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第9話 予期せぬ危険

 足跡は砂の上を一直線に続いていた。

 幅は二十センチほど。体の両側に多数の脚を持つ生物、例えばムカデやダンゴムシのような節足動物が歩いた跡のように見える。足跡の続く先は砂丘の裏側に消えていた。


 牧野は足跡の主の姿を探しながら、砂についた痕跡をたどっていった。足跡はつけられてからまだそれほど時間が経っていないはずだ。少なくとも着陸の後だろう。着陸艇の噴射はそれ以前に砂の上に残されていた痕跡をすべて消し去ってしまったに違いないからだ。

 着陸からは十五分程度が経過していた。その間にこの場を横切り、姿を消していることから、そこそこ動きは素早いと思われる。さらに誰の目にもとまらなかったことから、それほど大型の生物とは考えにくかった。


 いつしか牧野は、ひとり着陸艇から離れ、砂丘の向こう側にまで入り込んでいた。砂丘に遮られ、牧野の姿は他の隊員たちから見えなくなっていた。

 この状況は危険だった。何と言ってもここは未知の惑星なのだ。単独行動は禁物だった。

 それそろ引き返そう。

 牧野がそう思ったその時、彼の目は足跡の先に動く物を捉えた。


「何だあれは……」

 ついに牧野は足跡の主を発見した。だがそれは彼が予想していた砂の上を這う節足動物などではなかった。


 それは車輪のように砂の上を転がりながら移動していた。

 バイザーの望遠機能で拡大してその姿を観察しつつ、同時に撮影を開始した。

 中心部の丸く小さな胴体の両側から、長い脚または棘のようなものが自転車のスポークのように放射状に伸びている。それを車輪代わりにして生物は砂の上をころころと軽快に進んでいた。直径は約五十センチほど。体色は周囲の砂の色と酷似した白っぽい灰色だ。明らかに保護色だった。

 ひょっとしてこれは動物ではなく、風に吹かれて移動する種子だろうか。だが風は吹いていなかった。生物は明らかに自らの力で運動していた。


 目が慣れてくると、砂丘のあちこちに同種と思われる生物が動いているのが見え始めた。あるものは重力に逆らい、砂丘の勾配を転がりながら昇っていた。それらは一箇所に止まることはなく、たえず回転しながら動き回っていた。そのため細部の構造がぼやけ、はっきりと見えなかった。

 せめて一体でも動きを止めてくれれば。あるいは、捕獲することはできないだろうか。体の構造をもっと詳しく観察したい。だが捕獲できるような装備は何も持っていない。いったん着陸艇に引き返し、準備を整えようか。



 その時、ヘルメットに通信が入った。

「牧野さん、どこですか?姿が見えませんが。……あ、砂丘の向こう側まで行っちゃってるじゃないですか。ダメですよぉ。単独行動は厳禁って清月隊長も…」近藤の声だった。おそらく宇宙服のビーコンで位置を特定したのだろう。

「すいません。それよりも近藤さん聞いて下さい!ついに生物を見つけたんですよ!」

「え、本当ですか!」近藤の声が一オクターブ高くなった。


「近藤さんもこっちに来て下さい。たくさんいるんですよ!」

「え、そうなんですか。……というか、牧野さん、いったんこっちに戻ってきた方がいいですよ。他の人たちも牧野さんの姿が見えないのに気付き始めてます。騒ぎになるとやばいですよ。浮かれる気分もわかりますが、まずは基地設営の作業を片付けちゃいましょう」

 近藤にやんわりと注意され、少し目が覚めた。自分は柄にもなくハイになっていたようだ。早く戻ろう。牧野は後ろ髪を引かれつつも、回転生物たちに背を向けて今きた砂丘を昇りはじめた。



 微生物の死骸でできた砂丘は砂の粒子が細かく、足下からさらさらと崩れて流れ落ちていった。牧野は一歩一歩踏みしめて砂丘の頂を目指して昇っていった。足跡を追うときは夢中で気付かなかったが、改めて冷静になってみると、かなり歩きにくく、なかなか前に進めない。ヘルメットの中で額にじんわりと汗がにじんだ。


 牧野はふと背後に気配を感じ、後ろを振り返った。

 回転生物が一体、こちらに向かってくる。

 牧野が足跡をたどっていた個体だった。それが今、回転方向を逆向きに変え、自らが残した足跡の上をくるくると回転しながら、牧野に向かって一直線に接近しつつあった。それは砂丘の勾配をものともせずに駆け上がってきた。

 嫌な感じがした。その生物の直径五十センチほどの体の大半は細長いスポークでしかない。だが、放射状に突き出たスポークの先端は針のように鋭く尖っていた。それはまさに、かつて地球に生息していたウニやヤマアラシの棘のようだった。

 宇宙服の繊維は強靱だ。さらにその下には不浸透性のスキンスーツも着ている。おそらく棘が貫通することはないだろう。だが、相手は未知の生物だ。もしかしたら……。


 牧野は走った。走ろうとした。だが砂に足を取られて思うように進めなかった。

 いまや牧野の後を追う回転生物は一体だけではなかった。砂丘の周囲にいた複数の個体が、砂の上に点々と跡を残しながら一直線に迫りつつあった。


 もうすぐ砂丘の稜線だ。あれを超えたら着陸艇の視界に入る。

 牧野はふくらはぎに鋭い痛みを感じた。

 回転生物の鋭い棘の先端が宇宙服の生地に食い込んでいた。牧野は足を振って回転生物を払い落とそうとした。だが棘には微細な返しがついているらしく離れなかった。足に付着した回転生物はまるで紙細工のように軽く、ほとんど重さを感じさせなかった。

 仕方ない、このまま進もう。しかし、生物が付着したせいで牧野の走るスピードはさらに落ち、他の回転生物が追いつくのを容易にした。すぐに二体目、三体目の回転生物が牧野に体当たりして棘を食い込ませた。牧野はよろめき、砂の上に倒れた。次の瞬間、彼の体の上にいっせいに無数の回転生物が群がった。牧野の全身をチクチクとした痛みが包み込んだ。



「牧野さん!今助けますから!」近藤の叫び声が耳元で聞こえた。

 直後、ヒト型作業機器の強力なアームが一閃し、群がる回転生物を払いのけた。そして牧野の体を砂丘からつかみ上げると、着陸艇に向けて運んでいった。

「……すまない、近藤さん」

「まったく、びっくりしましたよ。到着早々何やってんですか」

「本当に、返す言葉もない」牧野は心の底から恥じた。



 すぐさま牧野は医療担当の樋口の診察を受けた。

 さいわい、回転生物の棘は宇宙服の生地を貫いてはいなかった。しかし宇宙服とスキンスーツの上から固い棘の先端を押し当てられた跡は、全身に赤い斑点となって残っていた。もしそれらを身に纏っていなかったとしたら、全身を蜂の巣にされていただろう。見かけによらず恐ろしい生物だった。

 しかし、外気に触れたり、現地生物と直接接触していないことが判明するまでの数時間、牧野は着陸艇内の隔離区画に押し込まれ、ひどく窮屈な思いをすることとなった。


 その後、地上調査隊のリーダー、基村(きむら)のきつい説教からようやく解放された牧野は、着陸艇の近くに新たに設営された簡易ラボに入っていった。

 そこでは先ほど回収された回転生物の調査が行われていた。

 牧野の宇宙服に最後までくっついていた三体のうち、二体は潰れて死んでいたが、一体はまだ生きていた。それは部屋の中央に置かれた透明ケースに納められていた。狭いケースの中でそれは前後に回転しては壁にぶつかってカチカチと音を立てていた。鋭いスポークの中央の本体は砂色の甲鱗に覆われていた。鱗の隙間からは固い刺毛がチクチクと飛び出していた。



 死んだ二体は早速解剖されていた。

 回転生物の遺体の上にかがみ込んでいた動物生理学者の川上が顔を上げた。

「牧野君、面白いわよこの生物。このスポーク、全部で十六対あるんだけど、全部ストローみたいに中空になってるのよ。それで先端部を拡大して見ると、注射針みたいに斜めに切れてるの。どういうことかわかる?」

「……ああ。回転生物はこの棘を使って獲物の体液を吸うんだろうな。俺にやったように」

 棘は運動器官であるだけでなく摂食器官でもあったのだ。おそらく回転生物は砂丘に迷い込んだ弱った生物に集団で襲いかかり、獲物の体に棘を突き刺して体液を吸う生態を持つのだろう。


「正解。棘の根元は消化管と思われる内臓器官に繋がってたわ。つまり、この棘が口でもあり、足でもあるのよ。不思議な生物ね。ちなみに、目は中心部の胴体の外周に沿って四つ、等間隔に付いていたわ。どうやら複眼らしいけど地球の節足動物などとは大分構造が違うみたい。激しく回転しながらどうやって周囲の映像を捕らえているのかしらね。まだまだわからない事だらけよ」川上は興奮して早口で言うと、ピンセットとメスを手に、再び回転生物の体内の観察に没頭しはじめた。


 牧野は皮膚の上に点々と赤く残る棘の跡をさすった。それにしても、この星の生物とのファーストコンタクトをこんな形で迎える羽目になるとは思いもしなかった。



 第一回地上調査隊は砂丘に設営されたこのキャンプを起点に、周囲の自然環境や生物相の調査を進めていくことになっていた。回転生物の侵入を防ぐため、キャンプの周囲には防護ネットが張り巡らされた。

 牧野が回転生物と遭遇した顛末は軌道上のテレストリアル・スター号にも報告され、後ほど清月隊長からもお叱りを受ける羽目となった。

 結局、その日彼らが遭遇した生物は回転生物一種だけだった。百年以上前、セドナ丸の調査隊が遭遇した巨大生物の姿は影も形もなかった。その夜、想定外の事態に備えていつでも脱出できるよう、調査隊員は全員着陸艇内に戻り、狭苦しい船室内で折り重なるようにして就寝した。


 翌日、調査隊は砂丘を通り抜け、内陸部の森林地帯に向かって探検に出発した。

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― 新着の感想 ―
[一言] お話のご都合で登場人物にマヌケなことをさせるのは、B級ホラーやZ級低予算映画のバカ学生の役どころみたいで安っぽいというか、見る人を舐めた話なので完成度が下がると思う。
[気になる点] 誤字(文?) >近藤の声が耳元で叫んだ。 近藤の叫び声が耳元で聞こえた。
[気になる点] 物語の都合とはいえ、いきなり、前回全滅した危険な地上に、民間人を降ろしているのが違和感。 最低でも、軍人から降ろして、陣地構築。 進んだ科学文明としては、ロボットで陣地構築して、安全…
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