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第17話 巨獣覚醒

 三人は風向きを逆にたどり体外への出口を探しながら歩いた。光は暗くぼんやりとしていて、どこから差し込んでいるのかはっきりしなかった。

 この辺りまで来ると、汚泥はすっかり乾燥して土のように固くなり、歩くのもかなり楽になっていた。奇妙な寄生生物の類はいつの間にか姿を消していた。


 彼らはついに超巨大生物の(はらわた)の行き止まりに辿り着いた。

 そこでは床に堆積した汚泥が大きなすり鉢状に窪んでいた。おそらく消化管の出口はすり鉢の底に埋もれており、排泄物はそこから下向きに排出されるものと思われた。もし今、排出が起きたなら、彼らは出口に向かって一気に押し寄せる汚泥に飲み込まれ圧死してしまうだろう。


「肛門は出口に使えなさそうだ。じゃあ、この風と光はどこから来てるんだ」乾が言った。

 周囲の壁面には樹枝状の菌類が藪のように茂っていたが、それらは上から吹き下ろす微風にそよいでいた。明かりを消して再度確認すると、壁の中程の高さにぼんやりと光っている穴が見つかった。

 三人は菌類につかまりながら急傾斜する壁面を登っていった。


「……光だ。このトンネル、外に通じてるぞ」

 先頭を登っていた乾が一足先に穴の入り口に取り付いた。そして後に続く二人に手を差し伸べ、上に引き揚げた。たしかにトンネルの奥から光が射し込んでいた。三人の足取りは自然と速くなった。トンネルは軟らかい有機物から、再び硬くざらざらした岩石に変わっていた。


「こちら牧野だ。どうやらもうすぐ外に出られそうだ。そちらから位置を探知できるか」牧野は通信機で外に呼びかけた。

「うん、ちゃんと受信できてる。伊藤さんたちと今から着陸艇でそっちに回り込むから待ってて」高梁が言った。付き合いにくい変人だと思っていた彼女の声が、その時ばかりはとても愛おしく耳に響いた。



 トンネルを抜けてたどり着いたその小さな部屋は、隅のほうに節足動物の抜け殻のようなものが転がっているだけでがらんとしていた。

 そして壁に開いた穴からは眼下に広がる森林地帯と、その上で(まぶ)しく輝くあさぎりの太陽が覗いていた。こんなに美しい風景を見たのは生まれて初めてだと牧野は思った。


「やれやれ、誰かさんのせいでとんだ珍道中をする羽目になったぜ」

 乾が床に胡座をかいて言った。ヘルメットが脱げたなら今すぐ煙草を取り出して一服しかねない様子だった。

「ほんとに生きて帰れたのが信じられません……ありがとうございます」

 堀口が二人に向かって頭を下げた。

「まったく。ガキじゃねぇんだからフラフラするなよボケ」乾が吐き捨てた。

 そんな彼が命令に背いてまで堀口の救出を優先したことは、この場では黙っておいた方が良さそうだった。


 その時、頭上から大きな影が差した。着陸艇だった。

「おーい、乾、牧野、堀口、みんな無事か-」

 絶滅動物学者の向井がハッチから身を乗り出して呼びかけていた。

 超巨大生物の体内から無事生還した三人は、一人ずつワイヤーに吊られて着陸艇内に収容された。三人ともスーツは汚泥まみれで酷い格好だったが、船内にいた隊員たちは無事生還した彼らを温かく出迎えた。




 着陸艇は岩山の側面を回り込むようにして飛んでいた。

 牧野はぼんやりと右手に続く崖を眺めていた。垂直に近い切り立った岩の壁はだだっ広く、これが超巨大生物の脇腹だとはその体内を探検した後でも信じられなかった。果てしなく続く体内の暗闇を彷徨ったあの体験も今となっては現実ではなかったように思えてくるのだった。


 鱗状にひび割れた崖の一箇所から奇妙な植物が生えていた。差し渡し五メートルほどもある花または子実体と思われる鮮やかな紫色の物体が空中に向かって大きく花開いていた。その周囲には銀色に光る飛翔生物が素早く飛び交っていた。別の亀裂には、脚の長さが何メートルもありそうな巨大なクモかサソリのような生き物が潜んでいるのが見えた。

 いったいどれだけの数の生物がこの岩山のような生物に寄り添って生きていることだろう。この超巨大生物自体が無数の生命体が織りなすひとつの生態系と言えるのではないだろうか。


 牧野はふと大切な事を忘れていたのに気付いた。

「なあ高梁、この生物の名前は何にする?」

「そうだね、ヤマモドキ……はひねりがなさ過ぎるし、う~ん……」彼女はしばらく頭を捻っていたが良いアイデアが浮かばないようだった。

「まあ、考えといてくれよ」「わかった」



 着陸艇の下方、着生植物の森とまとわりつく白い霧の隙間を通して、巨大な柱状の物体が見えた。

「脚だ……」絶滅動物学者の向井が畏怖に打たれた声で言った。


 岩山の下部から生えた太短い脚の数は見えただけでも二十本以上あった。膨大な重量を支える脚は一本一本がジャイアントセコイアの幹よりも太かった。脚の表面も胴体と同じく岩のような質感で、着生植物がまるで毛の房のように垂れ下がって生えていた。巨大な脚はどれも大地に根を下ろしたように微動だにしていなかった。


 着陸艇は岩山を半周して前面、つまり進行方向側に出た。

 そこに超巨大生物の顔があった。大きな瘤が盛り上がり、褶曲した畝と皺の列が走り、尖った角が林立するこの奇怪な形状を顔と呼べるならばだが。

 そこには複雑な色彩をたたえた半球状の構造も並んでいた。それは明らかにこの巨大生物の眼だった。

「きれいな眼だな……」乾が言った。その大きな眼は見る角度によって、深い藍色からエメラルドグリーン、そして朱色まで多彩な輝きを見せた。



 その時、船内で警報が鳴り出した。

「動体センサーが岩山の動きを検知した」パイロットが緊迫した口調で言った。

 その直後、辺り一帯の大気を震わせて地鳴りが始まった。岩山も揺れており、山頂や崖から無数の岩石の欠片がばらばらと落下し出した。

 落下物との衝突を避けるため、着陸艇は慌てて岩山から距離を置いた。


「地震か。まだ続いているな」牧野が言った。

「着陸後初の地震観測だな。この惑星はプレートテクトニクス的には生きているから、いつ地震が起きても不思議ではなかったが」地質学者の伊藤が言った。


「……ちょっと待って下さい。なんか別の音もしませんか」堀口が言った。

 たしかに堀口の言うとおり、重々しく響く地鳴りと同時に、甲高い音が聞こえていた。まるで重い鉄扉を押し開くようなその音は明らかに岩山自体から発せられていた。少しずつ大きさを増していく甲高い音は隊員たちの骨を震わせた。


「おい、あれを見ろ」向井が岩山を指さして言った。

 岩山の正面に、これまでなかった大きな亀裂が生じていた。縦横に大きく走るその亀裂は徐々にその幅を広げつつあった。

「岩山が裂けていく」「崩れるぞ」隊員たちは口々に叫んだ。


 牧野は気付いた。「……いや、違う。裂けてるんじゃない。口を開いたんだ」

「何だと……」伊藤は絶句した。

「俺たちに、着陸艇に反応したのか」乾が言った。

「わからん。わからんが、とにかく逃げた方がよさそうだ」向井が言った。


 岩山、否、超巨大生物(ギガファウナ)は深い眠りから覚め、いままさに動き出そうとしていた。

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