第31話 鉱脈探査
砂漠に横たわる超巨大生物から骨格サンプルを回収した次の日、探検隊一行は進路を東に転じ、西海岸沿いを離れて砂漠の内陸部へと向かった。
この探検本来の目的である、金属鉱床の探索がついに始まったのだ。
砂漠の内陸部にはかつて大山脈が存在したと考えられていた。大山脈はその後、何億年もかけて風化して低くなり、今ではなだらかに起伏する丘陵地帯となっていた。しかし、大山脈形成時のマグマの熱と圧力、熱水の作用によって生み出された鉱石はその地下に今も残されている可能性が高かった。
鉱脈の探査はまず丘陵地帯の上空から行われた。
飛行中のネオビーグル号から地上に向けて電磁波を照射し、反射され戻ってくるパターンを解析して鉱脈がありそうな地点を絞り込んでいった。
次に、それらの地点に着陸して実際に地上で詳細な調査を行った。岩石のサンプルを採取して金属の含有量を測定し、さらにボーリング装置を組み立てて試掘を行い、地下深部の埋蔵量を試算した。
初日から結果は上々だった。銅、鉛、マンガン、ニッケル、モリブデン、それに金を豊富に含む鉱脈が複数の地点で地表に露出しているのが発見された。これなら地下深くまで坑道を掘り進む必要もなく、露天掘りで採掘することができそうだった。さらに鉱脈は地下深くの層にまで及んでいた。この砂漠はまさに鉱物資源の宝庫だった。
伊藤は発見の第一報をただちに居住区と恒星船の清月総隊長に報告した。
「よくやった。君たちのおかげで居住区の発展は飛躍的に進むだろう。感謝している。これだけの埋蔵量があれば、今後数世代の居住区での金属の需要をすべてまかなうことができるに違いない」清月は画面の向こうから伊藤たちをねぎらった。
「ありがとうございます。こちらではさらに鉱床の探索と地質調査を進め、よりいっそうのデータ収集に励みます」伊藤は言った。
「了解した。安全に気をつけて引き続き調査を続行してくれ」清月はそう言って通信を切った。
それから数日間、隊員たちは鉱脈の調査に忙殺された。地質学者の伊藤を中心として、専門外の牧野や近藤たちもサンプルの採集や分析機器の操作などを担当した。だが調査の実態は野外での長時間におよぶ肉体労働だった。暑い砂漠を何時間も歩き回って測量を繰り返し、削岩機で岩を砕き、岩石のかけらを積んだ台車を押し、試掘用ボーリング装置を組み立てては分解した。
日が暮れる頃にはほとんどの者が疲れ果て、夕食もそこそこに倒れるように寝床に向かった。しかし伊藤だけはただひとり、連日夜遅くまで機内のラボでデータの解析を続けた。
この間、当然ながら超巨大生物の調査はお預けになった。しかし、鉱脈探査中に一度、見たこともない巨大生物に遭遇した。それは中世ヨーロッパの甲冑のような装甲で覆われた体長五十メートルほどの動物で、丘陵地帯に生育する巨大なサボテンに似た多肉植物を貪り食っていた。そいつは調査機の接近に驚いたのか、砂塵を巻き上げながら巨体に似つかわしくないスピードで走り去っていった。
鉱脈調査の最終日、夕食の席で伊藤が言った。
「みんなありがとう。これでこの砂漠探検の第一の目的は達成することが出来た。正直、予想以上の成果で驚いているよ。今後はここを拠点として、採掘した鉱石を製錬、加工して居住区や恒星船で使用することになるだろう。これから先の実用化段階の計画はハードウェア班やエンジニアたちの仕事だ。たぶんロボットを使って採掘から製錬までの全行程を自動化するか、または遠隔操作での運用を考えるだろう。とにかく、俺たちの役目はここまでだ」
「で、明日からはどうする?今度はついに砂漠クジラの番だな」絶滅動物学者の向井が目を輝かせて言った。砂丘に住む砂漠クジラの調査は探検計画の当初からの向井の希望だった。
「気持ちはわかるがもう少し待って欲しい。あと一箇所、どうしても調べたい場所があるんだ」
「それはどこだ」
「ここから三百キロの距離にある大峡谷地帯だ。そこでこの星の歴史に迫れるかも知れない」
ネオビーグル号は鉱脈がねむる丘陵地帯を後にして乾いた大地の上を飛び続けた。
一口に砂漠と言ってもその様相は場所によって大きく異なる。新しく向かった地域は明るい色をした巨岩がごろごろと散乱していた。伊藤によると砂岩らしい。この辺りの地質は堆積岩が主体となっていた。それに対し、丘陵地帯の地質は火成岩だった。
やがて、前方に壁のようにそそり立つ険しい山並みが見えてきた。ネオビーグル号は高度を上げてその上空を飛び越えた。
その先には壮大な光景が広がっていた。
大地を引き裂くように、巨大な峡谷が地平線の彼方にまで続いていた。
「おお……」一同の口から感嘆の声が漏れた。
「まるで地球のグランドキャニオンだ」牧野が言った。
峡谷の岩肌には幾重にも折り重なった地層が美しい縞模様を描いていた。数百メートル下の谷底には茶色く濁った川が蛇行しながら流れていた。この川が膨大な年月をかけて高原の岩盤を削り取り、深さ数百メートルにもおよぶ大峡谷を作り上げたのだ。
「よし、今日はここに着陸して地層を調べる」伊藤は言った。
伊藤はこれまでも居住区の周辺で地層を調べてきた。しかし森林地帯のため地層が露出している場所は少なく、その範囲も限られていた。しかしここは地質調査を妨げる植生はなく、しかも連続的に積み重なる地層は何億年分にも相当するこの惑星の歴史を記録している可能性があった。
機体は切り立った断崖のてっぺんに舞い降りた。
搭乗口から外に出た伊藤と向井、それに牧野と橘は崖の縁に立って見下ろした。谷底から吹き上げてくる上昇気流が彼らの服をはためかせた。その気流に乗って、翼開長十メートルにおよぶ大型飛行生物が上空で悠然と輪を描いていた。
峡谷は切り立った断崖と傾斜の緩い岩棚を階段状に繰り返しながら、谷底に向かって下っていた。
よく見ると、断崖の部分も所々で崩れ落ち、崖に沿って足場のようになっていた。ここを歩いて行けば徒歩で谷底まで降りられそうだった。とは言うものの、足場は狭くて崩れやすかった。頭上からは容赦なく太陽の光が浴びせられる。もしふらついて足を踏み外したりしたら谷底まで滑落して一巻の終わりだ。
緊張して崖沿いの足場を下りながら、隊員たちは崖に露出した地層を観察した。
そこには無数の化石が埋まっていた。螺旋状、棒状、鱗状……、見たこともない生物の遺骸の一部だ。
「たぶん、ここは昔は海の底だったのだろう。そこに住んでいた生物の骨や殻がこうして化石として残ったんだ」伊藤が言った。
「かなり保存状態が良さそうだな」牧野は言った。
途中で巨大な生物の化石が露出している所を通りがかった。骨格はばらばらになっておらず、ほとんどの骨が生前そのままの状態でレリーフのように崖の表面に浮き出ていた。四方向に開く顎には鋭い歯列が並んでいた。長い尾は幅が広く、これが泳ぎの得意な水生生物だったことを物語っていた。
「素晴らしい……このまま博物館の展示品にできそうだ」向井は呟きながらその映像を詳細に記録した。
長さ五メートルにも及ぶ円錐形の殻、小さな骨片がネックレスのように繋がった化石。奇怪な形状をした節足動物のようなもの。表面に複雑な模様を浮かばせるドーナツ状の円盤……。その正体はまったく不明ながら、美しく印象的な化石が続いた。谷底に向かって深く下るにつれて、地層は古い時代のものになり、そこに化石として残された生物の姿はますます異質で見慣れないものになっていった。
「この星の生物のことは現在生きてる連中だってまだほとんど知らないってのに、絶滅した古生物までこんなにいるのかよ。いったいこの峡谷全体で、どれだけの化石が眠ってるんだ。俺が生きているうちにこの星の生物の多様性のすべてを知るなんて絶対無理だ。くそっ、目の前に宝の山があるのに時間が足りない、寿命が短すぎる」絶滅動物学者の向井が心底悔しそうに言った。
「そのためには少なくとも、あと千年は必要だろうな。どう足掻いても俺たちの世代はこの星の進化の歴史のほんの上っ面を撫でることしかできなさそうだ」伊藤は言った。
「そもそも、地球の生物のことだってすべて知り尽くしていたわけじゃない。まだまだわからない事が沢山あったんだ。何千年かかっても人間がひとつの惑星の生物圏の全貌を知り尽くすなんてことは不可能なのかもしれない」牧野は言った。
「でも、知りたい。生きている限り未知なる生物に出会いたい。地球の生物のように永遠に失われてしまう前に」向井が言った。
「そうだな」牧野はうなずいた。
四時間後、一行は谷底に到着した。出発したのは朝だったがすでに太陽は天頂を過ぎて西に傾き始めていた。
谷底に到着するまでに、地層の各層でサンプルを採集していた。放射性年代測定によりそれぞれの地層が何年前に堆積したのかを知るためだ。化石については特に目立ってよく見つかる種類に限り採取した。将来的に、地層の年代を推定するための示準化石として使えるかもしれないからだ。
谷底の岩石にはもはや生物の化石は見られなかった。
「肉眼で確認可能な大きさの生物がまだ進化する以前に形成された岩石なのかもしれない。今のところ、この星で最古の記憶を留める岩だ」伊藤はその岩石を採取した。
隊員たちの背負う袋には、すでに何十キロ分もの岩石や化石のサンプルが詰まっていた。
「まさか、今からまたあの崖を上まで登るんじゃないだろうな」牧野は言った。
「そんなわけないだろ。ネオビーグル号を谷底に呼ぶ。この先の河原に着陸できそうな場所があるんだ」伊藤が言った。
後日、この日採取した地層のサンプルを年代測定した結果、この惑星の意外な来歴が明らかになる。だがそれはまだ先の話だった。牧野たちを乗せて谷底から舞い上がったネオビーグル号は、大陸中心部に横たわる広大な砂丘地帯を目指して飛び立った。