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プロローグ

 21世紀中頃、てんびん座の目立たない恒星のひとつに地球型惑星が発見された。


 ドップラー法とトランジット法による解析で、その惑星は生命生存可能領域(ハビタブルゾーン)を公転し、大気には酸素と水蒸気が豊富に含まれていることが判明した。当時続々と発見されつつあった、地球外生命が存在する可能性が高い惑星の一つだった。この星にはアルファベットと数字からなる八桁のコードが名前として与えられた。



 22世紀初頭、物理学と宇宙工学のブレイクスルーにより人類はついに恒星間飛行を実現させた。そして大規模な太陽系外探査の時代が到来した。

 このとき優先して調査対象に選ばれたのは生命存在の可能性が高い「第二の地球」候補の惑星だった。各国は競い合うようにして未知なる深宇宙に探査機を送り込んだ。

 ほどなく、一機の恒星間無人探査機がてんびん座の地球型惑星を目指して長い旅路に出た。


 それから百五十年後、探査機からの観測データが地球に届いた。その時、人類ははじめてその惑星の姿を目にすることになった。

 その惑星は綿毛のような純白の雲霧に包まれ、その下に青い海と緑の大陸をのぞかせた美しい世界だった。それはまぎれもなく生命の星だった。

 その時、惑星に無味乾燥なコードに代わる新しい名前が与えられた。惑星全体を包む白い霧にちなんだ「あさぎり」という美しい名前だった。



 そして、それからさらに十数年後の2277年。

 惑星あさぎりを目指し、次なる宇宙船が太陽系を旅立った。恒星間移民船セドナ丸。二千名の人間が乗った大型宇宙船だった。人類初の惑星あさぎりへの有人着陸調査と、恒久的な植民地(コロニー)の設立が目的だった。

 当時、すでにいくつかの地球型惑星への移住が実現していたが、それらは太陽系から十数光年の範囲であり、一挙に約70光年先の惑星あさぎりを目指した大規模移住はかなり野心的な計画だった。


 客観時間にして76年間の航宙の後、セドナ丸は惑星あさぎりに到達した。

 相対論的速度から減速し、主星を周回する軌道に進入しながら、セドナ丸は計三十五機の探査機を飛ばして星系内の情報を徹底的に収集した。

 主星は太陽の0.8倍の質量をもつ安定した恒星で、その周囲に木星型の巨大ガス惑星一つ、地球から月程度のサイズの岩石惑星を八つ従えていた。

 そのうちの一つ、第二惑星があさぎりだった。自転周期は地球時間で19時間、公転周期は236日、二つの衛星を伴っていた。


 あさぎりの大気圏に投下された降下型探査機は大気の成分分析結果を送ってきた。窒素74%、酸素25%、二酸化炭素0.5%。これまでの観測結果とほぼ一致していた。人類が呼吸可能な大気だった。


 セドナ丸は三ヶ月にわたり惑星あさぎりの衛星軌道上にとどまり、ロボットや地表観測衛星により未知なる惑星のデータを徹底的に収集した。すぐに明らかになったのは、かなり大型の生物を含む豊かな生態系が惑星上に存在することだった。彼らは発見した生物種をナンバリングしていった。


 そしてついに、ある時点でセドナ丸の科学者たちは有人着陸にゴーサインを出したようだ。彼らは十名程度の惑星調査隊を組織し、小型着陸船であさぎりに降り立ったらしい。


 その辺りの状況が正確にわかっていないのには理由がある。

 惑星到着から三ヶ月以降の彼らの記録がほとんど残っていないためだ。それまで彼らは定期的に調査データや行動記録を強力な電波に乗せて太陽系に送信していたが、それが急に途絶えたのだ。


 定期通信が途絶えてから半年後、セドナ丸から最後の通信が届いた。それは着陸調査の様子を撮影した映像の抜粋らしきものだった。短い映像だったが、その内容は全人類に大きな衝撃と謎をもたらした。

 以下がその内容である――――。




「こちら着陸調査隊。セドナ丸、聞こえるか、どうぞ」

「えー、我々は無事、北半球の大陸アルファに着陸した。場所は海岸線の近くだ。見ろよこの景色、素晴らしいだろ……」


 カメラの映像がパンし、静かに波の打ち寄せる白い砂浜を映し出した。空と海の色は地球よりも深く澄んだブルーだ。水平線上にはいくつもの島影が見える。カメラの向きが陸側に移動するにつれ、浜辺に並ぶ隊員たちの姿が映り込んだ。みんな言葉もなく海を見つめている。宇宙服を着用しているため表情は見えないものの、全員が感極まっている様子が伝わってくる。



 場面が変わる。40歳くらいの髭面の男性が見慣れない植物のそばに立っていた。映像の字幕によると第二回着陸調査のときの映像らしい。

 男性はすでに宇宙服を着用していなかった。第一回の調査のあと、宇宙服は不要と判断したのだろうか。

 男性が説明をはじめた。


「これがこの星の植物だ。見てくれ」

 男性が植物の茎に手を触れた。植物は背が高く、茎だけが映っている。


「この茎、非常にかたくて強靱で、まるで硬質ゴムのような手触りだ」茎を手の平で叩いてみせた。

「……表面は鱗のような組織で覆われている。見てわかるように、根元付近がとっくり型に膨らんでいる。色はこの通り、黒ずんだ緑色だ。つぎは葉を写してくれ」


 カメラが上に向く。ヤシの木のように五メートルほど伸びた茎の上端から長い葉が密生していた。

「葉が変わっているんだ。肉厚で、先端が蛇の舌みたいに二股に別れている。触ってみると、少しぬるぬるした感触がある。色は茎よりもさらに黒っぽい緑色だ。これと同種と思われる植物があたり一帯にたくさん生えている」



 場面が変わる。引き続き第二回着陸調査。

 少し薄暗い場所で撮影された映像だった。

 先ほどの映像と同じ髭の男性が登場し、説明をつづけた。


「ここは森の中だ。海岸線から少し奥に入ると、樹木のような背の高い植物が一種の森を形作っている。さっきの植物よりもだいぶん大きい。これがこの惑星の樹木だ……」


 男性隊員がささくれだった樹皮を指し示したその時、背後で樹木が砕けるような騒音が響き渡った。


「おい、あれを見ろ、後ろだ」

 突如、男性隊員が血相を変え撮影者の背後を指さした。撮影者が慌てて動いたため映像が乱れた。

「すごい……」おそらく撮影者と思われる女性の声が入った。


 映像が安定を取り戻した。

 薄暗い森の中、密生する葉の隙間から光が射し込んでいた。その光がスポットライトのように、その下にたたずむ巨大な物体を照らし出していた。


 物体は大きかった。象くらいの大きさだ。その表面を木漏れ日がまだらに染めていた。


 はじめてこの映像を目にする者は、そこに何が映っているか理解できないだろう。

 有機的な質感を備えた、抽象的な彫刻作品。そう見えるかもしれない。

 それは地球上に存在するいかなる物体とも似ていなかった。

 六本の太い足や、ずんぐりした体型、上に突き出した管の列、ざらざらした灰青色の表皮とそこに並ぶ瑠璃色のこぶなど、部分的な特徴は列挙できるだろう。だがそれが全体として形作っている姿はうまく認識することができないはずだ。無理もない。人間の目と脳は、これまでの進化の歴史で一度としてこのような物体に出会ったことがなかったのだから。

 だが、どんな人間であろうとも、一目見ただけで確信できることが一つあった。

 その物体が生物だということだ。

 

 その巨大生物はゆっくりと動いていた。巨大な六本脚を動かし、地面に横たわる植物の残骸を踏みしだきながら悠然と歩いていた。


「……みんな見ているか、これが人類と、惑星あさぎりの住人とのファーストコンタクトの瞬間だ。歴史に残る瞬間だぞ」男性が興奮した口調で言った。


「ロボットでの遠隔調査では見たことがない種類だな。頭部を撮影できないか?」男性が興奮した口調で言った。

「頭部って、どれが頭部ですか?」撮影者が言った。

「たぶん、あの大きな塊だろう」

 男性と撮影者の女性は、生物を恐れるかのように小声で話していた。


 彼らはおそるおそる巨大生物に接近しながら、その進行方向に回り込んでいった。

 カメラの動きととともに、巨大生物の前側が見えてきた。

 当然、目や耳などは判別できない。こぶだらけの巨大な肉の塊。両サイドからは太い触角のようなものが突き出ている。それが顔だとして、地球のどんな動物の顔とも似ていなかった。


 突然、巨大生物の頭部と思われる部分が上下左右に大きく開いた。

 撮影者たちが慌てて飛び退いたため、映像が激しく乱れた。


「口を開けたぞ。逃げろ」男性が叫んだ。

 ピューッという、甲高い笛のような音が聞こえた。生物が発していると思われる。

 彼らは息を切らせて森の中を走って逃げた。


 映像が切り替わった。前の場面から数分が経過したようだ。

 落ち着きを取り戻した男性がカメラに向かって説明した。


「……我々は無事だ。すまない。あれはおそらく、ただの威嚇だったのだろう。あの後、生物は森の奥へと消えた。だが、あの頭部の構造は実に興味深かった。顎が上下左右の四方向に開くようだ。まるで解体機械みたいだった。あれならどんな食物も粉々に砕けるだろう。我々はいったんキャンプに戻る」



 再び別の映像。字幕はないので撮影された時点は不明。

 夕暮れ時だった。海岸で十名以上の隊員が何かを見ていた。カメラは隊員たちの肩越しに海に突き出した巨大な岩を撮影していた。


「……あれだ、わかるか?生物種タイプ0087だ」

 一人の隊員が指さした先にカメラがズームする。

 巨岩の頂上に茂る植物に隠れるように、巨大な生物がうずくまっていた。

 灰褐色のまだら模様で、長い胴体を丸めているようだ。

 映像にオーバーラップしてスケールバーが表示された。そこから推定される体長は10メートル以上に及んだ。


 すると、生物が動き出した。

 見上げる隊員たちの間から「おおぉ」と、どよめきが起きた。

 生物は八本の足を動かし、岩壁を器用に伝い降りてきた。全身を柔らかな毛皮に覆われた足のある大蛇、または八本足のしなやかな肉食獣。想像力をたくましくすればそう見えなくもない。

 異様な生物は静かに砂浜に降り立った。

 そして胴体前端の頭部と思われる部分を持ち上げ、まるで周囲を探るように左右に振りむけた。

 その動きがぴたりと止まった。その頭部をカメラがズームする。まるでトラバサミか拷問具のように、湾曲した刃が密集している。この生物はまぎれもなく捕食者だった。


「おい、こっちを見てるぞ」隊員の一人がつぶやいた。

「来るぞ」「武器を用意しろ!」

 隊員たちが切迫した叫び声を上げ、慌ただしく動きだした。



 そして、ここからが問題の場面だった。

 突然、映像が激しく震動し、画面が暗転した。

 画面は暗いまま、しばし混乱した隊員たちの声だけが響く。

「なんだこれは」

「おい、どうなってる!」

「大きすぎる……そんな馬鹿な」

「ありえない。なぜ今まで見つからなかったんだ。どういうことなんだ」

「こいつはいったい何なんだよ」


 数秒後、カメラの明暗補正機構が作動し、周囲の風景がしだいに見えてきた。

 灰色にかすむ映像の中で、隊員たちは呆然と上を見上げている。彼らの視線を追うように、カメラの視点もゆっくりと上に向かっていく。


 夕空を背景にして大きな岩山が映っている。はじめはそう見えるだろう。だが、その認識はすぐに修正を迫られることになる。なぜなら、その巨大な物体は動いていたからだ。


 そう、それは信じがたいほど巨大な生物の影だった。

 果たして、生命体がこれほど巨大化することが物理的に可能なのだろうか。それは文字通り山のような大きさだった。

 よく見ると、超巨大生物の顎のあいだで小さなものがうごめいていた。それは先ほど隊員たちに襲いかかろうとしていた捕食者だった。体長十メートルの捕食者も超巨大生物と比べればちっぽけな小動物にしか見えなかった。必死の抵抗もむなしく、それは超巨大生物に丸飲みにされてこの世から消えた。

 

 地平線の向こうに沈むまぎわ、夕日が雲間から顔を覗かせ、あたりを黄金の光で満たした。

 その一瞬、超巨大生物の姿が鮮明に浮かび上がる。城壁のような皮膚、尖塔のようにそそり立つ鋭い棘、力強い脚。背中にひるがえる鰭または翼、ゆったりとうねる長い尾……。それは異様でありながらも、美しく、神々しく、見る者を畏怖させる力を放っていた。

 隊員の口から声が漏れる。「おお……、か」



 ここで唐突に、記録映像は終わりを迎えた。

 そして、この映像を最後にセドナ丸は完全に沈黙した。その後、今日に至るまで惑星あさぎりからの電波信号はいっさい受信されていなかった。



 25世紀中頃、この映像が届くと太陽系は大変な騒ぎになった。

 中でも最後に登場した超巨大生物は論争の的になった。ある有名な生物学者はあれほど巨大な生物は自重で潰れるため陸上で活動できるはずがない、よってあの映像はフェイクだと断じた。だが別の学者は地球とはまったく別の進化の道筋を辿った異星生物の能力を地球の生物学で判断するのは早計だと反論した。専門家だけでなく一般人も巻き込んで、肯定派、否定派、懐疑派の議論は過熱した。


 それよりはトーンは抑えめながらも、別の謎も注目を集めた。セドナ丸がこの短い映像を最後にいっさいの連絡を絶ったことだ。着陸船で惑星に降りた調査隊があの超巨大生物に襲われて全滅したとしても、軌道上のセドナ丸までもが連絡を絶つのは不自然だった。いったい、セドナ丸に何が起きたのか。彼らはなぜ沈黙しているのか。


 映像は憶測を呼び、世界中で仮説や議論が百出した。その中で惑星あさぎりは、ある一つの異名を授かることとなる。

 『超巨大生物相(ギガ・ファウナ)の惑星』という名を。


 そして、それから十数年後。

 日本において惑星あさぎりを目指す新たな調査計画が立ち上がった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >カメラの映像がパン こんなん草生えるわ。面白そうだったが一気に萎えた。訳分からん手抜きしてないでちゃんと描写しろよって話。あと、これなんで日本が中心になってんのかね。あさぎり、しか名前が…
[良い点] プロローグの時点でワクワクが止まりません。 この作品に出会えたことを感謝します。
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