小さな会社員の新カツ丼考案生活
休日が終わり、仕事をやり始める。私は仕事を始めたころ、カレンダーを見てふと思うことがあった。それは、
(そういえば来週、12月の最初の水曜日にクラブがありましたよね。しかも、果たし状をつけられたんですよね…。)
来週行われるあの勝負。確か、カツ丼での勝負でしたよね。今の今まで忘れていた、なんてことはありませんでしたが、先送りにしていましたね。何せ、いいアイデアがなかなか思いつかなかったんですよね。あの時は徹底的に異をてらった品でなんとかなりましたが、今回はそう上手くいかないでしょう。となると、また何か別のアイデアを考えなくてはなりません。別のアイデアともなると、やはりカツ丼に何か細工を施すべきなのでしょうか。前のやつはおふざけ半分で作った代物の一つを、今の自分ができる限りの改良を加えた品です。これを超えるとなると、真剣に考えないとなりません。それにしても、何かいいアイデアはないでしょうかね・・・。
「…優のやつ、片手でブラインドタイピングしながら腰に手ついているぞ。」
「何かあったんですか?」
「気になりますよねぇ。」
「ああ。あんな若干やさぐれている優君も素敵♪」
確か前回作ったカツ丼は、カツの代わりに用いたフレンチトーストのカツ丼と、カツの代わりに用いた大根とあっさり風に仕上げたカツ丼茶漬けの二品でしたね。料理の腕は週末のうちに確認し、出来るだけ向上するとしても、やはりどのようなカツ丼にするかを具体的に決めておいた方がよさそうです。何かいいアイデアはないでしょうか。ずず。あ、お茶が切れてしまいました。みなさんの分も切れてしまっているみたいですし、
「お茶のおかわりはいりますか?」
「ああ。よろしく頼む。」
「悪い。」
「あ、私もお手伝いします!」
「もちろん、わ・た・し・も♪爪の垢なんかを入れてくれると…、」
菊池先輩が何か頬を赤らめて言っていたようでしたが、私は気にせず給湯室に向かった。
「・・・。」
お茶を注いでいると、少しの間とはいえ、考えがまとまりそうです。元々、まとめる考えがないのでそんなことは不要なのですが。さて、
「あの、」
「…ん?桐谷先輩、どうかしましたか?」
「えっと…、優さん、何かありました?」
「?何もありませんよ?」
確かにあったはあったが、会社の方々に言うまでもないでしょう。これぐらいは自分一人で片付けないと。お茶をふと思い出しましたが、私が前作った二品のカツ丼、フレンチトーストの方は洋風、大根を用いたカツ丼は和風に近いですね。となると、今回作るカツ丼は中華風にすべきでしょうか。中華料理といえば、酢豚とか、麻婆豆腐とか、色々ありますね。あれらをカツ丼に昇華することはできるのでしょうか。それとも、やはり別口から切り込んだ方が…、
「あ、あの。もう淹れ終っていますよ?」
「…あ。」
しまった。ついつい考え込んでしまいました。
「すいません。今すぐ持っていきましょう。」
「…はい。」
「?」
何だか桐谷先輩の反応がいつもより悪かったような気がしますが、気のせいでしょうか?きっと気のせいでしょう。自分の考え過ぎですね。気にしないようにしましょう。
「みなさん、お茶、持ってきましたよ。」
「お、優に桐谷、サンキュー。ちょうど休憩時間だし、お茶でもゆっくり飲むか。話したいこともあるし。」
「そうね。珍しく酒豪の意見に賛成だわ。」
「珍しくは余計だ。」
へぇー。休憩時間にも仕事関係の話ですか。そこまで切羽詰まっているのでしょうか。確かにここ最近、かなり忙しくなり始めている自覚はありますが、休憩時間を割いてまで話す必要があるのでしょうか。いえ、それほど急を要する話なのでしょう。これは、カツ丼のことは後で考えるとして、工藤先輩の話に集中しましょう。
「それで、だ。」
一息ついた後、工藤先輩はこちらを向き、
「優、何か悩みでもあるのか?」
「・・・え?わ、私ですか?」
何故私に話を振られたのでしょうか?
「今日の優、なんだかおかしいぞ。」
橘先輩からも言われ、
「そうですね。心ここにあらず、という感じですね。」
まさか、桐谷先輩にまで言われてしまうとは思いませんでした。
「私、そこまで変、でしたか?」
「「「うん。」」」
「そ、そうですか。」
全員にはバレバレだったみたいですね。…ん?全員?全員と言うには返事をした人数が足りなかったような…?
「あ~あ。やさぐれている優君、もっと見たかったわ~♪」
「「「「・・・。」」」」
菊池先輩は相変わらずのようで少し安心しました。それにしても、やさぐれた私をもっと見たいって、どういう心境で言っていたのでしょうか。
「それで優、悩みって何だ?」
「いえ。これはあくまでも私用ですので、公私混同させるわけには…、」
「優、大丈夫だ。世の中には、公私混同?何それ美味しいの?といった具合な変態もいるくらいだ。それに比べたら優の悩みなんてちっぽけなものさ。な?」
「そ、そうですね。」
「は、はい。」
橘先輩桐谷先輩両方とも工藤先輩の言葉に賛同していた。そして、その目は、
「?どうしてみんな私を見ているのかしら?」
菊池先輩を見ていた。・・・あぁ、なるほど。確かに菊池先輩は公私混同しかしていませんね。途中、工藤先輩が言っていた言葉で理解できない部分がありましたが納得です。
(なんだか、少し気が楽になりました。)
下を見たから、というわけではありませんでしたが、菊池先輩の、
「はぁ~。何故だか分からないけど、優君が私を蔑んでいるような視線を感じるわ。でもそれが、いい!」
おかしな発言に、つい、
「ふふ♪」
笑ってしまった。
「まぁ~!笑った優君の顔なんてもう最高!!!」
と、どこから取り出したのか不明なカメラをこちらに向けて私の写真を撮ろうとし始めていた。
「菊池先輩…。」
まったく、菊池先輩は。ですが、
(ありがとうございます。)
意図を正確に把握することは出来ませんが、私の事を考えての行動なのでしょう。多分、ですが。自信もないですけど。菊池先輩のおかげである程度気持ちの余裕を持つ事が出来た私は、
「分かりました。それでは話させていただきます。」
私のこの一言で、先輩方がこちらに視線を向けてくる。
「私が悩んでいたことは…、」
私は簡単に悩みについて説明した。
来週の水曜日に、クラブでカツ丼勝負をすることになったこと。そのカツ丼について悩んでいたこと。それらを報告した。
「かぁー。それであんなに考え込んでいたのか。」
「クラブか。久々にその単語聞いたな。」
「そういえば、この会社にはクラブありましたっけ?」
「優君が悩んでいる姿、とっても妖艶で、私なんか見ているだけで…ちょっとトイレ行ってくるわ。」
ここにいる先輩方みなさん、一息ついても、私を蔑むような発言は一切しなかった。本当、先輩方は優しくて素敵です。私も将来、先輩方のように、人を本気で心配してくれるような素敵な人になりたいです。
「だが、料理となると、俺に出来ることは味見ぐらいしかないな。」
「俺も簡単な物しか作れないし、味見役に徹するよ。」
「あの大きなお弁当箱と比較したら、誰だって料理下手になると思いますよ?」
大きなお弁当箱、ですか?・・・ああ。そういえば作っていましたね。確か、五月のゴールデンウィークの後に作ったお弁当の事、でしょうか?あの時はその前の旅館での料理経験を少しでも活かしてみようと色々作った結果、あの大きさの弁当箱にようやく入れられるくらいになったんでしたっけ。
「あれはたまたま多く作っただけですよ?いつもあそこまで作っているわけじゃありませんよ?」
先輩方は理解していると確信していますが、一応念には念を入れておきませんと。
「そうだとしても、あの美味しさは私では再現出来ませんよ…。」
「俺、一晩であそこまで大量の料理を作るとか不可能だと思うんだけど…。」
「まぁ優、だからな。あいつに料理を教えたのはあのへんた、菊池だからな。」
「工藤先輩、隠しきれていないですよ…。」
「まぁあいつ、今はトイレに行っているから大丈夫だ。それより、だ。」
工藤先輩は改めてこちらに話を振る。
「俺達では料理の製作に関してはアドバイス出来ないみたいだ。出来るとすれば、味をみての感想ぐらいしか出来ない。すまんな。」
「い、いえ!私には勿体ないお言葉です!」
本当なら何も気にしないでいても文句なんて言われないのに。本当、ありがとうございます。
「さて、休憩時間がそろそろ終わるから、仕事を再開するぞ。」
「「はい。」」
橘先輩と桐谷先輩は自分のデスクに戻っていく。
「話の続きは昼に聞くから、今は仕事に集中するように。さっきまで優、全然集中出来ていなかったぞ。」
「…すいません。」
「ま、それほど悩める事はある意味いい事なんだけどな。じゃあな。」
「はぁ~。今日の優君はレアだったわ~♪また見てみたいわ~♪」
いつも以上に笑顔な菊池先輩を見て、
(なんだか、菊池先輩を見ていると、元気になってきます。)
ちょっと失礼かもしれませんが、菊池先輩を見ていると安心します。
「おい。今日は少し忙しめだから気を引き締めて仕事に取り掛かれよ。」
「へいへい。それじゃあ優君の笑顔のため、菊池美奈は全力を出させていただきます。」
「いや、そこは会社のためにしておけよ。」
こうして、短い休憩時間を終えた私達は、これまでの遅れを取り戻そうと必死に仕事をした。昼での話の結果、この数日間、作ってくれたら味見をして感想を言ってくれるとのことなので、毎日作ってみんなに食べてもらうことにした。そう決まった私に待っていたのは、試作の日々だった。色々なカツ丼を試作しては社員寮の方々、先輩方に試食していただき、味の感想、アドバイスをいただいた。それらを基に改良を何度も繰り返し、何度も食べていただいた。先輩方には迷惑をかけてしまったので、試食してもらう度に謝っていたが、「別にいいさ。俺の食費が浮くし、何より優の美味い飯が食える。むしろこっちこそ感謝感謝ってものさ。」と、工藤先輩から言われた時は何も言えなかった。というより、言えなかった。何か言おうものなら、涙腺が刺激されかねないから。
それで、肝心のカツ丼なのだが、未だに方向性が決められずにいた。麻婆豆腐をイメージして作った麻婆カツ丼。かつ丼に用いるカツとご飯を包んで揚げた、春巻きならぬカツ丼巻き。カツを普通に揚げるのではなく、春巻きの皮にカツを包んでから揚げたカツ巻き丼。どれも美味しくは出来た。先輩方は笑顔になっていたし、美味しそうに食べている姿を見ているだけでも、この料理を作った甲斐が感じられた。ただ、料理のアイデアに関して、何かいい案があるか聞いたところ、「え?これ以上に面白いカツ丼のアイデアなんてないと思うけど?」と、言われてしまった。他の先輩方に聞いてみても、「これ以上美味しいカツ丼のアイデアなんて私には思いつかないよ?」とか、「このカツ丼ならいけるんじゃない?」等の意見がほとんどだった。それでも、味に関してはちょくちょく参考になる意見を聞けたので、細かな味の調整は出来たと思う。ですが、肝心の料理のアイデアがほとんど出ませんでした。どんな料理を作るか、未だ形になっていないんですよね。どうしましょうか。それにしてもみなさん、私が試作で作ったカツ丼より、クリスマスに作る料理を楽しみにしていたようでしたね。確かに、今年作るクリスマス料理は去年よりクオリティーを上げましたからね。楽しみにしてもらえるのは料理人冥利につきるというものです。特にローストチキンのアイデアなんかは・・・。もしかしたら、これならいけるかもしれません。この料理を想像するだけでなく、実際に試作、試食を行い、細かな調整を行わないとなりません。あまり試したことのない試みですが、似たような料理を作っていた経験が活かせるとありがたいです。そして私は、一つの可能性に手を伸ばし、実行に移す。
世間はさらに寒さを増していく中、私が今も使用しているキッチン周辺の温度はさらに暑さを増していった。
次回予告
『何でも出来るOLと人事部なOLの勝負生活~早食いかき氷~』
12月初め。人事部に所属している会社員、川田朱夏は菊池美奈に3か月に一度の勝負を仕掛ける。その勝負内容は、かき氷の早食いであった。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




