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第104話 覚悟

 牧野は清月に抗議するため、すぐに船長室に向かった。


「撤回してください、清月総隊長」牧野は清月に詰め寄った。


「私が提出した報告書は読んでいただいたはずですよね、清月さん。ギガバシレウスはあさぎりの超巨大生物の個体数調整に不可欠なキーストーン種なんですよ。それだけではありません。今回の惑星ダンテでの発見で、あさぎりとダンテの生命圏の存続に大きく関わっている可能性も明らかになってきたんです。もしギガバシレウスを絶滅させてしまったら、二つの惑星の生態系はともに崩壊するでしょう。絶対に止めてください。お願いします」牧野は語気鋭く言った。


 牧野の話を黙って聞いていた清月はやがて口を開くとしずかに語り出した。


「……生態学的な見地では、たしかに君の言う通りだろう。私は君に生態学者としての助言を求めた。そして、君は自分の仕事を完璧に果たしてくれた。だが、私はこの探検隊、そして現時点におけるあさぎり星系での全人類の最高責任者だ。この問題を生態学だけでなく様々な見地から総合的に考え、最終判断を下さなければならない。その際に最重視しなければならないは、言うまでもないが、人命だ」


 清月は船長室の壁面モニターにある画像を表示した。

 黒く変化したニーズヘッグだ。


「君たち生物学者は、この変異したギガバシレウスのことを攻撃相と呼んでいたな。私の考えを決定付けたのは、この攻撃相の出現だった。それまで遭遇した通常型のギガバシレウスも恐ろしい生物には違いないが、ドラゴンスレイヤーなどの暗黒兵器を運用すれば撃退することができた。だが、攻撃相はあまりにも深刻な脅威だった。現有するドラゴンスレイヤー三機のうち二機までも撃破され、アトラトルも回避された。先日、攻撃相のニーズヘッグを倒せたのは幸運だったに過ぎないと考えている」


「しかし、こちらから攻撃を加えたり、特定の周波数の電波で刺激しなければ、ギガバシレウスは人類を攻撃しないはずです」牧野は反論した。


「電波実験で明らかになった1.5ギガヘルツだな。だが、それとて百%の確証が得られたわけではない。そもそも、なぜギガバシレウスはその周波数に反応するのか、それさえ判明していないではないか。さらには、ギガバシレウスが攻撃相に変異する理由については何もわかっていないのだろう。もし仮に、イレギュラーな行動をとる攻撃相が一体でも出現すればどうなる。それだけでこの星に生きるすべての人間は全滅の危機を迎えるだろう。彼らを生かしておくのはあまりにもリスクが高すぎる」


「しかし、だからと言って、一つの種を絶滅に追いやり、それを引き金として二つの惑星の生態系の崩壊を導くなんて、到底許される事ではないですよ」


「たしかにその通りだ。だが、君はもうすぐ父親になるんだったな。君と高梁とのあいだに生まれた子が、ギガバシレウスの襲来におびえ続ける、君は本当にそんな未来を望むのか」


「それは……」牧野は言い返せなかった。



 しばし後、牧野は絞り出すようにして言った。

「では、残念ですが、私たちはこの星系から撤退するしかありませんね。人類はあさぎりに関与すべきではなかったのかもしれません」


 清月はため息をついた。

「またしても撤退論か。……いいだろう、これを見るがいい」


 清月の背後の壁面モニターの映像が変わった。攻撃相ニーズヘッグにかわって映し出されたのは、建造中の大型恒星船だった。宇宙空間を漂う巨大な機体に無数の建設機械がアリのようにまとわりついている。


「これは一年前、太陽系から受信したメッセージに入っていた映像だ。我々が地球を出発する以前の段階で、すでに世界各国はあさぎり獲得に向けて動き出していたことは知っていると思う。そして、我々の出発から三年後、環インド洋連邦と東アメリカ共和国が合同で大型恒星間移民船の建造を開始した。もちろん小惑星人から全面的な支援を受けている」


「……はじめて聞きました」牧野は驚いた。


「メッセージを受信したのは一年前だが、その電波がこちらにたどり着くまでに地球では七十年以上の歳月が流れている。この移民船はとっくの昔に完成し、今頃はこの星を目指す旅の途中だろう。つまり、我々だけが撤退すれば済むという問題ではないのだ。

 その後も、地球の酸素濃度低下はさらに進み、新人類の勢力は拡大しているはずだ。地球を脱出し新天地を目指そうという機運はさらに強まっているに違いない。すでに何隻もの船が出航している可能性もある。そして、後にやってくる人々も、彼ら自身の暗黒兵器を携えていると考えた方がいい」


「そんな……」牧野は言葉を失った。


「そうだ。我々が手を下さずとも、人類とギガバシレウスは衝突する運命なのだ。いずれ誰かが真空崩壊爆弾か、それに類する大量破壊兵器を使用し、彼らを滅ぼすのは避けられないことなのだ」



 牧野は必死に考えた。

 真空崩壊爆弾の使用を回避する方策はないのだろうか。人類がギガバシレウスと平和裏に共存する道は本当にないのか。


 いや、あるじゃないか。文明を捨て自然の中で暮らすのだ。それに、その方法をすでに百年以上実践してきた集団がいる。セドナ丸の末裔だ。

 だが、次の瞬間、牧野は彼らの悲惨な境遇を思い出した。高い乳児死亡率、劣悪な健康状態、知識の喪失、迷信への回帰。それに、ギガバシレウスからは襲われなくなるだろうが、文明を持たない非力な人間は、中型の捕食動物にとって格好の獲物になるだろう。そんな選択肢を他の隊員、さらには後続の移民船の人々に受け入れさせるのは不可能だ。

 清月は牧野からの反論を待っていたようだが、彼は何も言い返せなかった。



 清月は話題を変えた。

「君はこんなふうに考えたことはないだろうか。人類の都市はひとつの超巨大生物と見なせるかもしれないと。電力網と交通網、それに上下水道などのインフラ網は、体の隅々にまでエネルギーと栄養と水を供給し老廃物を回収する循環系であり、情報ネットワークは神経系だ。化石燃料、風力や太陽光、そして核エネルギーと、状況に応じてさまざまにエネルギー源を変えながら、たえず新陳代謝を繰り返し、成長してきた超巨大有機体だ。地球とはそのような都市=超巨大有機体が多数生息している惑星、つまり地球も超巨大生物相(ギガファウナ)の惑星と言えるかもしれない」


 清月は続けた。

「私はこれまで、あさぎりにやがて築かれるだろう人間社会の行く末について考えてきた。

 我らの子や孫、いやもっと先の世代になるだろうか、いずれ彼らは人口を増やし、都市を築くはずだ。都市は拡大し、数を増やし、惑星全土に広がっていくことだろう。人類のうみだした超巨大有機体である都市は、成長と拡大の過程で現地の超巨大生物相と生息地や資源をめぐって必然的に競合関係になるだろう。つまり、二つのギガファウナが同じ生態的地位をめぐって生存競争を始めるのだ。どちらが勝つと思う」


「おそらく、あさぎりの超巨大生物に勝ち目はないでしょうね」牧野は暗澹たる気分で言った。


 清月は肯いた。

「仮に意図的な攻撃、大量殺戮が行われなくとも、拡大していく都市に生息環境を破壊され、あさぎりの超巨大生物は少しずつ個体数を減らしていくことになるだろうな。百七十年周期のギガバシレウスの個体数調整を待たずとも、彼らは減っていくだろう。滅び去る種もあるかもしれない。

 たとえ今回、我々が真空崩壊爆弾を使わなかったとしても展開は変わらないだろう。恒星船で退避するなどして今回の襲来をなんとかやり過ごした後、我々や後続の者たちはあさぎりに降り立ち、各地に定住しはじめるだろう。次の襲来までの百七十年間に人口はどんどん増加して都市は拡大し、在来のギガファウナは衰退へと向かう。そして、次の襲来の時、数万人以上に増えた我々の子孫はギガバシレウスと相対する。彼らは自分たちの都市を守るため、自らの生存をかけて空から襲い来る災厄に全力をもって立ち向かうであろう。その際、暗黒兵器の力が振るわれるのは確実だ。

 これから我々を待っているのはそんな歴史的展開なのだ。分かるか、牧野。個人の意志や力ではどうしようもないのだ。生態的に競合する種を滅ぼす。それがホモ・サピエンスという種の、いや、子孫を増やし分布域を拡大しようとする、すべての生命体のもつ(ごう)なのかもしれないな」



 結局、同じ歴史が繰り返されるのか。

 人類は宇宙でも巨大生物絶滅の波を広げていくのか。五万年前の出アフリカ(アウトオブアフリカ)で地球のメガファウナを滅ぼしたのと同じ展開が、人類の恒星間宇宙への拡大、出地球(アウトオブアース)でも再現されるというのか。



「無論、私とてこんな事態は避けたかった。できることなら、あさぎりの生物と人類が共存する未来も実現したかった。だが、私は総隊長、この星系における人類の最高責任者だ。人々の生命を守るため、私は手を汚さなければならないのだ。種の絶滅と生態系崩壊の罪は私ひとりがすべて背負う覚悟だ。後世の歴史家から、私は偉大なる竜の種族を絶滅させた極悪人として断罪されるだろう。だがそれでも、私はこの仕事をやり遂げるつもりだ。君も私を憎んでくれて構わない」



 総隊長はすでに悲壮な決意を固めていた。彼はすべてを考え尽くした末にこの結論にたどり着いていた。それを覆すことは牧野にはできなかった。

 牧野は絶望とともに清月総隊長のいる船長室を退室した。

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― 新着の感想 ―
[一言] これ以上は如何にもならんよなあ遅いか早いかだ この後がどうなるか気になります
[良い点] 清月隊長が正論すぎて何も言えねえ [一言] あさぎりの生態系が滅んでもまた別の星行けばヘーキヘーキ
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