第101話 不死身
爆発の瞬間、氷の衛星に強烈な閃光が走った。
その直前にヨヴァルトは槍を引き抜き、全速で離脱した。
何とか爆発に巻き込まれずに済んだが、ほんの少しタイミングを誤れば危ないところだった。対消滅により発生した致死量のガンマ線はドラゴンスレイヤーの装甲と放射線防護服によって防がれた。
やがて閃光は薄れ、消えた。
「……おい、ヨヴァルト、無事か」平岡が呼びかけた。
「大丈夫です。問題ありません」ヨヴァルトは平然と返答した。
「よかった。爆発に巻き込まれて死んだかと思ったぜ」
「絶対に死ぬな。それが総隊長との約束ですから、破るわけにはいきませんよ」
「そうだったな」
三号機から地上を見下ろして平岡が言った。
「それにしても、派手にやったな……」
爆発により、あたりの光景は一変していた。
高熱により氷が溶け、広い範囲が浅い湖と化していた。水面は真空に近い大気に触れて沸騰し、もうもうと湯気を吹き上げていた。爆心地の直下には大きなクレーターが生じていた。
「まずは奴の死骸を確認しましょう。平岡さん、そちらから見えますか」ヨヴァルトが言った。
平岡は周囲を見回した。「……ああ、見つけたぞ」
あたり一帯から湧き上がる湯気の向こうに、小山のように巨大な黒い塊がうずくまっていた。
ニーズヘッグだ。
平岡の三号機はその状態を観察するため接近していった。
その首はほとんどちぎれかけていた。片側の肉が大きくごっそりとえぐり取られ、結合組織の残骸やぼろぼろになった外皮だけでかろうじて胴体と繋がっている状態だった。もはや頭部を支えることもできず、損傷箇所から先はだらりと垂れ下がっていた。傷口から流れ出た血は凍結し、青黒い氷柱となって下に伸びていた。
反物質爆発のダメージは頸部以外にもおよんでいた。おそらく爆発により指向性のあるプラズマジェットが生じたらしく、それによって脇腹の外皮と皮下組織がそぎ落とされ、肋骨に似た内骨格が剥き出しになっていた。金属光沢を帯びた骨格の隙間に紫色の臓器が覗いていた。
だが、それにもかかわらず、ニーズヘッグはまだ生きて動いていた。
強力な鉤爪が生えた前肢を使い、巨体を引きずるようにして氷原を這っていた。首の皮一枚でぶら下がった頭部では顎が開閉し、自分をこんな目に遭わせた敵を見つけ出そうとするかのように複数の眼球がぎょろぎょろと動いていた。
平岡はそのおぞましさに戦慄した。
「なんてことだ……こいつ、不死身なのか」
ドラゴンスレイヤー三号機は重力波砲を構えると、氷原でもがく巨竜の胴体中央に照準を定めた。
「さっさと地獄に墜ちやがれ、死に損ないの化け物め」平岡が言った。
その時、ニーズヘッグの尾部が急に動いた。六本すべてがサソリの尾のように高々と持ち上がると、先端から強烈なプラズマビームを迸らせた。
平岡は重力波砲を発射した。だがニーズヘッグの方が一瞬早かった。重力波砲の発射とほぼ同時に四発のプラズマビームが三号機に直撃した。重力波砲が爆発し粉々の破片になって飛び散った。平岡の撃った重力波ビームは狙いを外れ、巨竜の尾部一本を消滅させるにとどまった。
大破したドラゴンスレイヤー三号機は浮揚力を失い、よろめくように高度を下げていくと、やがて地表に衝突した。
「平岡さん!!」ヨヴァルトが叫んだ。
「…………」
「平岡さん、返事をしてください。平岡さん!」ヨヴァルトはなおも呼びかけた。
数秒後。
「……だ、大丈夫だ、まだ生きてる。何とかな。……クソが、油断した」平岡が苦しげにうめきながら言った。
胴体内部に厳重に保護された操縦席は破壊を免れていたが、もはや三号機は戦闘不能だった。超高温のプラズマに曝された上半身の大部分は溶けて変形し、機能を停止していた。
「……俺のことは心配するな、スーツの生命維持装置は動いている。それより、俺の代わりに……奴を」平岡が言った。
「わかりました。あとは任せてください」ヨヴァルトは言った。
ヨヴァルトの操縦する二号機は遠くにうずくまるニーズヘッグに向かって一歩を踏み出した。
たちまちニーズヘッグは反応した。二号機に向けて続けざまにビームが飛来した。ヨヴァルトは巧みにそれをかわし、次第にスピードを上げながら巨竜に向かって走り出した。
平岡のように上空を飛んでいたらすぐに撃墜されてしまう。それよりも、姿勢を低くし、遮蔽物に身を隠しながら地上を接近した方がビームを避けやすい。そう判断した上での行動だった。
雨あられと降り注ぐ超高温プラズマビームの乱射の中、ヨヴァルトの操縦する黒い人型兵器は疾走した。ビームは足下の氷原に穴を穿ち、氷の隆起を蒸発させ、吹き上がる氷晶の間欠泉を切り裂いた。しかし、ドラゴンスレイヤーには命中しない。一発でも直撃すれば大ダメージは必至だろう。だがヨヴァルトは常に冷静だった。動きを読みにくくするため直線的な移動を避け、ジグザグに方向転換を繰り返しながら着実に接近していった。
あともう少し。あと三百メートル……二百メートル。
まもなく間合いに入る。
ヨヴァルトは槍を振りかぶった。
その時、ニーズヘッグは砲撃を止めた。
持ち上げていた尾部推進器官を下に向けると、噴射口を大きく広げた。そして爆発的にプラズマの炎を吐き出しはじめた。ニーズヘッグの巨体は灼熱の炎の柱に乗って浮かび上がった。
こいつ、逃げるつもりか。
ドラゴンスレイヤー二号機は大きく跳躍すると、浮上するニーズヘッグの体に飛び乗った。
その直後、巨竜は急上昇を開始した。
凄まじい加速だった。おそらく百G以上の加速度がかかっているだろう。ヨヴァルトは槍の先端を外皮に深々と食い込ませ、それにしがみついて何とか耐えている状態だった。
なんて力だ。いったいこのボロボロの体のどこにこんな力が残っていたのだ、とヨヴァルトは思った。
ニーズヘッグはこれまでにも増して激しい勢いで炎を噴射していた。あまりの激しさに尾部推進器官の一本が根元から破裂して吹っ飛んだ。おそらく噴射口の数が減った分、尾部一本当たりにかかる負荷が限界を超えたのだろう。
眼下の氷原は見る間に小さく縮み、まもなく氷の衛星の丸い輪郭が見えてきた。
再び宇宙空間に出たのだ。
満身創痍の巨竜はヨヴァルトのドラゴンスレイヤーを乗せたまま宇宙を飛んだ。
途中でヨヴァルトは槍での攻撃を試みた。次の一撃は確実に致命傷を与え、仕留められるポイントを選んで撃ち込まなければ意味がない。だが、今は加速に振り落とされないようしがみついているのが精一杯で、体表を急所まで移動する余裕はなかった。
槍の内部に残る全カプセルを一度に投入すれば、たとえ急所でなくても巨竜の体全体をバラバラに引き裂くくらいの大爆発を起こすことは可能だろう。だが、それはヨヴァルトの確実な死をも意味した。
死ぬわけにはいかない。それでは総隊長との誓いを破ることになってしまう。
それにヨヴァルトは死にたくなかった。
この戦いに勝利し、惑星あさぎりで仲間たちとともに暮らしていきたかった。
だが、そのためにはこの怪物を倒さなければならない。
ニーズヘッグが向かう先はまもなく明らかになった。
第六惑星だ。巨竜の前方で巨大ガス惑星の不気味な姿がどんどん大きさを増しつつあった。狂人の画家が絵筆を振るったかのような雲の模様が視界を埋め尽くしていく。巨竜はその中でもひときわ巨大な渦に向けて突き進んでいくようだった。
深紅と黒褐色の雲がぐるぐると渦を巻く、巨大な眼のような構造物。太陽系の木星の大赤斑に似たそれは数日前に邪眼斑と名付けられていた。
巨竜とドラゴンスレイヤーは一体となって第六惑星の大気圏に突入した。
まるで流星のように激しく燃えさかりながら超音速で空を突っ切っていく。そして、巨星の地平線の端から端にまで達する邪眼斑の大渦巻きの中に吸い込まれていった。