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第4話 低酸素適応型新人類

「彼女の言うとおり、彼は低酸素適応型新人類だ」清月が認めた。

 会場のざわめきがひときわ大きくなった。



 低酸素適応型新人類。

 前世紀、中華連邦時代の中国は、低酸素環境下で生活可能な新しい人間をゲノム編集によって実験的に作り出した。その実験は本国から遠く離れたアフリカのザンビアで、この地に暮らす貧しい人々の受精卵をベースにして行われた。

 新人類の誕生が公表された時、当時の中国の指導者は「人類が再び地上を取り戻した偉大な瞬間だ」と高らかに宣言した。


 だが人間の遺伝子に手を加える行為は欧米を中心とした国々から猛烈な反発を招いた。

 さらに反発を強めさせたのが新人類たちの外見だった。

 それは従来の人間とかけ離れた異形だった。酸素吸収効率を高めるため肺の容積を拡張した結果、胸部が樽のように大きく膨らみ、空気の取り込み量を増やすため鼻孔を大きく広げた結果、顔の作りは人間離れしたものとなった。さらに酸素消費量を抑えるため、脳容量は人間の7割程度にまで削減され頭蓋は小さくなった。

 そのため、作り主の中国人を含め、誰も彼らのことを自分たちと同じ人間として認識することができなかった。その差異はネアンデルタールとホモ・サピエンスの間よりもはるかに大きかった。


 せっかく生み出された新人類であったが、国内外の批判を受けて実験計画は中止に追い込まれ、研究を推進した指導者は失脚した。その後まもなく中華連邦が崩壊すると、あとには約一万人のまだ幼い新人類がアフリカの地に取り残された。


 新たに地上の支配権を約束されていたはずの新人類はその後、辛酸を舐めた。

 異様な外見から人とは見なされなかった彼らは周囲の諸民族から迫害を受けた。奴隷的な扱いを受け、酸素ドーム外の農場や鉱山で強制労働に就かされた。しかし新人類たちは虐げられながらもアフリカ南部で着実に数を増やしていった。そして、酸素マスクや酸素ドームの助けなしでは地球上で生存することすら不可能な、脆弱な旧人類に軽蔑の念を覚えるようになっていった。


 やがて、旧人類の民兵により新人類の少女が殺害された事件がきっかけとなり、新人類のテロが始まった。彼らはモザンビークの首都マプトの劣悪な酸素ドームを破壊し、酸素発生施設に放火して市民数十万人を窒息死させて全世界を震撼させた。以降、彼らは旧人類への敵意を剥き出しにし、アフリカだけでなく世界各地の酸素ドームを攻撃し略奪を繰り返してきた。



「こんな危険なテロリストを調査隊に加えるなんて、正気ですか?」矢崎が甲高い声で清月を詰問した。

「彼はテロリストではない。我々とともに旅立つ仲間だ」

「仲間ですって……」矢崎は嫌悪感もあらわに顔を歪めた。

「詳しく説明してもらえるかな、清月隊長」軍事・安全保障班の(いぬい)が言った。


 清月はうなずいた。そして、乾に向かって逆に問いを投げかけた。

「ところで君は民間軍事会社で働いていたな。そこでは新人類についてどう教えられた?」


「そいつをそこの彼の前で言ってもいいんすか?……なら率直に言わせてもらいますよ。やつらは悪魔です。人間に対する慈悲なんざ一切持ち合わせちゃいません。襲撃したドーム都市から住人を拉致して、酸欠で死ぬのを待ってから体をバラバラに切り刻み、血の滴るその肉を生で食らう。人間らしい価値観や美意識なんてものもゼロ。平気で歴史的建造物を爆破し、芸術作品を土足で踏みにじる。俺も一度、エジプトでやつらの蛮行を目の当たりにしましたが、そりゃひどいものでしたよ」


「ありがとう乾君。おそらく、この会場の大半が彼とほぼ同じような印象を抱いていることだろう。実際、メディアやネットで報じられるのは彼らの残虐性や異質な面ばかりだ」


「だが、それは彼らの一面でしかない。間違いなく言えるのは、彼らこそが現在の地球にもっとも適応し、将来を有望視されている集団だということだ。君たちは、従来の人類がこの後何年間、地球上で生存できるとお考えだろうか。……政府の研究機関の見通しでは、このままでは百年以内に文明社会の瓦解が始まるという予想が出ている」


 会場のざわめきを無視し、清月は語り続けた。

「人口の減少、都市間の交流や流通の減少など、すでに衰退の兆候は現れている。これは全世界的な傾向だ。その時、我が国も運命をともにすべきか。日本という国の二千年以上におよぶ文化、歴史も無に帰すべきなのか。答えは否だ。我々は滅びの運命に屈するつもりはない。従来型人類の衰退が避けられないのなら、後を継ぐ者にこの国を託すしかない。その候補者として政府の首脳陣が白羽の矢を立てたのが新人類だった」


「冗談じゃない。こんな化け物どもにこの国を譲ってたまるもんですか」矢崎が叫んだ。


「君が反感を覚えるのも理解できる。だが、これはすでに決定済みの国の方針なのだ。政府は十数年前から新人類の複数の氏族(クラン)と交流し、教育や医療の提供、技術協力を行ってきた。

 その成果はすでに現れ始めている。教育を受けることで彼らは人間的な振る舞いを学びつつある。さらに、彼らは非常に知能が高くて好奇心が強い。決して野蛮人などではないのだ。とくに宇宙に対しては強い関心を抱いていて、以前より研究への参加を強く要望していた。そこで交渉の結果、ある氏族から一名が今回の旅に参加することとなった。

 それが彼、ヨヴァルド・イ・ジェッセイ君だ」



 新人類、ヨヴァルドは立ち上がり、会場の人々の向き直った。

「はじめまして。日本の皆さん。私がヨヴァルトです。皆さんが私たちに警戒心を抱くのは理解できます。しかし、我々新人類も一枚岩ではありません。私のイリャスリ氏族(クラン)は現代文明社会への参加を望んでいます。

 私はこれまで独学で天文学を学んできました。また、これまで原野で生きてきた経験は、目的地の未開の惑星に到着した後、かならずや皆さんのお役に立てられると考えています。至らない所も多いと思いますが、よろしくお願い致します」ヨヴァルトは流暢な日本語で言った。

 しかし、そのしわ寄った渋面に浮かぶ表情が果たして友好を示す笑顔なのか、それとも威嚇の表情なのか、牧野は判別することができなかった。



 ともあれ、これが惑星あさぎりへの旅の道連れたちだった。

 近藤、清月、乾、矢崎、そしてヨヴァルト。その他まだ名前も知らぬ百五十名あまりの人々。

 これが、太陽系から旅立った後、牧野が出会うことができるすべての人間になるのだ。おそらくセドナ丸の生存者は残っていないだろう。彼らだけで星間の長旅に耐え、未知の惑星に人類の橋頭堡を築かなくてはならないのだ。

 果たして、本当にそんなことが可能なのだろうか。乾やヨヴァルトなどの異質な人間とやっていくことができるのだろうか。牧野は不安を覚えずにはいられなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 少し関係ない疑問なのだけど、新人類はは低酸素の世界に対応している訳だが、ドーム内の20%を超える酸素の中では過剰摂取になったりしないのだろうか。
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