小さな会社員とかつ丼大好き男の二人組かつ丼対決生活
「それじゃあ優君、学校行ってらっしゃい。」
「はい、行ってきます。」
あれから私はジャージに着替え、事前に買っておいた食材を手にし、学校に入って行った。
「優君、頑張ってね。」
菊池は優に聞こえない程度の声量で言い、優の背中を言葉で人知れずに押し、笑顔で会社に向かった。
私は校内に入り、そのまま保健室に向かい、扉を開ける。
「あ!やっと来たー。」
保健室の先生は、私を見るなり安堵した息をこぼした。
「?どうしたのですか?」
確か、朝の内に遅れるということを記し、メールにして送ったはずです。…そういえば、もしかしたらクラブには間に合わないかもしれない、とも記していましたね。
「どうしたの、じゃないわよ。クラブに間に合わないんじゃないかって内心ヒヤヒヤしていたのよ。ま、間に合ったからよかったけどね。」
「それは要らぬご心配をおかけしてしまいまして申し訳ありません。」
あんなメールを送ってしまったことで、心配をかけてしまったようですね。そういえば、メールで送ってしまいましたが、こういう時はメールではなく電話で伝えた方が良かったですね。会社ではきちんと電話で伝えているのに、何故学校ではメールで伝えたのでしょう?そこまで深く考えなくていいかな。自分でも詳しい理由は分からないですし。
「それで、今日のクラブで作るカツ丼の方は、準備大丈夫?」
「それに関しては問題ありません。無事に食材も調達出来ましたし。」
私は持ってきた食材を見せる。
「…なるほどね。一応、まだ時間まで十分くらいあるけど、冷蔵庫に入れておく?」
「お願いします。」
冷蔵保存しなくてはならない肉がありますからね。最近、気温が低くなっているとはいえ、室内の温度は多少高くなっていますからね。私は保健室の先生に手伝ってもらい、冷蔵庫に食材を入れながら、
「それで、今日はどんなカツ丼を作るつもりなの?」
「そうですね・・・。」
今回作るカツ丼について軽く説明する。
「・・・まさか、そんなところから着想するなんてね。」
「まぁ、私も咄嗟に思いついたアイデアをここまで昇華させて、先ほど話した料理まで改良したんですけどね。」
「前回に続いてずいぶんと…って、もうそろそろ時間だわ。」
担任の言葉を聞き、時計を見てみると、確かにクラブの時間が始まるころですね。そろそろ準備を…。と、行動し始めた時、扉の方から、扉を叩く音が聞こえたと思ったら、次は扉が開いた。
「失礼します。」
「そろそろクラブが始まる時間なので、呼びに来ました。」
桜井さんと風間さんの2人だった。
「お疲れ様です。」
「「??え?」」
「…いえ、何でもないです。」
おっと。癖になっているのか、つい言葉が出てしまいました。否定はしましたが、疑惑を向けられてしまいました。
「それで早乙女君、今日は大丈夫なの?」
「そうよ。午前中来たけど、早乙女君いなかったし。」
午前中は急な仕事がありましたしね。ここで言う必要はないと思いますが、どういいましょうか。
「ちょっと家の用事で、この時間までかかってしまいましてね。」
これで大丈夫ですかね。嘘も一部入っていますが、まぁばれないでしょう。
「そう、大変だったね。」
「そうね。なんなら休んだ方が良かったんじゃない?」
「いえ。それではこの…果たし状?を送ってきた人に迷惑をかけてしまいますので。」
と、私は果たし状?を二人に見せる。そういえば、これって果たし状、なんですかね。文面からそう判断したのですが、もしかしたら本人的には違うのかもしれません。例えば…催促状とか督促状、ですかね。いえ、それはないですね。これらって支払い関連の書類ですし。それに対し、この送られてきた書類に金銭関連の文面が存在していないですからね。となると、これは手紙、という分類で括りましょう。
「あ、ありがとね。私達のために来てくれて。」
「いえ、気にしないでください。私も楽しみにしているので。」
あのカツ丼大好き男がどのようなカツ丼を作るのか楽しみです。
「そう?それなら良かったわ。」
「話しているところ悪いけど、時間が無くなっちゃうから家庭科室に行きましょう。」
その保健室の先生の発言に、
「「「はい。」」」
全員が返事をし、家庭科室に向かった。
家庭科室に入ると、
「あ!?出やがったな!」
いきなり敵意を向けてきた男の子と、
「今日はお願いします。」
頭を下げつつ言葉を述べる女の子が挨拶してきた。
「こちらこそよろしくお願いします。」
私は挨拶してきた女の子に頭を下げ、挨拶を返す。
「…よし。これで全員そろったみたいだな。」
ここで低くもしっかりとした声が家庭科室中に広まる。この家庭科クラブの顧問である。
「それじゃあこれから、倉橋・倉田と早乙女…、」
「「「???」」」
家庭科クラブの先生が急に言いよどむ。どうしたのでしょう?
「ところで早乙女。お前のパートナーは誰だ?」
「パートナー?」
そういえば、2対2の料理バトルでしたね。となると、私の他にもう一人必要になりますね。
「別に誰でもいいですよ?」
私自身、誰にしようか考えていませんでした。最悪、私一人だけでも出来るよう、しっかり復習済みですからね。
「ほら、行きなよ。」
「で、でも…、」
「今行かなきゃいつ行くの?ほら、ね?」
そんな声が周囲から聞こえてくる。
「私は一人でも、」
構いませんよ、と言おうとしたところで、
「私、やるよ!」
桜井さんが立候補してきた。
「…本当にいいのですか?」
「う、うん!早乙女君の邪魔にならないよう頑張るつもりだよ!」
と、頑張るポーズをとった。
「頑張れ、綾。」
どうやら風間さんは桜井さんの頑張りを応援するみたいです。周囲の空気も決定事項のような雰囲気ですし。
「それでは、よろしくお願いします。」
私は頭を下げ、お礼の言葉を述べる。
「こ、こっちこそだよ、早乙女君。」
「…さて、これでパートナーは決まったな。」
ここで再び男性の声が響く。
「それじゃあ作戦タイム十分を含め、これから料理対決を始める。双方、準備はいいか?」
「「「はい!!!」」」
みんなの元気いい発言に、
「よし。それじゃあはじめ。」
この言葉をきっかけとして、料理対決が始まる。
「それじゃあまずはご飯よね。確か…これを入れて炊くのよね?」
「ああ。カツの方は俺がやる。」
あっちの二人組は既に工程を頭に叩き込んでいるらしく、早速行動に移していた。あの二人、息ピッタリですね。それに、小学生であの動き。将来、ゴールデンウィーク時に行ったあの板長を超える料理人になりそうです。そうでなくとも将来、料理の道に進みそうです。確か名前は…、
「えっと…、それで、どんなカツ丼を作るつもり、なのかな?」
おっと。あの二人の作業風景に見とれている場合ではありませんでした。自身のこともしなくては。
「はい。それでですね、この紙を見て下さい。」
私は、今回作るカツ丼のレシピを見せる。
「え?これを作るの?」
「はい。」
今回だけでなく、たまに作ろうと思い、レシピとして記しておいたのですが、そのことが役に立ったようです。
「…これ、本当にカツ丼なの?」
「…まぁ、自分でも違うんじゃないかと考えてしまいますが、一応はカツ丼です。」
私も最初、これだ!と直感で判断し、あれやこれやと考えを料理という形に変えました。ですが、その場の勢いで作った事に関しては否定しきれないですね。
「それで、私がする事って何?」
「そうですね・・・。」
私は少し考え、
「でしたら・・・。」
私は指示を話す。
「え!?私にそんなこと、出来るかなぁ?家でも何度かしているけど、どうしても失敗しちゃって…、」
「大丈夫です。」
「でも…、」
何か言いたそうにしていたので、私は被せて言う。
「人間誰しもミスはするものです。なのでミスしても気軽に笑顔で料理していてください。」
この言葉は昔、菊池先輩に言われた言葉でした。元々、私が菊池先輩に料理を教わっていたのですが、料理のミスを恐れ、私が恐縮している時にかけられた言葉です。この言葉に勇気をもらい、包丁に手をのばし、手にすることが出来たんですよね。あの時は、あの菊池先輩の言葉を胸に秘め、常に包丁を持って調理していましたね。
・・・て、今は思い出に感傷している場合ではありませんでしたね。
「うん、わかったよ。それじゃあやってみる。」
「よろしくお願いします。それで何か分からないことがあったらすぐに聞いて下さい。」
「うん!」
ここまでで約十分。私達もようやく調理スタートです。
一方、
「ふっふっふ。そろそろ俺のカツを見せてやるぜ!みんなの度肝を抜かせてやる!」
「…別にいいけど、こっちに油、飛ばさないでね?」
「おうよ!」
あちらはいよいよカツに手を付け始めたようです。
「ねーねー?何作っているの?」
「カツ丼に決まっているじゃん。」
「でもでも、どんなカツ丼になるか気になるよね?」
「「「気になる―。」」」
あちらに人が集中しているみたいです。まぁ、こっちはただ話し合っているだけでしたし。それに対し、あっちは料理していますからね。あちらの方が見ていて楽しいのでしょう。
「へぇ。本当にそんなカツ丼なんてあるの?」
「何度聞いても凄いところから着想したと思うわ。」
最も、だからといってこちらに誰もいない、というわけではなかったのですが。話をしているだけなのにどうして風間さんと保健室の先生がこちらに?
「…あの、どうしてこちらにいるのですか?あちらを見ている方が面白いと思いますよ?」
と、私は料理しているペアの方を見る。
「私は綾の親友だから。」
「私は早乙女君の監視だから。」
…どうやら理由があってここにいるみたいです。まぁ、ここにいたらいけない、なんていうつもりはないので大丈夫なのですが、
「では桜井さん。料理にとりかかりましょうか?」
「うん!」
「…何だか新婚カップルみたいね。」
「そうですね、先生。」
・・・?何を言っているのかよく分かりませんが、私は調理を始める。
さて、私の、いえ。私達のカツ丼を作りますか。
「調理終了!」
家庭科室の先生の声が家庭科室中に響き、
「よっしゃ!これで俺の勝ちだぜ!」
「俺じゃなくて俺達、でしょう?」
あちらのペアの方々は自身の勝利を確信していた。
「あの、早乙女君。本当にごめんね?」
「?何が、でしょう?」
「だって、ご飯を炊く時も、仕上げの時も結局手伝ってもらったし、代わりにみじん切りを手伝おうとしても、手がおぼつかなくなって私…、」
「そう悲観することでは無いと思いますよ?」
確かに、全部一人で出来た方がいいとは思いますが、今は失敗成功より経験を積む方が大切だと思います。ま、これは・・・誰でしたっけ?誰かがこう言っていた気がするのですが、忘れてしまいました。一体誰が言っていたのでしょうか?ま、忘れるってことはそれほど重要なことではなかった、ということでしょう。
「…うん、ありがと。」
どうやら桜井さんは微妙に納得していないみたいです。ここは…、
「片づけは私、あまり得意ではないので頼りにしてもいいですか?」
桜井さんには自信をつけてもらうとしましょう。現状なら、この調理器具の片づけをお願いしてみましょう。一応、調理中に手間がかかりそうな器具はあらかじめ水に浸けておいたので、ある程度は汚れが落ちやすくなっているはずです。
「うん!私頑張る!」
これで大丈夫、でしょうか。なんか都合よく仕事を押し付けているような気がするのですが…。気のせい、ということにしておきましょう。
「とりあえず、この勝負が終わってからとりかかりましょうね?」
さすがに両者の審査中に洗い物をするのは少し礼儀に欠ける気がします。事前に言っていれば承諾を得られたかもしれませんが、どうでしょうか?
「うん、分かった。」
こうして、私達は審査を待つ。
「それじゃあまずは、倉橋・倉田ペアのカツ丼から食していこう。」
今回の審査員は、調理に参加していない家庭科クラブ所属の小学生とこの家庭科クラブの顧問、だそうです。なお、小学生全員で一つの票と数えるらしく、計2票で勝敗の行方を決めるらしい。偶数票となるので、票が分かれたらどうするつもりなのでしょうか。
「ほぉ?これが倉橋・倉田ペアのカツ丼か。」
私もちょっとあの二人のカツ丼を見てみたいですね。私の分とかは用意、されているわけないですよね。そんな都合よい話があるわけ…、
「お前らの分もあるからな。俺の凄さを舌で堪能するがいい!」
「だから倉橋君。俺じゃなくて俺達、ね?」
と、二人は私達の分も作ってくれたらしく、私達の前に丼が置かれた。うまい話、ありましたね。
「早乙女君も桜井ちゃんもどうぞ。」
それにしても、確か・・・倉田さん、でしたっけ?あのカツ丼大好き男、倉橋君よりかなり礼儀正しいです。相対的にそう見えている可能性も否定できませんが、飲食店で接客経験があるかのような振る舞いです。そういえば、倉橋君はカツバラ亭責任者の息子、なんて言っていた記憶があります。
カツバラ亭は関東全域に出店している店だったと記憶しています。それでこのごろ、関東だけでなく関西、東北にも既にお試しで出店をしているとか。カツ丼を食うならカツバラ亭、と断言出来るくらい美味しい、と聞いたことがあります。私もあの店には何度かお世話になった事があります。私が作るカツ丼の味のベースにさせてもらっているんですよね。私自身、まだあのカツバラ亭の味には遠く及んでいないのですが、それでも創意工夫をこらし、先輩方に食事の面でサポートをしてきたつもりです。カツ丼は縁起物ですし。
「ありがと、倉田ちゃん。」
桜井さんは先ほど接客してくれた倉田さんと面識があるらしく、敬称から仲の良さを感じることが出来た。そういえばこのクラブ活動、もう半年以上しているんですよね。仲良くなってもおかしくないですね。それに比べて私、このクラブ活動で仲の良い人、増えませんでしたね。
・・・。
ま、深くは考えないようにしましょう。これよりカツ丼のことです。
今回、あの二人が作ったカツ丼は、
(これは…カツ丼?いえ、カツ丼ですね。)
一瞬、カツ丼かと疑ってしまいました。右半分は普通にカツがご飯の上に乗っているのですが、左半分が…これ、オムレツ?ですか?カツの代わりにオムレツを乗せた、というのが、今回あの二人の作ったカツ丼、ということでしょう。ですが、それだけではない気がします。
「では、いただきます。」
「「「いただきます。」」」
審査員の方々が審査に入ったので、私も便乗していただくとしましょう。
まず、オムレツではなく、カツの部分からいただきましょう。下の白飯も少しよそって、と?おや?ご飯に何か混ざっている気が…?
「この赤っぽいのはもしかして?」
「ああ。赤シソの混ぜご飯だ。単なるご飯よりさっぱりしているから、箸が進むんだな、これが。」
と、倉橋君はこっちを向いて笑っていた。…これ、前に作った私のご飯を模倣し、自分なりにアレンジした、というところでしょう。さすがは料理人。良いところは目で盗み、自分のものにする。流石です。
「このカツ、他の店や市販の物より味が濃いな。でもくどく感じないのはそういうことか。」
「美味しいー。」
「ねー。」
前に食べたカツがどういう味だったかは覚えていませんが、確かに市販されているカツより味が濃いめですね。それでご飯をさっぱり目にしたのでしょうか。きちんと丼としてのバランスがとれています。
「それで、気になっているこれは、オムレツ、だよな?」
「…食べてみればわかるさ。」
確かに食べてみれば分かりますが、なんだかただのオムレツには見えないんですよね。ここまで凝ったカツ丼を作るくらいです。このオムレツにも何か仕掛けているのではないのかと勘ぐってしまいます。
「ええ。私と倉橋君の傑作だから、思う存分楽しんでくださいね。」
倉田さんが見せた顔に、純粋に人を喜ばせたい心だけでなく、人を驚かせたい。そんないたずら心が感じられた。私の気のせいかもしれませんが。
私は周囲に影響され、カツの隣に位置しているオムレツを箸でとる。
(?何か変に重い?よほど高密度で卵を使ってこのオムレツを?)
きっと中身が詰まっているのでしょう。カツにも負けないボリューミーなオムレツに仕上げたのでしょうか。そして、オムレツをさらに持ち上げると、オムレツの重みの原因が判明した。
「なるほど。」
これは確かに、隠したくなるし、食べる側も初見であれば驚く一品です。私もつい驚いてしまいました。
「うわ!?これ、オムレツの中にカツが入っているよ!?」
そう。桜井さんの言った通り、オムレツの中にカツが入っているのだ。オムレツの中にご飯を入れた料理をオムライスと定義したのであれば、これはさしずめ、オムカツ、といったところですかね。
「よくこんな料理を思いつきましたね。」
独り言のつもりで呟いたのですが、
「ふん!俺は料理人だからな!常に成長しているんだよ!成長期だしな!」
そこでカツ丼大好き男、倉橋君が私の呟きに反応してきた。
「ぐっ!そ、そうですね。さ、流石です…。」
私だって成長期なのに、この身長差はどうしたもんですかね!
「?早乙女君、どうしたの?」
「いえ、なんでもありません。」
ええ、何でもありませんよ。ただ、身長という物理的格差を思い知らされてしまい、少しばかり落ち込んでしまっただけですので。私も成長期、なんですけどね。
「おっと。これを忘れるところだったぜ。おい、あれの準備は出来ているか?」
「ええ。倉橋君はすっかり忘れていたようだけど。」
と、倉田さんは何か小皿を出していた。あの小皿には、何か赤い…何でしょう?
「これは?」
「ふふん。これはケチャップだ!何もかけなくてももちろん美味いが、ケチャップをかけると別の美味さが味わえるぜ!」
へぇ~。そうなのですか。
「早乙女君と桜井ちゃんもどうぞ。」
倉田さんは私達の分のケチャップも用意してくれた。
「ありがとう、倉田ちゃん。」
「ありがとうございます。」
「ふふ。引き続き召し上がれ。」
それにしても、ケチャップですか。オムレツの中にケチャップライスを入れる機会が多いですから、相性がいい組み合わせかもしれません。オムライスの上にもケチャップをかけることもありますしね。
「…このカツの濃い目の味と、ケチャップの酸味が合うな。」
「おうよ!いうなれば、『ハーフオムカツ丼』ってところだな。」
ハーフオムカツ丼、ですか。ハーフはさっき見たカツとオムレツに包まれたカツの事を言っているのでしょう。
「どうだ!?これが今の俺に作れる最高のカツ丼だ!最高に美味いだろう!」
と、倉橋君はこちらに美味しいかどうか聞くのではなく、同意を求めるような言葉をいただいた。これはもしかしなくとも、自信があっての発言ですね。確かに、これほど美味しくなるように考えられているカツ丼が美味しくないはずがないですね。
「ええ。美味しいですね。」
私は素直に返事をした。このカツ丼が美味しいことは現実ですしね。
「お、おお。」
何故か倉橋君が少しひいてしまった。どうして?
「ごめんなさい。あの子、褒め慣れていないのよ。だから変な態度になっているけど、許してあげて。」
と、倉田さんがフォローを入れていた。…まぁ、素直に人の称賛を受け入れられない人はよくいるものです。中には照れ隠しと言いながら人を罵倒してしまう人もいるので、その人と比較すればましでしょう。
「で、でも!これでお前らの勝ちが遠くなったぞ!お前らにこのカツ丼を超えるカツ丼が作れるのか!?」
と、私達が作ったカツ丼のハードルをあげてきた。といっても、既に作り終えているので、今更大きな変更が出来ないのでですが。今出来ることといえば、調理工程でどこを見吸ってしまったのか見直すことぐらい、ですかね。
「超えられたかどうかは判断できませんが、今の私、」
あ、そういえばこのカツ丼は、私一人で作った料理ではありませんでしたね。
「今の私達に出来る最高品質のカツ丼に仕上げたつもりです。」
私一人では、喋りつつも楽しく、教え合いながらの調理は不可能でしたからね。
「早乙女君…。」
「では、次は私達のカツ丼を試食していただきます。」
私は倉橋君達のカツ丼の試食を途中で終え、出来上がっているカツ丼を審査員の方々の目の前に置く。
「どうぞ。」
私がこう言った後、
「え、えと。美味しくなっていると、思います。」
桜井さんも続けて一言述べた。別に無理して言わなくてもいいと思うのですが。
「・・・これ、本当にカツ丼、かね?」
「はい。ただ、ある料理をベースにしているので、見た目丼ものではありませんが。」
「ある料理って何だよ!?」
私、いえ。私達のカツ丼を見て、倉橋君はかなり発狂していた。隣で見ている倉田さんは、声は出さないものの、驚いていることが一目で分かった。
「『ドルマ』という料理はご存知ですか?」
「「「ど、ドルマ???」」」
ドルマ。
それはトルコ等の中央アジアにある料理の一種で、ご飯や野菜等から作る混ぜ物をキャベツの葉に包んだり、ピーマンに詰めたりする。例としては、ピーマンの肉詰めやロールキャベツがこのドルマにあたりますかね。
この料理に辿り着いたきっかけとして、私がクリスマスに作る予定だったローストチキンを見直していたところ、ローストチキン内に野菜を入れ、より味に彩りを加えようと考えていたのですが、そのアイデアがカツ丼にも活かせないか。つまり、カツ丼を何かに詰めてだすのはどうだろうかと考え、色々調べた結果、このドルマという料理に辿り着いたのだ。
これらのことを説明したところ、
「「「あの某RPGの闇の初級呪文かと思った。」」」
・・・はぁ。ま、私にはよく分かりませんが、男の子は全員、先ほどの言葉の意味が分かったらしく、「確かに。」とか、「言われてみればそうかも。」等の言葉が聞こえてきた。私には分からない何かを知っているのでしょうね。て、今はそんなことはどうでもいいか。
それで、具体的にどう作ったのかというと、
「これって、ロールキャベツじゃないかよ!?その横にカツとかふざけているのか!?」
そう。キャベツで作ったドルマは、ロールキャベツの作り方とほとんど変わらない。変更点といえば、中の混ぜ物が、肉ではなくご飯にしたこと、くらいですかね。
「こっちも、ピーマンの肉詰め、みたいだな。ただ、詰められているのは肉ではなくご飯、みたいだな。その横にカツが添えられているな。」
ピーマンみたいな形の野菜を使う時は、野菜を縦に半分に切り、中身をくりぬいてから詰め物をするのですが、その詰め物はもちろんご飯です。といっても、ただの白飯を使ったわけではありませんがね。それに、使った野菜もピーマンだけでなく、
「これって確かママが言っていたよ?えっと・・・、」
「ぱぷりか、だっけ?」
「そうそう!それだよ、それ!パプリカ!」
同じ形のパプリカも使用している。そのおかげで、見た目的に彩りを加えることを可能にした。
「・・・まさか、カツ丼といってピーマンの肉詰めが出てくるなんて…。」
倉橋君のパートナーである倉田さんも驚いているようです。これで驚かすことには成功したみたいです。
「で、でも!味が悪けりゃ、何の意味もねぇだろ!?」
確かに、倉橋君の言う通りです。ですが、その辺はもちろん抜けていません。
「では、試食していこう。」
・・・?そう家庭科室の先生が言ったのだが、手が止まっていた。
「これ、どう食えばいいんだ?」
と、先生は私に聞いてきた。
「そうですね。ピーマンの肉詰めや、ロールキャベツを食べる時と同じように食べていただいて構いません。」
と、私は周囲に聞こえるように言った。これで先生だけでなく、食べてくれる小学生の人達も聞こえている事でしょう。
「ちなみに、ピーマンが嫌いな方は、このキャベツを使ったドルマ風カツ丼を食してくださいね。」
私は一応、野菜嫌いな方を考慮し、こう宣言しておく。
「あの。」
「はい、何でしょう?」
「僕、野菜全般が嫌いなんで食べられないんだけど。」
ここでまさか、野菜嫌いな人がいるとは。ここで野菜を食べるよう強制してもいいのでしょうが、私がするべきことは違うでしょう。今の私がすべきことは、みなさまに美味しく、楽しく食べていただけることです。
(もしもということも考慮し、おまけであれを作っていたのですが、正解だったようですね。)
「…桜井さん。あれ、あります?」
「あれって、最後に作ったあれ?」
「はい。あれをあの子にだしましょう。」
「うん。」
私と桜井さんは協力して、ある品を先ほど宣告した子に出す。
「?これは?」
「これはご飯とカツを海苔で巻いたものです。料理名をつけるとすれば、『カツ巻き』、ですかね。」
ま、ドルマ風カツ丼を、キャベツを使って作っている時、キャベツをご飯で巻いている時に思いついた料理なんですよね。作っている時に思いつき、咄嗟に作ってしまった料理なので改善点は多々ありますが、十分面白みはあると思います。今思うと、料理名はカツ巻きより『手巻きカツ丼』の方が良かったのかもしれません。この場でカツ巻きといってしまったので、そんな後悔をしても遅いのですが。
「これなら食べられると思いますが、どうですか?」
私は先ほど、野菜が嫌いだと言ってきた男の子に言ってみる。
「…うん、食べてみる。」
良かった。これで食べられないと言われてしまったらどうしようかと思いました。
「…普通に美味いな。白米の美味さがきちんと通じるな。」
「これ、焼きおにぎりの味がするー。」
「これってチーズ、入っているの?なんか伸びるー。」
良かった。みなさん、私が作った料理を楽しんで食べてくれていますね。
「…早乙女。野菜に何を詰めたんだ?」
きっと、先ほどの小学生達の発言を不自然に感じたのでしょう。家庭科室の先生が私に尋ねてきた。
「野菜はキャベツやレタス、ピーマンやパプリカを使いました。そして詰め物ですが、それぞれ白米、簡易な炊き込みご飯、味噌を塗ったご飯、チーズリゾットをそれぞれ詰めさせてもらいました。」
「それぞれって…。」
家庭科室の先生は絶句していた。
まぁ、それは驚きますよね。それぞれのご飯の用意はもちろんの事、一つ一つ詰めなくてはならないですからね。私一人では制限時間内に完成できたかどうか分かりませんでした。
「本当、手間のかかる料理を選んだわね。」
「綾、大丈夫だった?疲れていない?」
「あはは・・・。」
…どうやら私は、思っていた以上に桜井さんに負担をかけていたようです。一応、下準備はほとんど私が主体で行い、混ぜ物を詰め込んだり包んだりに協力してもらったのですが、その作業が思った以上に重労働になっていたようですね。今度からは複数人で楽しく談笑しながら作ることにしましょう。作業が苦にならないように作り方を見直す必要があります。
「お前は一体…!?」
倉橋君はまだ驚いていた。一体、と言われましてもどう答えたら…?
「それにしても、全通りの組み合わせを食べてみたかったな。」
「僕は味噌の味がしたご飯とキャベツ!」
「私はチーズと黄色いピーマン!」
「俺は…、」
調理工程は少し多めでしたが、このように料理の事に着いて談笑し、楽しんでもらえれば良かったです。
「これで私達のカツ丼は終わりです。」
私はこう言った後、一礼した。桜井さんは、私の後に続いて頭を下げた。桜井さんは別に頭を下げなくてもいいと思うのですが。
「…ふむ。それじゃあこれで、双方のカツ丼を食したところで、次は審査に入るとしよう。」
家庭科室の先生はそう言い、
「それでは審査員は、どっちのカツ丼の方がよかったか札を上げてくれ。」
そういえば、いつの間に札なんて作っていたのでしょうか。見たところお手製、でしょうね。用意がいいですね。
「ねーねー。どっちにする?」
「最初のカツ丼じゃない?」
「でも、後に出されたカツ丼の方が凄い気がしない?」
「でも…、」
そんなこんなで話し合いが続けられた。
私としては、倉橋君・倉田さんペアのカツ丼の方が美味しかった気がします。オムレツのあのトロトロした食感とカツのサクサク食感がマッチしていましたし、味のバランスも抜群だったと、食べてみて思いました。私は味ではなく、アイデアで勝負した感じがありますので、この味を引き出せたことに、料理人の苦労が見られます。このオムレツ一つをとっても、お二方の苦労が、このカツ丼からは二人の気持ちが、この勝負にかける気持ちが強く感じられました。
その事に対し、私はかなり浅はかな気持ちで臨んでしまったと思います。もちろん、このカツ丼を作る時は手を抜かず、今の自分が出せる全引き出しを持って作りましたが、それでも敵わないと思います。
「…よし。私は決まったが、君達は選んだか?」
「「「はーい。」」」
先生の呼びかけに、審査員である小学生達が返事をする。
「それじゃあ一斉に札を挙げよう。せーの。」
この先生の掛け声で、二つの札が一斉に挙げられた。
小学生達の方は、私・桜井さんペア。
家庭科クラブの先生は倉橋君・倉田君ペアにそれぞれ挙げていた。
「「「「・・・。」」」」
まぁ、偶数票ならこういうこともありますよね。先生はこうなると分かっていて偶数票にしたのでしょうか?
「…おや?これでは引き分けになってしまうな。」
…なんか、やけに棒読みな気がするのですが、私の気のせいですかね。
「それじゃあ今回は引き分けというわけで双方…、」
「いや、俺達の負けだ。」
家庭科クラブの先生の言葉を最後まで言わせることなく、倉橋君は、自身の敗北を宣言した。
「俺達の料理にあるものが不足していた。それをこの料理が教えてくれたんだ。」
「…そのあるものって何ですか?」
気になるので、私は倉橋君に聞いてみた。
「野菜だ。」
「野菜、ですか?」
そういえば、倉橋君・倉田さんペアのカツ丼には野菜がありませんでしたね。ですが、
「そんなに重要ですか?」
確かに一般的なカツ丼には、玉ねぎという野菜が使われています。私達が作ったカツ丼にもピーマン、パプリカ、キャベツ等の野菜が使われています。ですが、カツ丼にとってそこまで重要なファクターだとは思えないのですが…。
「俺達はただひたすらに美味しいカツ丼を追求し、最高のカツ丼を作った、と思っていた。」
(と、思っていた?どういうことでしょうか?)
美味しいカツ丼を追求することは悪いことではないと思うのですが…。それに、口ぶりから察するに、最高のカツ丼を私達が作った、みたいに聞こえます。ちょっと自意識過剰なのでしょうか。
「だが、お前らは違った。お前らは美味しいだけでなく、食べた人を楽しませた。」
そう言って、倉橋君は審査員を指差す。そこには、
「ねーねー。そのキャベツのやつ、どんな味がしたの?」
「このピーマン食べてみて。ぜんっぜん苦くないよ!」
と、楽しく話している様子が見られた。
「俺の作ったカツ丼では、あんな光景を作ることは出来なかった。だから、俺の負けだ。」
と、一人で勝手に敗北を認めていた。
「俺はまた、こいつに負けたのかよ、くそぉ~…。」
倉橋君はがっかりしていた。
・・・。
「そんなことないと思いますよ?」
倉橋君が落ち込んでいる中、私は声をかける。
「え?」
「だって、今の私には倉橋君・倉田さんペアのようなカツ丼を思いつくことが出来なかったのですから凄いことです。ですよね、桜井さん?」
私視点からすれば、倉橋君・倉田さんペアが作ったカツ丼は素晴らしいですが、それはあくまで私個人の視点でしかありません。なので身近にいる桜井さんに聞いてみました。まぁ、同意を求めるような聞き方なので、ちょっと強引な気がしますが。
「う、うん。私一人じゃあ、こんな美味しいカツ丼なんて思いつかないよ!?」
「とのことです。このカツ丼を作れたお二方は誇ってもいいのではないのでしょうか?私にはこのカツ丼の美味しさを再現することは出来ません。」
「…ほ、本当か?」
「はい。出来ればそのカツ丼の詳細な作り方を教わりたいくらいです。」
もちろん、調理工程を見ればある程度は把握できますが、完全には把握なんて出来ません。ここはご教授願いたいところです。
「…それじゃあ、お前が作ったカツ丼も教えてくれるか?」
「ええ。ですがこの料理は手間がかかりますので、複数人で楽しく作った方がいいとおもいますので、そちらの倉田さんも一緒に作りませんか?」
「…え?わ、私?」
「はい。風間さんもどうです?」
「…そうね。早乙女君からのお誘いなら、受けてみるわ。」
そういえば、勝手にこんなことを言ってしまったのですがよかったのでしょうか?私は家庭科クラブの先生の方を向いてみる。
「別に構わないぞ。」
ここの先生は思った以上に寛容でした。
「というか、これからはお前らが作ったカツ丼をみんなに教えてもらう予定だったんだ。二人の許可をこれからとるつもりだったんだが…、」
「私は別に問題ありませんよ?」
所詮は思い付きで作り、詳細をレシピノートに記した料理ですし。
「俺も構わねぇ。俺はまた一から最高のカツ丼を探すからな。」
倉橋君は思った以上に意識が高いみたいです。カツ丼だけではなく、他の事も同様に意識が高いとなおいいと思います。普段の倉橋君を知らないので口に出して言いませんが。
「ではこれから、4人によるか授業を始めるか。授業内容は、美味しくて楽しいカツ丼の作り方だ。」
こうして、家庭科クラブの全員と私、保健室の先生、家庭科クラブの先生を巻き込んで、カツ丼を作り始めた。
みんな苦戦しつつも、笑顔で作りあったり、ミスを指摘しあったり、助け合ったり、本当に和やかでした。私が菊池先輩と一緒に料理を作る時とは異なった和やかさを覚えました。もしかしたら、年が近い人が多いこの場で料理を共にすることが楽しいと思えている自分がいるのかもしれません。夏休みの時、自由研究と称して桜井さん達と共にケーキを作りましたが、それと似たような感覚です。
ところで、
「うんうん。やっぱり早乙女の作るカツ丼はいつも美味しいな。」
「ですね。毎回楽しみにさせてもらっています。」
ちゃっかり先生方も作り方を学び、試食していた。といってもほとんど料理を作らず、ただ試食しているように見えます。ですが、私達が今使っている食材の一部を用意してくれたので、そこまで文句は言うつもりはありません。自作した食べ物を美味しそうに食べてくれて嬉しく思います。
そして、料理を楽しく教え教われ、時間が過ぎていき、片づけが始まった。といっても、私は他の人より片づける速度が速かったらしく、暇になってしまいました。他の人が羨ましそうに見ていましたが、これは数をこなし、経験を積んだからこそ身に付けられる技術だと思うので、こればっかりは一回二回で習得可能な技能ではないと思いますよ。
(トイレにでも行ってきますか。)
私は先生に一言断りを入れてからトイレに行き、用を済ませる。その戻り道、
(・・・おや?)
家庭科クラブの先生が扉付近で立っていた。既に全員食器を洗い終え、帰ってしまったのでしょう。それにしても、家庭科室は数分しか離れていませんのに、みなさんは行動が早いです。
「…早乙女、ちょっといいか?」
家庭科クラブの先生が何か言いたそうです。その何かは不明ですが、どうでもいいことであれば家庭科室内で言えばいいはず。であれば、室内では言えないことを話すつもりなのでしょうか。
「分かりました。」
私は先生の言葉に従い、
「それじゃあ、少し場所を変えるぞ。付いてこい。」
「分かりました。」
私は家庭科クラブの先生の後について行った。
少し歩き、人気が無さそうな場所に来た。
「…ここら辺でいいか。」
確かにここなら内密にしたい話が出来そうです。
「はい。」
「それじゃあ、前々から聞きたかったことがあるんだ。」
な、なんでしょう?こういう場所で改めて聞かれると、少し精神的不安を覚えます。
「はい。」
「…お前、テストでカンニングしていないって話は本当でいいんだよな?」
「・・・え?」
て、テスト?カンニング?一体何の話をしているのでしょうか?そういえば、家庭科クラブで抜き打ちテストがありましたね。確か、ボンゴレを作った記憶があります。ですが、そのことを言っているとなると不自然な点があります。その抜き打ちテストのことを言っているのであれば、カンニングとは一体、何を示しているのでしょうか?レシピを覚えていた事?調理手順を自分がやりやすいよう、ある程度改良した事?…どれも違う気がしてなりません。私が考えていると、
「…ちなみに、4月の時に行ったテストの事だぞ?」
「…ああ。」
そういえば4月にテストしましたね。テスト、というのは筆記テストの事でしたか。家庭科クラブの先生が言っていたので、料理に関するテストだと勘違いしてしまったようです。カンニングの言葉の意味もしっくりきますしね。
「それで、本当はどうなんだ?」
と、家庭科クラブの先生は改めて私に聞いてきた。私ははっきりと声を荒げずに伝える。
「私はしていません。」
過不足なく情報を述べた。
「・・・そうか。やっぱり、か。」
家庭科クラブの先生は素直に私の言ったことを信じてくれた。私、たった一言しか言っていないのですが、どうして素直に信じてくれたのでしょう?もしかして、思い当たる節があったのでしょうか?思い当たる節って一体…?
「それでお前は、今のままでいいのか?」
「…今のまま、とは?」
何が今のまま、何でしょうか?
「今のまま、何の謂れもない迫害を受け、クラスのほとんどがお前をカンニング魔と卑下している。そんな環境を変えたいと思わないのか?」
と、家庭科クラブの先生は真面目な顔と声で聴いてきた。
・・・。
私は真剣に答えるため、間を空け、考え、答える。
「私は確かにカンニングをしていないので、その謂れのない汚名を訂正しようとしました。ですが、一度説明しても、私の言い分はまったく聞いてくれませんでした。そこで私は分かったんです。」
“伝わる人には伝わりますが、伝わらない人には伝わらないんです。”
「ですから、私は諦めているんです。それに家の用事でなかなか学校に来られないので、ある意味罵倒されても仕方がないと思っています。」
私は小学生としては問題児だと思います。
きちんと小学校に来られていませんし、来ても保健室登校。誤解を解こうとして早々に諦めてしまったこと。もっと根気よく説明していれば、カンニングの誤解は解けていたのかもしれません。ま、イフの話をしても仕方が無いですけどね。だからといって、会社での仕事を疎かにしてまで学校に行きたくありませんし。そう言えば今日は比較的、仕事を疎かにしてしまいましたね。帰ってから会社に寄って、あの会議の経過を菊池先輩から聞かなくては。
「・・・そうか。」
私の説明に納得してくれたのか、さきほどの真剣な表情に柔らかさが含まれた。これで納得してくれたのであれば、更なる説明の付加は必要なさそうです。
「はい。」
そういえば、あの保健室の先生はどこに行ったのでしょうか?戻り際に聞いてみると、家庭科室でみんなの片づけを見てくれているのだとか。ああ、みなさん、まだ片づけが終わっていなかったのですね。それで保健室の先生が見てくれている、というわけですか。納得です。
そして、
「あ、早乙女君!」
桜井さんの声と共に、全員がこちらを向き、
「いいか?次こそは絶対にお前を超えてやるからな!覚悟しておけよ!」
「倉橋君?次って言っても、もう今年はクラブが無いからね?次は来年だよ?」
「そんなことは分かってらぁ!俺はそれまでに、今以上に最高に美味く、食ってくれた人みんなが笑顔になるようなカツ丼を作ってやる!」
その宣言を聞き、
「お?それじゃあ来年もまた、今回みたいにカツ丼対決するか?」
「え?」
そんな先生の発した言葉に私は驚き、
「「「さんせーい!!!」」」
他の小学生達は賛成する。
(そんなに今回のクラブが楽しかったのでしょうか?)
私だって、楽しくなかった、と言えば嘘になります。ですが・・・いえ。このような場があるだけでも幸せなのでしょう。今私がこうして学校で料理できるのも、私の人格を、私という人を信じてくれているから。私がカンニングしたかどうかという風評ではなく、今この場にいる私という存在を見てくれている。
「早乙女もいいか?」
だから、
「別に構いませんが、日にちはこちらで指定させてもらってもいいですか?」
「もちろんだ。」
例え、後数カ月でこの場が消えるとしても、今の自分に出来ることは出来る限りこなしていきましょう。私は先ほどの先生との会話を胸に秘め、
「それでは、本日はありがとうございました。」
「「「ありがとうございました。」」」
「おう。来年もできたらやるぞ。」
私はこのまま帰路に着く。
ちなみに、家に帰った後はメイド服に着替え、仕事をこなした。どうやら午前中に行った会議の件は後日、こちらに有利な形で運ばれるらしい。会議のための資料作りを菊池先輩と見直し、作成し直した。
そして夕飯、約束通り私は桐谷先輩達に、今日作ったドルマ風カツ丼をお披露目した。結果、先輩方全員から高評価をもらった。なかでも、
「これは酒の肴にピッタリだな。」
工藤先輩がご機嫌に話を振っていた。
私はこの光景を見て、
(この生活を、笑顔を見るためにもっと頑張らなくては!)
みなさんの笑顔を守るため。
みなさんをより笑顔にするため。
自分をより磨き、みなさんにより貢献できるようにしたい。そう思ったひと時だった。それが例え、どんな分野であっても。
次回予告
『小さな会社員の聖夜祭招待生活』
年末が近づき、クリスマスも近づくこの頃。優は橘や桐谷に、クリスマスに行われる食事会に参加するかどうか聞く。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




