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それぞれの合唱会生活

 合唱コンクール当日。

「さぁ洋子!今日は悔いが残らないよう、一生懸命歌おうね!」

「ええ!」

 桜井綾と風間洋子はやる気に満ち溢れた自信満々な顔を浮かべ、

「…なんか、場違い感が半端ないから帰っていい?」

「駄目だよ、太田君!ちゃんと歌わないと!」

「そうだな、はぁ。」

 太田は場違い感に悩み、神田はその太田に突っ込み、

(私も頑張らないと!)

 神田自身も鼓舞する。

「はーい、みなさーん!これから施設に入りますよー。」

 担任、小野口が優のクラスメイトを引き連れ、会場内へと入っていった。

 一方、

「はぁ…。」

 本日のコンクールに出るはずだった女性、毛利蓮華は独り、悩んでいた。


「・・・ふぅ。」

 毛利さんに頼まれて代理で出場することになったイベント当日。私は何度も演奏動画を見て聞いて、何度もイメージトレーニングをしている。もちろん、今までやってきた練習を無駄にしないように反復しているのと、見落としがないかの確認だ。もちろん、音楽の知識に関していえばまったくのど素人である私がどうこう口出すのもおこがましいのだが、毛利さんの顔に泥を塗らないための努力だ。ほとんど無駄な努力かもしれない。なんなら、当日の体調を最高に保つために確実な休養を取るべきだったかもしれない。だが、それでも、何度も何度も確認しないと気が済まない。それどころか、何度確認していても確認不足だと思ってしまうほどだ。なにせ、本日は初の試み。仕事であれば菊池先輩や工藤先輩に、心の支柱をお願いしていたのかもしれません。ですが、今回は一人で初の試みを完璧にこなさなくてはなりません!…もしかしなくとも、今の私はちょっとハイになっているのかもしれません。初の試みで緊張していると同時に、胸が高鳴っているようです。

「さて、朝食の準備をしないと、です。」

 私は動画を止め、席を立った。

 今日の朝食は蕎麦にした。冬至には早いが、柚子を少し入れ、さっぱりとした後味となった麺汁ででいただいた。

「これなら朝から天ぷら食ってもいいな。」

 と、工藤先輩は朝から天ぷらを余裕で平らげた。一応朝ということなので、天ぷらはあまり作りませんでした。ですが、そんな心配を気にすることは…、

「…あんた、さっぱりしているとはいえ、そんなに天ぷら食べていると、胃にくるわよ?」

「…これで最後にするわ。」

 ありました。工藤先輩は菊池先輩の忠告を素直に聞き、最後の天ぷらを平らげた。菊池先輩の忠告を素直に聞くということは、過去に経験していたから、なのでしょうか?そういえば、朝に天ぷらをだしたことはほとんどありませんでしたからね。あまり朝から重い食べ物を食べさせるわけにはいかないですし。

「お粗末様でした。」

 私は工藤先輩方の食器を片付け、

「それでは、今日は申し訳ありませんが会社を休ませていただきます。」

「うん。でも優君?その格好で行くつもり?」

「え?」

 私、今、そんなにおかしな格好をしているのでしょうか?確かに今はエプロンを着用していますが、それを外せば…もしかしたら菊池先輩はエプロンのことを言っているのかもしれません。

「ああ。でしたら大丈夫です。これは外して行きますので。」

 と、私はエプロンの端をもつ。

「え?優君、何言っているの?」

「え?」

 もしかして、

「エプロンでは、ないのですか?」

「そのジャージよ。」

「え?ジャージの何が悪いのですか?」

 このジャージはかなりの機能性を保持しています。それに、このジャージに目立った汚れはないはず。ま、長いこと使っているので、少しくたびれている感は否めないのですが。それでも、外出する分には問題ないはずです。

「優君。今日は合唱コンクールでしょう?」

「そうです、ね。」

 確か、毛利さんがそんなことを言っていた記憶があります。私は自身の演奏技術に必死で、詳細なことはあまり覚えていないのですが。そういう時に限って、メモ帳にメモしていないんですよね。大事なことでしたのに。

「そういう場では、あまり変な格好では行けないのよ。もう少し簡単に言えば、時と場所に合わせた格好で行くべきね。」

「この格好は、その時と場所に合っていない。そういうことですか?」

「ええ。合唱コンクールはもっとフォーマルな格好で行かないとだめよ。そんなジャージだと、下手したら会場に入れないかも。」

「そ、そうなのですか?」

 私、そういったところは全然調べていなかったので知らないのですが。確認のため、今も新聞を読みつつコーヒーを飲んでいる工藤先輩に目を向ける。

「…確かに、歌うときはかなりフォーマルな服を着ていたな。」

 なるほど。菊池先輩がでまかせを言っている可能性はありませんね。となると、

「メイド服やスーツを着ていけばいいのですか?」

 できればジャージで行きたかったのですが、それが時と場にふさわしくないのであれば仕方ありません。

「ううん。」

「え?でも…、」

 私、その2種類の衣類以外にフォーマルな衣服を持っていないのですが。それ以外の服となりますと…ジャージしかないですね。後は…菊池先輩が無理に置いていった女性服、ですかね。さきほどジャージは駄目。メイド服やスーツも駄目。となると…?え?もしかして…?

「ええ!その通りよ!」

 私の考えを察知したのか、何も言っていないのに、私の方を向いて肯定してきた。私、何も言っていないのですが…。困ったことになったので工藤先輩の方を向くと、

「さ、さ~て。そろそろ行く準備でもするか。優もその…早く行く用意しろよ。」

「あ。」

 私が何か言おうとしたら、工藤先輩は足早に去っていった。言いたいことがありましたのに…。

「・・・あの、本当に着なくては駄目ですか?」

「だって優君。あっちでは佐藤花ちゃんとして行くのよ?つまり、優君は女の子として行くのよ?そんな子がスーツで行ったら悪目立ちするわよ?」

「あ。」

 言われてみればそうですね。というより、ここまでのことを想定していませんでした。そういえばそうですよね。となると、私の考えが及ばなかったからこんなことになってしまったのですか。自業自得、ですね。はぁ…。

「でしたら、何の服を着ていけばいいのですか?」

「うふふ♪これよ!!」

 と、菊池先輩が見せてきたのは、

「そ、それって!?」

「そうよ。優君へのお仕置きで先月まで着ていた私服、よ♪」

 と、片目ウィンクをした。菊池先輩の口元が緩んでいるようですが、私の顔はさらに強張ってしまうのですが。

「これなら、女子小学生の私服として成立するし、私服の中でも結構フォーマルだと思うし。」

「そうなの、ですか?」

 スーツに比べるとカジュアルな気がしますが、私服の中で判断するとなると…私には分かりません。菊池先輩の言う事を丸ごと信じるわけではありませんが、今は信じましょう。

「そうよ!それに私がこの服を着た優君を見た、見たいからね!」

「…何故言い直しになっていない言い直しをしたのですか?」

 菊池先輩の本音を聞いて、「ま、菊地先輩らしいですね。」と、色んな意味で納得してしまいました。本当は着たくないのですが、菊池先輩が言っていた通り、会場に入る際、ドレスコードがあるとするなら、この私服の様な多少のフォーマルさを感じさせる服を着なくてはなりません。今の私では菊池先輩以上の案を思いつけませんし、やむをえません、か。

「・・・分かり、ました。」

「ありがとう♪さっそく着替えて向かいましょうか?」

「・・・はい。」

 私は菊池先輩から服を受け取り、自室に向かう。あ~あ。先月でもう着なくて済むと思っていましたのに。また着る羽目になるとは…。仕方なく私は袖を通し、

「・・・はぁ。」

 自分の女装姿にため息をつきつつ、異変が無いか、姿鏡を見て確認する。…どうやら、変なところは無いようです。

「さて、と。」

 私は外出に必要な物を持って、

「行ってきます。」

 私は自室を後にする。

 外に出ると、工藤先輩が車に乗って待っていた。菊池先輩は、

「あ~あ。私も優君を送りたかったなぁ。」

 …なんか、車の外でぶつくさ言っていた。

「どうしましたか?」

 運転席の窓が開いているので、私は外から工藤先輩に話かける。

「あー…。それはな、」

 工藤先輩は簡単に話してくれた。

 まとめて言えば、菊池先輩は私を送ることができないそうだ。理由は、菊池先輩が私を病的なまでに溺愛しているから、らしい。それと、朝一でどうしても確認してほしい書類があるのだとか。それ故、工藤先輩だけが車で送っていき、出社して書類の内容を確認次第、こちらの会場に来るとのことらしい。この話を聞いて、菊池先輩は機嫌を損ねていたわけですか。それでは仕方がありませんね。私に声がかからなかったのはきっと、私とは無関係で、菊地先輩と工藤先輩が携わっている仕事関連の書類だからでしょう。

「それじゃあ、俺は優を送っていくから、お前は会社に行けよ。」

「ち。何でこの酒大好き人間だけが優君の隣にいていいのよ。私だったら…、」

「…というわけだ。それじゃあ優。車に乗れ。俺が送っていくから。」

「あ、はい。」

 私が乗ると、

「さ、早く優君の勇姿を見に行きましょう!」

 菊池先輩が後ろに既に座っていた。さっきまで外にいたのに、いつの間に!?

「言っておくが、書類を確認しないと今日、抜けさせてもらえなくなるぞ?」

 工藤先輩の一言で、

「・・・。」

 菊池先輩は静かに、そして無言で車を降りた。工藤先輩の一言がよほど聞いたのですね。それか、よっぽど今日の私の演奏を楽しみにしているのでしょうか。練習の時も散々聞いていたと思うのですが、それでも聞きたいとは…。菊池先輩も欲張りですね。

「工藤。もし優君に怪我でもさせたら、あなたを殺すからね?」

「分かっている。安全運転は必須事項だしな。」

 菊池先輩の迫力に臆さず、工藤先輩は平気で返事を返した。工藤先輩も度胸ありますよね。

「それじゃあ優君。またね。」

「はい。」

「それじゃあ行ってくるわ。優を送った後、すぐに俺も会社に行くからな。」

「ええ。」

 そうして、工藤先輩は車を走らせた。後方で菊池先輩が手を振っているので、私も安全面を出来るだけ考慮しつつ、窓から手を出し、菊地先輩と同様に振った。

 工藤先輩が運転する車に乗り、毛利さんの家の前に着く。毛利さんの家の前には、

「…。」

 外で待っていてくれていた毛利さんがいた。工藤先輩の車に気付くと、手を振ってきた。なので、私も手を振って返事をする。工藤先輩は車のスピードを落とし、少しずつ毛利さんに寄せていく。車が完全に止まると、毛利さんは車の後部座席に乗り、荷物を載せる。

「よっと。今日はごめんね。」

「別にいいさ。どうせホールに行く途中だし、気にしなくていいぞ。」

 本来、私は公共の交通機関を使って行ってもよかったのですが、工藤先輩は車をだしてくれました。毛利さんはなんとなく理由の検討がつきます。おそらく、利き腕が使えなくなっている今、公共交通機関を使えば、何かしらの不都合、もしくは予定通りに動けなくなる可能性を踏まえての行動でしょう。怪我している人を気遣っての行動。さすが工藤先輩です。ですが、私まで車で送り迎えしなくてよかったのに。

「それに、今日はよろしくね、優君。それとも、もう花ちゃん、と呼んだ方がいい?」

「…一応、今はまだ優とお呼びください。」

「でも、その私服からして完全に花ちゃん、だと思うんだけど?」

「それでもです。」

 確かに、今は菊池先輩の計らいによって女性服を着用していますが、それでも私を男の子扱いして欲しいです。…ちなみに、毛利さんは今の私を男の子扱いしているんですよね?まさか…?いえ、これ以上疑うのはよくありませんね。考えを変えましょう。

「ところで、その荷物は一体なんですか?」

 やけに大きな荷物ですね。パソコンが複数入りそうです。

「これ?これはね…内緒♪」

 と、毛利さんは頬を緩ませながら答えた。ま、今回のイベントに必要なものでしょう。

「そうですか。」

「…あれ?気にならないの?」

「いえ。秘密にするのであればそれはそれで構いません。時間が経てば分かりますよね?」

「え?え、ええ。」

「であれば、その時に教えていただけるのであればそれで十分です。」

 先ほどの発言で、この大きな荷物はこのイベントに必要なものだと分かりました。私はこのイベントの詳細を把握していないので、詳細は毛利さんに一任しましょう。なので、私がその大きな荷物の内容を把握する必要性は希薄しました。まったく気にならないと言えば嘘ですが、今はこれまで練習してきたことを本番で発揮できるよう、体調を整えるだけです。

「・・・工藤君?この子、大人過ぎない?」

「ん?ああ。俺も時々そう思う。優は大人の環境で育ったからな。」

 大人の環境?ああ、あの会社の環境のことですね。確かに、あの会社には会社員だけでなく、数多くの大人が出入りしていましたからね。

「…そう。優ちゃんも色々苦労していたのね。」

 …あれ?思っていた反応よりかなり切なそうにしています。もしかして毛利さん、勘違いをしているのでは…?確かに大人の環境で働いていますが、たったそれだけですよ?

(おっと。今はそんな訂正より、本番に向けてのイメージトレーニングをしなくては、ですね。)

 ついつい話をしてしまいましたが、私には限られた時間であの毛利さんの演奏を完璧にマスターしなくてはなりませんからね。一応、現段階での自己評価で言うのであれば、9割ほど再現出来ていたと思います。ですが、これはあくまで素人目線の話です。毛利さんみたいなプロ目線で言うと、再現度はガクッと落ちることでしょう。なので、今も毛利さんの演奏に耳を傾け、暗記しなくては!

 私はその後、音声データを流し、音のリズム、音程等を暗記させることだけに努めた。

 数十分後。

「工藤先輩、わざわざありがとうございました。」

「工藤君、ありがとうね。」

 無事に会場に着いたらしく、毛利さんに肩を軽くたたかれたことでようやく気付きました。私はすぐにお礼を言い、車を降り、会場に目線を向けました。

 会場は…ホテル、でしょうか?やけに大きい建物ですね。そういえば、随分前に公民館?市民館?やそういった建物に行った覚えがうろ覚えですがあります。そんな建物より数段大きいですね。やはり、音楽関連に特化した造りにでもなっているのでしょうか?ま、今の私にはどうでもいいことですね。

「それじゃあ、またな?」

「はい!私の演奏、楽しみにしてくださいね!」

「おう!それじゃあ毛利、優、じゃなかった。花を頼んだぞ?」

「ええ!任されたわ。」

 そう言い、工藤先輩は車を走らせた。

「さて、私達も行きましょうか?」

「そうね。まずは今後の予定なんだけど、まずは室内に入ってから説明、でいい?」

「もちろん構いません。」

「分かったわ。それじゃあまずは中に入りましょう。」

「はい。」


 中に入り、私は毛利さんからジュースを買ってもらった後、歩きながらではあるが、今後の流れを簡単に説明してくれた。



・動きの確認からのリハーサル

・午前の部開始

・お昼休憩

・午後の部開始

・午後の部初めに、本番スタート



 こんな感じでしょうか?

 最初のリハーサであの人達の本格的な顔合わせになる、というわけですか。あの最初の顔合わせ以来、一度も会った事が無いんですよね。私がこんな見た目をしていることが理由だと思うので、何も言えないのですが。自分だってなりたくてなったわけじゃないのですがね、ほんと。

「それでね、今回花ちゃんには、この控室を使ってもらうことになるわ。と言っても、」

 私達が歩いていると、とある扉に行きつく。毛利さんはさも当然のように扉を開ける。その扉の向こうには、

「あ、いらっしゃい。」

「ちょっと遅いんじゃない?」

「でもリハには間に合ったんだからいいんじゃない?」

 見知った顔の人達がいました。この人達は確か、私の演奏を聞いて一緒に練習してくれた人達、ですね。

「この前はお世話になりました。改めまして、佐藤花です。」

 私は挨拶を交わした。私が見る限り、初対面の方もいることですので、フルネームで挨拶した。最も、偽名での挨拶なのですが。

「その子が例の…?」

「ええ。私の代理の子。見た目はともかく、腕は私と遜色ないと思うわ。私が保証する。」

「へぇ~。こんな幼稚園児みたいな子が、ねぇ。」

(ぐぅ!?)

 思わず後ずさりしてしまいそうになりましたが、何とか耐え、

「え、えぇ。よく言われます。」

 ある意味では覚えやすい体ですからね。いい意味でも、悪い意味でも。

「この子、凄いんだよ!?毛利ちゃんの演奏をそのまま再現したかのような演奏なんだよ!」

「なるほど。要するに期待大で可愛らしい新人、というわけね。」

 この人は二重の意味で間違っていますね。

 まず、期待大と言われましても困ります。あくまで私は毛利さんの代理です。毛利さん以上の演奏はできませんし、毛利さんの演奏よりかなりつたないです。

次に可愛らしい、の部分ですが、私はそもそも男の子ですよ?可愛らしいというより、男らしくてたくましいとか、そういった感想を言ってもらいたいものです。

(こんな装いでも言ってくれるのでしょうか?)

 ただ、今の私は女の子の服を着ています。男の子なのに。そんななか、私の隠れた男らしさを見つけて褒めて欲しいものです。ですが、現段階で私が女装している男の子だとばれるのは色々ばれると後々困るのですが。複雑な心境です。

「よろしくね。小さな演奏家さん。」

 おっと。思わず色々考えてしまいました。今はこの人との友好を深めるために、

「はい。よろしくお願いいたします。」

 私は差し出された手を握り、握手を交わした。

 リハーサル。といっても、入退場の簡単なやり方。入退場する際、何か困った事が起きないか。機材が正常に作動するか。

「花ちゃん、私が見えるかい?」

「はい、大丈夫です。」

 伴奏者である私が椅子に座った際、指揮者が視界に入るか。色んな確認が行われた。私は近くにいる毛利さんの指示の元動いていたので、詳しいことはよく分かりませんが、今まで今まで言われたことは覚えておきましょう。それにしても、男性の方々は私を見ると、黒い笑みを向けてくるのは気のせいでしょうか?それと気になっていたのですが、もう一人の伴奏者はどうしたのでしょうか?確か、私とは別にもう一人いたと記憶していたのですが…?それも一応、後で毛利さんに聞くとしましょう。

 リハーサルで実際に歌ってもらった際、

「それじゃあドの音をちょうだい。」

 と言われた時は困りました。そのド?という音がどの音なのかは分からなかったのですが、曲の最初の音を弾いた時、何も言われなかったので、これが正解だったのでしょう。合っていてよかった~。演奏している時、私の演奏を聞いた時の男性の反応は見る間でもなく驚いていました。…なんか、やり返したって感じがします。私の実力をこのような場で見せることが出来て良かったと思います。出来れば初の顔合わせの時に聞いてもらえれば、あそこまで嫌悪感を向けられることもなかったのですが、それは言わないでおきましょう。

(それにしても、プロの方々の歌は素晴らしいです。)

 毛利さんも弾きながら歌っていましたが、それとは比べ物になりません。毛利さんは弾くこと専門だとすれば、この方々は歌う専門なのでしょう。私も弾く意欲が湧いてくるというものです。

「・・・はい。」

 こうして、私達のリハーサルは無事に終わった。ちょくちょく、男性の方々が私を睨んでいるような気がしたのですが、気のせい、ですかね?まさかこんな公衆の面前で嫌悪感をむき出しにする、なんてことはないですよね?…いえ。下衆な勘繰りは控えましょう。今はそれより本番に向けての調整をしなくては!

 ちなみに、工藤先輩と菊池先輩は既に来ていて、今も私と一緒にリハーサルを行っていた。プロに混じって歌っているはずですのに、違和感がまったくありません。ということは、先輩方はこの合唱団の方々と遜色ない合唱力をお持ち、ということなのでしょうか。さすがです。

「あ。お疲れ…。」

「毛利さん。私の演奏はいかがでしたか?」

 私の自己評価では、あの演奏を本番でも弾けることが出来れば問題ない。そう判断しています。対してプロ、毛利さんの方の意見はどうでしょう?客観的に見て、私の演奏は恥をさらさないものに値するのでしょうか?

「よ、良かったと、思うよ?」

 …なんか失敗したんでしょうか?毛利さんの反応が芳しくありません。私の演奏が悪いのであれば、何かしら悪かったところを指摘するはずです。それとも、指摘する気にもなれないくらい下手だったのでしょうか?自分の中では結構出来たと自負していたのですが、残念です。まだまだ私の実力が及ばないせいで、毛利さんの顔に泥を…!

「はぁ。」

 まさか、ため息をつかれるほどひどい演奏だったとは。やはり、客観的な意見は重要ですね。主観と客観でこんなにも相違があるとは。私の耳もまだまだだったということでしょう。たかが1,2週間ピアノの練習をしただけで、プロになったと、無意識の内に考えていたのかもしれません。

「どうしよう…。」

 毛利さんがそこまで悩むとは…。本番まで時間は足りませんが、一から自身の演奏を聞き直す必要がありますね。

「あ、花ちゃん。リハーサルお疲れ様。なかなか良かったわよ。」

「…え?」

 さきほどもそのようなことを言われたような…?もしかして、改めてお礼を言ったのでしょうか?何のために?

「あ、ありがとうございます?」

 語尾が上がってしまいました。今回ばかりは仕方がない、ですよね?

「あ、そういえば、今日、私の他にも一人、伴奏者がいたと記憶しているのですが、その方はどこに…、」

「はぁ~~~・・・。」

 毛利さんはさらに深いため息をつく。もしかして…?

「さきほどいなかったもう一人の伴奏者に関することで悩んでいるのですか?」

「…うん。」

 もしかして、さきほどから悩んでいたこととは、もう一人の伴奏者のこと、だったのでしょうか?であれば、先ほどまで悩んでいた自身の実力不足も考えすぎ、だったのかもしれません。

「それで、どうするおつもりなのですか?」

「それを今考えているのよ!」

「「「!!!???」」」

 毛利さんが叫んだことにより、周囲の人間が一斉にこちらを向いた。し、しまった!?ついお節介な発言をしてしまいました!

「い、いえ!何でもありませんよ!突然大きな声をだしてしまい、申し訳ありません。」

 私は周囲のみなさんに頭を下げる。一応控室とはいえ、これから一緒にステージに立つわけです。変な印象を持たれないといいのですが、もしかしたら一足遅かったかも。ま、それは今更なことなので、出来るだけ気にしないつもりですが。

「ご、ごめん。ちょっと外にでるわね。」

「あ、ちょっと…、」

 私が言い終える前に、毛利さんが控え室を出ていってしまった。


 さて、どうしましょう?

 というか、この事はみなさんで対処法を考えるべきではないでしょうか?せっかく同業者の人達がいるわけですし、伝手も数多くあると思います。それらを駆使すれば、伴奏者の一人や二人、簡単に見つかると思うのは私だけ、でしょうか。

「なんか、ごめんね。」

 私が、毛利さんが出ていった後の扉を見つめていると、ふと声をかけられた。確かこの人は、私と一緒に練習に付き合ってくれた方でしたね。名前までは知りませんが。

「いえ。毛利さんが何故あそこまで独りで解決しようとしたがるのか、私には分からなかったので、つい考えていただけです。」

 おっと。この言い方ですと、毛利さんに対する愚痴を言っているようなものじゃないですか。

「失礼しました。」

「?何が?」

「…いえ。私が失礼な無神経な発言をしたと思ったので。」

「ふ~ん…。」

 なんか、思っていたより反応が薄いです。人情がない、というわけでもなさそうなのですが…。

「…毛利さんね、罪悪感を抱いているみたいなの。」

「罪悪感、ですか?」

 毛利さんが?何に対する罪悪感なのでしょう?

「ええ。こうなったのも全部自分が悪いんだ。だから私一人で解決しないと、とか考えているみたい。」

「ですが、その考えは…、」

 今回起きてしまった事は不幸な人身事故だったと記憶しています。毛利さん自身に過失があるのであればまだしも、完全に被害者です。そんな事故によって片腕を使えなくなったとしても、誰も攻めるなんて愚行はしないでしょう。となると、毛利さんが一人で突っ走っている可能性があります。自身の意思を貫くことは大切なことですが、今のこの行為は、自身を苦しめるだけです。何とかしないと…!

「分かっているわ。だけど、毛利さんは特に責任を感じているみたい。」

「どうしてそこまで…?」

 本当に不運な事故ですのに…。

「毛利さんは本来、この合唱団に助っ人に来た人なの。」

「助っ人、ですか?」

「ええ。もっと言うなら、今回のイベントが私達と最後の合唱だったの。それもあると思う。」

「そうだったんですか…。」

 これが、この人達との最後の仕事だったわけですか。ですからあんなに取り乱して、動揺して。

 私にも気持ちは分かります。確か、アルド商事の最終勤務日なんかは、普通に仕事しているだけで少しくるものがありましたからね。短期間とはいえ、共に仕事を通して助け合った仲でしたからね。相手がどう思っていたかは分かりかねますが、少なくとも私は恩を感じるほど大切にしたいと思っています。

 私の場合はきちんとけじめをつけましたし、仕事も終わらせましたし、別れの挨拶も無事済ますことができました。ですが、今の毛利さんには不可能なのでしょう。だって、腕を動かすことが不可能となった今、毛利さんにできることは、自身の代わりを探すこと。それはつまり、他人に仕事を任せることであります。たまになら周りの人も納得すると思いますが、最後の仕事を他人にさせるのは、自身の感情に歪みを覚えることでしょう。ですから、あそこまで毛利さんが取り乱してしまったわけですか。ですが、今回ばかりは、毛利さんが気に病むことはないと思います。

「それでしたら、毛利さんに隠れて代理の人を探す、なんてことはできなかったのですか?」

「ううん。それは無意味なのよ。」

「?どういう、意味ですか?」

 もしかして…?

「もう聞いたの。知っている人達を片っ端からあたったけど、今日ここに来られる人はいなかったの。」

 やはり、既に聞いていたのですか。

「それでしたらなおのことしょうがないんじゃ…?」

 みんな頑張ったが、それでも出来なかった、なんてことはざらにあります。今回ばかりは諦める、なんて選択肢もあったはずです。

「みんな分かっているわ。でも、毛利さんはそれでも気にしているの。」

「そう、ですか…。」

 おそらく、毛利さんはこの方達との最後の仕事を絶対に成功させようと奮闘しているのでしょう。ですが、自身の怪我という不慮の事故が起きたにも関わらず、私という代理を立てることで仕事を成功に導くことができる。そう確信していた。ですが、この場でもう一人の伴走者が何らかの理由で来られなくなってしまった。これ以上どうすればよいのかわからず、思わず飛び出して行ってしまった、というところでしょう。確かに毛利さんは奮闘していますが、孤軍では限界があります。私もそうでしたから。そういう時は、誰かが寄り添わないと!

「分かりました。私がなんとかしてみます。皆様は…、」

 私が言っているなか、途中で気づいた。みなさん、そういえばさっきから誰と話しているのでしょう?まさか、来られなくなったもう一人の伴走者の穴埋めのために…?

「このまま、待っていてください。」

 私はそう言い、扉を開けて毛利さんを探し始めた。

「さて、私達も引き続き頑張って伴走者を探しましょう?」

「「「はい!!!」」」

 一方、残された女性達は、当日に空いてしまった穴を埋めるため、必死に電話をかけ続けた。

「俺も、心当たりを探してみるわ。」

「私は・・・女子トイレの個室でも確認してみるわ。」

「よろしくお願いします。」

 工藤先輩、菊地先輩も探してくれています。私も毛利さんを探しましょう。


「さて、毛利さんはどこに…?」

 控え室を出たものの、毛利さんがどこに行ったのか、まったく見当もつきません。一応迷わないように控え室の場所は覚えておきましょう。

「まずは、毛利さんが行きそう場所を考えましょう。」

 とにかく、立ち入り禁止以外の場所をしらみつぶしに行くしかなさそうです。後いけない場所は、他の方々が使用している控え室は入らないと思います。それくらい、でしょうか。…あまり場所を絞ることは出来ないみたいです。とはいえ、込み入った場所に行っていないことを祈り、より場所を絞った方がいいでしょう。こういう時、毛利さんならどこに…?

「あ。」

 そういえば、毛利さんはピアニストでしたね。でしたら、

「あそこを探せば見つかるかもしれません。」

 おおよその見当がつきました。後はそれを知るために行動するだけです。さて、まずは受付に向かうとしましょう。


 少し時間が経過し、私はとある場所を回っていた。

「・・・見つけました。」

 私はとある女性を見つけ、その女性のもとにかけより、一声かけます。

「ここにいたんですね、毛利さん。」

 私が探していた女性、毛利さんは、この会場にある部屋で、ピアノがある部屋に籠っていました。

 私が受付に行ったのは、ピアノがある部屋はいくつあるのか聞くためである。毛利さんはプロのピアニストだ。だったら、落ち込んだ時、感情が沈んだ時、何かあった時はピアノに触れるんじゃないか、そう考えたのです。結果は見事的中。毛利さんはピアノの前に座り、怪我していない方の指でピアノに触れていました。職業柄、ピアノに触ることで感情が抑制でもされるのでしょう。確か…職業病、でしたっけ?そういった類のものはあったのだと思います。

「…花ちゃん。どうしたの?」

「どうしたのって、毛利さんを探していたんですが?」

「・・・ごめん。」

 何故か急に毛利さんが私に謝罪してきました。何故私に謝罪を…?

「私、結局何にも出来なかった。」

「何にも、なんてことはないと思いますよ?」

 少なくとも、私が今ここにいるのは、毛利さんが声をかけてくれたからですし、あの方が毛利さんについての話をしてくださらなければ、毛利さんを探すことにより時間をかけていたと思います。

「でも!結局こうして、伴奏者が不足して、最悪の場合、私達の演奏を中止させなくちゃならなくなる!そんなことは絶対に避けたい!避けたい、のに…、」

 声を荒げたと思うと、次は声をすぼめる。

「もう、どうしたらいいのよ…。」

 自身の手で顔を覆い隠した。ここまで感情を変化させるほど大変な事態なのでしょう。さきほど毛利さんは、最悪の場合、演奏そのものを中止させる、なんて発言をしていましたからね。毛利さんは絶対にこのイベントを成功させたい。その気持ちに私はもちろん賛成です。でしたら、私のするべきことは1つです。

「そんなこと、決まっています!」

「え?」

「このイベントを、仕事を成功させるんです!」

 私はいつだってそうしてきた。仕事で不具合が生じても、その不具合を責めるのではなく、解決するために動いてきました。最初はその原因を責め続けもしましたが、それでは解決、そして自身の成長に繋がりません。であれば、やることはおのずと出てきます。

「でも、どうやって?」

「そんなの、今から考えます!」

 私は胸を張って答える。

「それってつまり、何も考えていないってこと!?」

「そうですね。今は何も考えていないですね。」

 これから考えるわけですし。

「そんなの、無理に決まっているじゃない!?」

「ですが、考えないと何も出来ないですよ?」

 思考を放棄すれば、それまでになってしまいます。今回で言うなら、このイベントは中止。ですが、毛利さんは中止になることを絶対に避けたいはず。であれば、どうすればこのイベント、仕事を成功させることが出来るのか思考しないとなりません。

「ですから、一緒に乗り越えましょう。」

「…でも、時間も伝手もないのよ?」

 確かに、時間は半日を切っています。それに、私の伝手に、音楽関係に強い人なんて知らないですし。菊池先輩に頼れば、この件を解決出来るのかもしれませんが、そんな真似は出来ればしたくありません。菊池先輩は私の演奏を楽しみにしています。出来れば、余計な心配をかけず、菊地先輩は純粋に歌いながら私の演奏を楽しんで聞いてほしいからです。もちろん、工藤先輩も同じ理由です。ですから、

「それでも、解決の糸口を探しましょう!」

「…分かったわ。私も成功させたいから。」

 先輩方に頼らず、この件を解決に導きましょう!


「さて、まずは状況の把握からしましょう。」

「そうね。一応、簡単にまとめてみるわね。」

「お願いします。」

 数分経過し、

「終わったわ。今回の状況を紙に記してみたわ。見てみて。」

「ありがとうございます。」

 私は毛利さんから紙を受け取り、紙に書かれた内容を把握する。



・今回、もう一人の伴奏者が来られなくなった

・既に伝手を当たるだけ当たり、花ちゃんしか手を借りることが出来なかった

・今からでは遠くの人を呼ぶことも出来ない

・合唱団の中には、プロ並みにピアノを弾くことが出来る人はいない



 簡単にまとめると、こんなところでしょうか?

 こう考えると、かなりピンチですね。頼れる人も時間もない。伴奏者がいないのであれば、最悪、ピアノの伴奏無しによる合唱のみとなってしまいます。それが良いのか悪いのかは分かりませんが、毛利さんの反応を見る限り、状況は良くならないでしょう。ここはやはり、代わりの伴奏者をどうにかするしか無さそうです。ですが、既にほとんどの伝手をあたっていたはずです。となると、これは望み薄のようです。それじゃあ、無理にでも毛利さんに弾いてもらう、とか?…いえ。それですと、毛利さんに対する負担が大き過ぎますし、最悪、二度と手を動かせなくなる可能性があります。となると、毛利さんに無理してもらう、というのも望み薄のようです。

 これまでのことを考えると、この会場内にいるプロのピアニストに頼むしかなさそうです。そういえば…?

「もう一人の伴奏者が演奏する予定だった曲って、一体何なのですか?」

 自身が弾く予定の曲は把握していたのですが、もう一つの曲について、一切把握していないんですよね。こうした方が、私が集中できるだろうと毛利さんの計らいで知る機会はなかったんですけど、結局知ることになりましたか。ですが、リハーサルの段階で聞くことになっていましたから、あまり意味が無かったような…?ま、今気にする必要はないでしょう。

「ああ。確か楽譜が…あった。これよ。」

 と、毛利さんはポケットから紙を取り出し、私に渡してくれた。

「ありがとうございます。」

 私はお礼を言い、毛利さんから受け取る。

 ・・・。知らない曲、ですね。そもそも、よく分からない…音符?ですか?この記号がかなりの数並んでいますね。それに、この5本の線もありますね。この線と音符?で確か音階?が分かるんでしたっけ?私には未だ詳しく分かっていないのですが、これだけで音が分かるとは。自分からすれば奇異に感じます。ま、こういった音楽関係の知識が皆無な私だからこその感覚なのでしょうね。

「…やっぱり、聞いたことない、の?」

「そう、ですね。」

 知らないものは知らないです。ですが、

「これももしかして…?」

「ええ。とっても有名な曲よ。本当なら、ね。」

「そうですか。」

 やはり、私は決定的に音楽関係の知識が欠如しているらしいですね。音楽関係の知識は仕事に不用だと思い、自ら学ぶことを放棄しました。その見解に間違いないと自身は思っていたのですが、今回ばかりは間違っていたようです。これを機に、音楽に関する知識を深めるのも悪くないのかもしれません。ですが、そんな反省は後にするとして、今は目の前の問題です。

「出来れば、この会場内にいるプロのピアニストに頼むことが出来ればいいのですが…、」

 私は意味ありげに毛利さんに視線を送る。出来れば私の意図に気付いてくれると嬉しいのですが。

「花ちゃんの言いたいことは分かるけど、それは無理に近い難しさなの。だから、よほどのことが無い限りは無理なの。」

「そうですか。」

 私の望みが絶たれてしまいましたね…。正直、他の合唱団?みたいな団体からピアニストを一時的にでもレンタルみたいなことをすれば解決できると思っていたのですが、甘かったようです。

となると、他の方面から試みた方がいいですね。

「毛利さんが知っている範囲で、今日この会場内にいて、プロのピアニストはいますか?」

「ううん。いないわ。」

「そうですか。」

 いや、これは最初からやっていたことでしょう。最初にそういった方面で電話をしたり、直接会いに行ったりするでしょうね。この会場にいて会う気になれば、数分で会えますからね。会うのが気まずくても電話をすればいいだけですし。

 となると、他の方法は?

「…やっぱり、無理よね。」

 と、毛利さんはあからさまにがっかりする。やばい!毛利さんが気を落としかけている!このままではこのイベントが失敗になってしまう!何かいい方法を探さないと!

 探しても見つからない。そもそも、この会場内には条件に合う人物は今いない。

 となると、残った方法は…、

「多少弾ける人に、僅かな可能性を賭けて頼んでみる、というのはどうでしょう?」

「どういうこと?」

「今は弾けなくとも、この短時間で弾けるようになる、そんな人に声をかけるんです。それでしたら可能性はあると思います。」

 そういう人は無所属な可能性が高いと思いますし、時間にも多少とはいえ余裕があります。幸い、そういった人材が多くいそうな場にいます。もしかしたら、もしかしたらですが、そういった人が近くにいるかもしれません。

「つまり、この会場内にいる、この曲を弾ける可能性を秘めた子を探せ、ということ?」

「はい。」

 私は賛成の意を示す。

「…そんな子、いる?」

「分かりません。」

「だったら…!」

「だからこそ、可能性が僅かなんです。」

 自分だって、そんなことはあり得ないと思ってしまいます。ですが、それでも僅かな可能性に縋ってでも、このイベントを成功させたいんです。

 私がその意図を伝えると、

「…なるほど。」

 と、納得してくれた。そして、

「ちょっと待って。」

「はい?」

 何でしょう?

「確認するけどいい?」

「いいですよ。」

 確認って、何の確認でしょう?

「今私達が求めている人は、この会場内にいて、この曲を弾けるかもしれない人物。且つ、私達に手を貸してくれる人物。こういった人物を探している、で合っているわよね?」

「そうですね。」

 最も、そんな都合のよい人がいるとは思えませんが。ですが、それでも探さなくてはなりません!例え数パーセントでも、この確立に縋ることしか出来ないのですから。

「…私、心当たり、あるんだけど?」

「え?」

 毛利さんにそんな伝手が!?いえ、そんな訳はないはず。だって、

「それでしたら、さきほどいないと…、」

「それは、ある可能性を考慮していなかったからよ。」

「ある可能性、ですか?」

「うん。それは、この短時間でこの曲を弾けるようになる。そんな可能性を秘めた子なら、私は知っている。」

「でしたら、その子にお願いしに行きましょう。私程度の頭でいいのであれば、いくらでも頭を下げますので。」

 私自身、かなり都合の良いことを言っていた気がするのですが、それでも毛利さんに心当たりがあるなんて…!さすが、プロの方は色々と凄いです。

「…ちなみに、さっきから正気で言っているのよね?」

「?どういう意味です?」

 毛利さんは何を言っているのでしょう?

「…なるほど。花ちゃんは無自覚で言っているのね。」

「???」

 毛利さんは一人で納得していた。本当に何のことを言っているのでしょうか?無自覚、という言葉に違和感を覚えるのですが、今の私では判断できないです。

「それは…花ちゃん、あなたのことよ。」

「・・・はい?」

 私?私が?ですが、

「私はその曲、聞いたことすらも無いのですが?」

 私は自身の曲で精いっぱいでしたし、たった数時間で弾けるようになれるとは思えません。それに私は音楽に関してはまったくのド素人。出来るはずがありません。

「でもあなたは、この曲を約2週間で弾けるようになったじゃない!?」

 と、毛利さんは別の楽譜を私に見せてきた。曲名は一目で異なると分かるのですが、楽譜を見せられても、同じ音符の並びにしか見えないので、まったく違いが判別できません。

「さきほどの毛利さんの言葉を肯定しても、一曲を完璧に弾けるようになるまで2週間近くかかったんですよ?本番まで後半日ありません。そんな調子で弾けるようになれるとはとても思えませんが?」

 そもそも、私が2週間近くかけて練習してきたこの曲だって、完璧に仕上がっているとは思えません。自分が素人だから、というのもありますが、やはり何度確認しても、どうしても不安が拭い切れないんです。まだ私にはやれることがあるんじゃないかって。

「でも、可能性が僅かにある。」

「!?」

 確かに、やってみなければ分かりません。ですが、

「さっき、花ちゃん自身が言っていた言葉よ?」

「そう、でしたね。」

 まさか、ここで自身の言葉が返ってくるとは…。

「もちろん、花ちゃんにはこれまで以上に負担をかけることは分かっているつもりよ!?でも、それでも…!」

 毛利さんは、私にかかる負荷を考慮しても、このイベントを成功させたい、というわけですか。

「これがあの合唱団と一緒にやる最後のイベントだから、ですか?」

「!?知っていたの!?」

「いえ。さきほど聞きました。」

「…そう。」

 もしかして、毛利さん的には知られたくなかったことだったのかもしれません。ですが、このことを知ることが出来たからこそ、私もここまで…!

 そうか。私は今まで何を悩んでいたのでしょう?

 目の前に、このイベントを何としてでも成功させたい人がいる。

 そして、その可能性を秘めた人は私。

 私は、菊池先輩や工藤先輩に、私の伴奏姿を見せてあげたい。まぁ、二人とも私が演奏している時、私の前で歌っているので、私の生演奏姿を見る事が出来ないのですが。

 それでも、先輩方に誇れる私になるためには、これしかありません。

「私、やります。」

「…ほんと?いいの?」

「ええ。」

「さっきまであんなに否定的だったのに、いきなりどうしたの?」

「…私の目的を再認識しました。」

「…そう。」

 そうです。

 私が頑張ればいいのです。みなさんに恩を返すため、どんなに負担がかかろうとも関係ありません。今の私に出来る可能性があるのであれば、恩人のために全力をもって努めましょう。

「さぁまずは、その曲を聞かせて下さい。」

「もちろん。時間が無いから、ある程度聞き流してから、要点を抑えつつレッスンするわよ!」

「はい!」

 まずすべきことは…、

「まずは控え室に戻りましょうか?」

「え?何で?」

「あんな形で控え室を出ていってしまったのですから、みなさんに謝罪しませんと。」

「…そ、そうね。」

 私と毛利さんはまず、さきほど出ていった控え室へと戻る。

次回予告

『それぞれの合唱会生活~各々の準備~』

 合唱コンクール当日。それぞれが合唱コンクールを成功させるため、それぞれ準備を進めていく。合唱コンクールに出ない者達も、合唱コンクールの成功を願っていた。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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