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第51話 巨獣の背の上で

 牧野は二十八名の仲間たちとともにオニダイダラの背中に降り立った。

 

 ネオビーグル号が一度に運べる人数の上限は三十名程度だったので、生存者たちは二班に分かれてオニダイダラへ向かうことになった。牧野は先発の第一班、二十八人に入っていた。

 ネオビーグル号は着陸艇よりも小型だったため背中に着陸することができた。彼らと資材を下ろした後、第二班を搬送するためネオビーグル号は居住区へと引き返していった。


 牧野は周囲を見渡した。平野から突き出た小高い山の頂上にいるかのような眺めだった。

 オニダイダラはやはり巨大だった。それにしても、これが一個体の動物だとは……。牧野はこれまで調査のために何度もオニダイダラの背中に降りていたが、いつ見ても驚異の念が薄れることはなかった。


 オニダイダラの背部外殻については三年間の調査により詳細な地形図ができていた。それはまるでひとつの山岳地図だった。等高線により各部の高低差が表現され、突き出た隆起や瘤の形、亀裂の走り方や点在する洞穴の位置も記録されていた。さらには区画ごとの着生植物の植生まで網羅されていた。その制作には牧野も大きく貢献していた。



 その経験を買われ、今回、牧野は第一陣のメンバーを率いるリーダーの役目を任されていた。

 牧野は端末に保存されている地図を開き、目の前の光景と見比べた。

 牧野たちが下ろされたのは、尾部高原と命名された場所だった。そこはオニダイダラの背中で飛行艇が着陸できる唯一の地点だった。晴れた空の下、吹き寄せる風に密生する着生植物がそよいでいた。見晴らしが良く、今日のような天気の良い日にはピクニックにもってこいの場所に思える。

 だが、いつまでもここでのんびりしているわけにはいかなかった。



「よし、みんな、出発しよう」

 牧野は荷物を背負うと生存者たちのグループに声をかけた。

 しかし、反応したのは四、五名だけだった。一瞬、牧野は自分のリーダーシップの欠如に情けなくなったが、それは彼のせいだけではなかった。第一班のメンバーの大半はオニダイダラを訪問するは今回が始めてだったのだ。無理もないことだが、みんな観光客のように周囲に広がる奇観に見とれていた。


「おーい、聞いてくれ。早くここから移動したほうがいいぞ。たしかに景色は最高だが、実は少し危険な場所なんだ。上を見てくれ。空を飛んでいる生物が見えるだろ」

 彼らの上空を一羽の大型飛翔生物が上昇気流に乗って滑翔していた。体の両側面に並んだ複数の翅をゆるやかに波打たせるようにして飛んでいる。古代生物アノマロカリスとトンボを混ぜたような姿だった。


「あれはオニダイダラの共生生物の一種、ワニトンボだ。オニダイダラの上空を旋回しながらオニダイダラに産卵しようと接近する寄生生物を狙っている。あまりここでモタモタしていると奴に寄生生物と勘違いされて襲われるかもしれない」

 それを聞いて生存者たちはあたふたと各自の荷物を持って立ち上がった。実際にはワニトンボが人間を攻撃したことは一度もなかったが、早く動いてもらいたかったので少し話を盛らせてもらった。



 牧野を先頭にして一行は着生植物の草原を踏み分けながら進んでいった。

 草原の中から、まるで古代の巨石文明の遺跡のように所々で巨大な岩が突き出していた。もちろんこれは岩ではなくオニダイダラの背面に無数に突き出た石灰質の瘤だ。高さは三メートル程度のものが多い。瘤は一見無秩序に生えているように見えるが、オニダイダラの体の中心軸を境に整然と左右対称のパターンで配列されていた。それらの瘤の中でいちだんと大きなものがオニダイダラの背筋に沿って一列に並んでいた。脊梁突起と名付けられた構造で、その高さは十メートルに達していた。一部の突起は落雷を受けたためか黒く焼け焦げ、真っ二つに裂けていた。



 足下には所々で亀裂が口を開いていた。この亀裂はオニダイダラの外殻の継ぎ目だった。継ぎ目の部分から分泌される石灰質により、巨大な外殻は今でも少しずつ成長を続けていた。また、継ぎ目で無数の区画に分割されているおかげでオニダイダラの外殻は全体の形を変えることができた。そのため、数年または数十年に一度と思われる大規模捕食行動の際にも体の動きを制約することがなかった。



 亀裂の底にはところどころで洞穴が開いていた。入り口は人一人が潜り込めるくらいの大きさだった。いくつかの洞穴からは生暖かい風が吹き出していた。


「……早く行っちゃいましょうよ。こんな気味の悪い穴なんて二度と見たくない」堀口が言った。


 三年前、堀口はこれらの穴の一つでクモ型生物に襲われたのだった。幸い堀口は無事救出されたが、彼はその経験でトラウマを負い、この星の大型生物に恐怖心を抱くようになっていた。


 後の研究でわかったことだが、この穴は排気口だった。

 オニダイダラの呼吸器系は気管と肺を併用していた。胴体側面の気門から取り込んだ新鮮な空気をダクトのような気管系のネットワークを通して全身に運んでいた。オニダイダラの気管系はシロアリの塚と同じように、空気の温度差や地上付近と高所との風速の差によって自然と新鮮な空気が流れ込み全身に行き渡る巧妙な仕組みになっていた。


 酸素の取り込みは気管を包み込むスポンジ状の肺の層で行われ、散在する無数の小さな心臓が酸素に富んだ血液を周囲の組織に送り込んでいた。人間のように肺が体内の一箇所にしかなかったら、新鮮な血液を巨大な全身に送り出すための心臓はとてつもなく強力なものが必要になっただろう。

 組織から出た二酸化炭素は肺から気管に排出され、背面に無数に開いた排気口から大気中に放出されていた。


 三年前に牧野と乾が入り込んだオニダイダラ体内のトンネルの正体は気管系だった。

 その時、牧野たちが身をもって経験したように気管は活発に蠕動運動を行っていた。おそらく内部に堆積した老廃物や寄生生物を排除するための仕組みだと思われる。気管系は消化器官にも繋がっておりオニダイダラの広大な消化管内で発生した発酵ガスを体外に逃がす役割も果たしていた。


 堀口を救出するために牧野と乾がオニダイダラの体内に入り込んだ時は、背部の排気口から気管系に入り、蠕動運動に追われて消化管に達し、消化管を下流に向かって歩いた後で再び気管系に入り、最後は入ったのとはまったく別の排気口から外に出るという経路を通ったと思われる。



「ここから先は足場が悪い。みんな気をつけてくれ」牧野は言った。

 そこはオニダイダラの背中の前側だった。オニダイダラの背部外殻は前方に向かうにつれて高さを増し、それは今、ちょうど牧野たちがいるあたりで頂点に達していた。牧野たちはドーム状に盛り上がった外殻の裾野を回り込むようにして歩いていた。ドームの裾野からは無数の瘤や突起が突き出していた。彼らは瘤を乗り越え、生い茂る着生植物をかき分けながら前方へと進んでいった。


 ドームを回り込んで出た先で急に眺望が開けた。

 まるで巨船の舳先のように、オニダイダラの巨大な頭部が平野に向かって突き出ていた。


「よし、もう少しだ」牧野は立ち止まって後ろに続く仲間たちに呼びかけた。

 彼がいるのは背部外殻の前縁部だった。

 外殻の尾端付近に着陸してから、彼らはオニダイダラの背部を後から前に向かって縦断してきたことになる。


 外殻の前縁部は、(ひさし)のように空中に数十メートルも突き出ていたが、その下が目指す目的地だった。外殻のギザギザした縁に沿って歩いていくと、やがて、庇の下に通じる小さな亀裂が見つかった。

 そこをくぐり抜けると巨大な岩屋のような広々とした空間にたどり着いた。簡単な小屋なら十軒くらいは建てられるだろう。頭上に張り出した外殻のおかげで風雨は遮られるし、上空を飛ぶギガバシレウスから発見されるおそれもなかった。


 ここが彼らの新たな生活の場だった。

 背中に新たな住人が加わったことに気付いたのか、気付かないのか、オニダイダラは不動の巨体に暖かな太陽の光を浴びてまどろんでいるように見えた。

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