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第54話 森の妖精

 二人の男がオニダイダラの背の上をとぼとぼと歩いていた。


「この辺の着生植物もだいぶ減ってきたな」

「そうだな。簡単に手の届く範囲はあらかた刈り尽くしてしまった」


 安全保障班の平岡と、三浦というソフトウェア担当班の男だった。彼らはナノ合成機に供給するための着生植物を集めているところだった。

 数日前にナノ合成機が復旧して以来、食料や生活必需品を製造するための原料として、オニダイダラの背中から大量の着生植物が集められた。そのせいで尾部高原を草原のように覆っていた植物群はたった数日で姿を消した。広い背中を彩っていた柔らかな緑を失い、ゴツゴツとした岩のような地肌がむき出しになった光景は見るからに寒々としていた。

 二人が背負った収穫用の袋も、この日はまだほとんど空っぽのままだった。



「……やっぱり、取り過ぎたな」あたりを見渡して三浦がつぶやいた。

「向井さんの言うとおり、もう少し控えるべきだったんだ。これはやり過ぎだよ」


 それに対し、平岡が反論した。

「こっちの生活がかかってるんだ。仕方がないだろ。それともお前、あの生活をまだ続けたかったのか。食べ物もろくにない、まるで原始人みたいな生活を。俺はもう二度とごめんだぜ」


「それはそうだが。でも、これは……何というか、あまりにも冒涜的というか」

「冒涜ってお前、オニダイダラを神様とでも思ってるのか。たしかに最近そんな奴らがいるけどよ。村上とか成田とかさ。あいつら毎朝、頭の方に向かってお祈りみたいなことしてるよな。フッ、馬鹿みてぇ。まさかお前もあの阿呆どもの仲間だったのか」


 居住区壊滅の日以来、平岡の性格は変わってしまった。

 それまでは安全保障班の中でも比較的穏やかな性格の持ち主だったが、あの日受けた精神的ショックのためか、やけに多弁になり口調も荒くなっていた。そして本人たちのいないところで仲間についてあしざまに罵ることが増えていた。そんな平岡を三浦は悲しい目で見た。


「いや、俺はあいつらとは違う。ただ、向井さんが言ってたように、生態系のバランスを……」


「向井なんかどうだっていいんだよ。あんな狂信的環境保護主義者なんか。大事なのは野生動物じゃなくて人間の生活のほうなんだよ。向井もそうだが、他の南方探検組もどうもいけ好かねぇ。まるで居住区を救ってやったみたいな顔してるのが鼻につく。お前にもわかるだろ」


 その気持ちは三浦もわからないでもなかった。

 ネオビーグル号で舞い降り、第二シェルターに閉じ込められて餓死するのを待っていた彼らを救い出した南方探検隊のメンバーは、オニダイダラへの移住後も何かとイニシアチブを取ることが多かった。

 オニダイダラを調査してきた牧野はこの場所について詳しかったし、ナノ合成機を修復した松崎はいまや神様扱いだ。ネオビーグル号の操縦や通信はパイロットの小林が一手に取り仕切っている。そして年長者で行動力もある向井は生存者たちを強力なリーダーシップで引っ張ってきた。そして、向井の影にはつねにレーザー銃を携えた橘がいて、生存者たちに睨みをきかせていた。


 それに対し、居住区の生き残りである三浦や平岡たちは終始受け身の立場で、彼らに導かれるまま無気力に日々を過ごしていた。与えられる仕事は村の建物の整備や清掃、着生植物の刈り取りなど、単純な肉体労働ばかりだった。この状況に三浦も不満を覚え始めていた。だが、それを今ここで愚痴っていても仕方がない。


「まあ、とにかく、着生植物を集めて帰らないことにはな。みんな腹を空かせているよ」気持ちを切り替えて三浦は言った。

「そうだな。別の場所を探すか」平岡が言った。



 二人は尾部高原の縁を歩いていった。その辺りから外殻は急傾斜となり、崖のように切り立った胴体側面へと落ち込んでいた。急斜面からも巨大な瘤や突起が隆起し、その周囲にはまだ着生植物がたくさん生い茂って森のようになっていた。


「下の方にはまだたくさん生えてるな。何とかあれを収穫できないものか」三浦が言った。

「……今から試してみるか」平岡が言った。

「え、できるのか」

「ああ。ロープを使えば降りていけるだろう。手がかりになる凹凸はたくさんあるしな」


 三浦は下を見下ろした。白い霧が漂う地上までは百メートル以上ある。風も強い。まるで高層ビルの外壁を伝い降りるようなものだ。思わず足がすくんだ。

「……やっぱり、止めといたほうがよくないか」

「はぁ?何言ってんだお前。ここで手ぶらで帰ってみろ。連中になんて言われるか。俺はやるぜ」

「仕方がない。付き合うよ」



 二人は腰にロープを結びつけて急斜面を慎重に下っていった。下を見さえしなければ、降りていくのは意外と簡単だった。平岡の言ったとおり、外殻には無数の隆起や溝が走っていてそれが手がかりを提供していた。降りながら二人は手の届く範囲にある着生植物を刈り取っていった。袋はたちまちいっぱいになっていった。

 やがて二人は横に向かって突き出た大きな瘤の上に降り立った。そこは一段と植物が豊富だった。絡み合う蔓状の植物を手当たり次第に引き抜き、背中の袋に押し込んでいった。



「これくらいで十分じゃないか」三浦は言った。重労働のためすっかり汗ばんでいた。

「そうだな。今日はこれで切り上げるか」平岡が同意した。


 三浦はふと斜面を見た。これまでは蔓植物に覆われていて気付かなかったが、そこに洞穴が口を開けていた。オニダイダラの気管の排気口だ。排気口は外殻の至る所に開いていて、それ自体は特に珍しい物ではない。

 しかし、その穴の入り口には奇妙なものがいた。


 それは背の高さが三十センチほどの小さな生物だった。体の形は五本脚のヒトデにそっくりだが、地面に平たく張り付いているのではなく、二本の脚で直立していた。

 そして、体の中央の胴体にはまるで衣服のように小さな植物がまとわりついていた。


「おい、あれ見ろよ」三浦は平岡に言った。

「なんだあれ。……森の妖精ってか」


 見ていると洞穴の入り口に森の妖精がもう一体現れた。体に巻き付いた植物の種類が違う以外、一体目とそっくり同じ姿だ。さらに三体目も出てきた。


「なんかかわいいな。一匹捕まえるか」平岡が言った

「馬鹿言うなよ」

「冗談だよ。さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない」

 三浦はいつもかけている眼鏡型端末で奇妙な生物を撮影しはじめた。妖精たちは二本足でちょこちょこと辺りを歩き回っている。


 その時、彼らの上に影が落ちた。

 見上げると、そこに大型生物がいた。背の高さは約四メートル。シカのようにすらりとした足で急斜面に立っていた。頭からは一角獣のように長い角が突き出しているが、角だけでゆうに三メートルはあった。

 そして、鋭い角の尖端は三浦たちに向けてぴたりと狙いを定めていた。


 三浦の額を冷たい汗が流れ落ちた。

「……慌てるな。視線をそらさず、ゆっくり後ろに下がるんだ」平岡が小声でささやくように言った。

 三浦は唾を飲み込み、無言でうなづいた。そして生物を刺激しないよう、後ろに垂れ下がっているロープの所までゆっくりと後退していった。生物の玉虫色の眼は終始二人からそらされることはなかった。

 やがて、一角獣は身を翻すと、切り立った急斜面を風のように去って行った。いつしか、洞穴の入り口から森の妖精は姿を消していた。

 生物が完全に去ったことを確認した後、三浦と平岡はロープをよじ登り、ほうほうのていでネオビーグル号に駆け込んだ。



「まちがいありません。サシツルギです」牧野が言った。

 彼は三浦の眼鏡型端末から転送された一角獣の動画を見ながら言った。


 サシツルギはモリモドキの共生生物だった。三年前にオニダイダラに宿主を捕食された後も、死後の主を守るかのように死骸のそばに佇んでいる姿を、牧野は以前の調査で目撃していた。

 この個体がそれと同じはわからないが、もしそうだとするとかつての主を食い殺した天敵の上に移り住んだことになる。


「サシツルギとモリモドキの共生関係は種特異的ではなかったのかもしれない。つまり、適当な大きさの超巨大生物なら何でも共生相手になりうるという事だ」向井は言った。

「それなら、新しい共生相手に乗り換えるまで三年間も待っていたのは何故でしょう」牧野は言った。

「心理的葛藤のようなものがあったとか。つまり踏ん切りがつかなかったのかも」たまたまその場にいた地質学者の伊藤が口を挟んだ。

「わからないが、知能は比較的高そうな感じはするな。少なくとも地球の哺乳類程度はありそうだ。我々には理解できない動機があるのかもしれない」向井が言った。



「それはそうと、問題はこの……森の妖精、ですか」牧野は言った。

「こいつはいったい何だろう。植物をまるで衣服のように身にまとっているように見える。それに二足歩行ときた。平岡が言ったように、まるでファンタジーに登場する木の精か何かみたいだ」向井が言った。

「もしかしたら、知能があるかも」伊藤が言った。

「大まかに人型をしてるからと言って、それはないだろうが……」向井は言った。

「こいつとサシツルギ、何か関係があるのだろうか」牧野は言った。

「その可能性はあるな。よし、調べに行ってみよう」向井が言った。

「え、今からですか」「そうだ」

 そう言うと向井はさっそく準備に取りかかり始めた。

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