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第63話 暗黒兵器

 恒星船テレストリアル・スター号の後方に曳航された小惑星。

 その主成分はニッケルや鉄をはじめとした金属だ。おそらく太古の昔に衝突により砕け散った岩石惑星の中心核だろう。


 安全保障班班長の井関はその表面に立っていた。

 むろん小惑星にはほとんど重力がない。ブーツの裏の電磁石を作動させ金属質の地肌に吸着しているのだ。

 彼が立っているのは小惑星の裏側、恒星船から影になった場所だった。

 ここには恒星船が放つ光もほとんど届かない。

 その表面には長年にわたり微弱な重力で引き寄せられた塵や小石が降り積もっていたが、そこかしこで金属質の地肌が露出し、宇宙服のヘッドライトを反射して銀色に輝いた。



「……様子はどうだ」恒星船の清月総隊長から通信が入った。

「はい、万事順調に進行中です」井関は短く応答した。

「そうか。そうでなくては困るからな」清月が言った。


 小惑星の上ではナノ分解機による採掘作業が進んでいた。

 恒星船に面した表側では船体の修復作業が進められていたが、井関の立つ裏側ではまったく別の作業が進行中だった。

 この作業の真相について知っているのは、井関の他、清月総隊長を含む数名の限られた隊員だけだった。



 井関の数メートル先に引かれた保護境界線の向こう側では、小惑星の表面は黒い流動体ですっかり覆い尽くされていた。ナノマシンの群体だった。

 ナノマシンは小惑星を分解し、それを原子レベルで再配列して新たな物体を造り出そうとしていた。小惑星の表面を侵蝕、分解していくナノマシン群体の動きは低速度撮影した粘菌のようで禍々しさを感じさせるものだった。事実、もし保護境界線がなかったら、ナノマシンの群体は井関の足下まで一瞬にして広がり、彼の肉体を宇宙服ごと分解してしまったことだろう。

 さすが軍用のナノマシン。まるで野生動物のように凶暴だ。

 くわばら、くわばら。



 だが、軍用ナノマシン群体の恐ろしさなど、それが生み出しつつある物体に比べれば何ほどの事もなかった。

 井関は唾を飲み込み、それを見上げた。

 ナノマシン群体の活動の中心部。分解された素材が脈打ち流れ込んでいく先にあるもの……。


 星空を背景に鋭い輪郭を描く、七本の黒い尖塔。

 そして、それらに取り囲まれるようにしてうずくまる複雑な形状の物体。無数の漆黒の刃を様々な角度で組み合わせたようなその物体の中心部は、すさまじいスピードで進行する合成反応から放出される廃熱で炭火のように鈍く輝いていた。

 どことなく巨人の姿に見える。いや、悪魔の姿か。

 それら一群の物体は、井関が見守る間にも刻一刻と成長しつつあった。


 彼らはついに一線を越えてしまった。

 仮想に封じられてきた禁断の力をこの世に顕現させてしまったのだ。



 地球を発つ直前、井関は自衛隊の最高幹部たちに呼び出された。

 そこで彼はあるものを手渡された。

 それは手のひらに乗るサイズの黒い立方体だった。表面は滑らかな樹脂製で継ぎ目一つなく、表示もボタンも何もない。


「ダークキューブだ。井関、君も噂は聞いたことがあるだろう」幹部は言った。

「まさか、これが……」井関は手の中の黒い箱を凝視した。

 玩具のように無害に見える。だが噂が本当ならこれは滅びの力を封じた恐るべき箱のはずだった。

「あさぎりに向かう君にこれを託そう。清月氏にはすでに極秘裏に話を通してある」幹部は言った。



 核兵器とレーザー兵器の誕生以降、軍事の世界に革新的な新兵器は登場していなかった。


 その理由は単純だった。結局のところ需要がなかったのだ。戦争をするには既存兵器で十分であり、それを上回る新兵器など誰も求めていなかったのだ。

 核攻撃に耐えられる都市や軍事拠点など存在せず、十分なエネルギーを持った高出力レーザーで貫通できない物質などありえなかった。二十世紀のフィクションで登場したような、すべての攻撃を跳ね返すバリアーや力場は実現していなかった。

 さらに、大国同士が全面的に衝突する世界大戦は過去の歴史だった。今日の戦争は散発的に発生する小規模な紛争が主体だった。例えば火星の独立都市国家間の紛争や、中華連邦崩壊後の軍閥たちの勢力争い、それに低酸素適応型新人類の襲撃などのように。このような戦場では、レーザーや核兵器以上の威力を持ち、惑星まるごと一つを破壊できるような究極兵器など出る幕がなかった。


 だから、ここ数百年間の兵器の開発はおもに既存兵器をマイナーチェンジし、簡易性、即応性、精密性、自律性、機動性などを向上させる方向に進んできた。


 だが、一部の軍事技術者の病的な探究心は留まることがなかった。

 需要がないにも関わらず、彼らは暗い欲望に突き動かされるかのように世界を滅ぼす究極兵器を構想し続けた。


 そして数々の兵器が考案、設計された。

 反物質爆弾、相対論的運動エネルギー兵器、縮退物質弾、量子兵器、重力波砲……。 

 皮肉なことに、それらはいずれも人類の未来を開いた恒星間飛行のテクノロジーを応用したものだった。そもそも恒星船そのものが恐るべき兵器として転用可能だった。何しろ相対論的速度まで加速した恒星船を地球に激突させるだけで巨大隕石の衝突以上の大災害を引き起こせるのだ。


 だが、それらの究極兵器が現実に製造されることは決してなかった。

 それらが存在したのは仮想空間内のシミュレーションの中だけだった。膨大な演算能力で細部まで現実そっくりに模倣された仮想空間の兵器試験場で、それらは何度も地球を滅ぼしその威力を証明した。

 現実世界の平穏さをよそに、各国はひそかに仮想の究極兵器を開発しそのデータを所有した。一度でも使用されれば世界を滅ぼしかねない危険な兵器。それらのデータの存在は究極の抑止力となっていった。各国の仮想兵器群のデータは厳重に管理され、ネットから隔離された記憶媒体の中でデータの状態で眠り続けた。

 いつからか、その記憶媒体はダークキューブと呼ばれるようになった。そして、そこに納められた仮想の究極兵器は暗黒兵器と名付けられた……。



「よろしいのですか、このようなものを外宇宙に持ち出した事実が発覚されば国際問題に……」井関は言った。

「持って行きなさい。すでにプロテクトは外してある。将来、君たちは必ずこれを必要とするだろう。君たちは彼の地で人類を超えた恐るべき敵に遭遇するかもしれない。そのような敵に遠慮はいらない。我ら人類の持てる究極の力で殲滅するのだ。井関、人類文明圏を守る盾となってくれるか」井関の目を見つめながら幹部は言った。

「承知いたしました」井関は敬礼した。



 井関は回想から現実に戻った。

 清月総隊長の承認のもと、ダークキューブを船内のナノ合成機にリンクし、データをダウンロードしたのは数日前の事だった。

 ナノ合成機がデータを元に作り出したのは黒い粉末を納めた小さな金属製の円筒だった。不活性状態のナノマシンを納めた容器だ。井関はその円筒を持って小惑星に降り立った。そして保護境界線を引いて安全を確保してから遠隔操作で起動した。金属円筒の開口部からあふれ出た活性化したナノマシンは小惑星を材料に自己増殖を繰り返し、たちまち膨大な群体へと成長した。

 そして、長年にわたりデータとして眠っていた暗黒兵器の製造に取りかかりはじめた。



 最高幹部たちは正しかった。

 人類の前に立ち塞がる恐るべき敵に打ち勝ち、我らが生き延びるにはこれしか方法がないのだ。

 井関の額に冷たい脂汗がにじんだ。




 恒星船内の自室で、清月総隊長は静かに浮かんでいた。

 部屋の照明は落としてある。

 井関はついに暗黒兵器の製造に着手した。一ヶ月後のあさぎり到着までには完成するだろう。

 あれならばギガバシレウスを倒すこともきっと可能だろう。


 まずは惑星上にいる五体のギガバシレウスを暗黒兵器を用いて早急に排除する。

 その後、着陸艇を送り超巨大生物の背に身を潜めている生存者たちを恒星船に回収する。


 見かけとは裏腹に、この星系は地獄だった。

 それがこの二ヶ月余りの旅で恒星船の隊員たちが掴んだ恐るべき真相だった。



 そもそもの始まりは船内で行われたギガバシレウスについての議論からだった。

 軌道上で見せた高い機動性と戦闘能力から推測して、あの生物は日常的に星系内を航行している可能性が高かった。それならばその巨体にも関わらず今まで見つからなかったのも納得できた。彼らがあさぎりにやってきた三年間、たまたま奴らはこの惑星を留守にしていただけだったのだ。


「だとしたら、奴らはいったいどこにいたんだ。隣の惑星か?」安全保障班の乾が言った。


「過去の天文観測データを調べればわかるかもしれません。セドナ丸の残りの部分を捜索するための自動観測が継続されています。そこに記録されたデータのうち、ここ最近の数ヶ月以内にあさぎりに接近した、直径千メートル程度の物体があればきっとそれがギガバシレウスです。その軌道を逆にたどればどこから来たかわかるはずです。検索できますか」航宙士の吉崎が言った。


「可能ですが、ちょっと待ってください……」天文班の隊員、寺沢が言った。


 十数秒後、画面にあさぎりの星系図が表示された。あさぎりの太陽を中心として第一から第九惑星までの軌道が描かれている。そこにオーバーラップしてたくさんの黄色い線が表示された。これまでに観測された、あさぎりに接近した小天体の軌道だった。軌道の形状は様々だった。


「えーっと。こんな感じです。あさぎりに接近した物体は多数観測されています。大きさは様々ですが、十メートルから三百メートルの範囲で、千メートル級の物体はありません」寺沢が言った。


「ギガバシレウスは巨大だが、その全長の多くを長い尾や翼が占めている。もし翼を畳んでいたのなら遠方からの観測では胴体の大きさしかわからず、多少小さめに見積もられたのかもしれない。三百メートル程度の物体が怪しいと思う。その軌道データのみをピックアップしてほしい」清月が言った。


 画面に映し出された軌道の大半が消え、何本かだけが残された。


「該当する物体の軌道がこちらです。いずれも類似した軌道を巡っています。木星型惑星である第六惑星の外側付近を遠日点とし、あさぎりの内側を回る第一惑星付近を近地点とする長楕円軌道です。しかし、これらはいずれもあさぎりに最接近した二ヶ月前以降、行方不明になっています」


「二ヶ月前と言えば、はじめてギガバシレウスが出現した時ともタイミングが一致するな。この時に軌道から外れて、あさぎりの大気圏内に侵入したんだ。間違いなく、これがギガバシレウスだったんだ」乾が言った。


「つまり、奴らは第六惑星から来たってことになるのか」清月は言った。


「そうなのかもしれません」寺沢が言った。


 その時、清月はふと嫌な予感に襲われた。

「まだあさぎりには接近していないが、類似の軌道をたどっている物体はないか。サイズは同じく三百メートルから五百メートル程度だ。すぐに検索してくれ」


 天文班の寺沢が再検索した結果が画面に表示された。

 それはその場にいた全員を絶望させるに足るものだった。

 互いに重なり合う無数の軌道。その数は多すぎて数えきれなかった。

「……五千八百二十一体です。おそらく、観測が進めば将来的にその数はさらに増えるでしょう」寺沢が無感情に言った。


「まさか、これが全部奴らなのか……」吉崎が甲高い悲鳴を上げた。

「おいおい、冗談きついぜ」乾が言った。

「さらに言うと、これらの物体の大半は、あさぎりに向かって接近中です」寺沢が言った。


「総隊長殿、ご指示を……」井関が言った。

 そして清月は暗黒兵器の製造を指示した。



 この恐るべき新発見はあさぎりの生存者には黙っておくことに決めた。

 苦難を乗り越えようやく生き延びた彼らを絶望させたくなかったからだ。

 暗黒兵器については、安全保障班の二人と吉崎だけに留めた。


 おそらくあさぎりの生存者は救うことはできるだろう。

 だが、いずれ押し寄せてくる何千という竜王の大群を殲滅することができるのだろうか。

 総隊長として、決断しなければならない時が来ていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 暗黒兵器を使ってようやく勝負になるレベルの原生生物
[良い点] 仮に此だけの巨大生物を殲滅できるとして それだけの質量の死骸が朝霧中に拡散されたりする二次的な害とか生態系の崩壊とか(竜王も朝霧の生態系の一部だとすれば食物連鎖の頂点付近だろうなあと考える…
[良い点] 面白い [一言] 埋もれた名作
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