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第45話 逆鱗

 何度かけても近藤の通話は繋がらなかった。

 単に相手が通話に出ないのではなく、電波自体が届いていないようだった。飯塚以外にもかけてみたがやはり繋がらない。

 牧野や高梁たちの端末も試したが結果は同じだった。通信障害が発生しているのだろうか。


「ひょっとしたら、何かあったのかもしれません」

 近藤の顔は真っ青になっていた。


「いや、きっとネットワークのハブとなっている恒星船が通常の軌道から急に離脱したせいで発生した一時的な通信障害でしょう」牧野は言った。

 近藤を安心させようとして口をついて出た言葉だったが、自分自身がその可能性にすがっていた。さっきから折に触れて根拠のない気休めの言葉ばかりぺらぺらと並べ立てている自分に気づき、牧野は自己嫌悪を覚えた。



「恒星船には繋がるかも」牧野は恒星船にいる、ある人物に通話してみた。

 居住区と違って通話はすぐに繋がった。


「よお、久しぶり。いったいどうした。こっちは今バタバタしててな。手短に頼むわ」安全保障班の乾だった。


 乾はまだ恒星船に乗っていた。

 居住区が鳥型生物に襲撃された時に、彼は粘液状の生物により右腕を溶かされ、万能医療機(メディカルマシン)で再生治療を受けるため恒星船に送られた。

 当初は右腕の再生さえ済めばすぐに復帰できるかと思われたが、体内に入り込んだ粘液生物の細胞が血流に乗って全身に転移し、様々な組織を蝕んでいることが発覚したため、治療は予想外に難航した。

 しかし今ではそれらの生物も完全に除去され、復帰に向けてリハビリに励んでいるところだった。


 乾は恒星船のブリッジで、自由落下状態で浮かんでいた。

「居住区と通信が繋がらないんだが、そっちで原因がわかるか」牧野は言った。

「ああ、それについてはこっちも把握してる。五分前に居住区からの一切の通信が途絶した。通信衛星のネットワーク自体に障害は起きていない。居住区に設置された基地局だけが沈黙している」

「それってまさか」

「おそらく居住区で何かが起きてる。……もうすぐ地表観測衛星が居住区の上空を通過する。そこのモニターに映像が出る」乾は画面の範囲外にある、ブリッジに設置された大型モニターの方を向いた。


 画面の向こうで乾の顔色が変わった。

 恒星船のブリッジではどよめきが巻き起こっていた。

「くそ、ありえねぇ……なんてことだ」乾はかろうじて聞き取れる程度の小声でつぶやいた。

 ブリッジのどよめきはますます大きくなり、そして悲鳴も上がりだした。


「何が起きてるんだ。教えてくれ」牧野は言った。

「……居住区が破壊されてる。あの超巨大生物に」乾は言った。

 牧野は絶句した。その隣で近藤が両手で顔を覆った。




 乾はモニターに映し出された光景を見ていた。

 地上に降りた超巨大生物は、まるで居住区のど真ん中に山がそびえ立ったかのようだった。その巨体はほとんど敷地全体を覆い尽くしていた。そいつは長い尾を打ち振って、一撃ごとに地上に点在する住居や農園、倉庫、宇宙港などを判別不能の瓦礫の山に変えていた。

「終わりだ……」誰かのつぶやきが聞こえた。


 その時、ブリッジ全体に大声が響き渡った。

「みんな落ち着け!すでに地下シェルターへの避難は完了している。まだ地上施設が被害を受けただけに過ぎん。シェルターは超巨大生物の重量に耐えられるよう設計されている」

 清月総隊長の声だった。

 この一言で、浮き足立っていたブリッジの面々はひとまず冷静さを取り戻した。

 さすが清月さんだと乾は思った。一言で部下たちのパニックを抑制し、場の雰囲気を変えた。いい指揮官だ。これまで役人なんかやってたのがもったいない。この人は軍人にこそ向いている。



「これより本船は全速で居住区の救出に向かう。今ならまだ間に合う。井関班長、防衛兵器の準備は完了したか」

「はい総隊長。主砲はいつでも射撃可能な状態です」軍事・安全保障班班長、元航宙自衛官の井関が言った。


「吉崎君、居住区の敵が主砲の射程内に入るのはいつだ」総隊長が言った。

「二分十七秒後です」操船担当の吉崎が答えた。

「よし、射程内に入り次第、標的に対し最大出力での射撃を開始、標的の活動停止が確認されるまで照射を継続せよ」

「了解しました」井関が言った。



 恒星船テレストリアル・スター号の大型モニターでは攻撃開始に向けたカウントダウンが続いていた。船内にはじりじりとした時間が流れていた。

 やがて、恒星船は居住区の位置するアルファ大陸北端部上空にさしかかった。


 吉崎がカウントダウンを開始した。

「まもなく射程範囲に入ります。……10、9、8、7」


 井関はブレイン・マシン・インターフェイスで船のシステムに接続し、標的の超巨大生物に照準を定めた。狙うは頭部だ。支援AIによる微調整で大気の屈折や船の摂動の影響は完璧に相殺されていた。外れる可能性はゼロだった。


「……6、5、4、3、2、1。入りました」

「撃てぇ!」清月が声を張り上げた。井関は超高出力レーザー砲を発射した。



 大気圏を斜めに貫き、灼熱の光の槍がギガバシレウスの頭部に命中した。岩山を瞬時に溶岩の池に変えるほどのエネルギーが一点に収束し、超巨大生物の皮膚はたちまち赤熱した。超巨大生物は首を大きく動かしレーザーの焦点から逃れようとしたが、井関は発射角度を微調整して常に同じ一点にエネルギーが集中するようにした。

 恒星船が軌道上を移動するにつれ、レーザービームの角度は少しずつ大きくなっていく。

 照射開始から十秒が経過したが、まだ超巨大生物は倒れない。


「こんなのってありかよ。小惑星を瞬時に蒸発させるレーザーの直撃を受け続けて生きてる生物がいるなんて」乾がうめいた。

「諦めるな。敵が倒れるまで撃ち続けるんだ」清月が言った。



 その時、竜王が大きく翼を広げた。

 背中から展開した四枚の翼は、伝説のドラゴンのようなコウモリ型の薄い翼ではなく、どちらかと言えばマンタの鰭のような滑らかな肉質の翼だった。翼の表面には翅脈のように走る赤い線が輝いていた。

 広大な翼の表面が陽炎に包まれ、上空の空気が揺らめきだした。

 乾は理解した。こいつは頭部に受けたレーザーの熱を赤い線を使って伝導し、翼面から逃がしているのだ。


「井関さん、こいつにレーザーは通じない。翼から放熱されてしまう。運動エネルギー兵器を使おう」乾は言った。

「待て。もうすぐ限界に達するはずだ。最大出力で照射を継続する」



 その時、まるで咆哮するかのように、竜王は首をのけぞらせ大きく口を開いた。

 それと同時に、七本の尾の一本が急激に膨張して太さと長さを増し、その先端が漏斗型に大きく口を開いた。

 漏斗の中でオレンジ色の炎が膨れ上がり、外に向けて爆炎が一気にほとばしり出た。

 肥大化した尾部から噴射される炎の柱に乗り、竜王の巨体はまるで二十世紀の巨大なサターンVロケットのようにゆっくりと地面を離れた。


「こいつ、逃げる気か」乾が言った。

「逃がさん」井関が低い声で言った。

 井関はなおも竜王の頭部の一点を狙い、執拗にレーザーを照射していた。これだけ直射を受け続ければ、さすがの竜王も無傷では済まなかった。頭部は左半分側が大きく焼け爛れ、眼球は白く濁り、耐熱パネルのような鱗は溶融して穴が開きその下から黒く焦げた筋肉が露出していた。

 だがそれでも竜王が倒れる気配はなかった。噴射炎を後ろに伸ばして加速しながら、ぐんぐん垂直に上昇してくる。その高度はたちまち成層圏に達し、そのさらに上にまで及ぼうとしていた。



「まさか、こいつ、宇宙まで飛んでくるんじゃないだろうな」乾が言った。

「……そのまさかです。超巨大生物の飛行速度が第一宇宙速度を突破しました」吉崎がうわずった声で言った。


 乾は今、はっきりと悟った。こいつは逃げるつもりなんてさらさらなかったのだ。上からしつこくビームを浴びせてくる鬱陶しい虫けらどもについに激怒し、叩き潰しに来るのだ。

 恒星船と飛来するギガバシレウスとの間の距離は刻一刻と縮まっていった。



「井関、レーザー照射を停止しろ。とにかく居住区から引き離すのには成功した。今度は我々が逃げる番だ。船体を180度転回させ、十パーセントの推力で惑星あさぎり周回軌道から離脱せよ」清月総隊長が命じた。


「了解」井関は即座にレーザーを止めた。

 航宙士たちは命令に従って恒星船を操り、惑星あさぎりから離れる軌道に乗せ始めた。


 だが、その時だった。

 竜王の尾部が新たに三本、漏斗型に変形して噴射炎を吐き出した。推進力がこれまでの四倍になった竜王は急加速して、方向転換中の恒星船に向かってまっしぐらに突っ込んできた。竜王は上下左右の四方向に大きく顎を開き、そこに幾重にも並ぶホオジロザメのような三角形の鋭い歯をむき出しにした。


「だめだ、間に合わねぇ。ぶつかるぞ!」乾は叫んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なろうにあっていいのか不思議な位話が練られている点 [気になる点] >七本の尾の一本が急激に膨張して太さと長さを増し、その先端が漏斗型に大きく口を開いた。漏斗の中でオレンジ色の炎が膨れ上が…
[一言] やっべえ!頼むぅっ!まけないでくれぇ!!!
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