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第48話 爪痕

 ネオビーグル号は居住区をめざし昼夜を徹して飛び続けた。

 広大な砂丘地帯を越え、豊富な金属鉱脈が眠る砂漠を越え、数億年分の地層が露出する大峡谷を越え、奇岩が林立する石灰岩地帯を越え、ついに彼らは居住区の位置するアルファ大陸北端部にたどりついた。


 大陸横断山脈上空でのギガバシレウスとの遭遇から三日が経過していた。あれから居住区との通信は途絶したままで、救出に向かった恒星船とも連絡がつかなくなっていた。



 ひょっとして、この星系で生き残った人間は自分たちだけなのかもしれない。

 この数日間、ネオビーグル号の誰もが考えたことだった。だが言えばそれが現実となってしまうような気がして、誰もその不吉な可能性を口にすることはなかった。


 居住区へと急行する間、牧野は心にのしかかってくる不安と恐怖から逃れるため研究に没頭しようとした。しかし、まるで手につかなかった。南方への探検で入手したせっかくの貴重な標本や観察データも絶望的な現状の前には色あせて見えた。


 隊員たちはすっかり憔悴しきっていた。特に近藤は具合が悪く、昼間は何をするでもなく座席に座ったまま暗い顔で何事かをつぶやき続け、夜には眠ることができずにいた。そして端末を取り出しては家族の写真や動画を見て嗚咽を漏らしていた。

 はじめは皆もそんな近藤を憐れんでいたが、やがていらだちを募らせる者が現れ始めた。

 安全保障班の橘だ。

「いい加減にしろ!そうやってメソメソウジウジされるとかんに障るんだよ!みんなだって友人や恋人を残してきてるんだ。自分だけが悲劇の主人公みたいな面するんじゃないよ!」

 近藤に向かって怒りを爆発させるたび、彼女は向井に引き離され、機体後部の別室に連れて行かれた。

 この三日間、そんな重苦しい時間が機内では流れ続けた。



 彼らの眼下には濃緑色の森林地帯が広がり、木々の間やその上空には白い霧が漂っていた。その光景は南方への探検へ旅立った日と何も変わりがなく平穏そのものに見えた。

 そうだ、きっと居住区も今まで通り何も変わらず存在しているはずだ。きっと乾は何かを見間違えたのだ。


 牧野の中で希望が芽生えかけた、その時だった。

「そろそろ居住区だ。あと二十キロ」伊藤が言った。


 牧野は動悸が高まるのを感じた。

 近藤は両手を組み、目を固く閉じて必死に祈っていた。隣に座る高梁は牧野に不安げな視線を向けてきた。牧野は彼女の手を握った。向井や橘、松崎はそれぞれ機外のカメラ映像や窓の外を注視している。

 頼む、みんな無事でいてくれ。牧野は心の中で祈った。



 やがて、前方の大地に茶色いしみが見えてきた。

 森の中でそこだけは植物が生えておらず、地面がむき出しになっているのだ。

 そこは不毛な荒れ地だった。

 ネオビーグル号が近づくにつれ、その細かな様子が目に飛び込んできた。

 荒れ地は徹底的に蹂躙されていた。

 その一部は高温の炎に焼かれたかのように黒く変色していた。中央付近にはまるで隕石が衝突したかのように巨大なクレーターが生じ、地面が深く掘り返されていた。そして、人工物の残骸と思われる白や灰色の断片があたり一面に散乱していた。


 まさか、これが居住区なのか。

 誰か違うと言ってくれ。牧野は叫び出しそうになった。

 牧野の手の中で高梁の小さな手が震えていた。


「き、居住区上空に到着した。……少なくとも、位置情報ではそうなっている」

 伊藤がうわずった声で言った。



 ネオビーグル号は荒れ地にむかってゆっくりと降下し、着陸した。

 牧野たちはふらつく足取りで搭乗口から外に出た。

 見渡すかぎり赤茶けた地面が広がっている。建物や施設はひとつも残っていなかった。すべて粉々に打ち砕かれて瓦礫と化し、なかば土砂に埋もれていた。茫然自失したまま隊員たちはあたりをさまよった。

美竿(みさお)ぉ、大樹(たいき)ぃ、どこにいるんだぁ……返事をしてくれぇ」近藤が妻と子どもの名を呼んでいた。


 やがて、向井が言った。

「シェルターが生き残っているかも知れない。入り口を探そう」


 目印となるような建物は何も残っておらず、地形さえ変わっていたためその位置を特定するのは難航した。だが、端末に記録されていた居住区の地図とGPSの位置情報を照合した結果は非情な事実を指し示していた。

 住居群に近く、もっとも収容人数の多い第一シェルターの入り口があった場所には、現在、巨大なクレーターが穿たれていた。深さ二十メートルの深い穴の底には岩石や瓦礫、それに人体の残骸が散乱していた。

「そんな……そんな……」伊藤が崩れ落ち、地面に膝をついた。

「ああああああああああああ!!!!」近藤が絶叫した。



 その時、向井が言った。

「今、何か動いた。生存者か!」

 言うが早いか向井はすり鉢型をしたクレーターに飛び込み、肉片が散らばる地獄絵図の中を駆け下りていった。そして斜面の途中に引っかかっている三メートルほどの大きさの金属板に手をかけた。


「おい!誰か手を貸してくれ!一人では動かせない」

 その声にパイロットの小林と機械整備担当の松崎がすぐに反応した。牧野は凄惨な光景に一瞬足がすくんだため、わずかに遅れて応援に加わった。四人の男で力を合わせ、なんとか重い金属板をどかすことができた。


 その下から現れたのは、新人類のヨヴァルトだった。彼は生きていた。

 ヨヴァルトは目をしばたたき、弱々しく手足を動かした。その時、牧野は彼の左足の膝から下がなくなっていることに気付いた。「生存者だー!伊藤さん、手当ての準備を!」向井が上に向かって叫んでいた。


「おい、大丈夫か」牧野が呼びかけた。

「私は……大丈夫です。それよりも……早くこの子を」


 ヨヴァルトは体にまとっているゆったりとした衣服の下から何かを取り出した。

 それは小さく、土にまみれて汚れていた。そしてかすかに震えていた。

 赤ん坊だ。牧野はその子をヨヴァルトから慎重に受け取った。

「すまない……、たった一人しか、救えなかった」ヨヴァルトの目には涙が光っていた。


 危なっかしく抱き上げた牧野の腕の中で、赤ん坊は目を開いた。その顔を一目見た瞬間、牧野は強い衝撃を受けた。父親譲りのその子の顔を見間違えるはずがなかった。


「近藤さん!あなたのお子さんです!生きています!」大声で叫んだ。牧野の目に熱い涙があふれた。

 彼の声に驚いたのか、近藤の息子、大樹(たいき)も泣き声をあげはじめた。

 はじめは弱々しかったその声はしだいに強さを増し、死に覆われた大地の上に力強く響き渡った。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんということだ これからが大変だ
[良い点] 面白い [一言] 次も楽しみ
[一言] 絶望の中の希望……ですがあまりに小さい……。 彼らの今後から目が離せません。 しかしあの巨大生物のヤバさ……もし次の植民船があるならば艦隊で来るべきでしょうが、それすら太刀打ち出来るかどう…
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