大変だったよ。……ところで、君は本当に乾なのか。顔を見せてくれないか」向井が言った。彼は平岡とともにヒト型重機で地上に降りていた。

「悪い悪い。たしかにこれだと不気味だったな」乾が言った。


 顔面を覆うスーツの布地に、正中線沿いに線が浮かんだ。黒い操縦者は顔に手をやると、スーツの布地を左右に引っ張った。厚手の布地がめくれ顔面が外部に露出した。それはたしかに乾の顔だった。


「被爆防止用の防護服だ。あの武器を使うと高レベルの放射線が発生するんだ。しかもこの服がまた重いんだ。……聞きたいことが山ほどあるって顔だな」乾が言った。今度は肉声だった。


「ああ、その通りだ。だがとりあえず、まず最初に君に礼を言わなければな。助けてくれてありがとう。危うく殺されるところだった」向井が言った。



 隊員たちは乾を質問攻めにした。

「それにしても、この機械はいったい何です。恒星船にこんな秘密兵器が隠されていたなんて聞いていないですよ」平岡が言った。

「隠されていた……か。まあ、当たらずといえども遠からずといった所だな。これまでデータの状態で眠っていたのをナノ合成機で製造したんだ」乾が言った。


「あの閃光はなんだったんだ。高出力レーザーさえ通じなかったあいつを一撃で倒すなんてただのレーザー兵器ではないはずだ」伊藤が言った。

「重力波砲だ。原理は俺もまだ完全には理解できていないが、マイクロブラックホールを利用して強力な重力波を発生させる兵器らしい」


「たしか、恒星船の到着まであと一週間かかるはず。どうやってこんなに早く来れたんです」牧野が言った。

「当然、スタードライブを使ったのさ。この機単独でな。恒星船も加速しているがあくまで通常航法の範囲内だ。到着はたぶん三日や四日くらい後になるだろう」

「単独って、まさかこのヒト型重機はスタードライブを搭載しているんですか」


「その通りだが、……牧野君、ヒト型重機なんてダサい呼び名はやめてくれるかね。こいつにはちゃんと名前があるんだ」

そう言って乾は背後にそびえ立つ漆黒のヒト型兵器を振り返った。


「暗黒兵器コードBG0238-J。惑星間戦略機動兵器、ドラゴンスレイヤーだ」

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