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第三編 昼下がりの淡い銀色

 足を踏み入れると、そこはコンビニみたいに涼しかった。僕は思わず足を止める。空気もにおいも冷え切ってるって感じで、さっきまでのまとわりついてくる暑苦しさとは対照的。僕の周りに滞留していた空気はすっかり失せて静まり返ってて、夏っぽい植物やなんかの匂いもなくなって、今はただじめじめしている。実際、足下の土がぬかるんでて、鮮やかな白と赤のスニーカーに泥が跳ねていた。     

 僕は泥の中に右足を突っ込んだ。そのまましばらく泥に靴を浸して、足を上げてみると、白かったスニーカーは隈なく泥んこになっていた。靴の中にじわじわ染みてきていて心地良い。もう片っぽも泥の中に突っ込む。新品同然にまっさらな白だったスニーカーは、面影もなく両足ともドロドロだ。ざまあみろ。

 僕はようやく、泥だらけになった足を動かしてガード下から出た。視界一面に緑が飛び込んできた。見渡す限りの田んぼが広がっている。いや、まあ、正確に言うと田んぼの向こうには、家屋なんかの背面が見えてはいる。玄関は逆側。僕の背後にはさっきのガード、その上に線路が通ってて、ガードの向こう側からこっちは見ることができない。要するに、他人の目があまりないのだ、都合のいいことに。

 ここの空気は、草木の匂いがいっそう濃く深く詰め込まれているような感じ。……暑い。額に汗がにじむ。虫の声がうるさい。田んぼの脇には人の足で踏み固められた小道が線路に沿って続いている。僕は、特に当てがあるでもなく、その道を進んだ。時折雑草が邪魔をして、僕はそいつを片手で避けながら、べっちゃべっちゃと歩を進めている。それでも、制服のズボンの裾には植物の種子がひっついていた。

 ……お腹へった。僕は腕時計を見る。……午後一時一八分。四時間目終わってすぐ抜け出したから、給食は食べてない。

 線路。腹ぺこのお腹をさすりながら、眺める。焦げ茶と銀のレールが、太陽に焼かれて横たわっている。銀色が淡く光って、僕を誘惑しているように見えた。僕の予定では、レールの上に横たわって、電車の車輪に切断されて死のうと思ってる。それが一番確実で楽に死ねるだろうって考えた。色々なやり方を考えたけど、やっぱり痛いのはイヤだし。失敗するのもイヤだ。

 ま、どうせそのうち死ぬだろう。夏休み最終日は自殺が増えるって言うけど、夏休み前日に死ぬのもアリかもなあ。何にせよ、まあ、そのうち。

 視界の右端。規則的な音。電車だ。

 みるみるうちに音は近づいてきて、ばあっと僕の眼前に広がる。わずかな衝撃に、少しだけひるむ。車窓が流れて、乗客がちらほらと確認できた。そうかと思うと電車はもう視界の左端へ、遠ざかって行く。走行音はガタゴトと心地の良い音に変わり、いずれそれも小さくなって聞こえなくなった。

 あれに轢かれたらひとたまりもないだろうなあ。死にたいなあ。死にたい。

 「死にたいなあ、死にたいなー」ってテキトーな歌とも言えないものをリズムに乗せて歌いながら、平日の昼下がり、夏の日差しに焼かれてふらふらと歩く。

 もうすぐ夏休みだなあ。

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