普通な男子小学生とケーキ屋の娘な女子小学生の洋菓子屋短期仕事生活
12月24日。
それは聖なる夜。世のカップル達はこれまで溜めてきたテンションや思いを爆発させ、公衆の面前で少し大胆な行動に出る人が多くなることだろう。
手を繋ぐだけでも恥ずかしがる人達でも、腕を絡めて歩き、独身な成人達の怒りをかい続ける。中には、公衆の面前で愛を確かめ合う発言をし、通る人達の目に嫉妬の炎を燃焼させた。ついには、男女二人組が唇を重ね合う事案が発生する。もし、視線だけで人を殺すことが出来たら、その場で大量虐殺が起きていることだろう。さらにどういうわけか、男女の唇の重ね合いに対抗してか、悪ふざけ確定の、男同士の唇の重ね合いが見られた。知り合いかもしれない成人達が、「うわー・・・。」とか、「ついに、ついにやりやがったか。」等、ドン引きされる光景を作り上げた。
そんな順風満帆な空気と天歩艱難な空気が混在するこの日。その日に多くの人達が地を歩き、目的地まで目指していく。そんな中、
「はぁー。こんな寒いのに雪降らねぇのかよ。何でだよ。」
雪を楽しみにしていた小学生、太田清志は難色を示していた。太田はホワイトクリスマスを楽しみにしていた一人であった。それ故、クリスマスイブである境に降雪を期待したのだが、結局は単なる寒いだけ。ホワイトクリスマスを楽しみにしていた人にとっては残念な出来事だっただろう。
「エプロンは持ってきたが、大丈夫かねぇ?」
ただでさえホワイトクリスマスではなくて残念だったうえ、これから不安が多く残るお手伝いの時が近づく。心音が次第に大きくなっていく。
「おはようございまーす。」
寒空の中を歩いて着いた先は、神田屋である。
「…あら?真紀―。太田君が来てくれたわよー。」
神田母の呼びかけに、
「はーい。今行くー。」
神田真紀は応じ、店内に足を向ける。神田真紀と太田清志は顔を見合わせると、
「お、おう。」
「ひ、久しぶり、かな?」
「いや、先週まで会っていたからつい最近じゃないか?」
「そ、そうだよね。」
初対面の人同士が会話しているような、ぎこちない会話となっていた。クリスマスイブに男が女の家に行くのはやはり特別に意識してしまうのだろうか。そんな考えがよぎってしまう。
「それじゃあ真紀。今日は太田君に教えてあげてね?分かっているけど、今日は昨日一昨日以上に忙しくなるからね。」
「分かっているって。それじゃあ太田君。今日はよろしくね。」
神田真紀の営業スマイルに、
「お、おう。」
太田清志は照れつつも、
(おっと。神田の話を聞かないと、か。)
神田真紀の話を聞こうと集中する。
「こちらこそよろしく頼む。」
こうして、神田真紀による太田清志の指導が始まった。
だが、
(・・・あれ?やっぱり綾ちゃんと洋子ちゃんみたいに上手くいかないなぁ。)
太田は、神田真紀が思っていた以上に仕事を上手く覚えられなかった、というのも、
「らっしゃいやせー。え?違うの?」
「…あれ?5円足りないな。ま、いいか。え?駄目なの?」
こんな感じである。前向きなのはいいことだが、太田にお金の管理を任せてしまっては、神田屋は潰れてしまうだろう。かと言って接客を任せるには、
「…敬語?ですます調?そんなのあるんだ。え?学校で習ったって?」
知識が足りなかった。
(どうしよう?)
太田をどのように働かせるか頭を悩ませていた時、
「どう?大丈夫そう?」
神田母は神田真紀に話かける。大丈夫かどうか聞いたのは、言うまでもなく太田清志の育成状況である。
「…もしかしたら太田君は接客業に向いていないのかも。」
神田真紀は言葉を濁した。直球で言ってしまえば、
「駄目よ。この時間頑張ってみたけど、全然使い物にならないわ。」
こんな感じになるだろう。
「・・・そう。」
神田母は少し考え、
「それじゃあ私が代わりに接客するから、太田君には厨房に入ってもらうのはどう?」
神田母は神田真紀に提案する。
「え、いいの?だって太田君、ケーキ作りに関してはド素人なんじゃないの?」
「それを言ったら、接客業もド素人じゃない?な~に、これでどうしようもなかったら、次を考えるわ。」
そう言い、神田母は厨房に向かい、神田父に話を振る。最初、神田父は驚いていたが、次第に、
「・・・分かった。それでいこう。」
こうして、本人のいないところで話が進み、話の結果が決まる。そこに本人の意思はなかった。
「太田君。今日は厨房に入って俺を手伝ってくれないか?」
突然の神田父の話しかけに太田は戸惑うが、
「え?…あ、はい。」
すぐに状況を把握し、
「それじゃあ、よろしくお願いします?」
「ああ、よろしく。」
こうして、太田清志は厨房を手伝うことになり、神田真紀と神田母は店内で仕事をすることになった。
ものの約十分。
「・・・太田君、なんか様になっているわね。」
「私と同じ小学生なのに、熟年のベテランみたい。」
「将来真紀がこのケーキ屋を継げば、太田君と二人で切り盛り出来るわね。」
「!!??だから、私は太田君の事、何とも思っていないっていているでしょう!?」
神田母のちゃかしに神田真紀は過剰に反応する。きっと、神田母には神田真紀の心情は筒抜けになっていることだろう。
「はいはい。そろそろ開店するわね。今日は忙しくなるわよ~?」
神田母の言葉に、
「分かっているわよ!どうせ毎年のことだし!」
神田真紀はまだ、神田母のちゃかしに憤慨していた。
「おう。」
神田父は短く返事をし、再びケーキ作りに励む。そして、クリスマスイブに神田屋はオープンになった。
神田屋は昨日、一昨日以上に客が入り、時間が経過するにつれ、店内には人の気配がドンドン濃くなっていく。お客様が増えれば当然、お客様を応対する店員が忙しくなっていく。それは、営業スマイルに汗が見られるほどである。本来寒いこの季節。暖房をある程度かけているとはいえ、人が普通に歩く程度で汗をかくほど高温に設定しているわけではない。このことから、二人の仕事量が時を刻むごとに増えていることが分かる。最初は、
「いらっしゃいませー。」
「ありがとうございましたー。」
と、きちんと発音して答えていたのだが、
「しゃいませー。」
「ましたー。」
と、呂律が回っていないのか、きちんと発言できていない状況に変化し始めている。
「真紀、分かっているけど言葉、気をつけなさい。」
「…分かって、いるわよ。」
と言いつつ、神田真紀は汗を拭う。毎年ケーキ屋のお手伝いを行っているとはいえ、疲れる仕事は疲れるのだ。そんな中、
「太田君、大丈夫か?」
「俺か?俺は大丈夫だけど?あ、このケーキはここに置いておけばいいのか?」
「あ、ああ。」
どういうわけか、太田清志の隠れた才能が真価を発揮しているがごとく、続々とケーキを作っていく。この忙しい状況のなか、
「ショートケーキの在庫が少なくなってきているな。太田…、」
「ああ。ま、お手伝いだし仕方がないか…。」
文句は言っているが、手は動かし続けている。太田清志の料理する様は、職人の様に芯が通っている。
(こいつ、小学生だからここまで体力があるのか?)
神田父は太田清志の才能、体力に驚きながらも、
「なぁ?ここってどうすればいいんだっけ?」
「…ん?ああ、確かそこは普通にクリームを絞るんじゃなくて…、」
太田清志に手ほどきを加える。
そして、
「本日は誠にありがとうございましたー。」
神田真紀のきちんとした言葉で、本日最後のお客様を見送り、
「お、お、終わったー。」
本日、クリスマスイブの営業は終了した。
「お疲れ様。」
疲れ切った太田清志に、神田真紀は声をかける。
「お、おう。」
「はい。」
神田真紀は差し入れとして水とタオルを渡す。
「サンキュー。」
太田は渡された水を飲み、タオルで季節に関係なくかいた汗を拭く。ちなみに、神田真紀が渡したタオルは、神田真紀が普段使っているタオルである。そして渡したタオルは未使用である。
「・・・ふぅ。」
ある程度体力を回復した太田清志は、たまりにたまっていた二酸化炭素を体外に放出する。
「太田君、ご苦労だったな。」
「本当にね。おかげでなんとかお客様を全員捌くことが出来たわ。ありがとう。」
大人達の感謝の言葉に、
「お、おう。」
少し照れてしまう。
「さて、それじゃあ次は太田君に好きなケーキを選んでもらおうかしらね。」
神田母はこの場を仕切り始める。
「それで、どのケーキが食べたい?」
神田母は太田清志に尋ねる。太田清志は少し考え、出てきた答えは、
「俺、ケーキより肉が食いたい。」
ケーキ屋で発してはならない言葉を述べてしまった。やはり子供だからか、空気や状況を読まない発言が、この場にいる大人二人に突き刺さる。
「…ねぇ?家を馬鹿にしているの?何もケーキ屋の家で言わなくてもいいんじゃないの!?」
神田真紀が神田両親の思っていることを代弁する。
「だって、ケーキをあんなに大量に作ったんだぜ?見ているだけで腹いっぱいだぜ。」
「だったら何も食べないって言えばよかったじゃん。」
「そうだけど、今も腹は鳴っているしな。」
「お腹一杯なのか空いているのか一体どっちなのよ・・・。」
こんなやりとりをしていると、一人の女性が神田屋に近づいていく。神田真紀と神田父は分からないが、神田母と太田清志は一目で分かったらしい。
「あら~?」
「げっ!」
各々の反応を見せる。
「?真紀、あの女性について、何か知っているか?」
「さぁ?お母さんが知っているんじゃない?」
「なんで来てんだよ・・・。」
そんな会話を二人は交わしながらも、神田母と太田清志に今も見えている女性が近づいていく。
「今日はわざわざようこそこちらへ。今日は本当にありがとうございました~。」
神田母はお辞儀を繰り返す。
「いえいえ。こんな愚息であればいつでもお貸しいたしますので。」
と、太田清志の母は頭を下げる。
「母ちゃん。俺、早く家に帰って焼き肉食いたい。」
と、ここでまた太田清志はケーキ屋を営んでいる成人二人が顔をしかめる発言をする。
「!?この子は!みなさん!この愚息が大変!大変失礼な発言をしてしまいまして申し訳ありません!ほら、お前も下げなさい!」
「うわ!?や、やめ…!?」
太田母は太田清志の言葉を聞かず、無理やり頭を下げさせる。
「ま、まーその辺でどうか治めてください。太田君はこのお店で十分過ぎるほど頑張ってくれましたので。」
「…まぁ、そういうのであれば。ほら、この二人に言う事は?」
「ごめんなさい。」
太田清志は太田母に促され、謝罪を行う。
「いえいえ。こちらはあまり気にしていないので。それより、今日持っていくケーキは一体どれですか?好きなものを差し上げますよ。」
神田母は言葉を発する。
「本当によろしいのでしょうか?こんな愚息の働きがそこまでお手伝いできたとは思えないのですが?」
「いえいえ。それはもう十分過ぎるほどです。なんなら、2代目に来て欲しいくらいです。」
この神田母の、神田真紀の心情を無視した発言に、
「こんな愚息でしたら、いつでももらいに来てくださいよ。」
神田母と太田母の目の色が変わる。
「そもそも家の子ったら、同性の女の子とばかり遊んで、浮いた話なんてこれっぽっちも持ってきてくれないのよね。」
「それ、すっごい分かります!私も同じで、清志なんて毎日男友達と遊んでばかりで、今からお嫁さんがもらえるのか心配で心配で…、」
神田母と太田母の会話がさらに広まっていく。それはもう、余計な心配なのではないか、その心配は早過ぎるのではないのかと思う程に。
「!?もう、お母さん!!そんな話しないでよ!!」
「おい!いくらなんでもそれはないだろ!?」
神田真紀と太田清志は自身の母親に抗議しようとするが、
「家の子ったら昔っからじゃじゃ馬でね~。この間なんか…、」
「家も似たようなもんですよ。家なんかつい最近…、」
思わぬところで、女性の長い、それはもう長い長話が始まってしまった。
(・・・はぁ。あの人の父親も苦労しているんだろうな。)
神田父はまだ見知らぬ太田父に同乗の念を抱いていた。疲弊している神田真紀、神田父、太田清志を背景に、二人の母親は世間話に花を咲かせていった。
「・・・あら?もうこんな時間になってしまったわ。」
「あ!?す、すいません!こんな時間まで長居してしまって!」
3人がへたっているなか、二人の母親はようやく時間の存在を思い出したのか、時計を確認し始める。
「別にいいのよ。そんなこと気にしないで。」
「いえ!今すぐ帰らせていただきます!ほら清志、行くよ!」
「やっとかよ。」
太田清志は重い腰を上げ、迎えで太田母が乗ってきた車に乗ろうとする。その太田清志の手には、既に自身で選んだケーキが存在感を発している。
「じゃあな。」
太田清志は、神田真紀に短い帰りの挨拶をする。
「うん!またね!」
神田真紀は今日一番の笑顔を太田清志に見せ、太田家族二人を見送った。
次回予告
『誕生日が同じな女子小学生とその身内達の聖夜祭催事生活』
12月24日のクリスマスイブ。桜井一家と風間一家は合同で食事をとることになった。その食事会には受験生である風間洋子の姉、風間美和も参加した。食後、風間美和は風間洋子の父と母に、10月での出来事を話そうとする。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




