第23話 新たなる調査計画
――セドナ丸は意図的に破壊された。
事故調査班が暴き出したその意外な事実は、さらなる謎を生み出した。
船内放送の内容から判断して、あれは集団自殺ではなく処刑だった。
なぜ乗組員たちは処刑されなければならなかったのか。
なぜ処刑者たちは自らの船もろとも他の乗組員を殺戮するという異常行動に走ったのか。
そして、窓の外に一瞬見えた巨大な影、あれはいったい何だったのか。
さらに、この事実はある重要な可能性をも示唆していた。
セドナ丸を破壊した処刑者たちはその後も生き延び、子孫を残したかもしれない。そして彼らは今もこの惑星のどこかに生存しているのかもしれない……。
事故調査班からのセンセーショナルな報告の後、議題は参加者からの提案や意見要望に移った。
その時、地質学者の伊藤が挙手して発言を求めた。
「金属鉱床を見つけるため、アルファ大陸北部の砂漠地帯で本格的な地質調査をしたい」
伊藤の提案に他の参加者たちはどよめいた。
居住区では今、金属不足が深刻化していたからだ。
これまで、必要な金属はもっぱらリサイクルで賄われていた。恒星船で不要になった設備や機材を分解して金属部品を回収し、新しい製品の加工に充てていたのだ。しかし居住区が拡大し金属の需要が増大するにつれて、リサイクルだけでは必要な供給量を満たすことはできなくなっていた。
もちろん、この惑星の地殻には金属が豊富に存在しており、電磁波を使った軌道上からの探査でも鉄や銅、アルミニウムなどの鉱床が存在すると推定される場所は複数見つかっていた。しかし、そのほとんどが居住区から遠く離れた高山や乾燥地帯、熱帯大森林地帯などの過酷な場所に位置していた。
それらの鉱床のうち、最も近いのがアルファ大陸北部の砂漠地帯だった。
そこは居住区があるアルファ大陸北端の半島から真南に千キロ以上くだった先で、その面積はオーストラリア大陸に匹敵するほど広大だった。これまで軌道上からの観測のみしか行われておらず、まだ誰も足を踏み入れたことがなかった。
「現地である程度継続的に調査をしたい。少なくとも二週間はかかると思う。それに人や機材も必要だ。そうなると調査用の軽飛行艇では運搬能力不足だ。着陸艇を一機、できればプレアデス号を使わせてほしい」伊藤が言った。二機の着陸艇のうち、大きい方がプレアデス号だった。
これには当然、反対意見が出た。
今でも着陸艇は人員や荷物を運んで居住区と恒星船の間を頻繁に行き来していた。今では隊員のほとんどが居住区に家をかまえていたが、地表観測班や天文班など宇宙で仕事をする人々は自分のシフトが来ると着陸艇で恒星船に上がっていた。
また、恒星船には地上の居住区にはない先端機器も設置されていた。万能医療機は居住区の診療所では手に負えない患者を治療するのに必要だし、ナノ合成機は分子レベルの精密加工に不可欠だ。二週間にわたり、着陸艇が一機しか使えないとなると、居住区の活動全般が影響を受けることになる。
それに惑星上で何らかの災害が発生した場合、居住区の隊員を恒星船に退避させるためにも絶対に必要だった。
そういう訳で、代わりに提案されたのが新たな調査専用機の建造だった。
従来の調査用軽飛行艇よりも大型で、現地での長期滞在型調査も可能な大気圏内飛行機を一機建造する。そして着陸艇二機はこれまで通り恒星船との往復にのみ使用する。調査専用機の完成までしばらく待つことになるが、伊藤はこの代案を全面的に受け入れた。
その他、討議を重ねる中で二、三の修正点はあったものの、計画は会議の参加者から全会一致で賛成され、清月総隊長もそれを承認した。
「そろそろ居住区の運営も安定してきた。この惑星の新たな領域を開拓しはじめるのも良い頃だと思う」清月が言った。
「ありがとうございます」伊藤が言った。
「調査のメンバーはどうする?」会議の参加者の一人が言った。
「……参加させてくれ」まず声を上げたのは絶滅生物学者の向井だった。
向井は座席から立ち上がって言った。
「俺には鉱山の専門知識はない。でも古生物学を修得する過程で地質学は学んだし、少しは役に立てると思う。それに、これは俺の研究テーマなのだが、砂漠地帯にはどうやら超巨大生物がいるらしい。俺はそれを調査したい、というかこの目で見てみたい」
「例の砂漠クジラか」伊藤が言った。
「ああ。砂丘に数キロに及ぶ長大な航跡を残し、砂を噴き上げる謎の巨大生物だ。砂の中深くに潜っているため、どんな姿をしているかさえわかっていない」
砂漠クジラの存在は星系到着直後の全地表サーベイのときにはすでに把握されていた。だが、見つかるのは移動の痕跡や噴砂ばかりで、生物そのものが目撃されたことはなかった。仮に砂漠クジラと呼ばれているが実際の外見や生態はクジラとはまるで違っている可能性も高かった。
だが、数多くの証拠から、砂漠に何らかの巨大生物が存在することは確実視されていた。
しかし、生態学者として牧野は疑問に思わずにいられなかった。
砂漠という不毛の環境で、果たして巨大生物が生存できるのだろうか。
巨体を維持するためには当然、大量の食料が必要だ。砂漠クジラの食性は不明だが、何かを食べなければ生きていけないはずだ。推定体長は最大で200メートルにおよぶというが、それほどの巨体を支えられるほど豊かな食料が砂漠にあるのだろうか。
軌道上から撮影された画像を見る限り、そこには砂と岩しかないように見えた。
だが、上空からは見えないだけで、意外と豊かな生物相が隠れている可能性もある。
居住区の近くの、温暖で湿潤な森林地帯とはまったく異なった砂漠という環境で、この惑星の生物はどう適応して生きているのだろう。是非とも砂漠地帯の生物とそれが織りなす生態系を調べてみたい。
気がつけば、牧野も挙手して調査隊への参加を表明していた。
こうして、鉱物資源探査を目的とした、砂漠地帯への遠征調査計画が動き出しはじめた。
定例会議の後、牧野は研究棟に向かった。
西に傾いた日差しが大きな窓から射し込み、室内に並ぶ薬品や実験機器、標本瓶を金色に輝かせていた。科学者たちは各々の作業エリアで自分の研究に没頭していた。何人かは早めに仕事を切り上げ、帰宅するようだった。
牧野は新たな調査への期待に胸を躍らせながら自分の作業エリアに歩いていった。
すると、後ろから声をかけられた。
「あ、やっと来た。今日は遅かったね」
振り向くとそこに高梁がいた。
「今日は定例会議に出てたからな。お前も来たらよかったのに。砂漠地帯への遠征調査計画が決まったんだ。資源探しが主な目的だが生物調査もやる予定だ。俺も参加することにした」
「へぇ、そうなんだ。面白そうだね……」
高梁は手に袋をかかえていた。
「その袋は?」
「あ、これ、昨日借してもらった上着。ありがとうございました」
そう言うと彼女はぺこりと頭を下げ、牧野に向かって袋を差し出した。
一瞬、何の事かわからなかったが、昨日の夜、研究棟でうたた寝していた高梁に自分の上着を掛けて帰ったことを思い出した。袋の中にはきれいに洗濯され、丁寧に畳んだ上着が入っていた。
「こんなに気を遣わなくても、そのまま返してくれるだけでよかったのに」
「でも、ちょっとよだれとか付いちゃってたし」
「え、よだれ……」確かに昨夜、彼女は盛大によだれを垂らして寝入っていた。
「ご、ごめんなさい。怒ってるよね」
「いや、いいって。全然気にしてないからさ」
「うう、やっぱり怒ってる……」
「だから怒ってないって。それよりも俺の上着、臭くなかったか。今思えば最近あまり洗濯してなかった気がする」
「ううん。全然。でも、牧野さんの匂いがしてちょっとドキドキしたかな。なんか抱きしめられてるみたいな感じがしたよ」
高梁は目を伏せて言った。頬を染めているように見えるがそれはきっと西日の光の加減のせいだろう。
彼女の口から飛び出した思わぬ言葉に牧野は返事に窮した。
「……変なこと言うなよ」ぼそりとそう呟くのが精一杯だった。
「じゃ、じゃあね」ぎこちなく別れを告げると高梁は足早に去っていった。
袋から出した上着を羽織ると、洗剤の甘い香りが鼻をくすぐった。
自分の作業エリアに入ると、昨日採取してきたバラムン樹の擬虫葉の莢が開き、羽化しはじめていた。
花の蕾と昆虫の蛹が合わさったような形をした半透明の莢の中で、擬虫葉はまるで独立した生物のようにもがき、外に出てこようとしていた。薄緑色をした翅はまだ濡れてしわくちゃだった。
昨日、飯塚に羽化を見せてやる約束をしていたことを思い出した牧野は、端末で彼女に電話をかけた。
だが、彼女はつわりがひどいらしく、残念ながら見に来ることができなかった。
仕方なく牧野は一人で羽化を見守り続けた。もちろん撮影は忘れない。
房状に並んでいた莢が次々に開き、何体もの擬虫葉がいっせいに羽化し始めた。
莢の中に折り畳まれて収納されていた胴体が少しずつ伸びていく。繊細な支脈におおわれた翅がゆっくりと花開くように広がっていく。
それは地球の蝶に驚くほど酷似していた。
まさに収斂進化のたまものだ。花へ花からと飛び回るという同じ目的のために、まったく縁のない地球の昆虫と異星の植物が同じ形態と機能を進化させたのだ。
やがて、透き通るような翡翠色の美しい翅で、擬虫葉たちは研究棟の中を飛び回り始めた。
それを見た他の研究者たちが歓声を上げた。植物の蝶たちは人々の頭上すれすれを優雅に舞い、捕まえようとする手をひらひらとした動きで巧みに避けた。
牧野は窓を大きく開け放った。
擬虫葉たちは静かに羽ばたきながら窓から抜け出し、夕暮れの空に消えていった。きっと空気中の化学物質を頼りにバラムン樹の雌株を探しに行ったのだろう。