小さな会社員の聖夜祭招待生活
年末。そろそろ、というより既に仕事は忙しくなっている。忙しくなっているはず、なのに、
「優く~ん♪今日も私を癒して~♪」
「おい!仕事中に優に抱きつくんじゃない!」
「え~?だって~?優君成分が不足しているのよ?だったら優君に抱きついて補充するしかないじゃない?」
「そんなわけあるか!?」
相も変わらず、菊地先輩を叱る工藤先輩の怒号が、今日も職場を飛び交っています。これはもう、この社内の恒例な景色となっています。既に数年務めている橘先輩はもちろんのこと、桐谷先輩も慣れてきたらしく、
「ここは、こうして…あれ?どうなって…?」
このやりとりを気にもとめず、仕事をしている。隣で無口に仕事をこなしている橘先輩と仕事風景が似ている気がします。単なる勘違いかもしれませんが。
「…そこはこうするんだ。」
「…あ!なるほど、そういうことでしたか。橘先輩、ありがとうございます!」
「…いや。俺は別にたいしたことしていないから。」
なんか、橘先輩と桐谷先輩っていいコンビな気がします。この半年近く仕事を共にしてきましたが、桐谷先輩の事が少しわかった気がします。と言っても、かなり社交的な事しか分かっていませんが。
「優。」
「あ、はい!」
しまった!先輩方を見過ぎしてしまったみたいです。
「すいません!今すぐやります!」
「?いや、ただ仕事の進捗状況と、年度末だからしっかりしろと鼓舞しようと声をかけただけだ。」
あれ?私がよそ見をし過ぎたことに対する叱責ではなかったのですか。よ、よかったです。
「あ。それでしたら…これで半分ほど終了しています。完全に終わり次第、工藤先輩に確認をお願いするつもりです。」
「おう。それとこれは上からの相談なのだが…、」
「セキュリティーについて、ですね?いつごろ向かえばいいですか?」
「今週中に向かってくれればいい、とのことだ。出来れば明日、だとさ。」
「了解いたしました。それでは明日向かいます。」
「おう。それじゃあ俺からそう伝えておくよ。」
「お願いします。」
明日は一日、少し足を伸ばす必要があるようです。
そして、さらに時間は過ぎていき、
「お♪もうお昼か。弁当弁当。」
時刻はお昼。
「よし!これはもう、優君成分補給の大チャンスね!」
ここぞとばかりに菊池先輩は私の席に近づき、
「・・・あの。」
「ん?なあに、優く~ん?」
「さりげなく私を菊池先輩の膝の上に乗せるのは辞めていただけませんか?」
私を持ちあげ、強制的に菊池先輩の膝の上に乗せられた。
「・・・ま、今はお昼休憩だからギリセーフだが、仕事中はやるなよ?」
「はいはい、分かっていますよーだ。」
「お前はガキかよ…。」
昼食時、私の周りにはいつも菊池先輩と工藤先輩がいてくれています。忙しい時や昼食をしながらの会談等は席を外しますが、大体は私の近くにいてくれています。ほんと、この二人には技術面だけでなく、精神面も助けてもらっています。
「…あれ?お前らも今日はお弁当なのか?」
「はい。年末は何かと忙しいので。」
「ですね。」
そう言いながら、橘先輩と桐谷先輩は自前で持ってきたであろうお弁当を見せる。私、菊池先輩、工藤先輩は同じお弁当である。何せ、私と菊池先輩が作ったお弁当ですからね。今日のために頑張って作ってきました。毎日なので大変なこともありますが、
「はぁ~~~♪♪♪今日も優君のお弁当、さいっこう!!!」
「確かに美味いよな。」
うう。作った本人を目の前にして褒めなくてもいいんじゃないですかね。恥ずかしいじゃないですか。ですが、同時に嬉しくも思います。嬉し恥ずかし、ですね。
「そういえばずっと気になっているのですが、1つ聞いてもいいですか?」
この桐谷先輩の発言で、私は固まってしまう。
(もしかして私の事、なのでしょうか!?)
極少数且つ信頼出来る人になら話すことは出来ますが、少なくとも今のこの時間帯は奥の社員が昼食を召し上がっています。こんな場所で話したくはないな。
「な、なんですか?」
「この会社って、副業推奨なのは本当なのですか?」
「・・・え?」
そ、そっちでしたか…。私の事じゃなくてよかった~。と、桐谷先輩の質問に答えませんと。
「ええ。この会社は副業推奨の会社です。」
副業。
それは本業以外で収入を得ている仕事、だと思います。その副業は多種にわたります。
イラストレーター、小説家、システム開発等々、趣味を通して始める人が多いと聞きます。そして、副業を行うためのサイトも開設されており、そのサイトに会員登録し、副業を行えば、それに見合った報酬をいただくことが可能となります。金額によっても副業が変わっていきます。ちょっとしたお金を稼ぐのにも副業は有効です。
ま、副業をやる理由なんて人それぞれなので断定はできないですが。
そして、この会社が副業を推奨している理由は、個人のスキルアップのためです。副業の多くが、数々の技能を必要とします。さきほどの例を使っても、イラストレーターはイラストを描くスキル。小説家は小説を書くスキル。システム開発はシステムに関するスキル。いずれも一筋縄では取得できないスキルばかりです。ですが私は、好きだからこそ、一筋縄ではいかない事も乗り越えられるのだと思います。
ま、私は好きだから、という理由ではなく、別の理由で頑張ったんですけどね。
「副業可な会社はいくつかありましたが、副業推奨な会社は珍しいなと思いまして。」
「それはですね、社長の意向ですよ。」
私は先ほどの話を簡単にかみ砕いて説明する。ちなみに、私個人の見解は出来るだけ伝えないで言ったつもりですが、伝わっていないです、よね?
「へぇ~。だから副業が推奨されているんですね。」
「もちろん社長も副業を行うことによるデメリットは話しています。それを踏まえて社長は副業を推奨なされたわけです。」
「そのデメリットって何ですか?」
「本業に力が入らなくなってしまうことを示唆していましたが、同時に解決策も提示なさっていました。」
「解決策、ですか?」
「はい。みなさんで声をかけ合い、仕事の意欲を高めあおうということです。」
「へぇ~。てことは他の先輩方も何か副業をなさっているのですか?」
ここで桐谷先輩は、他の先輩方に話を振る。
「…俺は何も。」
橘先輩は素っ気なく答えた。橘先輩、何かやっていそうな気がするんですけど。これは個人的見解ですから、語弊があっても仕方がないことなのでしょう。
「俺は酒に関する記事をちょくちょく投稿しているぞ。これが結構稼げるんだな♪」
工藤先輩はどうやら、自身の酒好きを利用し、酒に関する記事を投稿し、お金を稼いでいるみたいです。将来は酒に関するライターを目指すつもりなのでしょうか。
「私はね~♪優君の観察!」
「「「「・・・。」」」」
「…冗談よ。色々頼まれごとをこなしているわ。特定の人の情報収集、イラスト作成、漫画のアシスタント、ウエディングプランの相談等々、色々やったわ。中でもウエディングプランは将来、優君との結婚式を執り行う上でとても参考になったわ♪」
「「「「・・・。」」」」
前々から思っていたのですが、菊池先輩は色んな事に手をだしていますよね。菊池先輩の事ですから嘘をついているとは思いませんが、どうしても疑ってしまいます。きっと他の先輩方に同様に、菊池先輩の言っていることを疑っているのでしょう。
「菊池先輩。私と結婚式を挙げることは無いので、その用意は無意味になるかと思います。」
私は取り敢えず、私と菊池先輩の結婚式に関するプラン設計は無駄だと言っておきましょう。
「そ、そんな!!!???」
何故そこまでがっかりしているのでしょうか?私、これまで何度も伝えていたはずなのですが…。
「なるほど。先輩方も副業に勤しんでいるのですね。」
桐谷先輩は先輩方の話を聞いて納得したのか、色々考えている様子です。
「ちなみに、副業で資格を得て、得た資格を申請すれば、資格に見合った仕事を融通してくれますし、給料も上がりますよ?」
私は追加情報を述べる。給料の事は大事ですしね。
「ありがとうございます。色々考えてみます。」
桐谷先輩は頭を下げた。
「いえ。こちらも桐谷先輩の質問に答えられてよかったです。」
「はぁ~。どんなにおだてられても調子に乗らない優君、素敵♪」
「「「「・・・。」」」」
…菊池先輩のこの病気、誰か何とかできないものですかね。精神科に連れて行けば治りますかね。
「…あ。そういえば今年もあれ、やりますが、先輩方は予定、大丈夫ですか?」
「?あ、ああ。あれか。無論、大丈夫だ。」
「え?そんなの、地球の滅亡より重要案件でしょう?例え地球が滅んでも行くわ。」
「…今年から橘先輩も如何ですか?」
「え?い、いいのか?」
「はい。今年からは社員寮以外の方も参加したいと多くの要望をいただいたので、その期待を応えようと、プレではありますが、あの社員寮に招こうかと考えています。」
「…どうするかはまだ決めかねているんだけどな。どうすべきか…。」
「あの。」
「?何でしょう?」
「一体、何の話をしているのですか?」
「…あ!す、すいません!つい桐谷先輩も知っている前提で話してしまいました。申し訳ありません!」
まったく!私はなんて気の使えない人なんだ!桐谷先輩は今年入社してきた新入社員。であれば、毎年やっていることなんて知らないはずです。
「この時期になると毎年、私が住まわせてもらっている社員寮でクリスマス会を行っているんです。さっきまでこのクリスマス会について話していたんです。」
クリスマス会。この会社、ではなかった。私が住んでいる社員寮では年に一度のクリスマスに行われる食事会の事です。私がクリスマスプレゼントをみなさんに贈りたいためにやってきたことですが、私への負担を気にしてくれたのか、いつの間にか一人一品持ち寄ってくれます。人数も回数を重ねるごとに参加人数を伸ばしていき、今年はいよいよ社員寮に住んでいない人々も呼ぼうとしているのです。なので先ほどその事を橘先輩と話していたのですが、桐谷先輩には何も知らせていませんでした。こんな一般的な報連相を忘れるなんて、私もまだまだです。
「なるほど。会社でもそういったイベント事はやっているんですね。」
「そうですよ。この前行った新人歓迎会と同様に毎年行われているんです。ですよね、先輩?」
私は菊池先輩、工藤先輩に話を振る。
「そうね。私は今年こそ、優君のサンタガール姿を拝見させてもらうわ!!!」
「…俺も楽しみにしているぞ。もちろん、優の料理を、な。」
菊池先輩は無視するとして、工藤先輩の反応が適切でしょう。期待されていることは嬉しいのですが、それと同時に不安もあります。そんなことを気にしては仕事なんか出来ないでしょうけど。
「なので先ほど、橘先輩に参加するかどうかを聞いたのです。」
「…やっぱり優さんって料理が上手なんですね。」
突然、桐谷先輩が私のことを褒めてくれた。
「い、いえ!そんなことは無いのですが、そう褒めてくれるのは嬉しいです。ありがとうございます。」
私は桐谷先輩の言葉に感謝の言葉を返す。
「それで、桐谷先輩も参加してみてはどうですか?」
「え!?私みたいな新入社員でも参加できるんですか!?」
「もちろんですよ。何せ毎年行われるクリスマス会に参加制限をかけていませんから。」
…そういえば、去年までは社員寮に住んでいる人しか参加していませんでしたね。まさか、クリスマス会に参加できるのは社員寮に入っている人達だけ、なんて思われていませんよね?大丈夫、ですよね?
「確かに、直接的に制限していたことは無かったな。」
「そうね。でももしかしたら、社員寮に住んでいない人は参加しづらかったかもね。」
やはり、菊池先輩はそう思っていたのですか。私もまだまだ配慮が足りなかったみたいです。今度、クリスマス会を開く際はきちんとしたチラシを配布するか、社内メールで社員の方々全員に一斉送信でもしようかな。
「ですが今回はそういった無意識な壁を取っ払うために宣伝しています。」
「…なるほど。それで、そのクリスマス会に持っていくべき物って何ですか?」
「持っていくべき物、ですか。正直、何も持っていかなくていいんですけど…先輩達は一品持ち寄りで何か持ってきますね。」
「一品持ち寄り、ですか…。」
やはり難しいですか。もしかしたら、橘先輩もこの一品持ち寄るという暗黙のルールのせいで来たくないのかもしれません。う~ん、どうしたら・・・。
「橘先輩はどうするのですか?」
桐谷先輩は突然、橘先輩に話を振る。橘先輩であればさきほど難色を示していましたからね。クリスマス会に出席していただくことは難しいでしょう。そもそもこのクリスマス会の三かは強制ではありませんからね。別に出席しようと欠席しようとどちらでも仕事に影響は一切出ません。むしろ出てしまったら問題になってしまう恐れがあります。
「…俺が行っても、大丈夫か?」
「・・・え?どういう…、」
そ、そうか!仕事中も仕事の合間の休憩中も、他の社員の方々は橘先輩を避けていらっしゃっていましたね。本人曰く、目つきが悪すぎてひかれている、なんておっしゃっていましたが、そうなのでしょうか?私にはまったく意味が不明ですが、私一人の感情でどうにかできる問題ではないことは確かです。ですが、そのままにするのもどうかと思います。
橘先輩だって、何度も何度も自身のコンプレックスと戦ってきたと思います。私なんか口を出すのは大変おこがましいと思います。もしかしなくとも、余計なお世話だと思います。ですが、それでも、
「気遣いが出来ずすみません。」
「なら俺は…、」
「それでも参加していただけませんか?」
正直、橘先輩の言葉に被せたことは卑怯だと思います。そのうえ、
「本当に嫌でしたらすぐに帰ってもいいので、顔だけでも出してくれませんか?」
この言葉を続けて言うのは本当に卑怯です。私が逆の立場で言われたとしたら断ることは出来ません。もしかしたら私は嫌われたのかもしれません。この言葉は今言うべきでっはなかったかもしれません。
「・・・優がそこまで言うなら参加してみる。」
よ、よかった!これで橘先輩が参加してくれます!正直、これで嫌われても仕方がなく自業自得だと悟っていましたが、結構強引なやり方でも誘いにのってきてくれました。橘先輩からは嫌な雰囲気を出している様子もありませんし、本当によかったです。ですが、おういった方法は今後、使わないようにしませんとね。人生、そう何度も上手くいくものではありませんから。
「それじゃあ、私も参加してみます。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
何がきっかけで参加してくれるようになったかは分かりかねますが、桐谷先輩も参加してくれるのはありがたいです。
「であれば、今年のクリスマスは楽しみにしていてくださいね。美味しい料理をたくさん作ってお待ちしております♪」
これはもう、いつも以上に張り切って作りませんとね♪いつもはみなさんに素敵な笑顔になってもらいたくて作っていましたが、今年はみなさんが眩しい笑顔を自然に作れるように頑張って作っていきましょう!
「ふふふ♪優君がいつも以上にやる気があるわね。私も嬉しくなっちゃうわ~!」
「なんか悪いな。無理矢理参加させたみたいで。」
「…いえ。いずれは克服しなくてはならないことですので、これを機に頑張ってみようかと。」
「そうか。ならいいんだ。」
さて、今年はいつも以上に頑張りましょう!!
「さて、昼休みがそろそろ終わるからな。仕事に入るぞ。」
・・・そういえば今は平日のお昼時でしたね。すっかり忘れていました。
これはしっかり気を引き締め、ミスのないように取り掛かりましょう。
次回予告
『様々な者達の年末目前生活』
年末年始が近づいても、子供達は学校に通い、社会人は通勤し、仕事をしていく。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




