それぞれの合唱会生活~小学生達の合唱~
「「「~~~♪♪♪」」」」
会場内に、大きな音色が会場全域に響き渡る。その歌声は、誰が為に歌われているのか定かではない。
そんな歌声が、連続で音を貫いている。ある方々には、この音が幼稚に聞こえることだろう。だが、それはある意味仕方が無いのかもしれない。会場にいるのは、何度も歌を歌い、聞いている大人達。そして、歌を歌っている人達は、まだこの世に生をもらってから十数年しか生きていない。そんな子供の歌声なんか聞くに値しない、という人も中にはいるだろう。そんな考えなんか関係なく、子供達は歌を歌い続ける。自身の今の全力を聞かせるため、歌を通して、今の自身を見てもらうために。
「ふぅー。」
「綾、お疲れ。」
「洋子もお疲れ。」
歌は無事に終わり、
「みなさん、本当にお疲れ様。いい歌だったわよ。」
担任、小野口は自身の生徒を褒める。
(絶対に嘘だ。)
だが、女子小学生の何人かは、嘘だと断定していた。
それは、男子小学生のほとんどが、声が出ていなかったためである。そのため、男声と女声のバランスよい歌が、女声主体のアンバランスな歌になってしまい、聞き心地が悪くなってしまったのだ。原因は言わずもがな。
「いやー。まさか本番では思った以上に声が出なかったな。」
「ま、仕方がないよな。こういう時もあるさ。」
「それな。」
岡本達はその場しのぎの反省をしていた。
(ほんとよ!あんたらのせいで…!)
この岡本の発言に、何人かは怒りをぶつけたくもなった事だろう。だが、声に出さない限り、女子小学生は大人になった、ということだろう。
ここで口喧嘩になるより、自身が口を塞ぎ、心に留めておいた方が、変にいざこざを起こさず、その後も上手くやれることだろう。そう判断したためだ。
だが、
(岡本君達が来なきゃ上手く言っていたかもしれないのに!)
女子小学生達の中で、精神的しこりが残った事は言うまでもない確定事項だろう。
(出来れば、あのカンニング魔みたいに休んでくれた方が…。)
そして、小さな会社員のことと比較する。
「それじゃあみなさん、午後からはプロの方々の歌を聞いて、今後の参考にしましょうね。」
「「「は~~~い。」」」
小学生に少なくない不満が発生する中、小学生達の合唱コンクールが終わる。
次はお昼休憩を挟み、午後はプロの方々による合唱となる。
私は本当に上手く出来るのでしょうか?練習を何度も繰り返すたびにそう考えてしまいます。
「それじゃあ曲の感じは大体掴めた?それじゃあ試しに弾いてみて?」
「分かりました。」
私の練習方法は前と大して変わらない。まず、実際に弾いている動画を見て、伴奏者の動き、弾き方等を覚え、それを完全に真似して弾く、というものだ。簡単にまとめてみたが、実行することは決して簡単ではない。何十時間、何日も練習しても、完全に真似することは難しいですし、いくら練習しても、毛利さんの代わりとして本当にふさわしいのか疑問に思ってしまいます。しかも、今回の場合は数十時間どころか、半日も練習時間がありません。ですから、何としてでも短時間での習得を最重要前提として、如何に毛利さんの演奏に追いつけるか、そういったことを追求しなくてはなりません。
「歌を実際に聞いてみないと、弾けない部分もあるんじゃない?私達も手伝うわよ。」
そして、先ほど毛利さんの事情を話してくれた先輩方、合唱団の人達も率先して私に協力してくれた。
それというのも、私が来られなくなった伴奏者の代わりに曲を弾くことになった、ということを他の方々に報告したのだが、
「それなら、私にも手伝えることある?出来るだけ協力するわ。」
女性の方々は、私に協力的でしたが、
「あ、そうなんだ。それじゃあきちんとやれよ。」
男性の方々は素っ気ない感じで、どうでもいい、というような雰囲気が全身からにじみ出ていました。そもそも、私の事を非歓迎的でしたので、このことも仕方がないと思い、「改めて、今日はよろしくお願いいたします。」と、頭を下げ、簡単に挨拶だけを済ませ、練習に励んでいた。その後、すぐにそのもう一曲の練習を始めるため、動画を見ようとしたのですが、
「…そういえばあの子、自身の伴奏シーンを撮影していたかしら?」
そんな不吉な毛利さんの発言は的中してしまい、もう一人の伴奏者は、自身の伴奏姿を録画していませんでした。これでは私、練習出来ません。一体どうすれば?と、悩んでいたところ、
「…しょうがない。ちょっと下手だけど、私の伴奏している動画があるから、それを見て弾けるようになってくれる?」
「分かりました。拝見させていただきます。」
どうやら前に、毛利さん自身が録画していた伴奏シーンがあったようです。良かったです。これで何とか練習出来ます。私は録画されている伴奏シーンや音に気を付け、しっかりと脳裏に焼き付けました。そしてそれを自身の指、腕、脳、全身等で表現できるように努めました。そして、どうしても必要になってくるものがあります。それは、
(最初と比べてだいぶ弾けるようになってきた気がしますが、客観的にはどうなのでしょう?人に聞かせてもいい質なのでしょうか?)
私と毛利さん2一人以外の客観的意見である。私達は何回も聞いているので、なんとなく上達している気がしますが、もしかしたら大して上達していないのかもしれません。そういったことを相談したくて悩んでいたところ、先ほどの女性のみなさんがお手伝いに来てくれたのです。
「ありがとうございます。それではまず私が弾きますので、その感想をお願い出来ますか?」
「ええ、もちろんよ。」
私は短期間とは言え、必死に練習してきたので、自身の腕がいかなるものなのかを確認して欲しかったためです。私が実際に弾いてみると、
「・・・この短期間で音楽知識皆無の子供がここまで弾けるようになるの?」
何故か驚かれました。どうやら、私が音楽関連の知識が皆無なことは、毛利さんから伝わっているようです。これが良かったのか悪かったのか、自身が思っていた以上に高評価でした。てっきり、
「この程度で私達と同じステージに立とうとするなんて甘いわね。全然駄目。一からやり直し!」
と、激しく叱責されるかと思っていたのかと考えていたのですが、勘違いでよかったです。そして、私はより高クオリティーでの演奏を本番で行えるようになるため、練習をさらに積み込み、毛利さんが納得出来るようなクオリティーまで引き上げないと!私は必死に練習を続ける。全ては、
(これを聞いたら、菊地先輩と工藤先輩は喜んでくれるでしょうか?)
先輩方に素敵な演奏を聞かせるためだけに、私はただ、
「せっかくだし、もっとハイクオリティーにしてみようか?まずは…、」
「私達も何か手伝えることある?歌ならいつでも歌うからね。」
プロの方々の指導を受け、吸収していった。
練習もほとんど終え、時刻はお昼。みんなお昼休憩なのか、昼食を食べているのだが、
「・・・ふぅー。」
「…よし。この調子なら、本番までに仕上げることが出来るわね。」
「あ、ありがとうございます。」
今の今まで練習していました。集中していたとはいえ、ここまでやっていたとは思いませんでした。自身が思っていた以上に集中出来ていたみたいですね。さきほど、毛利さんから前向きな言葉をいただいたことですし、このイベントは成功しそうな気がします。ですが、気を緩ませてはいけません。イベントが終わるまでは気を徹底的に引き締めないとなりません。
「それから次は、ステージに着るドレスを試着してみようか?」
「・・・え?」
ステージに着るドレス?
「これで出るんじゃないのですか?」
私は自身が今着ている服を指差す。てっきり、そのためにわざわざ菊池先輩が着させたのだと思っていたのですが…。
「え?」
毛利さんも、私の発言に凄く驚いているようです。もしかして、私がおかしなことを言ったのでしょうか?確かに、私はこういったことに関する知識は皆無ですので、指摘してくれるとありがたいです。
「…もしかして、見当違いなことを言ってしまいましたか?」
「…まぁいいわ。一から説明するわ。」
「はい、お願いいたします。」
私は毛利さんの説明を聞くことに徹した。
まず、歌う人達は出来る限り、色を統一しなくてはならないらしい。例えば、上が白で下が黒の服を着用する、といったように。そして、伴奏者は性別によって服装が異なるらしい。男性はスーツで、女性はドレスだそうです。そして、私はここでは女性扱いになるらしいので、ドレスを着なくてはならないみたいです。ですが私は、ドレスを持ってきていません。そのことを伝えると、
「それなら、菊池さんから色々聞いて、既に持ってきてあるわ。」
と、持ってきていたスーツケースを開いた。中には、
(うわぁ…。)
思わず、嫌な声が出そうになってしまいました。そのスーツケースの中には、菊池先輩が用意したであろうドレスが入っていました。
「…もしかしなくても、これを着てステージに立たなくてはいけないのですか?」
「ええ、そうよ。」
悪びれもなく言われてしまいました。
「毛利さんは理解していると思いますが、私は…、」
「大丈夫。絶対に似合うから。菊池さんも太鼓判を押したのよ。」
菊池先輩も、と言うあたり、毛利さんも私がそのドレスを着ることに賛成なんでしょうね。私、今は女性服を着ていますが、立派な男の子なんですよ?そのところ理解しているのでしょうか?それにしても、ステージに立つにもこういった風に正装しなくてはならないんですね。会社にスーツ姿で出勤する、みたいな感じでしょうか?それか、それ以上にドレスコードを合わさなくてはならないのでしょうね。
そうとは頭で分かっていても、実際には着たくないと思ってしまいます。私、男の子ですのに…。
「それで、今試着する?それともお昼を食べてからにする?」
「…今試着したいと思います。毛利さんは今、時間が空いていますか?」
やはり、やるべきことは最初にやっておくべきでしょう。菊池先輩の仕事なら完全に安心出来ますが、万が一、億が一にもミスの可能性を考慮しなくてはなりません。もし、ドレスの丈が合わないなんてことになったら?もし、服が小さ過ぎて私が袖を通すことが出来なかったら?と、若干ナーバスなことを考えてしまいます。やはり本番が近づくにつれ、私も緊張し、考えが凝り固まり、最悪の事ばかり考えているのも影響しているのかもしれません。自分もまだまだ未熟者です。
「私はいつでも時間の都合がつくけど、平気?」
「ええ、大丈夫です。」
それより、何故平気なのか、ということを聞くのでしょうか?私が少し緊張していることに気が付いたのでしょうか?大人の方は、子供の僅かな感情の変化に気付いたのでしょうか?そもそも私、感情が変化するほど緊張していたとは思えないのですが。
「良かった。それじゃあ着替えようか?」
「はい。出来ればその…、」
「分かっているわ。私が出入り口を塞いでおくから、花ちゃんは思う存分着替えに集中してね?」
「よろしくお願いいたします。」
私は毛利さんが見張っている中、ドレスの試着を行った。
結果は、私にピッタリであった。まるで、私の最近の身体的数値を把握しているようなピッタリ感であった。ま、菊池先輩が一枚噛んでいるのであれば、当然と言えば当然なのかもしれません。それにしても毎度毎度思うのですが、菊池先輩はどうやって私の身体的数値をどのように把握しているのでしょうか。…もしかして、私の自室に監視カメラを?・・・これは後で自室を要チェックですね。
ちなみに、何故この時間にいたのかは謎ですが、私が毛利さんにドレス姿をお披露目していると、菊地先輩と工藤先輩が見に来ていた。何故この時間に?と思いましたが、先輩方も私と同じ立場なのです。いて当然なのでしょう。
「それにしても、ドレスを一人で着るなんて、本当にあなたは男の子なの?」
「え?これぐらいは出来て当然ですよね?」
「え?」
「え?」
何故毛利さんは驚いているのでしょうか?もしかして、私が非常識な発言をしてしまったから?でも何が…?
「普通の男の子はドレスを着る機会なんてないから、ドレスを着るのにも一苦労すると思うんだけどね…。」
「うん♪相変わらず花君のドレス姿、最高♪」
「…花ってほんと、何を着ても似合うのな。」
…もしかして、普通の男の子って、ドレスを着るのにも一苦労するのですか?ですが、私はなんなく着ることが出来るのですが。
・・・。
これ以上は考えることを放棄しましょう。今は別のこと、今回のイベントに集中しましょう。後菊池先輩。相変わらずと言っていますが、普段の私はドレスなんか来ていませんからね?誤解される可能性があるので、その言葉を使うのは控えてほしいです。
「それにしても、本当によく似合っていたわね。あなた本当に男の子なの?」
「お!?とこです…。」
危ない、危ない。大声を出し、周囲の方々に迷惑をかけてしまうこところでした。
「ごめんね。あまりにも似合っていたからつい、ね?」
「勘弁してください…。」
まったく。どうしてこう私を女装させたがる人が私の周囲に続々と湧いてくるのでしょうか。菊池先輩に似た病気でも発症しているのでしょうか。さしずめ、菊池先輩病、といったところでしょうか。症状は、私を女装させようとし、私を辱める、といったところですね。
・・・大事なイベントの前に私は一体何を考えているのでしょうか?あまりの出来事に現実逃避していたのかもしれません。何度も現実逃避するわけにもいかないので、気を抜くのはこれぐらいで終わりにするとしましょう。ひょっとしたら、昼食を軽く摂取したことで、気が大きく緩んでしまったのでしょう。
「それで、まだ時間はありますか?」
「少しならあるけど、まさか…?」
「はい。最終調整をしたいので、付き合ってもらえますか?」
本当なら、最終調整くらい、自身でやれと言われてしまう恐れがあったのですが、思った以上に毛利さんが優しくて良かったです。仕事であれば知識も経験もあるのでいいのですが、今回は知識も経験も皆無です。ここはこの道のプロにほとんど任せるのがベスト、というものでしょう。
「もちろんいいけど、あまり出来ないわよ?出来て通しで数回くらいだけど、それでいい?」
「もちろんです。」
「分かったわ。その後はまたドレスに着替えて、ステージ裏に向かいましょう。」
「了解しました。」
「私も聞くわ。」
「俺も。」
「ありがとうございます。」
私は、私と毛利さん、菊地先輩、工藤先輩の4人でプレ演奏会を開き、ドレスに着替える。プレ演奏会の結果は、毛利さんによると、
「これが本番で発揮されたら、合唱団の人達も大喜びよ。」
どうやら、満足いく弾きだったらしい。
「はぁ♪優君の演奏も、演奏姿も最高♪うっとりしちゃう♪」
「聞いていて飽きない、そんな演奏だったぞ。」
先輩方も褒めて下さいました。思わず頬が緩みそうになってしまいましたが、まだ駄目です。プレで上手くいったからといっても、本番で失敗したら何の意味もありません。私は顔を引き締め、毛利さん達とともにステージ裏に向かう。
ステージ裏に着くと、
「あ。」
先ほど、私の練習に付き合ってくれた方々がいた。だがその方々の服の色は異なっていた。上が白で、下が黒で統一していた。おそらく、白いワイシャツ?ブラウス?の上に何か羽織っていたんでしょうね。
「先ほどは助かりました。」
私は練習を手伝ってくれたお礼をこの場で述べ、頭を下げる。
「ううん。私は何もしていないわ。ただあなたが頑張っていたから、その頑張りを応援しただけよ。」
「「「わ・た・し・は~~~???」」」
「…失礼。私達は、だったわ。」
と、結構緩い雰囲気となっていた。いえ、緩いというより緊張が程よくとけた雰囲気、とでもいうんでしょうか?なんだかベストな力を出せそうです。
「ち。こんなガキに曲を弾かせるなんて、この合唱団もお終いだな。」
「だな。」
「「・・・。」」
一方、男性陣は未だ、私のことを認めていないみたいですね。ま、多くの大人に混じって子供一人でいるわけですから、気分は良くないでしょうけど、あそこまでハッキリと嫌悪感をだされても困るのですが。私、毛利さんの要請でここにいるわけですので、事情は把握していると思っていたのですが、もしかして把握していないのでしょうか?リハーサルで一応、私の実力を見せたつもりですが、あれでは満足いかなかったとか?その可能性が高いですね。ですが、数時間でもう一曲もある程度弾けるようになりましたし、もう一曲もさらに調整を加えました。
「数時間前のリハーサルより上手くなったと思うので、お互い頑張りましょう。」
私は先ほど嫌悪感を向けられた男性の方々に笑顔を向ける。嫌悪感を向けられたからといって、こちらも嫌悪感を向けてしまっては、より溝が深くなるだけですからね。それに、私が友好的であると思わせないと先輩方、特に菊池先輩が何をするか分かったものではないですからね。
「ち。くえねぇガキだ。」
そう言われ、私から離れていった。ま、ステージ裏はそこまで大きくないので、大して離れていないのですが。
「…本当にごめんね。あの人も本当は…、」
「いえ。これぐらいはなんてことないので問題ありませんよ。」
仕事をする上で、どうしても身長の事で差別的発言を幾度となくされてきましたからね。実際、私が場違いな場所にいることも自覚しているので、そこまでの精神的痛みはありません。
「本当に花ちゃんって大人よね。見た目は子供なのに。」
「ぐ!?そ、そうですね。」
毛利さんの言葉が本番前の私の心に刺さります。
「あ、そろそろ時間みたいね。」
毛利さんの一言で周囲の空気が冷え固まる。これが本物の空気ですか。お偉いさんの会談に近い雰囲気な気がします。
「それじゃあ行こうか?」
「「「はい。」」」
声量自体はそこまで大きくありませんでしたが、はっきりと述べていた。やはり、歌うことを仕事にしているだけあります。声に覚悟の様な気持ちが伝わってきます。
「それじゃあ花君、一緒に楽しもうね♪」
「いつも通りやれば問題ないから、無理に気張らずに、な?」
そう言い、先輩方は合唱団の方々とともに、ステージに向かいました。
「花ちゃん、ちょっと待って。」
「はい?」
私も向かおうとすると、急に毛利さんが私を止める。一体なんでしょう?
「…頑張って。」
私の目を見て、はっきりと言った。
「はい。」
私はこれ以上何も言わず、ステージに向かい、
(さ、出来る限りの事をしましょう。)
ピアノ前に座り、
(いきます!)
ピアノを弾き始めた。
次回予告
『それぞれの合唱会生活~大人達の合唱~』
合唱コンクール当日。いよいよ大人達がこれまで練習し続けてきた成果を発揮する。その中にはとても大人とは思えない小さい人物がピアノの伴奏者を務める。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




