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第55話 サシツルギ

 平岡に案内を頼み、牧野と向井は森の妖精とサシツルギが目撃された場所にやってきた。

「ここです。この洞穴の入り口あたりにいました」目撃現場を指さして平岡が言った。


 向井は洞穴の入り口に立ち、穴の奥をライトで照らした。

「何もいないな……。三メートルほど奥でカーブしていてその先が見えない。ちょっと奥まで行ってその先を覗いてきてもいいか」

「気をつけてくださいよ」牧野は言った。堀口がクモ型生物に捕まった時のことを思い出して少し不安になった。



 腰をかがめて穴に入っていった向井はカーブ地点で立ち止まった。そして、その向こうを覗き込んだまま動きを止めた。

「どうしたんです……何かあったのですか」牧野は呼びかけた。

「牧野君、ちょっとこっちに来てこれを見てほしい」向井は言った。


 牧野も穴に入っていき、向井の肩越しに向こう側を覗き込んだ。

「これは……」その光景を見て牧野は絶句した。

 洞穴の壁、すなわちオニダイダラの気管内壁にヒトデのようなものがたくさん張り付いていた。大きさはどれも三十センチくらい。いったんライトを消してみると、ヒトデのような生物は闇の中でぼんやりと黄緑色に発光していた。


「これって、さっきの映像の森の妖精ですよね」牧野は言った。

「おそらく。どうやら、オニダイダラの共生、いや、寄生生物の一種らしいな」向井が言った。

「体液を吸ってるんですかね」

「たぶんそうだと思う。近くからもう少し詳しく見てみよう」



 二人はカーブを曲がり、ヒトデが付着しているあたりまで進んでいった。

 至近距離で見ると、確かに胴体に小さな植物が衣服のようにまとわりついていた。だが、それは衣服ではなかった。植物はヒトデ型生物の胴体に直接根を張り、そこから蔓を伸ばして絡みついているのだった。


 それを見た瞬間、牧野は直感した。

「わかりましたよ。こいつの正体が」

「何だって」

「おそらく、モリモドキの幼生です。ヒトデのような体型と、植物との共生。間違いありません」



 モリモドキの成体はオニダイダラに捕食されるが、幼生期は逆にオニダイダラに寄生しているのだ。

 そう考えると、サシツルギがここにいた理由も納得がいく。

 サシツルギは共生相手を鞍替えしたのではなかった。かつての宿主が遺した子孫を守り育てるために移住したのだ。それに、モリモドキの死骸のそばで何年間も立っていたのも、そこにあった孵化前の卵を守っていた可能性が高い。

 卵から生まれた宿主が成長し自活できるようになるまで面倒を見続け、堂々たる超巨大生物に成長すればその上で共生する。サシツルギはモリモドキと長い時間をかけて共進化し、深い関係を結んだ生物なのだろう。



 だが、あくまでこれは仮説だ。そもそも本当に森の妖精がモリモドキの幼生なのかは、DNAの塩基配列を照合して確認する必要があるだろう。

 そのために牧野は森の妖精から数ミリの微小な組織サンプルを採取した。

 すると、組織サンプルを採取された森の妖精が壁から剥がれ落ちた。それは二歩足で床に立つと、穴の奥に向かってすたすたと二足歩行で走り去っていった。一体目に続き、二体目と三体目が壁から外れた。その後、一挙に残りすべての森の妖精が壁を離れ、集団で穴の奥に消えていった。

「やれやれ、逃げてられてしまったな。戻るとするか」向井は言った。



 牧野と向井が洞穴の外に出ると、そこに平岡の姿はなかった。

「おーい、平岡、どこにいるんだ。返事をしろ」向井が呼びかけた。

「まさか、崖下に転落したんじゃないだろうな」


 その時、向井と反対方向を見ていた牧野は凍り付いた。

「……向井さん、大変です」

「どうした」

「サシツルギが……こっちに来ます」

 牧野が目にしたのは、長さ数メートルの槍状の角を持つ大型獣が垂直に近い急斜面をものともせず疾風のような速さで一直線に突進してくるところだった。

 それは首筋に生えた赤黒い背びれを(たてがみ)のように逆立て、明らかに怒っていた。メカジキの吻のように尖った角は牧野が前に見た時よりも鋭く、硬く、長く見えた。その全身には殺意がみなぎっていた。

 殺される。串刺しにされる。

 牧野は死を覚悟した。


 だが、鋭い角の先端が届く直前、サシツルギは急に止まった。

「…………」牧野は目を開いた。

 玉虫色の眼がじっと牧野を見つめていた。

「……悪かった。お前の主に害をなすつもりはなかった。許してくれ」

 通じる訳はない。だが、牧野はその不思議な眼を見つめながら震える声で思わず口にしていた。


 サシツルギが一歩前に踏み込んだ。

 角の先端は牧野の眼前に突きつけられた。角は鋭利だった。まるで研ぎ澄まされた槍の穂先のように刃がついている。この生物があと少しでも角を突き出せば、牧野の頭蓋など熟した果実のようにたやすく貫通されるだろう。顔中に冷や汗が噴き出し、胸の奥では心臓が激しく打っていた。

 その時、脳裏に浮かんだのはなぜか高梁の顔だった。



 突然、サシツルギの角が牧野の眼前から大きくそれた。直後、レーザーのまばゆい輝きが空気を焦がした。万一に備え、崖上で待機していた橘の射撃だった。高出力レーザーの射線がさらに数回閃き、サシツルギは牧野の前から去って行った。

 牧野はへなへなと地面に崩れ落ちた。


 だが、サシツルギは逃亡した訳ではなかった。攻撃対象を牧野たちから崖上の狙撃者に転じたのだ。

 一角獣はレーザーをその身に受けながらも、狙撃者すなわち橘に向かって急斜面をまっしぐらに駆け上がっていった。

「あっ」上から小さな叫び声が聞こえ、射撃が途絶えた。サシツルギは崖の向こうに姿を消した。


「橘!おい、返事をしろ!」向井は上に向かって叫んだ。しかし返事は返ってこなかった。

 向井は短く毒づくとロープを掴んで急いで崖を登っていった。 

 牧野はいまだ歯の根が合わないほど震えていたものの、慌ててその後を追った。



 崖上では橘が顔面蒼白になって地面にうずくまっていた。

 橘は前腕部で右腕を切り落とされていた。左手で傷口を押さえてはいるが、指の間から真っ赤な血がとめどなく噴き出していた。切断された右腕はレーザー銃を握ったまま無造作に血だまりに転がっていた。サシツルギの姿はどこにもなかった。


 向井は止血のためロープで橘の右腕の付け根を固く縛ると、彼女を背負って走り出した。牧野は切断された手を拾いその後に続いた。

 二人は橘をネオビーグル号に担ぎ込むと、簡易版ドクターに応急処置を任せた。携帯型医療ロボットは瞬時に状況を認識して非常時モードに切り替わり、緊急手術が開始された。



 三時間後、手術が終わった。

「これでもう大丈夫でしょう。切断された前腕部の接合は完了しました。さいわいにも切断面の組織がほとんど潰れていなかったので、筋肉や血管の縫合は比較的簡単に行うことができました。鮮やかな切り口から判断して極度に鋭利な刃物による負傷と思われますが、事故原因は何でしょうか」簡易版ドクターが言った。

「大型の異星生物の角で斬られたんだ」牧野が言った。


「ふむ、異星生物ね。なるほど。一つ言っておかなければならない事があります。残念ながら当ロボットの装備では神経接合までは不可能でした。後ほど恒星船の万能医療器で完全に治療するまでは手指を動かせない状態が続くでしょう」簡易版ドクターが言った。


 橘は寝台の上に目を閉じて横たわっていた。そのすぐそばには向井が付き添い、心から心配そうに橘の寝顔を見下ろしていた。



 平岡はネオビーグル号のすぐ裏で所在なく突っ立っているのが見つかった。

 穴の外で待っている時にサシツルギが現れて怖くなり一人で逃げたのだという。

「なぜ俺たちに警告してくれなかった」向井が聞いた。

「……済まない。あんたたちは穴の中にいたし。そこなら安全かと思って」平岡はぼそぼそと弁解した。

「まあいい。ともかく無事で良かったな」向井は冷ややかさがにじむ口調で言った。



 牧野が森の妖精のDNAの塩基配列を調べたところ、やはりそれはモリモドキの幼生だった。この後、幼生が寄生する崖下の洞穴への接近は禁止された。

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