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第13話 疑惑の地形

 その夜、着陸調査隊員たちはベースキャンプで一番広い建物である食堂兼会議室に集まり、大型モニタの中から語りかける清月総隊長の話に耳を傾けていた。


 着陸艇を飛ばして調べてもらいたい場所がある。それが軌道上の恒星船から清月総隊長がじきじきに伝えてきた調査依頼だった。


「ベースキャンプから南西に150キロ離れた地点にある岩山を調べて欲しい」

 モニタの中で、無重量状態の恒星船内を漂いながら清月総隊長が言った。

「なんです?まさかセドナ丸生存者の子孫の集落でも見つかったんですか?」

 着陸調査隊長の基村が言った。

「そうではない。一見、ただの小高い丘なんだが、妙なことを言い出した者がいてな。調べてみると確かに奇妙な特徴が見つかった。……はっきり言おう。その岩山は超巨大生物の可能性がある」

「ほう、とうとう来ましたか」基村はにやりと笑みを浮かべた。



 着陸調査隊が惑星上に降りた後も、地表観測衛星を使った惑星全土の走査は継続されてきた。その過程で不思議な地形や正体不明の物体がいくつも発見されはじめていた。それらのうち、ベースキャンプから最も近い場所に位置するのがその岩山だった。


 恒星船は上空から撮影した衛星画像を送ってきた。

 森林地帯の真ん中に横たわるその岩山はどうやら巨大な一枚岩らしい。だが、それはどう見てもただの巨大な岩石であり、生物には見えなかった。


「ある種の貫入岩体、バソリスのような地形に見えますが」地質学者の伊藤がヒゲを触りながら言った。バソリスとは地下に貫入したマグマが地中で冷えて固まったもので、その後に周囲の岩盤が浸食により失われると、巨大な花崗岩の塊が地上に露出することになる。


「この岩山だけを見てもよくわからないだろう。拡大率を下げよう。……どうだ」

 真上から撮影した岩山がスルスルと縮み、周囲の光景が視野に入ってきた。

 岩山を取り巻く森と山並み、それに沿って走る渓谷とその底を流れる川が画面に映し出された。隊員たちはしばらく画面を睨みながら考えた。

「あ、ひょっとして、これって通った跡……ですか」牧野が言った。

「正解だ」清月が言った。


「岩山が地面を削りながらゆっくりと移動し、その後が渓谷となって残った。そう見えるだろう」

「……見えないことはないですが。ですが、断層活動などの通常の地質学的な現象の結果としても、この地形の説明は十分につくと思いますよ」地質学者の伊藤はあくまで承服しかねるようだった。


「そうかもしれない。ただし、もう一つ証拠があってな。もう一枚の画像は同じ地点を四十時間前に撮影したものだが、これを重ねてみると……ほら、微妙に位置がずれているのがわかるだろう。二枚の画像で周囲の渓谷や山地や木々の位置はぴたりと一致するのに、岩山のみがわずかに動いているのだ。移動距離を計測すると何と四十時間で3.54メートルも北東に移動していた」

「う~ん、調べる価値はありそうですね」伊藤はようやく折れた。

「承知しました、清月隊長。明日、着陸艇を飛ばし、現地にて調査を実施します」基村が言った。


「うむ、期待している。ところで、回収したアサギリカバの死体の解剖は順調に進んでいるかな」

「はい、こちらは川上が中心となって今も継続中です」



 数時間前。

 簡易実験棟に新たに増設された解剖室で、川上はアサギリカバの死体に向き合っていた。

 解剖室と言ってもただのテントだ。アサギリカバの腐りかけた巨体は台の上に収まりきらず、床の上に横たえられていた。川上とそれを手伝う松井と西尾は、三人ともに完全密閉式の防護服を身につけていた。透明なフェイスプレートごしに、彼らは互いに顔を見合わせた。


「さて、いったいどう手をつけたものやら……。まずは体内をスキャンしてみましょう」


 川上は携帯式スキャナーを取り出した。体内の断層映像を撮影できる装置で、撮影した映像をコンピュータ内で立体的に再構築することもできる。かつてのCTやMRIのようなトンネル型の巨大な筐体はもはや必要なく、片手で持てるサイズの読み取り装置を調査対象物の表面に沿って動かすだけで深部にある構造まで高精細に捉えることができた。

 川上がスキャナーを動かしていくと、解剖室のモニタ画面にアサギリカバの断層映像が現れ始めた。次々と新たな映像が積み重なり内部構造を明らかにしていった。


 死後数日が経過し、腐敗によって体内の器官や組織の崩壊はかなり進んでいたが、それでも得られる情報は多かった。

 この動物は内部骨格を持っていた。その構造は不気味なほど地球の脊椎動物に似ていた。

 背部中心軸にはまるで背骨のような分節した骨の連なりが一本通っていた。しかし肋骨の代わりに胴体を保護しているのは皮膚の下にある固い甲羅だった。六本の太短い脚のそれぞれにも頑丈な骨があり、それらは関節で繋がっていた。背中に伸びる管の中に骨は通っていなかった。

 ゴツゴツした頭部は(かぶと)のような硬い骨で包み込まれ、そこに四つの顎の骨が関節していた。上下に開閉する上顎と下顎、左右から食物を挟み込みすり潰すための大顎が組み合わさった複雑な作りだった。頭部の骨には眼窩や鼻孔らしきものは見当たらなかった。


 川上たちはモニタ上に再構築された骨格の三次元画像を見ながら、解体の手順を考えた。どこで切断すれば効率的にかつ組織を最小限にしか傷つけずに解剖を進められるか。やがて川上は超振動メスを手にすると、アサギリカバの体表を覆う弾力のあるゴムのような皮膚に刃先を沈み込ませた。

 それから数時間、彼らは体内からあふれ出る膿汁やひしめく腐食性の小動物をものともせず、解体作業と組織サンプルの保存作業に没頭した。



 解剖で取り出された組織サンプルは様々な分野の学者たちに手渡されていった。


 生化学者たちはまず構成元素の組成を調べ始めるため、組織を徹底的に粉砕して分析装置にかけた。炭素、酸素、水素、窒素、カルシウム、りん……。そのリストは地球の生物とほとんど差が無かった。微量元素としてヒ素やモリブデンも含まれていたが、人体に害を及ぼす濃度ではなかった。


 つぎに有機物の組成が調べられていった。

 タンパク質やDNA、RNA、多糖類、脂質といった地球生物では必須の高分子が存在するのか。それともこの星の生物は同じ機能を他の有機化合物で担っているのか。分析の結果、タンパク質と核酸が検出された。だがそれは地球生物とは完全に同一のものではなかった。

 タンパク質を構成しているアミノ酸は二十七種類。そのうち地球生物と共通しているのが十八種類、地球生物には使われていないものが九種類だった。さらに地球生物にはあるのに、あさぎりには存在しないものが二種類存在した。アミノ酸の鏡像異性体は地球生物と同じL型だった。

 核酸はデオキシリボースとリン酸を骨格としたDNAであったが、そこに並ぶ塩基の種類は地球生物とは全く異なっていた。



 生化学者たちの出した結果は、今後の隊員たちのすべてに関わる重大な意味を含んでいた。

 つまり、惑星あさぎりの生物を人間は口にすることができるのかということだ。


 現段階では隊員たちは恒星船内のバイオプラントで製造された合成食品を食べていた。だが今後、この惑星上で人口を増やし人類の居住区を築いていくつもりなら、恒星船に依存した食料生産体制を続けていくわけにはいかなかった。ある時点で、惑星の生態系から食料を得る必要が生じてくる。

 もしあさぎりの生物の組成が、人類にとって毒となる元素や化合物が主成分だったなら、人類はこの星から立ち去るか、生態系から直接食料を得ることを諦めて閉鎖的な人工環境で細々と暮らしていくしかないだろう。

 だが、幸運にもアサギリカバの組織には毒になる成分は含まれていなかった。さらに、DNAの塩基の種類が地球生物と共通点がないことから、現地のウイルスに感染することは生物学的にありえなかった。


 結論として、人間は惑星あさぎりの生物を食料とすることが原則的には可能だった。

 もちろん、実際に食料とする前に、個々の生物種ごとに毒が含まれていないか調査する必要があるのは言うまでもない。地球にもフグやトリカブトなどの猛毒の生物は存在したのだから。


 また、このことを逆に惑星あさぎりの生物から見れば、人類は彼らの食料たり得ることを意味していた。


 牧野たちが森林地帯で回収した一体の腐りかけた死体を元に、凄まじい勢いでこの惑星の生物についての理解が進んで行きつつあった。

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