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第33話 砂丘の巨鯨

 ネオビーグル号は噴砂の発生地点に到着した。しかしその時にはすでに、空中に吹き上げられた大量の砂はほとんど地上に落下していた。


「砂中をどれくらいの速度で進むのか知らんが、まだそう遠くまで行っていないはずだ。この付近を探そう」向井が言った。


 最初の噴砂があった地点を中心として、その上空を旋回しながら砂漠クジラの次の動きを待つ。

 まもなく、次の噴砂が起きた。最初の地点から二キロメートル程度しか離れていない。間近で見る噴砂はまるで火山の爆発だった。それまで何もなかった砂丘の一点から膨大な量の砂塵が爆発的に噴出している。その到達高度はネオビーグル号の飛行高度を超えていた。


「ヒューッ、なかなか激しいな。あんなのが直撃したら墜落するかもしれん」地質学者の伊藤が言った。

「みんな、緊急回避に備えてシートベルトを締めておいてくれ」パイロットが言った。


 噴砂はやがて降下に転じ、地上に向かって滝のように落下しはじめた。少し離れて飛んでいたネオビーグル号の機体にも細かな砂が降りかかり、さらさらと音を立てた。


「今、この真下にいるはずだ。地下をスキャンしてくれ」向井は伊藤に言った。

「了解」

 伊藤は地面に向けて電磁波を照射した。電磁波は分厚い砂の層を透過し、その下の岩盤や砂中に埋もれた物体に反射して戻ってきた。そのパターンを解析すると、砂は三百メートルもの分厚さで堆積していることがわかった。そして、地表から五十メートルの深さのところに、何か巨大な影が映っていた。

 スキャンの範囲に全長が収まりきらないため正確なサイズは不明だが、かなりの大きさだった。それは砂の中を時速五十キロの速度で移動していた。

「いたぞ。こいつだ。追ってくれ」


 ネオビーグル号は電磁波によるスキャンを継続しつつ、砂漠クジラと推定されるその物体を追跡しはじめた。

「深度が浅くなっている。地表に近づいてきてるぞ」

 やがて砂の表面に航跡が現れ始めた。巨体に押しのけられた砂が地表に盛り上がり、その移動経路をはっきりと示していた。もはや電磁波のスキャンがなくとも砂漠クジラがどこにいるか一目瞭然だった。それは砂丘を切り裂くようにまっすぐに前進していた。


 航跡の向かう先を目で追うと、その前方には砂丘と砂丘の間の深い谷間が待ち受けていた。

「このまままっすぐ進めば、あの谷間で砂丘の側面から飛び出すことになる。ついに姿を見られるかもしれない」向井が言った。


 だが、一同の期待したような展開にはならなかった。深い谷間の直前で砂漠クジラは急速に潜航し、砂の深みに姿を消した。航跡もそこで途切れた。


「ああ、残念」

 このあたりは砂の堆積がさらに深く、地表から砂底の岩盤までの深度は五百メートル以上もあった。電磁波でのスキャンでも砂漠クジラの影は見つからなかった。


 この周辺を旋回して再び砂漠クジラが浮上してくるのを待とう。向井がそう言いかけた時だった。

「直下より急速浮上中!飛び出してくるぞ」スキャンを続けていた伊藤が叫んだ。

「何だって!」


 ネオビーグル号直下の砂丘が大きく盛り上がった。次の瞬間、砂丘を勢いよく突き破り、砂漠クジラの巨大な頭部が現れた。それはまるで砂の中から大型恒星船が宇宙に向かって発進しようとしているかのような超現実的な光景だった。

 砂漠クジラは大きく口を開いていた。ネオビーグル号など軽く丸飲みにしてしまえるほど大きな口腔内に砂丘の砂が大量に飲み込まれていく。

 砂漠クジラはゆっくりと口を閉じると頭部を下げ、再び地中に向かって潜りだした。その後には白銀にきらめく背中が延々と続き、最後に鯨そっくりの平たい尾鰭が砂上に現れ、そして巨鯨の全長は砂の中に消えていった。後には深く轟く地鳴りのような音だけが残った。


「……すごい、予想以上だ」震える声で向井は言った。



 その時撮影された映像を見直しながら、隊員たちは議論した。

「推定全長は三百メートルはあった。全部で六枚の鰭と鯨そっくりの大きな尾鰭がついていた。それらを使って文字通り砂の中を泳ぐようにして移動しているようだな」向井が言った。


 映像がクローズアップし、胴体の表面が映し出された。

「体の色は白銀色。体表は皮膚が剥き出しになっているのではなく、細かな銀色の毛が密生している。毛の感じはアフリカの砂漠にいたキンモグラにそっくりだ」向井が言った。

 キンモグラとは金色の毛皮を持つモグラに似た小型哺乳類で、砂漠の砂の中に潜って暮らしていた。ゾウ等と同じアフリカ獣類に属し、本来のモグラとは類縁関係がない動物だった。

「砂との摩擦から皮膚を守るための進化かもしれない」牧野が言った。


 次に頭部の画像。大きく口を開いて砂を飲み込んでいる場面を見る。

「眼がない?」高梁が言った。

「光の届かない砂の中で生活しているせいで眼が退化したのだろう。毛に隠れるほど小さいか、完全に失われたのかもしれないな」牧野が言った。


「おそらく、彼らは普段、砂の層の深部で過ごしているのだ。そして呼吸や摂食のためにのみ地表付近に上がってくるのだろう」向井が言った。

「いったい何を食べてるんでしょうね。砂を丸飲みにしているように見えましたが」植物学者の近藤が言った。

「たぶん、砂の中に含まれる何かを濾過して食べているんだ。鯨が海水からプランクトンを濾過していたように。口の中の映像を拡大してみる。……これが見えるか」

 拡大され明度を補正された口腔内の映像を見ると、クシ状の器官が並んでいるのが確認できた。間違いなく、あれで砂の中の何かを濾し取って食料としているのだ。


「砂漠クジラが何を食べていたのか調べてみよう。……リーダー、着陸の許可を」向井は言った。



 砂塵を舞い上げながら、ネオビーグル号は砂丘の頂上に向かって下降していった。着陸脚が砂丘の表面に接触した。だが砂の表面は何の抵抗も示さず、着陸脚はそのままズブブズと砂に沈み込んでいく。

「こりゃだめだ。砂の流動性が高すぎる。こんな所に下ろしたら機体が砂に沈んでしまうぞ。着陸は無理だ」パイロットが言った。「了解、着陸は諦めよう」向井が残念そうに言った。

「待ってくれ、いいアイデアがある」牧野は言った。


 牧野はロープに結びつけた丈夫な網を砂丘に向かって投下した。この網を引きずったままネオビーグル号を低速で前進させた。要は底引き網だ。砂の中に何かいればこれで捕獲できるはずだった。数分間飛んだ後、ロープを巻き上げて網を回収した。

 網はずしりと重かった。

「何かがたくさん捕れてるぞ。いったい何だ」向井は興味しんしんといった感じで獲物で膨らんだ網を開いた。


 網の中には虫のような小動物がびっしりとうごめいていた。

 高梁がその一匹をつまみ上げた。体長は3センチほど。体は硬い殻に覆われ、十本の脚をせわしなく動かしている。


「一見、不毛の砂漠にこんなにも生物がいるとは驚きですね。これが砂漠クジラの餌なんでしょうか」近藤が言った。

「たぶん。捕れたのは全部同じ種類のようだ。ほんの数分間、砂の表面を掬っただけでこんなに捕れるなんて、砂漠全体では膨大な個体数が生息しているはずだ。これだけいれば砂漠クジラが巨体を維持できるのも不思議じゃない」向井は言った。


「地球の鯨にとってのナンキョクオキアミのようなものかもしれませんね」

 牧野は続けた。「地球の南極海にはナンキョクオキアミという小さな甲殻類が巨大な群れをなして生息していました。その生物量(バイオマス)は地球上の全生物種で最大だったとも言われています。それが鯨などの餌となり海洋生態系を支えていたのです。この生物もきっとこの砂漠の生態系を支えているのでしょう」


「なるほどね。砂漠クジラはこの虫を食べてるらしいのはわかったけど、じゃあ、この虫たちは何を食べてるのかな」高梁が言った。彼女が言うことはもっともだった。念のため、網の中を探したが虫の餌になりそうなものは何も捕れていなかった。


「先ほど牧野さんが例えに出したナンキョクオキアミは氷山の下に生える藻類、アイスアルジーを餌にしていました。この砂漠にも藻類のようなものが隠れているのかもしれませんよ。日差しと乾燥を避けるため、地表から数センチ下の浅い砂の中とかに」近藤が言った。


 近藤の仮説を検証するため、今度はステンレス製の容器をロープに結んで砂丘に投下し、砂のサンプルを採取した。しかし、砂のサンプルを観察しても微細な藻類が付着している形跡はなかった。

「私の説は外れましたか」近藤ががっかりしたように言った。


「この虫を解剖し、消化管内に残った餌を調べてみよう」牧野が言った。

 虫の硬い甲殻の隙間にメスを差し込み、体を切り開いていくと消化管が出てきた。その中には未消化の食物の残骸がわずかに残っていた。牧野はそれを取り出すと顕微鏡で観察した。バラバラになった何らかの細胞、または微細な藻類の残骸のようだった。少なくとも、藻類を餌にしているという近藤の仮説は間違っていなかったのだ。

 だが、藻類など砂漠のどこにも生えていない。この虫たちはどこで餌を取っているというのか。

 雄大な砂漠クジラの餌となり、砂丘の生態系を支えている小さな虫は大きな謎を秘めていた。

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