小さな会社員と女子小学生モデルの統一試験生活
週末。本来ならゆっくりと過ごしたいのが本音なのですが、
「それにしてもごめんなさいね。こんなことを急に頼んでしまって。」
「いえ。こちらこそ本当によかったのですか?費用とかそれなりにかかったのではありませんか?」
「これくらいいいのよ。これも詩織のためだからね。」
今、潮田詩織さんのマネージャーである、峰田不二子の車にいる。
「…ちょっと?私抜きで何を話しているのかしら?」
もちろん、峰田さんの車内には潮田さんもいるわけで。そもそも、今回呼ばれた用件には、潮田さんが必須なわけであり、欠かせない人物である。
「何でもないわ。ちょっと今日の用事について話していたのよ。」
「それなら私に話を聞けばいいじゃない。峰田より私の方が詳しいし。なんなら当事者だし。」
「そ、そうですね。それでは聞きますね。」
「ええ、いいわよ。」
「どうしてこのような事態になったのですか?」
私は、この事態についての説明を求めた。
事の発端は1週間前。クリスマス料理のレシピを記している時である。その時に一件の連絡が潮田さんから来たのだ。内容は、
“来週末、統一テストがあるんだけど、一緒に受けてくれない?”
というものであった。私はこの連絡に迅速に反応できませんでしたが、気を持ち直し、
“そもそも、統一テストとは何ですか?”
というところから聞き始めた。
統一テストとは、多くの生徒が受けるテストで、このテストを受けると、自分が全国的にどれほどの順位になるのか、具体的な数値として分かるものらしい。潮田さんから聞き、ネットである程度調べ、自分なりに意味を理解した結果、こういうものだと私は認識した。それで、何故潮田さんが、統一テストを一緒に受けてほしいのか聞いてみたところ、
“自分の順位がどれほどなのか知りたいし、あなたの順位も知りたいの。駄目?”
という返事が来た。私自身、そんな順位に興味など微塵も沸きません。ましてや潮田さんが、どれくらい記憶力が優れているのか、ということに関しても興味は微塵もないですね。そういう観点で潮田さんを見ているつもりはなかったです。潮田さんもそういうお人なのかと勝手に思っていたのですが、それは誤答のようでしたね。それにしても、私はそこまで学力に自信はないのですが、これを受けて恥をかく、という事態は避けられるのでしょうか。興味はないと言いつつ、恥をかかないよう心配はする。なんかちょっと矛盾しているような気がしないでもないですが、気にしないでおきましょう。まずは予定の確認です。予定は・・・空いていますね。後は先輩方に連絡しておくとしましょう。そういえば、日時とか場所とか詳細な情報を聞いていませんでしたね。土日丸々空けておけば大丈夫でしょう。そして連絡してみたところ、数分経過して、とあるデータが送られてきた。そして、
“これに出るつもりなのね。優君、ファイト♪私は命を懸けて応援するわ。”
という返事が来た。別に命を懸けてまで応援してもらうほど価値のある人間ではありませんが、応援はありがとうございます。私はそう返信し、潮田さんにその統一テストを受けることを了承する返事を出した。そういえば、この社員寮からこの統一テストが行われる会場までの距離はけっこうありましたね。2駅ほど、十分くらい、でしょうかね。これくらいなら別に問題ありませんね。それにしても、菊池先輩はどこでこのような情報を入手したのでしょうか?私、統一テストを受けてもいいですか、という相談をしただけなのに、ここまで情報を提供してくれるなんて、さすがの情報収集力です。ですが、本当にこの統一テストのことを、潮田さんは言っているのでしょうか。確かに日にちは同じですが、同じ日に統一テストを2つやる可能性もあり得ます。何か確かめる手段は…直接潮田さん本人に聞いてみますか。私は潮田さんに、菊池先輩に送ってもらった情報をそのまま送り、
“この統一テストのことですか?”
と聞いてみた。すると、
“ええ。”
と、簡素な返事が返ってきました。なるほど、菊池先輩の情報を疑う必要はなかった、ということでしたか。これは余計なことをしてしまいましたかね。本当は電車で向かおうとしましたが、当日、待ち合わせの駅前で、
「お待たせ。それじゃあうちのマネージャーが車で待ってくれているから、そこに行きましょう。」
という発言で、思わず、
「え?電車で行かないのですか?」
と、聞いてしまった。そういえば、待ち合わせ場所は駅前と決まっていましたが、電車で行く、なんて一言も述べられていませんでしたね。
「ええ。それが何か?」
と、潮田さんは当然であるかのように返した。まぁ、車で送ってもらえるのであれば、電車賃が浮くのでいいのですが、
「本当にいいのですか?峰田さんに迷惑なのでは?」
と、私が聞くと、
「いいのよ。それに、話があるみたいだからって、むしろ車で送りたいってお願いされたわ。」
話がある?峰田さんが私に何の用なのでしょうか?私にどういった用件があるのかは不明ですが、峰田さんがそういった意思をお持ちであれば、その好意に甘えさせていただくとしましょう。そして車に乗る際、
「おはよう。今日はよろしく。」
峰田さんが車の運転席に乗っているので、
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
私は会釈し、乗せてもらい、試験会場に向かった。
今回私と潮田さんがする統一テストの内容に確認していると、試験会場に着いていました。どうやら今回私と潮田さんがする統一テストは、国語、算数、社会、理科の4科目であり、午前中に終わるらしい。ちなみに、これは小学生の統一テストなので、峰田さんが受ける、なんてことはありません。私、最初は峰田さんも受けるかと思っていたのですが、誤解していたようです。よくよく考えてみたら、小学生のテストを大人が受ける、なんてことはおかしいですよね。そんな簡単なことに気づかないなんて、私はまだまだ子供です。それにしても私、テスト前なのに復習とかしていませんでした。潮田さんもしていませんね。まぁ車内で本を見ると酔う、なんて人もいますし、潮田さんもその類なのかもしれません。証拠はありませんが。
「着いたわ。」
着いた場所は、とある大きな建物。その場には多くの人、というより子供がいた。どの子供も、私より大きいですね。羨ましいです…。おっと。人の伸長を羨む余裕はありません。
「それじゃあ行ってらっしゃい。」
「ありがと。それじゃあ優、行きましょう?」
「はい。峰田さん、ありがとうございました。」
「ええ。これが終わったら、また迎えに来るわね。」
「その時はよろしくお願いいたします。」
こうして、私は峰田さんにお礼を言って、車から降りた。
車から降り、窓越しではなく、直で同年代の人達を見てみると、どの人も私より背が大きいですね。今まで見たことがない初見の人達にも嫉妬してしまいそうです。あの伸長が私にもあればきっと、もっと大人に見られるのに!…醜い嫉妬心が思わず体外に放出されてしまいました。これではいけない、いけない。
試験会場に着くなり、試験場所に向かう。
「あなたは私と一緒の部屋だから、一緒に来こう。」
「はぁ。ありがとうございます。」
潮田さんと同じ部屋、ですか。少し歩き、潮田さんがある部屋の扉の前に体を向けると、
「ここよ。」
へぇ。ここが試験室ですか。見た目は普通の部屋ですね。そんなことを考えていると、潮田さんは扉を開ける。
「「「・・・。」」」
全員、こちらに視線を送るが、それは一瞬であった。すぐに私物であろう参考書に視線を戻した。そういえば、潮田さんはかなりの有名人だったはずです。今は帽子を被っていますが、ばれるのも時間の問題でしょう。なんなら、現段階でばれている可能性もあります。それなのに何故、ここにいる人達は潮田さんに声をかけないのでしょう?
「私がこっちで…、あなたがそっちみたいよ。」
と、潮田さんは、自分が座るであろう席の右後方を指さす。そういえば、入り口で受付した時にいただいたこれで確認しますか。…どうやら潮田さんが言っていた通りでしたね。さっき私が手にしていたものを横目で一瞬見ただけですのに、すごい記憶力です。
「分かりました。ありがとうございます。」
私は潮田さんにお礼を述べ、着席する。潮田さんはすぐにカバンから本を取り出して読み始める。さて、私はどうしますか。
(そういえば、勉強道具は持ってきていないんですよね。)
一週間前に言われていたはずでしたのに、用意を始めたのが前日の夜でしたからね。今度からは事前に用意することにしましょう。仕事はいつもあらゆる事態を想定して動いているのに、仕事以外のことになると、色々後手にまわることが多くなってしまいます。まぁ仕方がありません。筆記用具のお手入れでもしていますか。
そして、筆記用具のお手入れを入念に済ませた頃、
「はい。それではこれから、統一テストを始めます。」
ある係員が入室してきて、言葉を発し始める。さて、統一テストを受けますか。
数時間が経過し、
「それでは、これで今回の統一テストを終了させていただきます。みなさん、お疲れさまでした。」
4科目のテストが終わり、全てを回収した係員が部屋を立ち去ると、
「「「(((ガヤガヤ・・・。)))」」」
急に周りがにぎやかになった。おそらく、統一テストが終わったことによる開放感で、気持ちが高ぶっているのでしょう。みなさん、嬉しそうに話しています。それにしても、
「それじゃあ、行きましょうか。帰りも送ってもらうから安心してね。」
「あ、はい。」
さっきから潮田さんに対する視線の数が半端なく多いですね。潮田さんは気づいていないのでしょうか。
「・・・。」
どうやら、気づいてはいる、みたいです。一瞬、私以外の方に視線を送ったかと思うと、すぐに正面に視線を移していました。やはり、潮田さんは人気者ですね。
「あ、あの!」
ここで、とある女の子が潮田さんに声をかけてきた。周囲の子供達が、「あの子、ついに話しかけたわ。」とか、「あいつだけ抜け駆けしやがって…。」等の声が発せられていた。となると、あの女の子は、潮田さんと仲良くなりたいから話しかけたのでしょうか。であれば、これはいい機会かもしれません。私は色々と特殊ですからね。普通の子と友達になる絶好のチャンスです。是非ともこのチャンスをモノにしてほしいものです。
「何?」
「少し、いいですか?」
「悪いけど、先約があるから。」
そう言って、今も座っている私の正面に体を向け、
「さ、行きましょう?」
と、潮田さんは手を伸ばしてきた。
(え?この場面で私に話しかけるのですか?)
正直、この局面で私に話しかけるのは最適解ではないと思うのですが…。まぁ。だからと言って、断る理由もないのでいいですけど。であれば、潮田さんの考えにのることにしましょう。
「はい。」
私がこう言った瞬間、
「「「ち!」」」
周囲の同学年の人達があからさまに舌打ちをしてきた。そんなに、私が潮田さんとお話をしていることがおかしいのですか。いえ。これはおかしい、というより、この関係に嫉妬している、という方が適切かもしれません。私と潮田さんは確かに個人的な付き合いは何度かありますし、仕事でも何度か付き合いがあります。ですが、そんなことは周知の事実ではありません。客観的に見れば、潮田詩織と手を取り合った嫉妬してしまう謎の人物、という肩書が私かもしれません。私としては少し不満がありますが、これぐらいの視線は痛くもかゆくもありません。普段から浴び慣れていますからね。
「なんであいつなんかが詩織ちゃんの横に…!」
尊敬している人からの醜い視線ならともかく、第三者からの嫉妬や妬みなんかは気になりません。
「こんなチビに…!」
う!?誰かが私の伸長のことを馬鹿にしましたね!?誰ですか!?一体誰が…!!??・・・だいぶ取り乱してしまいました。ですが、伸長のことは話題に上げないでほしいです。少し・・・結構・・・かなり、気にしていることなので…。
だが、私がチビだという発言を聞いた瞬間、潮田さんは、
「私、自分の知り合いを罵る人と話す気はないの。それじゃあ。」
チビ発言をした男の子を見てそう言い、
「さ、行きましょう。時間がもったいないわ。」
「はい。」
思うところがありましたが、私は潮田さんの言うことに従い、退室した。
潮田さんと共に退室した後、
(どうして…?)
何故あそこで潮田さんは、あの女の子の誘いを断ったのでしょうか?そういえば、先約があるから、と言っていましたね。先約というのはもしかして、私のことでしょうか。それとも、峰田さんのことでしょうか。まぁどっちでも構いません。私に用があった場合、私の用件なんか後回しにしても構わなかったですのに。峰田さんのことであれば…私が代わりに謝っておけばいいですね。それくらいの気はまわせるのですが。それと同時に、私のことを優先してくれたことに、少しだけ喜びの感情が沸々と湧き上がってしまいます。なんとか表に全部出さないように出来ました。そこは自分で自分のことを褒めておきましょう。凄いです、自分。
試験会場となった建物から出て、車に向かう道中、
「どうして、さきほどの女の子の話を断ったのですか?」
私は気になったことを聞いてみた。峰田さんがちかくにいたら聞けない雰囲気になる可能性がありますからね。聞けそうなうちに聞いておきたいです。
「…目が腐っていたからよ。」
少しの間が空いた後、潮田さんは口を開いた。目が腐っていた?どういう意味でしょうか?目だけ腐食していた、なんてわけありませんし、どういったことに対する比喩なのでしょう?
「あの目は、私を利用して人を見下そうとする人の目だったわ。だから断った。それに、」
「それに?」
潮田さんがそれに、といった瞬間、私の方を向き、
「あなたが侮辱された時、あの子も一緒に笑っていたわ。それが無性に腹が立ったの。」
「・・・なんか、気を遣わせて申し訳ありません。」
潮田さんなりの理由があって断ったのであればいいですが、私のせいで世間にマイナスイメージを持たせてしまいましたよね。私がいなければ、潮田さんに迷惑をかける必要もなかったのに。
「別にいいのよ。世の中には理解不能な人もいるの。だから、こういったことは気にしないの。」
その潮田さんの発言にすごく納得できました。私にとって、その最たる例が菊池先輩ですね。菊池先輩、いつも何を考えているのか不明ですから。だから、
「そう、ですね。」
私は潮田さんに同意の意思を示した。
「ええ。」
車までの道中、ずっと無言のまま、
「おかえり。テストはどうだった?」
車の前にたどり着く。そして、峰田さんが声をかけてくれた。
「そういえば聞いていなかったわね。私は大体できたけど、あなたは?」
テストの出来、ですか。
「私ですか?私は…一応できたと思います。空欄は作らないようにしましたし、何度も見直ししたので。」
こうして一同は車に乗り、
「それじゃあ、お昼にしようか?お昼は外食にするとして、どこで食べる?」
「え?」
私の言葉を合図に、車は発進する。どこかに位置する飲食店を目指して。
お昼は、とあるファミリーレストランで行われることとなった。自分の財布事情を考慮し、出来るだけ質素にしようかと考えていたのですが、「今日は私が奢るから、め一杯食べてね♪」という峰田さんの言葉と、「何でもこの支店は、他の支店よりアイスに力を注いでいるらしいって聞いたことがあるわ。」という潮田さんのありがたい言葉で、私は一直線にアイスのページを見て、どのアイスしようか悩んでしまいました。結果、私はハンバーグステーキとアイス3種類をいただかせていただきました。私がアイス3種類を食している時、「み、見事な食べっぷりね。」とか、「あなた、本当にアイスが好きなのね。」等を言っていた気がしましたが、まったく気にしていませんでした。そんな食事を終え、峰田さんに代わりに支払ってもらったので、「私の分のお金です。どうぞ。」と、私が食した分のお金を渡そうとしたら、苦虫噛み潰したような顔をして、「…私が奢るから気にしなくていいのよ?」と言ってきた。ですが、これでは峰田さんに申し訳なかったので粘ってみると、「この前の、9月の時のお礼よ。」と言われてしまったので、「ありがとうございます。」と、お礼の言葉を述べ、財布にお金をしまった。
お昼を完食した私達は、またも車に乗り、どこかに向かった。そういえば、この車はどこに向かっているのでしょうか?峰田さんに聞いてみたところ、
「?ジムよ?」
いや、そんな当然のように言われても困るのですが・・・。了承した覚えはありませんが、ジムに行って運動することそのものに嫌悪感はないので賛成でいいでしょう。話を聞いていくと、峰田さんの提案に潮田さんも賛成みたいです。みなさんも賛成であれば、私も行くとしますか。その返事をしたら、「優君も一緒に汗を流そうね。」と、元気よく返事してきました。まぁ、有酸素運動をして汗でも流しますか。
ジムに着いたところで一つ、気づいたことがある。それは、
(あ、着替えとか運動着とか持ってきていないのですが。)
さらに言えば、汗を拭うためのタオルも持ってきていません。どうしますか。これは、お二人の運動する姿を見るだけに留めておいたほうがよさそうですね。そういえば、ジムに行くことを当然のように言っていましたが、ジムに行く際の用意とかはしているのでしょうか?今日初めて車に乗った際、潮田さんの手元を見てみたところ、カバン一つしか持っていませんでした。筆記用具だけならともかく、そのカバン一つに筆記用具やタオル、着替えを入れていたとは思えないのですが。そんなことを考えていたら、
「お待たせ。」
「それじゃあ行きましょうか。」
潮田さんは、午前中に用いていたカバンとは異なるカバンを持っていた。ああ、二人は既に用意を済ませていたのですね。
「はい。」
私は手ぶらのまま、ジムの中へと入っていく。
「や、やってしまった・・・。」
「?どうかしたの?」
「…いえ。ただ、ちょっとした罪悪感が生まれてしまいましてね。」
「?とにかく、体を動かすわよ。優も付き合いなさいよね。」
「あ、はい。」
私は今、ジムのとある一室にいる。もちろん、先ほどまで着ていたジャージとは異なる運動着で、である。一体、その服はどうしたのかというと、「こんなこともあろうかと、詩織とは色違いの物を用意してあるわ。」と、峰田さんから運動着と、ついでにタオルも渡されてしまった。服を用意してくれたことには感謝しているのですが、これってどう見ても女性物の服、ですよね?これを聞いたところ、横から偶然にも聞いていた潮田さんから、「え?そんなの当然でしょう?」と、口を挟まれてしまいました。・・・そういえば、潮田さんには私のこと、女の子だと思われていたんでしたね。私が意味ありげに峰田さんを見てみると、何か口パクしていました。おそらく、“ごめんね。そのままごまかしておいて。”と言っているのだと思います。潮田さんは仕方がないにしても、峰田さんのこの運動着の用意には悪意を感じます。…いえ。ちょっと考えてみると、潮田さんに、私が男の子だとばれないための工作をしてくれた、と考えれば辻褄が合います。ですが、最初から私をこのジムに誘わなければ済む話な気がします。…きっと、私では及ばないような考えが峰田さんにはあるのでしょう。だからこうして用意した。そういうことにしておきましょう。絶対、私に女装させたくてした。そんな愚かなことではないと信じましょう!
だが、事態はさらに悪化する。着替えがあるということは、着替えに着替える必要があり、私は男性更衣室に行こうとしたのだが、「ちょっと。どこ行くのよ?」潮田さんに止められてしまった。すぐに反論するつもりでしたが、すぐに思い出した。そういえば私、潮田さんに女の子だと思われていることに。こういう時はどうすればいいのか峰田さんに応援を求めたところ、「そうだね。優ちゃんも一緒に着替えようね♪」と、私に近づき、楽しそうな声で残酷な現実を突きつけられてしまった。これ、犯罪ですよね?私、犯罪者になりたくないのですが、どうすれば?峰田さんにどうすればいいのか相談してみたところ、「お願い!今回だけ。今回だけ、ね?」と、細い声でお願いされた。私は何も言えず、ただただ首を上下に動かし、女性更衣室に入っていった。そして私はあの時、5月に菊池先輩と行ってきたTOKYOサマンドのことを思い出し、罪悪感を覚えていった。
「・・・。」
私の罪悪感を察してくれたのか、峰田さんは私に暖かい視線を送ってくれた。そういうことをしてくれるのであれば、最初からこういったことをさせないでほしいです。私が悲愴な面を晒していると、峰田さんが近くによって来る。もしかして、励ましの言葉でもかけてくれるのでしょうか。だとしたらありがたい…、
「その、似合っているわよ♪」
違った。私の心に追撃するような口撃であった。私はその一撃に落ち込みながらも、
「そ、そうですか・・・。」
まったく笑えていない笑みを顔に貼り付けた。
みんなで色々な器具を用いて体を動かし、十分に汗を流した。それにしても、なんだか周囲が私達のことを見ている気がするのですが、気のせいでしょうか。気のせいですね。私が見られている、という自意識過剰がこういった勘違いを生じさせているのでしょう。そして、ジムで体を動かしている間、峰田さんや潮田さんから色々聞いた。
まず、二人はこのジムに月に1、2度は通うようにしているらしい。なんでも、年会費を無駄にしないため、体を動かして今の体を維持するため、らしい。今の体を維持するといっても、今でも十分細いと思うのですが。それを維持するにもそれ相応の努力が必要、ということなのでしょうね。そういえば、会社の女性社員達の人達は常に体形を気にしていましたね。それと同じでしょうね。お金の件については、あまり深入りするつもりはありませんが、大事に使いましょう。今の私にはそれしか言えません。
次に、このジムの暗黙のルールについて話してくれた。このジムでは、むやみに人に話しかけることをタブーとしているらしい。一緒に来た人、トレーナーと話すことはいいが、それ以外の人とは最低限の会話しかしてはいけないらしい。何でも、このジムには数多くの有名人が来ているとかで、そういった会話を嫌う人が通うジムなのだとか。そんなジムに私如きが入ってもいいのだろうかと心配になります。そんなことを運動しながら聞いた。ちなみに、今の私は体験、という体で峰田さんが申し込んでくれた。確かに入会するとは限らないですからね。というより、高確率で入会しないですし。ジムに通う暇があるなら、家事や仕事をしますからね。自身の体のことは二の次です。
そして、峰田さんが私にとあることを聞いてきた。それは、
「前回奢ってくれたお礼は、このぐらいでよかったかしら?」
とのことだった。前回奢ってくれたお礼?・・・そういえば先ほど昼食の時にも言っていましたね。それにしても過剰なお礼だった気がします。ご飯だけでなく、ジムの使用料に着替えの費用、それらを手配した際の人件費、これらを加味すると過剰な気がします。それに…なんだか、峰田さんが嘘をついている気がします。おそらくですが、今聞いたことも本心なのでしょうが、それとは別に聞きたいことがあったようにも見受けられます。私の気のせい、かもしれませんが。とりあえず、
「過剰だと思います。これでまた、峰田さんに返すべき恩が増えたと思います。」
無難に返しておいた。思ったことを全て口に出さない、ということは数多くの先輩から教え込まれてきましたからね。それにしても、もしこれがとっさに出た嘘だとしたら、峰田さんが本当に聞きたかったことはなんなのでしょうか?確定したわけじゃないので何とも言えませんが。
ジムで運動し、気持ちのよい汗を十分に流した後、
「優ちゃん。せっかくだし、ここでシャワーでも浴びていったら?私も詩織も普段浴びてから帰っているし。」
「え?」
まさか、その汗をこのジム内で流すこととなってしまった。最初、私は頑なに断ったのだが、「みんなここで汗を流しているから、ね?」と、さもここで汗を流すことが常識化のように言われ、「大丈夫よ。ちゃんとばれないように配慮するから。」と、何故か隠蔽の方に力を注ごうとしていた。私も断ったのですが、最終的に、「このまま入らないと、後々詩織に疑われるわよ?」という峰田さんの助言で、別々とはいえシャワーを浴びることになった。シャワーを浴びている最中、ずっと罪悪感に苛まれていましたが、気にしないようにしました。あ~あ。これで罪に問われなければいいのですが。セクハラとか性犯罪扱いにならない事を願うばかりです。そんな危機的状況をなんとか脱し、ようやく着てきたジャージに着替え、ジムを出てきました。時刻は4時。もう夕方です。体を動かしたおかげか、肉体的には程よい疲れが残っており、爽やかな気分が一時期自身を侵略していましたが、すぐに罪悪感が自身を襲ってきました。見ていないとはいえ、峰田さんや潮田さんと同じ空間で裸になっていたと思うとゾッとします。ばれなくて本当によかったです。
「さて。もうこんな時間だし、送るわ。」
「いえ。さすがにそこまで融通させてもらうわけには…、」
「これぐらいはさせてよ、ね?」
「…分かりました。それでは引き続きお願いいたします。」
結局、駅前まで送ってもらった。
「それじゃあ優ちゃん、またね。」
峰田さんからはまたね、という言葉をもらい、
「今度は仕事で会おう?また一緒に仕事する日を待っているわ。」
潮田さんからは仕事のお誘いを受けました。潮田さんとの仕事ってつまり、
(私がまたさっきみたいに女装しろ、ということですか!?)
峰田さんを一瞬見てみると、頷いていた。おそらく、私が聞きたいことを察しての反応でしょう。それにしても酷いものです。また私に女装を強要させるなんて。断り切れていない私も同罪な気がしますけどね。いつまでも考え事をして返事をしないと疑われるので、
「そうですね。」
一応、返事しておいた。邪険にせず、あくまでも平常心を保って。私がそう言うと、
「そうよ。私、楽しみに待っているから。」
と、口角を上昇させて言った。
「それでは私はこれで失礼します。お二人とも、今日はお疲れ様でした。」
私は頭を下げ、言葉を述べ、この場を離れた。
早乙女優が帰った後、峰田不二子は潮田詩織を自宅に送るため、再び車を走らせていた。
「ねぇ?良かったの?」
「?何が?」
潮田は峰田に問いかける。
「本当は仕事の事、相談したかったんじゃなかったの?今回は私の統一テストの機会を利用して相談するつもりだったんでしょう?」
潮田は、峰田が本当に聞きたかった事について問いただす。
「うん。」
「でも今回聞いていなかったじゃない?良かったの?」
「う~ん・・・。今回はテストもあったし、ジムも行ったし、優ちゃんは疲れたと思うの。だから、」
峰田は一瞬、ある予測が飛び交った。
もし、もう一生あの子と連絡が取れなかったら?
そんな最悪のことがよぎってしまった。何故そんなことを頭によぎってしまったのかが分からない。だが、そんな未来が脳内に刻まれる。
「ちょ、ちょっと!?信号、信号!?」
「!!??」
峰田は慌てて車を急停止させる。後ろの車からは、急停止の事を言っているかのようにクラクションを鳴らされてしまう。
「どうしたの?何かあった?」
「ううん、別に何でもないわ。ごめんね。」
「別にいいけど…。」
潮田は峰田に対し、不安を抱いたものの、言葉にはしなかった。
(何かあったのかな?)
潮田は峰田の事を気にし、
(ううん。今はしっかりしなきゃ!)
峰田は気合を入れ直し、車を進めていった。
潮田の家に着く、
「着いたわよ。」
「そうみたいね。今日はありがとうね。」
潮田は峰田に対し、お礼の言葉を贈る。
「ううん。これも仕事の一つだし、何より楽しかったわ。」
峰田は潮田に対し、笑顔で言葉を交わす。
「そう…。」
潮田は何か言いたそうな雰囲気を出していたものの、聞きたいことを何も言わずに、
「それじゃあ今日はありがとう。じゃあね。」
「ええ。また仕事で会いましょう。」
こうして、二人は別れを告げる。車内で一人になった峰田は、
「優君、仕事の方、了承してくれるかしら?」
仕事の事もさることながら、
(結局、私達のことばかり話して、優君のことは一つも聞けなかったわ。)
早乙女優の私生活も気になっていた。
「優君、男の子だと分かってはいるんだけど、どうしても男の子とは思えないのよね。」
背の小ささももちろんそうだが、少し話しただけでも分かる誠実さ。それ故に、色々と話をしたり、お願い事をしたりしてしまうのかもしれない。そんなことを考えながら、峰田は一人、自宅へと車を走らせる。
次回予告
『小さな会社員の新カツ丼考案生活』
統一テストを潮田詩織とともに受けた早乙女優は、12月初めに行われるクラブで、カツ丼を題材にした料理勝負をすることになった。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




