小学生達の合唱練習生活
優がイベントの練習を始めたころ、学校では合唱コンクールの本格的な練習が既に始まっていた。中でも、優が所属しているクラスは、群を抜いてやる気を出していた。理由は、
「あんなガキがいないおかげで、俺達は優勝できるぞ!」
「「「おおおーーー!!!」」」
岡本剛輝が先導し、優をクラス全体の敵と認定させたからである。普段の優に対する憎悪はもちろんのこと、運動会での出来事も相乗効果となり、より優を敵視するようになった。
運動会での出来事というのは、優が唯一出場した種目、クラス対抗リレー。この種目は、バトンを地面に落とした時点で失格となるため、入念な準備、息の合ったバトン渡しを要求されるが、それをあえて、岡本の次に優を置いた。それは岡本の策略であり、先生も黙認した。そして、優に恥をかかせた。恥というのは、事故に見せかけ、バトンを落させることであり、優に怪我を負わせることであった。そして、その結果は成功を収めた。その行為は、小学生ならではの悪戯心と、大人ならではの悪行を表沙汰にならないよう隠蔽する醜悪さを兼ね備えていた。悪意を超えた意志を持って。
だが、一部の同クラスの女子からはよく思われていなかった。理由は、岡本と、岡本とつるんでいる奴らが、合唱コンクールの放課後の練習に参加していないのだ。そのおかげで、一部の女子の反感を買う。だが同時に、男子の大半が岡本の行動に賛同し、合唱コンクールの練習をボイコットし始めたのだ。結果、合唱コンクールの練習に来ているのは、9割女子で、1割が男子という、非常にアンバランスな構成となっていた。その1割の男子の中に、太田はいた。練習中、間違いを指摘され、若干不機嫌になりつつも直そうという努力を怠らなかった。
後日、一部の女子が練習に参加しない理由を聞いてみると、
「全力で本番をやれば、優勝なんて余裕だろ?」
と、当然のように言った。どうやら岡本は、やる気があるのは合唱コンクールの本番だけで、練習には一切合切やる気がないらしい。その意思に他の男子達が連動し、ほとんど練習に参加しなくなった。これを機に、女子は男子を嫌い始める。その男子の中に、優も含まれていた。
こんな事態で、クラスが2分化しそうになっているが、担任の小野口は我関せず、といったところで、女子が男子のやる気のなさを報告しても、
「そうね~。まずはパート別の練習から始めてはどう?」
と、的外れな案を出し、女子達は次第に先生に頼る意思がすり減っていった。
そんな中、ある女子達は合唱コンクールとは別件のおしゃべりを始める。
「洋子!久しぶり!」
「久しぶり。ま、学校では、だけどね。」
桜井綾は、風間洋子の登校に歓喜し、声を上げる。心なしか、アホ毛がピコピコ動いているような気がする。
「それにしても、なんで急に一週間丸々休んだの?」
「う~ん…。それは私にも分からないのよね。ごめんね。」
そう。風間洋子は、姉、風間美和のストーカーの件から一週間丸々学校を休み、その休みを終え、学校に登校してきたのだ。風間一家は、洋子が小学生であるため、本当のことを一切言わず、ただ学校を休ませた。無論、先生にも休みの連絡を入れたが、休みの理由をでっちあげた。本当のことを言いふらすわけにはいかなかったからである。ただでさえ、近場で強姦未遂が起きたのだ。ストーカーの件まで言って、周囲の人達を恐怖に陥れたくなかったのだ。最も、そんなことをしても、その張本人は今頃、警察に捕まっているので杞憂なのだが。
「でも授業の方は大丈夫?」
「それも大丈夫よ。全部綾がとってくれたノートのおかげよ。」
と、洋子は自身のランドセルから綾のノートを取り出し、綾に渡す。
綾は、洋子が学校を休んだ当日からずっと、授業内容を洋子に話し、ノートを渡していた。洋子が授業に追いつけるよう配慮したのである。なので、学校以外の場、風間の家では毎日のように二人は会っていたのだ。何なら、綾は洋子を心配し、お泊りまでし、さらには桜井家族総出で風間一家を誘い、ちょっとした夕食会を開いたほどである。それほど、桜井一家は風間一家の様子を気にしていたのだ。
「それにしても綾のノートって綺麗よね。」
「ううん。元は洋子のノートの取り方を参考にしただけだよ。」
「そう?そう言ってくれると嬉しいわ。ありがと。」
「うん!」
こうして、教室での会話は、
「は~い。それでは今日も授業を始めますよ。みなさん、席についてください。」
担任の言葉で、綾と洋子の会話は一時中断する。
授業が終わり、放課後の合唱コンクールの練習も終わり、綾と洋子は
「ふぅー。」
「一週間ぶりの学校はどう?やっぱり疲れる?」
「そうね。ここ一週間はずっと家の中に居たから。」
「そう、なんだ。」
「うん。」
ここで、二人の会話は終わる。綾は、ここ一週間何故休んだのか聞きたかったが、聞ける雰囲気ではなかったからだ。多くの同級生に囲まれ、休まれた理由を聞かれたとき、
「まぁ、家の用事で、ね。」
と、洋子は言い訳を言っていたが、
(嘘、だね。)
綾は洋子の嘘を一瞬で見破っていた。何故嘘だと見抜けたのか、科学的根拠は一切なかった。一つ挙げるとするならば、親友の勘、というものだろう。そんな第六感を発動させつつも、教室ではその違和感を指摘しなかった。
(後で聞いてみよう。せっかくだし、私の部屋で聞こうかな?)
そんなことを考え、今の今まで我慢していたのだ。だから、
「ねぇ洋子?」
「何?」
「今日は私の部屋に来て、一緒にお話ししよう?」
綾は洋子から話を聞くため、自室に招く。
「ただいまー。」
「お邪魔します。」
綾の部屋に二人が入り、
「はい。飲み物とお菓子。今日はお茶しかなかったみたいなの。だからお茶でいい?」
「もちろんいいわよ。」
「ありがと。お菓子は今開けるからちょっと待って。」
と言いながら綾はお菓子の袋を開け、一口頬張り、お茶を胃に流し込む。
「それじゃあ、話してくれないかな?」
洋子もお菓子を一口運び、お茶を流す。
「話すって、先週学校を休んだ理由?」
「うん。」
「まぁ、家の用事…、」
「それは嘘でしょう?私は本当の理由が知りたいの。」
綾は洋子の正面に座り直し、
「だから、教えてほしい。私は親友として知りたいの。だからお願い。」
「・・・。」
洋子は考えた。というのも、洋子自身、詳細な事情を一切把握していないためである。だから、どう答えるか迷っていたのだ。
「…正直に言っていい?」
「…うん。」
洋子の真剣な眼差しと返答に、綾は了承し、時間を空ける。
(な、何だろう?もしかして、洋子に何かあった、とか?)
その間、綾は何言われるか分からない恐怖にかられつつも、洋子の返答を待つ。
そして、
「…私にも詳しいことが分からないの。」
「!?」
綾は思わず、
“なんでここまで頑なに嘘をつくの!?”
と、言おうとした。だが、口には出して言えなかった。洋子の発言だけならともかく、洋子の目が、本当に戸惑っている様子であったため、手を熱くさせることしかできなかった。
「でも、おねぇに何かあったかもしれない。」
「お姉ちゃんって、美和お姉ちゃんのこと、だよね?」
「うん。」
「それに、かもしれないって、どういうこと?洋子は何も聞いていないの?」
洋子は口を閉ざしつつも、首を縦に動かす。
「そう、なんだ…。」
綾は少し考えた後、
「心当たりとか、ある?」
「…分からない。だけど、聞いてみてもはぐらかされるの。」
「そう…。」
綾は聞きたいことが聞けたのか、お菓子を複数個手にし、一気に口に含んだ直後、お茶を一気に流し込む。
「答えづらいこと聞いてごめんね!それじゃあ、休んだ日は何していたのか聞いてもいい?」
「!?ええ。」
先ほどの空気とは打って変わり、充実感漂う空気が綾の部屋を占領する。
「…ひとまず、私達も聞いてみる?私達なら話してくれるかもしれないし。」
「…そうだな。」
桜井両親は、娘達の会話を盗み聞き、喜々なる会話を聞いた後、ばれないように隠密行動をしつつ、部屋から離れた。
一方。
「やった♪」
とある封筒を開き、一枚の紙を見、思わずガッツポーズをする少女がいた。
「この調子なら、来月の模擬テストもいけるわ。」
そう独り言を呟くうちに、少女はあることに気付く。
「…そういえば、あの子、誘っていなかったわね。」
それは、ある日突然やってきた子。
名前は確か…。
そんなことを考えていると、
「あ。」
タイマーの音が部屋に響く。その音は、調理開始の合図で、
「たまにはリッチに贅沢に、ね。」
お湯を注いで作り始める。
「さて、」
その少女は待ち時間の間、とある人物にメッセージを送る。そのメッセージの内容は、
“お久しぶり。来月、中学受験の模擬テストがあるんだけど、一緒に出てくれない?”
というお誘いである。
「よ…、」
し、と言い切ろうとした時点で、またもタイマーが鳴る。
「3分経った。」
待ち望んだかのように、蓋を開け、事前に用意していた箸を持ち、インスタント食品に手を伸ばす。
「いただきます。」
こうして少女、潮田詩織はカップ麺を美味しくいただく。
美味しくいただき、
「ご馳走様。」
容器を片付けたところで、とある返事が返ってきていることに気付く。その返事は、
“とりあえず、その模擬テストが行われる日にちと、模擬テストの内容について教えていただきませんか?詳しい話はその後、ということでお願いいたします。”
という、同年代とは思えない礼儀正しい返事が返ってくる。
「日にち?模擬テストの内容?確か…?」
そして、潮田はメッセージを送った相手にきちんとした返事をするため、詳細な情報を求め、自分の持ち物を漁り、LEALを通して話し合った。
次回予告
『会社員達の万聖節前夜祭仮装生活』
10月の末。ついにハロウィン当日となった。その当日、優を含む社員達は条件付きではあるが、一部仮装して仕事をすることが許される。その許しの背後には、菊地の数年にも及ぶ努力があった。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




