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第15話 救出潜入

 堀口が謎の生物に攫われ、それを追って乾と牧野が洞穴の中に消えてから一時間が経過していた。

 事件の一報はただちに清月総隊長まで伝わり、恒星船、ベースキャンプ、それに現場で待機している伊藤たちを結んで緊急対策会議が開かれた。


「乾たちから堀口発見の報告はまだ届いていないか」清月総隊長が伊藤に聞いた。

「まだです……」


 そこに突然、ソフトウェア班の矢崎が割って入り、ヒステリックにわめき立てた。

「あのね伊藤さん、あなたどうしてあの二人を黙って行かせちゃったのよ!馬鹿じゃない?どう考えても二次被害を拡大させるだけじゃない。あなたが止めるべきだったのよ!今すぐ呼び戻しなさいよ!」


「じゃあ堀口はどうするんだ。このまま見捨てろって言うのか」伊藤が怒りを含んだ声で応じた。


「残酷だけど、この状況で彼が助かる可能性は低いと言わざるを得ないわ、現実的に判断すればね。そもそも、乾の勝手な行動を許した時点であなたは探検隊リーダーとして不適格だったのよ!」

「何だとコラもう一度言ってみろ」


 そこで清月が仲裁に入った。

「二人とも頭を冷やせ。矢崎は私が許可するまで発言を禁じる」

「総隊長!そんな横暴はゆ……」矢崎の発言は通信ネット上からブロックされた。


 清月は続けた。

「我々の人的資源は限られている。たった157人、それだけの人数でこの惑星の社会を営んでいかなくてはならないのだ。一人として欠くわけにはいかない。たとえわずかでも救出の可能性がある限り、堀口は必ず救い出す。見捨てるという選択肢はない」


「しかし、矢崎さんの言うとおり、それがかなり困難なのは事実です。しかも乾さんと牧野君を失う可能性もあります」恒星船からセドナ丸事故調査班の飯塚が発言した。


「伊藤、乾と牧野との連絡は現在も可能か」清月は伊藤に聞いた。

「はい、まだ電波が届いています。乾はマイクロ中継器を設置しながら洞窟内を移動しています」

「よし。乾に伝えてくれ。そのまま堀口の捜索を継続。手持ちの中継器がなくなり外との通信が維持できなくなる前に必ず引き返せ。乾の第一次捜索により救出できなかった場合、現在ベースキャンプにいる人員で第二次捜索隊を組織し、岩山内部を徹底的に調べることとする。基村、至急、捜索班の編成を頼む。こちらからも増員として安全保障班の韮崎たちを送る。ベースキャンプの護衛および日常業務の継続は彼らに当たってもらう」

「了解しました」ベースキャンプの基村が応じた。


 清月は恒星船内の韮崎に呼びかけた。彼女は元自衛官メンバーの一人だった。

「韮崎、メンバーを五人選び、第二着陸艇で地上に向かってくれ」

「わかりました。早川と須田山、大西、河田あとは佐野を連れていきます」

「頼む。よし、みんな取りかかってくれ」



 牧野は洞窟の床に手をついていた。アリの巣のように曲がりくねり、分岐を繰り返す狭い穴の中を一時間以上這い続け、岩山内部のかなり奥まで潜っていると思われた。二人のヘッドライトの光が届く範囲外は真っ暗闇だ。あたりは物音もせず静まりかえっている。


「……次はこっちだな」牧野の前方で、トンネルの分岐点を調べていた乾が振り向いて言った。

 乾は床の一カ所を指し示した。そこには濃緑色の液体が点々と飛び散っていた。堀口を連れ去った生物が流した体液だ。分岐点にさしかかるたびに彼らは床や壁面を注意深く調べ、生物が残した血痕をたどってきた。今回、緑色の体液が付いていたのは三つに分かれたトンネルのうち、斜め下に向かう穴だった。


 乾はポケットから小さな装置を取り出すと壁に貼り付けた。中継器だ。スイッチを入れると青いダイオードの光が点った。外との連絡を維持するために要所ごとに中継器を設置してきたが、それは戻る際の道しるべとしても役立つはずだった。だが当然、その個数にも限りがあった。


「さて、これが最後の中継器だ」乾が言った。

 つまり、これ以上はあまり先には進めないということだ。清月総隊長の命令に従うなら、外との通信が維持できなくなる前にいったん堀口の捜索を諦めて外に戻らざるを得なかった。


「クソ、そう遠くないはずなんだが。牧野、堀口からの通信か、追跡タグのビーコンは受信してないか」

「残念ながらまだありません……」

 乾はため息をついた。「そうか。じゃあ、先に進むぞ」



 二人はトンネルを慎重に下っていった。トンネルは左右にカーブを描きながら次第に傾斜角を増していた。さらに進むにつれて周囲の気温と湿度が急激に高くなり、ついにはヘルメットのバイザーが結露しはじめた。

「なんだこれは。まるでサウナだな。ヘルメットが曇っちまう」乾がバイザーを手の平で拭いながらうめいた。

「火山活動の地熱、温泉でもあるんですかね」

「それか体温かもな。やっぱりこの岩山は生きてるんだよ。それよりも足下に気をつけろ。かなり滑りやすくなってるぞ」


 岩肌は湿気に濡れ、その上をピンク色をした平たいナメクジのような生物がたくさん這い回っていた。岩の材質も変化し、ざらついた硬い岩石から、いつしか軟らかい多孔質の物質になっていた。



「伊藤さん、もしもし、聞こえますか。もう一度お願いします」牧野は外の伊藤に呼びかけた。

「……は、な……聞こ……。……い……」

 しかし返ってきた通信は途切れ途切れでほとんど聞き取れなかった。最後に設置した中継器からかなり下ったせいで、通信が不安定になっているのだ。

「乾さん、どうします。外と通信が取れなくなり始めてます。いったん戻りましょう」


「いや、まだ先に進む」「乾さん!」

「仲間を見捨てるわけにはいかねぇだろ」

「でも、これ以上は危険ですよ!」

「……仲間を見殺しにして後悔するなんて、そんな経験、二度とごめんだからよ」乾は小声でつぶやくように言った。この男、過去に何かあったのか。


「頼む牧野、もう少しだけ俺に着いてきてくれないか。もうちょっとで見つかるはずなんだ」

「……確証はあるんですか」「俺の勘だよ」

 牧野はため息をついた。「わかりました。付き合いますよ」



 その数分後だった。

「待って下さい。通信です!」

 牧野の通信機がノイズ混じりの通信を拾った。伊藤たち外からの通信はすでに完全に届かなくなっていた。言葉は聞き取れないがささやくような小声が数秒間続き、ヘルメットの通信機は沈黙した。

「こちら牧野、聞こえるか。おい、答えてくれ」しかし応答はなかった。

「今のは、堀口の声だったな」乾も今の声を受信していた。

「急ぐぞ。あいつはまだ生きてる」


 急角度で下るトンネルはやがて垂直に落ち込む縦穴になった。泥土のように軟らかな壁面に手足を突っ張りながら、二人はそこを下った。降りきった先の床面に、きらりとライトを反射する物体が落ちていた。乾はそれを拾い上げて観察した。透明なガラス状の素材の破片だった。

「まずいぞ……ヘルメットのバイザーの破片だ」

 おそらく堀口は縦穴を真っ逆さまに落下し、床に激突してヘルメットが破損したのだ。堀口はヘルメットの気密が破れて外気に直接晒されている可能性が高かった。



 泥のように軟らかい壁や床には今や無数の爪痕が残っていた。そして堀口の体を引きずった時についた痕跡も。広さと高さを増したトンネルの中を二人は先へ急いだ。

 程なく、牧野たちは広い空間の入り口にたどり着いた。だがトンネルから出ようとした牧野を乾が押し止め、そして自分のライトを消灯した。

 乾が緊迫した口調で言った。「動くな。ライトを消せ。やつらの巣に出た」牧野は慌てて指示に従った。


 牧野は乾の肩越しに覗き込んだ。暗い部屋の中で何かがたくさん動き回っていた。

 二人ともライトを消しているにも関わらず、そこは完全な暗闇ではなかった。

「堀口のライトだ……」それは二人から十メートルほど離れた部屋の向こうの床の上で淡い光を投げかけていた。その前を何かが横切るたび、悪夢のような形状をした生物のシルエットが浮かび上がった。手脚を覆う長い剛毛、ねじ曲がった細い体、鋭い爪……。牧野の脳裏に人間以上の大きさがある毒クモのイメージが浮かんだ。


 牧野は堀口に呼びかけた。「堀口、聞こえるか。おい、堀口、助けに来たぞ」

 しかし、やはり応答はなかった。


「さいわい、生物たちはまだこちらに気付いてないようですね」牧野が言った。

「それか、気付いてても無視してるのか。いずれにしろ襲いかかって来ないな。今がチャンスだ。奴らを狙撃し、堀口を救出する」乾が言った。その手には再び銃が握られていた。

「……現地生物の殺傷は最小限にしたいですが、仕方ありませんね」

「合図とともに一斉にライトを点灯、部屋に突入する。奴らは俺が引き受けるから、その隙にお前が堀口を助け出すんだ」「……了解」「準備はいいか。3、2、1、行けっ!」

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