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第110話 地球にて①

 それから四十九年後。

 あさぎりに到着した探検隊が最初に送ったメッセージが太陽系に届いた。

 はるばる七十一光年の距離を旅してきた電波は、その長い旅路の果てに太陽公転軌道上に浮かぶ大型アンテナで受信された。



 その時、テレストリアル・スター号が太陽系を出発してからすでに百四十六年の歳月が流れていた。

 地球には彼らのことを記憶している者はほとんど残っていなかった。それ以前のセドナ丸の遭難にいたっては歴史の闇の彼方だった。環インド洋連盟と東アメリカ共和国が派遣した大規模恒星船オケアノス号の出航からも百二十年以上が経過していた。その後、ブラジルのリオ・アマゾナス、華南科技独立共和国の徐福(シーフー)が相次いで旅立ったが、それ以降、惑星あさぎりの調査と移住は忘れられたプロジェクトと化していた。中にはその後、彼らを送り出した国家自体が消滅したものもあった。


 あさぎりからのメッセージを辛抱強く待ちつづけていたのは、国際恒星間宇宙開発機構の職員たちだけだった。この組織は星々に旅立った勇敢な人々のことをけっして見捨てないという強い使命感を持った職員たちによって運営されていた。彼らはこれまで人類が送り込まれた六十七の星系からの電波に耳を澄ませるとともに、それらの星々に向かっては科学知識や新技術のアップデート情報を送信してきた。

 あさぎりからの電波を受信したアンテナは彼らの所有する施設だった。

 メッセージ受信後、開発機構は百年以上昔にテレストリアル・スター号を送り込んだ日本政府にただちに連絡を入れた。だが、計画の主体となった政府機関がすでに消滅して久しく、その事業は後継の組織にも引き継がれてもいなかったため、受信した情報の扱いは開発機構に委ねられることになった。機構のリーダーたちはこの情報を全人類の共有財産と判断し、太陽系全体に広く公開した。



 あさぎりからのメッセージがひとたび全世界に公開されると、人々はその内容に夢中になった。

 緑豊かな美しい風景。奇怪で魅力的な生態系。そして、地球の常識を超越した超巨大生物たち。

 それは科学界だけに留まらず社会全体に大きな衝撃を与えた。それは人類がはじめて知る、かつての地球レベルまで発達した別の生態系だった。

 あさぎりの生物たちの姿は大衆文化に広く浸透し、恐竜などと同じような不動の人気を獲得した。数多くのマスコットやぬいぐるみや玩具が作られ、あさぎりの世界をVRで体験できる娯楽施設も作られた。フィクション、ノンフィクション問わず、あさぎりを題材にした多くの書籍が出版され、映像作品も多数製作された。

 地球の人々はあさぎりから次々に送られてくるメッセージを心待ちにし続けた。



 それは地球人にとって、厳しい現実を忘れさせてくれる数少ない話題のひとつだった。

 テレストリアル・スター号が出発した後も侵略者微生物の増殖はつづき、大気中の酸素濃度の低下はさらに進んでいた。世界的に人口が減少し、多くのドーム都市が放棄されていた。

 逆に勢いを強めていたのは低酸素型新人類だった。彼らはついにアフリカ大陸とユーラシア大陸の大部分を掌握するまでに至った。ヨーロッパ各地に点在する武装都市国家群は百年以上も粘り強く抵抗していたものの、一つまたひとつと陥落していった。複数の軍閥が群雄割拠していた中国は新人類によって併合され再統一された。


 北アメリカ大陸の最終防衛ラインとなったベーリング海の激戦では多くの人命が失われた末、アメリカ人は敗北を喫した。死に物狂いになった北米諸国連合は各地の新人類の拠点を核ミサイルで攻撃、それに対し新人類たちは鹵獲した核兵器で反撃した。双方で十数の大都市が灰燼に帰し、全世界で数千万人の死者が出た。それでも新人類たちは止まらず、破竹の勢いで南北アメリカ大陸を南下していった。


 宇宙へと脱出するため、世界で五基の軌道塔には大量の難民が押し寄せた。だが、月や火星やラグランジュ点の宇宙都市群は物資不足を理由に難民の受け入れを厳しく制限した。

 絶望した人々の中にはアップロード処置を受け、せめて自分の人格の電子的コピーだけでも生きのびさせようと考える者も多かった。そんな彼らのために小惑星人たちは月面や軌道上に大量のサーバーを増設した。


 地球上で新人類の侵入を免れている大陸は、北極圏シベリアとオーストラリア、南極だけになった。

 やがて、全世界の旧人類は自らが劣位にあることを受け入れ、新人類と旧人類との争いは終息していった。新人類は人類史上初となる複数の大陸にまたがる巨大統一国家を打ち立てようとしていた。残存する旧人類のドーム都市はその広大な領土に点在する小さな島でしかなかった。彼らは新人類には作れない高度な工業製品を供給することで生きながらえる道を選んだ。だが、その技術的優位性もいつまで保つかわからなかった。



 それまでの年月で日本もまた破局に見舞われていた。だが、それをもたらしたのは新人類ではなかった。

 日本では人口急減によってドーム都市の統廃合が極限にまで押し進められた結果、五十年前にはすべての日本人が首都圏酸素ドーム超大型複合体(マクロコンプレックス)に居住するようになっていた。だが、その時起きたのが首都圏直下型の巨大地震だった。千年に一度といわれる規模の大地震でマクロコンプレックスのドームは破壊された。天井から落下した大量のパネルの破片とドーム外から流入した低酸素空気により数十万人が命を奪われた。地震に対する酸素ドームの脆弱性はずっと以前から指摘されていたが、耐震基準を満たしているとして政府はまともな対策を取ってこなかったのだ。震災が起きてからも彼らは救援よりも責任逃れに終始する始末だった。


 無能な政府にかわり、その時日本を救ったのが新人類たちだった。彼らはイリャスリ氏族の子孫だった。新人類のこの一派は、かつて当時の日本政府と長年にわたり交渉し、日本社会の継承者として選ばれた人々だった。彼らは震災の数十年前から居住不能となって放置されていた日本列島の各地に定住していた。

 大震災が起きた直後から彼らは被災した首都圏に駆けつけた。ドームの破れ目を塞ぎ、農作物などの支援物資を運び込んだ。そのめざましい働きで被害は最小限に留めら、復興は迅速に進んだ。

 これがきっかけとなり日本では新人類に対する感情が大きく変わった。やがてイリャスリ氏族への参政権が認められ、ほどなく世襲により無気力化し機能不全に陥っていた政府にかわって彼らが政権を握った。日本は平和的に新人類の支配下に移行した。

 あさぎりからのメッセージが届いたのは、そんな時代だったのだ。



 その後、地球人たちはギガバシレウスとの遭遇と、居住区の壊滅に心の底から戦慄した。生身で暗黒兵器とわたりあう巨竜の姿は、宇宙という場所の底知れなさを改めて人々に痛感させた。


 だが、地球にとって真に重要な意味を持つメッセージがもたらされたのはその後だった。

 あさぎりには地球を滅ぼしたのと同じ侵略者が生息していたのだ。

 正確には同種ではなかったが、地球の侵略者と同様に強力な窒素固定能力と酸素消費力を持っていた。


 それにもかかわらず、惑星あさぎりは地球のように酸素濃度が低下せず、豊かな生態系を維持していた。

 地球とあさぎりの違いはどこにあるのだろうか。

 あさぎりにおいて、侵略者の作用を打ち消している因子は何か。

 もしそれを明らかにできれば、地球を再生することができるのではないか。

 追い詰められた旧人類が再び力を取り戻すことができるのではないか。

 それは思いがけずもたらされた一縷の希望だった。

 世界はタカハシという一人の女性生物学者からの続報を心待ちにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新章突入ですね! [一言] 100年もしたら地球も落ち着いて移民とかどうでも良くなってるだろと思ったらそんなことはなかった でも今の支配者には関係ないから結局どうでもいいのかな? 新人類が…
[一言] > 月の裏側に設置された巨大なパラボラアンテナで いやいや、恒星間通信が現実的になった世界でそんな指向性もった24時間連続受信システムはないでしょ。 地球の静止衛星軌道上の3点で24時間連続…
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