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第14話 生ける奇岩

 噴射の突風でテントの布地をバタバタとはためかせながら、着陸艇は砂丘に設営されたベースキャンプから軽やかに離陸した。


 牧野は眼下に小さくなっていく実験棟や居住棟を見下ろした。


 着陸以降、休みなく進められてきた建設工事にともなってベースキャンプの活動の中心はすでに着陸艇から仮設棟群へと移っていた。そこでは今日も採集されたサンプルをもとに、この惑星の生物の基礎的性質についての調査研究が精力的に進められていた。


 その結果は気になる。それに飛行機は苦手だ。

 だが今回の調査ばかりはたとえどんな代償を払っても参加する価値があった。この惑星の名を全世界に知らしめた、あの超巨大生物に遭遇できるかもしれないのだ。牧野は期待と緊張を覚えながら座席に収まっていた。

 今日の調査の参加メンバーは地質学者の伊藤、安全保障の乾、微生物学者の高梁と、ここまでは昨日の森林探検と同じだったが、近藤だけはキャンプに残り昨日採取した植物の研究に取り組んでいた。新しいメンバーとしては昆虫学者の堀口と、絶滅動物学者の向井が加わっていた。



「これより目標の実地調査に出発する」

「了解、気をつけて」

 パイロットとベースキャンプの担当者が短く交信した後、着陸艇は白い霧の立ちこめる地平線の彼方を目指して出発した。



 緩やかに起伏しながらどこまでも広がる暗緑色の森林地帯の上を三十分以上飛び続けた後、着陸艇は目的地の上空に到着した。


 例の岩山は機体の直下にあった。

 森の中からそそり立つ巨大な奇岩。計測によるとその大きさは長さ680メートル、幅280メートル、そして高さ170メートルに及んだ。表面は滑らかではなく、角のように鋭く突出した部分や、瘤のように隆起した部分が多かった。奇妙なことにそれらは規則的なパターンで並んでいるように見えた。岩肌には長年の風化と浸食により刻まれたと思われる亀裂が網目状に走り、一部には着生植物が繁茂して表面を覆い隠していた。周囲には白い霧がまとわり付くように漂っていた。


「どう思う?これが生物に見えるか?」牧野は高梁に聞いた。

「見えない、こともないかも……」彼女は息を呑んで言った。


 たしかに衛星から撮影した画像と、直接この目で見るのとではその印象は大きく異なった。衛星画像では単なる岩の塊にしか見えなかったそれが、明らかに巨大な生き物として感じられたのだ。例えるなら数百万年の歳月を生き、大地と一体化した巨大な亀、あるいはドラゴン。眠ったようにうずくまっているが内に底知れぬ生命力を宿した存在……。



「あの渓谷、たしかに清月総隊長の言う通り、岩山が大地を削り取りながら移動してきた跡にしか見えないな」地質学者の伊藤が言った。


 奇岩のすぐ後ろには、それと同じ幅の渓谷が続いていた。渓谷の両側の切り立った崖には植物がなく地層がむき出しになっていた。渓谷の底には砕かれた大きな石がごろごろと転がり、その隙間を縫って小川が流れていた。奇岩が植生ごと土壌を削り取りながら長い時間をかけて進んできたことは間違いなさそうだ。


「だが、あれほど巨大な物体を移動させるには相当なエネルギーが必要なはずだぞ。本当にそんなことがあり得るんだろうか」伊藤は自問自答した。

「とにかく、接近して観察しましょう」牧野は言った。



 着陸艇は高度を落とし、奇岩の上空20メートルの地点でホバリングした。そこからロープを垂らし、懸垂降下で岩山の上に乗り移るためだ。山頂は着陸艇を下ろすには平坦なスペースが少なすぎた。


 牧野、高梁、乾、伊藤、それに向井と堀口の六人はハーネスを装着し、それにしっかりとワイヤーロープを接続して、パイロットの助けを借りながら一人ずつ奇岩の上にするすると降りていった。

 六人の降り立った頂上周辺では、着生植物が着陸艇の噴射に煽られて激しく揺らいでいた。彼らを下ろした後、着陸艇は山頂から離れ、空中での待機に移った。

「何かあったらすぐに連絡してくれ」パイロットはそう言い残し飛び去った。



 上空から観察した通り、奇岩の頂上付近の岩肌には深い亀裂がいくつも口を開けていた。


「地球のギアナ高地と少し雰囲気が似ているな」伊藤が言った。

「伊藤さん、行ったことあるんですか」牧野が聞いた。

「まさか。映像でしか見たことしかないよ」


「……俺はあるよ」

 絶滅動物学者の向井が言った。隊員達の中では最高齢に近い40代後半の向井は研究で地球各地を巡った経験を持っていた。日焼けした肌はドーム外ですごした時間の長さを物語っていた。

「エクアドルの軌道エレベーターに乗る前、みんなより一足先に南米入りして登ってみたんだ。残念ながら現地の生態系はすでに壊滅してたけどね。伊藤が言うようにたしかにあそこの風景に似てる」


 牧野は山頂の縁から身を乗り出して下をのぞき込んだ。

「ギアナ高地ほどの高さはありませんが、ここも地上から隔絶された環境のようですね」

 山頂から下は切り立った断崖が百メートル以上続き、地表付近を漂う霧の中に消えていた。その時、牧野の足下から小さな石の欠片が剥がれて落下していった。山頂の岩は風化によって相当もろくなっているようだ。

「おい、気をつけろよ」乾が言った。



 隊員達は一列になって歩き出した。

 岩の亀裂の底には水たまりができていたが、そこには小型の生物が水面に波紋を描きながらたくさん泳いでいた。昆虫学者の堀口が身軽に亀裂の間に潜り込み、サンプル容器に水中の生物を捕獲してきた。

 容器の中には細長いエビのような透明な生き物がさかんに脚を動かして泳ぎ回っていた。

「やったー、初捕獲成功。テンション上がるわぁ」

 堀口はそう言うと容器を鞄の中にしまい込んだ。大柄な体格に似合わず、意外と動作は素早くて明るい性格の男だった。


 あたりにはラッパのような形をした黄色い植物が群生していた。一見、ウツボカズラやサラセニアなどの地球産の食虫植物に似ていたが、筒型の葉状体の中に消化液は溜まっていなかった。

 その向こうにはヨットの帆くらいありそうな巨大な葉が折り重なるようにして空中に迫り出していた。薄紅色をしたその葉は肉厚で固く、風が強い山頂でも微動だにしていなかった。牧野は一番近くにあった葉の裏側を覗き込んだ。そこには昆虫のような微小な生物がおびただしく付着していた。牧野は葉の裏に付着していた生物を指でつまみ取って採取容器に入れた。堀口も隣にやってきて小さな虫たちを採取しはじめた。


「この植物に寄生している生物ですかね」堀口が言った。

「たぶんそうだろう。何種類かいるな」牧野は容器の中を這い回る小さな生き物を観察しながら言った。よく見ると金属光沢のある殻を背負った姿は昆虫よりもむしろ貝類に似ているように思えた。種類により色彩や模様のバリエーションが豊富で、構造色と思われる虹色の輝きは宝石のようで実に美しかった。


「この生物を地球に紹介したら、きっとみんな気に入るね」高梁は無邪気に微笑んだ。


 亀裂の底の水たまりを覗き込んだり、着生植物を調べたりしながら隊員たちは奇岩の上を探索し、生物や土壌や岩石のサンプルを採取した。そこは地上の森とは明らかに異なる独特の生態系だった。



 そろそろ撤収しようかと思い始めたその時だった。

 生物を探し回っていた堀口が亀裂の底に口を開けた奇妙な洞窟を見つけた。

 穴の縁は丸くすり減っており、何物かが開けた巣穴のように見えた。穴の奥をライトで照らしたが、かなり奥まで続いているようだった。

「これ、何ですかね……」


 穴の直径は約1.2メートル。人がひとり屈んで入り込める広さだ。堀口は頭だけを突っ込んで穴の奥をヘルメットのライトで照らしたが、通路はかなり奥まで続いているようだった。

「空っぽですね……、ん?あれは何だ」そうつぶやくと堀口は洞窟の中に入って行った。


「おいこら、勝手に単独行動するんじゃない。戻ってこい」伊藤がきつめの口調で言った。

 しかし、堀口は洞窟から出てこなかった。

 その時、堀口からのノイズ混じりの通信が届いた「……た、助けて。捕まった」


 乾が弾かれたように亀裂の中に飛び降り、穴の中を覗き込んだ。

 乾は信じがたい光景を目にした。

 堀口は人間大の黒い毛むくじゃらの怪物に襲われていた。そいつは何本も生えた長い腕で堀口の体を押さえ込み、トンネルの奥に向かって引きずっていた。

 乾は電光石火の動きで銃を取り出すと堀口を襲う黒い怪物を撃った。銃弾は標的に命中し体液と肉片が飛び散った。しかしそいつは速度を緩めることなく堀口を抱えたまま闇の中に消え去った。すべては数秒間の出来事だった。



 呆然と立ち尽くす隊員達に乾が言った。

「俺は今から奴を追い、可能なら堀口を救出する。急いで着陸艇に連絡を。牧野、いっしょに来てくれ」

「えっ、俺が……。わかった」

 乾の決然とした口調には思わず人を従わせる力があった。牧野は亀裂の底に降りると、乾とともにぽっかりと黒い口を開ける洞穴の中に入っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 将来的に起こるかもしれないと思わせる素晴らしいSFだと思いました!惑星あさぎりの冒険も面白いですが、滅びかけている地球や宇宙で生活している人達でもそれぞれ物語が出来そうな深い世界観が良いで…
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