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第97話 電波実験

「まさか、あいつの祈りが通じたとでも言うのかよ」伊藤が言った。

「そんな馬鹿な。ただの偶然でしょう」牧野は言った。


 数週間前からニーズヘッグの外皮の再生はほぼ完了しており、いつ動き出してもおかしくない状態だった。何かに反応したと言うなら、接近中の大群が放つ何らかの信号をとらえた可能性の方が高い。

 水中ドローンが撮影した映像には、ニーズヘッグが鼻面を上に向けて浮上していく様子が映し出されていた。その様子はまるで巨大なワニのようだった。


「電波実験のチャンスだ」牧野は言った。


 ニーズヘッグが海上に姿を現したら、電波を照射し、どの波長に強く反応するかを調べる。以前から計画していたことだった。牧野は恒星船にいるハードウェア班に連絡し、ただちに実験を始められるよう準備に取りかからせた。

 調査には自動操縦の無人機を使う計画だった。発信源は攻撃を受けるおそれがあるためだ。無人機はニーズヘッグの付近を飛行しながら、あらかじめ決められたパターンに従って様々な周波数の電波を出すことになっていた。

 実験に使う無人機はすでに惑星上にあり、ニーズヘッグが眠る海域の上空を周回しながら、開始信号を受信すればいつでも実験を始められる状態で待機していた。


 やがて、弧を描く惑星の輪郭の向こうに恒星船の光が見えてきた。まもなく着陸艇は恒星船にドッキングした。



 牧野たちが恒星船に乗り移る間にニーズヘッグは海上に姿を現した。

 その様子は上空を飛行する実験用無人機が撮影していた。

 まず、海面がドームのように盛り上がった。それを下から突き破って巨大な頭部が現れた。その後に長い頸部、胴体、前腕が続く。その体表を海水が瀑布となって流れ落ちていく。浮上する巨体に押しのけられた大量の海水は巨大な波紋を生み、それは津波となって周辺海域に波及していった。曇り空の下、竜王の上半身は巨塔のように海上に高々とそそり立った。


 端末でその映像を見て、牧野は唖然とした。他の隊員たちも同様だった。


「これが本当にニーズヘッグなのか……」牧野は言った。


 灰色の空を背景にして、竜王の体は影のように黒く見えた。

 はじめは逆光のためかと思った。だが、そうではなかった。

 実際にニーズヘッグの体色は白銀から、まるで黒曜石のような漆黒に変化していた。



「どういうことだ。なぜ色が変わっている」安全保障班の乾が言った。


 彼はニーズヘッグが動き出した時点でいち早くドラゴンスレイヤーに搭乗し、いつでも出撃できるよう体勢を整えて待機していた。電波実験によりニーズヘッグが凶暴化し、恒星船に襲いかかってきた時に迎撃するためだ。


「わからない。少なくとも海中ではこんな色はしていなかった」牧野は言った。


「……気に入らねぇな」乾が言った。


 牧野も同感だった。

 これはまったく予想外の現象だった。竜王はまだ我々が知らない能力を隠していたのだ。この変色にどんな意味があるのかは不明だが、牧野は不吉な予感を覚えた。



 その時、海中に青緑の閃光が走った。ニーズヘッグが尾部推進器官から超高温プラズマを爆発的に噴射したのだ。直後、海中で水蒸気爆発が発生した。まるで二十世紀の水爆実験のように巨大な泡が膨れ上がり、一気に弾けた。雲にまで達する巨大な水柱とともに黒い巨竜は空に飛び上がった。

 漆黒の翼を広げ、推進器官から青い炎を吐きながらニーズヘッグは上空に駆け上がっていった。

 衝撃波に翻弄されつつも、実験用無人機は自動操縦で竜王を追って加速した。


 無人機はニーズヘッグと並走してその全身を撮影した。

 変化したのは体色だけではなかった。全身のプロポーションも以前とは異なっていた。特に尾部推進器官は前よりも太く発達していた。代わりに翼は幅が狭くなっていた。深海に潜んでいる時は体の後方を海溝の奥に隠していたので、変化に気付かなかったのだ。

 それに、体は黒一色ではなかった。

 まるでルビーを埋め込んだかのように、頸部側面と脇腹に沿って点々と深紅の斑点が並んでいた。


 無人機は凄まじい速度で飛行するニーズヘッグに後れを取り始めた。最大速度でも追いつけない。見る間に引き離されていく。このままではやがて完全に置き去りにされ、電波実験が不可能になる。始めるなら今しかなかった。


「今から実験を開始する。無人機に開始信号を」牧野は言った。


 恒星船から無人機にレーザーで信号が送られた。それを受信した実験用無人機はプログラムに従って周波数と強度を変化させながら電波を発信しはじめた。そしてニーズヘッグの行動に何らかの変化が見られないか観察を開始した。

 照射したのはギガヘルツ帯の電波だった。これまでの証拠からギガバシレウスが反応する可能性が最も高いと考えられる帯域だった。

 高い方から低い方に向けて周波数を連続的に変調させてスキャンしていく。

 ニーズヘッグは無反応で飛び続けている。

 百ギガヘルツ、五十ギガヘルツ、十ギガヘルツ……無反応。


 そして、周波数が一ギガヘルツに近づいた時だった。

 突然、ニーズヘッグの全身を細かな震えが走り抜けた。


「反応したのか?」牧野は言った。


 その時、尾部推進器官のひとつが角度を変え、まっすぐ無人機の方向を向いた。次の瞬間、閃光が走り、そして無人機からの映像は途切れた。


「……何が起きたんだ」真っ暗になった画面を見ながら牧野は呆然として言った。

「撃墜されたんだ。これを見ろ」安全保障班の井関が言った。


 端末に新しいウインドウが開いた。

 それは軌道上の衛星が撮影した映像だった。ニーズヘッグの巨大な姿と、その後方を飛ぶ小さな無人機が映っている。スローで再生された映像を見ると、ニーズヘッグの尾部の一本から一条の青い光線が伸び、無人機に直撃していた。

「これはいったい……」牧野はつぶやいた。

「推進器官からのプラズマを絞り込んで放出し、ビーム兵器として使用したのだ。つまり、プラズマビームだ。こんな芸当もできるとはな」井関が言った。


「ところで、ギガバシレウスが反応した周波数は特定できたか」清月総隊長が言った。

「ええ、何とかできました。1.5ギガヘルツです」牧野が言った。


 どうやら、この付近の狭い帯域の電波だけがギガバシレウスの攻撃反応を引き起こすようだ。結果の正確さを期すために追加実験が必要だが、あいにく実験機は撃ち落とされてしまった。ハードウェア班に新しい実験機の準備を依頼しなければならないだろう。



 その時、安全保障班の井関が言った。

「パルス状の電波を受信した。発信源は……ニーズヘッグからだ。まさかこれは……」

「いったい何です」牧野は言った。

「レーダーだ。奴はレーダーを使っている。……そして、どうやら本船は探知されたようだ。奴はこっちに向かって進路を変更した」井関が言った。

「そんな……」牧野は絶句した。



 ギガバシレウスは特定の周波数の電波発信源に対し攻撃行動を誘因される。そして、その周波数の電波さえ出さなければ攻撃されることはない。これが牧野の提唱した仮説だった。

 その仮説は半分だけしか正しくなかった。

 ニーズヘッグは電波を発信していた無人機を撃墜するのみならず、電波を出していなかった恒星船をも攻撃対象にしていた。


 自分はギガバシレウスという生物を侮っていたのだ、と牧野は思った。

 結局のところ、彼らは特定の刺激に対し生得的な行動パターンで対処する、つまり本能で動く動物に過ぎないと考えていた。しかし、それは間違いだった。ニーズヘッグは覚えていたのだ。かつて高出力レーザーで挑発を加え超高温のプラズマで全身を焼いた敵のことを。奴は深海に潜みながらずっと恨んでいたのだ。

 そして、実験用無人機から付近に恒星船が存在することを直感し、レーダーによる索敵でこの船の位置を探り出した。そこには明確な意図、それにある種の知性が感じられた。


 実験は終わった。あとは安全保障班の出番だった。

 船内に赤ランプが点灯し、戦闘態勢に移行した。ブリッジには高粘度の液体が注入され、戦闘に参加しない隊員たちは耐G槽に急いだ。



「ドラゴンスレイヤー、迎撃を開始せよ」清月総隊長が命じた。

「了解」

 命令と同時に乾の操縦するドラゴンスレイヤーはニーズヘッグを迎え撃つため惑星あさぎりに急降下していった。

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