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小さな会社員の違法追跡者撃退方法後悔生活

 あのことがあってから、私の服装は大きく変化した。寝間着はそのままだが、部屋着がいつものジャージではなく、

「な、なんでこれを着なくては…。」

 菊池先輩が用意した服を着なくてはならなかった。あの後、服一着だけなら毎日着なくていいのか、と楽観視していたら、

「色違いもあるの♪」

 と、六日分の服も持ってきてしまっていた。なので、毎日この女性服を着なくてはならなくなってしまったのだ。はぁ。気が重いです…。

「とはいえ、今日はみなさん、ちょっと遅いですね。」

 確かに今日は週の折り返しである水曜日。疲れも溜まってきているのでしょう。

「せっかくのマカロニグラタンが冷めてしまいましたね。」

 せっかく、工藤先輩の要望通りに作ったというのに。そういえば、朝からグラタンを食べることはあまりなかったですね。周りの人の意見によってもですが、朝からグラタン、もしくはドリアを食べることも悪くないかもです。時間があれば聞いてみることにしましょう。

「あ。」

 誰か来たみたいですね。あれは…、

「おう。」

「おはようございます、工藤先輩。」

「…さっそく着ているんだな。」

「ええ。料理する時はきちんとエプロンをつけているので、汚すことはありません。」

 そういう対策はきちんと練ってあるので大丈夫です。

「そ、そうか。似合っているな。」

「嬉しくない称賛をありがとうございます。」

 ほんと、男としての威厳って何なんでしょう?

「優く~ん♪おはぎゅごう!??」

「き、菊池先輩!?」

 急に口と鼻から血が!?まさか、チョコレートの食べ過ぎで…!?

「ど、どうしたんですか!?」

「ゆ、優君の新妻姿を見て、興奮のあまり…、」

「え?」

 …菊池先輩は急に何を言っているのでしょう?そういえば、工藤先輩もいつもよりソワソワしていたような…?

「俺も、優のような可愛い嫁さんがほしいなぁ。」

「・・・。」

 ついに、二人とも気がおかしくなったようです。おそらく、先週か今週の仕事がきつすぎるあまり、現実逃避をしているのでしょう。現実逃避しないとここまでひどくなるなんて…。

「お二人とも大変お疲れの様ですね。今日はゆっくりとお過ごしくださいね。」

「「まさかの哀れみの視線!!??」」

 何故二人はそんなに意気投合しているのでしょう?ま、そんなことは今の私では想像も出来ません。

 その後、続々と朝食を食べに共同リビングにやってくる。私の服装を見て、「どうしたの?」と聞いてきたので、「ちょっと菊池先輩に…、」と、濁した返しをすると、「そ、そうか。ま、頑張れよ。」と励ましの言葉をいただいた。やはり、慣れない格好はするものではありませんね。それにしても、「ねぇねぇ、優ちゃんのあの服、似合い過ぎじゃない?」や、「ずっと着ていればいいんじゃない?似合っているし。」とも言われました。…よほど、この会社はハードワークなのでしょう。こんなおかしなことを言うなんて…。私はこの世の中の辛さの一端を知り、改めて社会人は凄いと実感した水曜の朝だった。


「おはようございます。」

「おはよう。なんだか久しぶりね。」

「そうですね。」

 今私は学校にいる。というのも、このところ、ずっと仕事だったりストーカーの件だったりと、学校に行く時間を確保できていなかったので、これを機会に菊池先輩方は活かせてくれた。私自身、行かせてくれることには感謝している。あの運動会以来、私は無意識に学校を避けていた、と思います。自分でも分かりません。そんな傾向があったかもしれませんし、露骨に避けていたのかも分かりません。ですが、暖かく送ってくれた会社の先輩方々には感謝の言葉しか言えません。

 ですが、今朝、あんなにもご乱心だったのに仕事をして大丈夫なのでしょうか?仕事中に倒れないか心配になってしまいます。ですが、みなさんであれば大丈夫でしょう。特に菊池先輩は。ちなみに、服は着替えて、いつものジャージ姿で登校している。さすがに女装姿で登校するわけにはいかないですからね。

「運動会の時はごめんなさい。」

 急に保健室の先生が頭を下げだした。どうしたのでしょう?運動会?…ああ。そういえば私、運動会の時、怪我したんでしたっけ?ストーカーの件ですっかり忘れていました。私って結構忘れっぽいですね。メモしていなかったから、かもしれないです。今度からは大怪我した時も手帳に記載した方がいいのかもしれません。後で検討しましょう。

「別に気にしていませんので大丈夫です。」

「え?でも骨が…、」

「もし骨が折れていたら、私はこうやって歩けていないと思いますよ?」

「そ、そうよね。」

 どうやら納得してもらえたみたいです。

「…本当に、ごめん。」

「・・・。」

 何故か、ちょっとだけ違和感を覚えた。この違和感は一体…?あ、そうか。

「先生が謝罪する事ではありません。あれは事故です。」

 そういえば、だんだん思いだしてきました。確かあの時、故意にやられた、なんて勘違いをしていたんでしたっけ?人を疑うのはあんまりよろしくないですが、つい疑ってしまったんですよね。結局、何もせずに事故で済ませたみたいですね。ま、文句はないので何も言いませんが。

「ですから、私は何も気にしていないので、先生も気にしないで下さい。」

 私の一言で顔を上げ、

「ありがとう。」

 小さかったが、はっきりと言われた。

「さて、今日もよろしくお願いします。」

「ええ。こちらこそ。」

 こうして挨拶を交わし、学校での日々が始まる。

 とは言っても、授業という形式ではなく、ただただ世間話をするだけ。そういえば、授業と呼べるような授業を受けたことがないような気がします。気のせい、でしょうか?それにしても、世間話をしている途中で気づいてしまいました。

 今日は水曜日。ですから、あのストーカーの強姦予告が正しければ、誰かを強姦するはず、です。そんな時に、私がこんな風に呑気に世間話をしていていいんでしょうか。気にはなりますが、今の私ではどうすることも出来ませんし、今は放っておくことが無難でしょう。それに、あのお二人なら、きっと上手く活用してくれるでしょう。

「?どうかした?」

「…いえ。何でもありません。」

 おっと。顔に出ていたのですか。無意識って怖いです。

「それより、先ほど聞かせて頂いた先生の姉について聞かせてもらっていいですか?」

「ええ、いいわよ。私の姉はね…、」

 こうして、学業と関係ない話は延々と続いていく。

 話を一通りしたところで、

“トントン。”

 扉を叩く音が聞こえる。あれ?この時間って確か授業中のはずです。それなのに何故扉を叩く人が…?

「どうぞ。」

「し、失礼します。」

 入って来たのは、

「えっと…こんにちは?」

「こんにちは。」

 私は用があるであろう人、桜井綾さんに挨拶をする。

「綾ちゃんは一体、何しに来たの?」

「えっと…、」

 と言いつつ、私を見てきた。私に何か用があるのは間違いないようですね。

「私に何か?」

「体育館に来て欲しいって、みんなが。」

「・・・。」

 間違いなく何か裏がありそうですが、この桜井さん本人が企てている様子はありませんし、行くとしましょう。

「分かりました。」

 私は席に近づき、扉に手をかける。

「それでは先生、行ってきます。」

 そんな掛け声に、

「いってらっしゃい。」

 先生は手を振ってくれた。

「し、失礼しました。」

 桜井さんの言葉を合図に、私は保健室の扉を閉める。

「え、えっと、行こう?」

「はい。」

 私は桜井さんに賛同し、後ろをついて行った。

 桜井さんの後ろをついて行き、体育館に着いた。当然と言えば当然でしょうが、保健室より広いです。それにしても、床に謎な線がありますね。青、赤、黄色と、なぜこんなにカラフルな色で線を引かれているんでしょうか?何かに使うのでしょうか?

「お、来たか。」

 と・・・誰、でしたっけ?誰かが私達に近づいてくる。少し気味の悪い笑みを浮かべているので、出来れば近づいてほしくないですね。いや、気持ち笑みを浮かべているからと言って避けるのは失礼でしょう。

「それで、私に用、とは?」

 私が質問すると、

「あいつ、男なのに私って。」

「馬鹿じゃねぇ。」

「ちびのくせに。」

 等が聞こえてきた。…一つだけ言いたいです。

 私だって、好きでこんな小ささに甘んじている訳じゃないんですよ!!??

 私だって、人並みに大きくなりたいですが、なかなか大きくならないんです!こっちだって気にしているのにズバズバと人が気にしていることを…!

 ・・・ま、いいですけどね。言わせたい人には好きなだけ言わせておけばいいんです。後で泣き言いっても知らないんですから。私が成長期に突入して、みんなにチビっていつか言わせてやります!…そんな時が来れば、ですけど。来たらいいなぁ。

「チビ。この曲弾けるか?」

 と、紙を数枚投げつけてきた。…よく見えませんでしたが、紙には何か記載されていましたね。私が拾って見ると、

「ふ。無様よね。」

 そんな声が聞こえ、笑い声が発生する。そんな声を無視し、紙に視線を落とす。…なんですか、これ?何かの題名?みたいな言葉が上に書かれていて、その下には謎の…文字?記号?みたいなものが数多く並んでいます。そして、数本線が引かれていますね。う~ん…。見れば見るほど分かりません。そういえば、似たようなものを見た記憶があったようななかったような…?…駄目です。思い出せません。となると、仕事関係ではなさそうですね。

「そもそも、この紙は何ですか?」

 私がそう聞くと、

「「「ぶ。」」」

 全員、

「「「あっはっはっは!!!」」」

 一斉に笑い出した。何がそんなにおかしいのでしょうか?

「お、お前!チビで馬鹿だと思っていたが、楽譜も知らねぇのかよ!?」

 がく、ふ?確か…、

「こんな奴にこの曲、ましてやピアノなんて早過ぎだな。悪いな、馬鹿でチビのカンニング魔♪」

 と、私を押していった。

「!?」

 私はバランスを崩すが、なんとか持ち直したことにより、倒れることはなかった。一方、桜井さんはというと、

「あ、あの、これ!あげる!!よかったらこれ使って!!!」

 と言って、自身の手に持っている紙を数枚私に渡そうとしてくる。その紙を見てみると、床に散らばっている紙と同じ?ものが描かれているようだ。私には詳しいことは分かりませんが。

「いえ。私は床に落ちているので構いませんので。」

 桜井さんが何か言おうとしたところで、

「そうです。カンニングをする不良生徒には、落ちている楽譜がお似合いです。」

 と、嘲笑交じりに言われた。その嘲笑に呼応するかのように、

「いよ!さすが先生!」

「かっこいい!」

「俺と付き合って!」

 と、合いの手らしきものを挟んでくる人までもいた。・・・それにしても、まだ私がカンニングをしたと思っているのですか。ま、今更私がどうこう言ったところで変わらないでしょうね。

「その上、楽譜も分からないとは。親の顔が見てみたいものです。」

「!!!???」

 拾う途中の手が止まる。

 今、何て言った?

 ・・・だ、駄目です。落ち着いて深呼吸を!…ふぅ。少しは落ち着きました。危ないところでした。

「では、あなたはもう用済みなので、消えて下さい。」

 と言いながら、先ほど入って来た扉を指差す。さきほど突き飛ばした男の子は、中指を思いっきり上げていた。…あれは一体、何を示しているのでしょうか?覚えがあるような気もしますが、忘れてしまいましたね。

「分かり、ました。」

 私は未だ抑えきれていない感情を表に出すことなく、体育館をでて、今来た道を戻っていった。

 そして、

「さて、あんなカンニング魔は放っておいて、合唱コンクールの練習をしましょうか?」

 担任の掛け声で、生徒達は一斉にやる気を出す。

 そんな中、

「それにしても、桜井さんってすごいよな。」

「うん。あんなカンニング魔にも優しく接するなんて…!」

 桜井はクラスのみんなに持ち上げられていた。そんな言葉をほとんど聞き入れず、

(洋子、会いたいよ…。)

 何でも気兼ねなく話せる親友、風間洋子に思いを寄せる。

(なんで今日に限って学校を休んじゃったんだろう?)

 優と風間の心配をしつつ、

「それでは、始めから通してやりますよ。」

「「「はい!!!」」」

 合唱コンクールの日にちははゆっくりと近づいていく。


「はぁ。」

 私もまだまだですね。

 あんな親、ですか。あの人の言う親はきっと、工藤先輩のことを差し示しているでしょう。となると、あの人は工藤先輩のことを…!!!

「て、いやいや!落ち着かないと。」

 そうです!あんなどうでもいい人の評価なんて気にしたら負けです!私にとって工藤先輩は…!

「…なんか、考えるだけで恥ずかしくなりますね。」

 声に出していないとはいえ、胸にくるものがあります。

 さて、多少落ち着いたことですし、保健室に戻るとしましょう。それにしても、学校に来ると感情的になってしまうのはどうしてでしょう?学校に来ると幼稚化してしまうのでしょうか。それとも、学校に行っていることで感情が開放的になっているのかも?そうだとすれば、今後気を付けないとなりません。

「気を付けましょう。」

 私は気を引き締め直す。自己を律するために。

 あの後、保健室に戻り、先生にどうかしのか?と聞かれましたが、確認事項があったらしく、それを確認していました、と嘘をついて誤魔化した。ばれていたかもしれないですが、深くは突っ込まないでくれた。この先生はほんと、優しいと言いますか、気が利くと言いますか…。

 そして、事態が急展開したのは、給食の時間だった。給食の時間にも関わらず、放送で職員全員が職員室に集まり、何やら会議をしていた。私はその間暇でしたので、お弁当の中身を食べていました。ゆっくり食事をし、食べ終えた頃になるとようやく保健室の先生が戻ってきました。ですが、その顔はとても浮かなく、不安を覚えさせられました。

「…どうかなさいましたか?」

 私がそう聞くと、

「…あんまり話したくないわ。ごめんね。」

 と、カラ元気な笑顔を見せてきた。

「…そうですか。」

 私はあの目を、あの態度を知っている。

 出来るだけ触れてほしくない。そんな雰囲気だ。話したくないのであれば、話すことを強制させる真似は控えましょう。

「ところで、午後の予定は何でしょうか?」

「午後、ね…。」

 あれ?もしかして、午後の予定を聞くことも駄目だったのでしょうか?いえ、そんなことはない、と思います。自信はないですが。

「午後の予定に何か不都合でも…?」

「…午後の授業は急遽、中止になったわ。」

「え?」

 午後の授業が中止?どういうことでしょう?そのことと、先生が落ち込んでいる事に何か関係が…?

「午後の授業は全部中止。給食食べて掃除したら即刻帰ること。集団下校でね。」

 どういうことでしょう?そこまでして一体何を…?

「あ…、」

 いえ、これ以上は聞くわけにはいきません。先生に辛い思いをさせてまで聞くべきことではないです。

「?どうしたの?」

「いえ。それで今後の予定に変更はありましたか?」

「特に目立った変更は今日以外ないわ。だけど、しばらくは集団での登下校を強制するらしいわ。そうでなければ、親御さんによる送り迎えをしてほしいと、今職員の方達が連絡網を回しているわ。」

 なるほど。一人にさせると危険、というわけですか。一体何が…?

「それじゃああなたも…て、あなたはどうするの?」

「私、ですか?」

 そういえば、菊地先輩や工藤先輩は今仕事中でしたね。

「連絡が来ているか確認したいので、これ、見ても構いませんか?」

 と、私は連絡用のタブレットを取り出す。

「もちろん。」

「ありがとうございます。」

 開いてみると、菊地先輩からは3件、工藤先輩からは2件入っていた。

 菊池先輩の方は、何かのURLでしょうか?それと、こんなことが起きた、という報告と、いつでも私を頼っていいからね、という報告がありました。このURLの確認は後で行いましょう。

 工藤先輩の方は、菊池先輩からの連絡は届いているか?という連絡と、何かあったらいつでも俺と菊池を頼ってくれよ、という連絡でした。

 ・・・?どういうことでしょう?一体何が…?あ、そういえば菊池先輩からあるURLが送られていたんでしたっけ。それを確認しない、と!?

 なるほど、そういうことでしたか。それでお二人は心配なさってくれたのですね。

「もう大丈夫、なんですけどね。」

「?どうかした?」

「あ、いえ。」

 つい感傷に浸ってしまいました。早く用件を済ませましょう。

「それで親御さんはどうなの?」

「仕事中なので無理だと思います。」

「そう…。出来れば親御さんに迎えに来てほしかったけど…、」

 おそらく、私がお願いすればすぐに来てくれるでしょう。ですが、それは甘え。いつまでも甘える訳にはいきません。

「私の方は大丈夫です。それより、先生も身の安全に気を付けて下さい。」

「!?あなた、もしかして…!?」

「?何のことです?」

 私は誤魔化す。できれば騙されて欲しいのですが…。

「…そう。何も知らないのならいいわ。」

 ま、今ならこのタブレットで簡単に調べられるので、こんな誤魔化しは無意味だったかもしれませんが。

「それでは私は、裏口からこっそり帰りますので。」

「私が直接送ることも一つの手だけど、どうする?」

「せっかくの提案ですが、お断りさせていただきます。」

 本来なら厚意に甘えるべきだったでしょうが、先生まで巻き込むわけにはいきません。

「そう。それじゃあ、君に限っては言わなくても大丈夫だとは思うけど、一応言わせて?」

 そう言い終えると、

「気を付けて帰るんだよ?」

 そんな先生の頼みに、

「ええ、もちろんです。」

 私はしっかりと返事を返した。

 その後、私は確実に家に帰り、今日の学校での出来事を話す。

 みんな、

「「「「へぇー。」」」」

 思った以上に反応が薄かった。学校に関してはみなさん、いい思い出を持っていないのでしょうか。ま、そんなことはどうでもいいか。

「なので、私もこれから仕事、頑張りますね。」

 そう言った瞬間、

「「「・・・。」」」

 全員、変な顔を見せていた。特に、菊地先輩と工藤先輩はその傾向がでていた。

「あの、今日ぐらいは家に帰って休んだ方が…。」

「・・・。」

 桐谷先輩はそう言葉をかけてくれ、橘先輩も言葉に出さなかったものの、首を縦に振っていた。

「優、大丈夫か?」

「辛く、ないの?」

 二人はきっと、私が前に話していた罪悪感を気にしての発言なのでしょう。

「大丈夫です。私もすぐに着替えてきますので、着替え次第出社します。」

 私は返事を聞かず、すぐに出社準備をし、出社後、仕事をした。終始、菊地先輩と工藤先輩が私のことを気にかけているようですが、本当に私は平気なのですが…。


 仕事終わり。

「優さん、大丈夫ですか?」

「?大丈夫ですよ?」

 桐谷先輩からは声をかけられ、

「優。これ食べて元気でも出せ。」

「えっと…ありがとうございます。」

 橘先輩からはプリンの差し入れをいただきました。

 本当に一体、何をそんなに心配なさっているのでしょうか?

 仕事が終わり、寮に戻り、残った食材で夕飯のメニューを考えていると、急に背中が暖かくなった。この温もりは、

「優君、本当に平気?」

 菊池先輩だった。本当、何が一体…?

「私は大丈夫です。それより料理の邪魔です。どいてください。」

 そう言うと、意外とあっさりどいてくれた。いつもは何か文句を言ってみたり、何かしら抗議してみたりと、私に対する妨害行為を行っていた気がするのですが、今回はなかった。本当に一体…?

 料理を食べ終え、食器を片付けていると、

「優、今日は風呂入るぞ。」

 そんなことを工藤先輩から言われた。

「?えっと…、工藤先輩は毎日お風呂に入っていないのですか?」

 それとも、私をそんな人のように見ていたのでしょうか。だとしたら心外です。私だって毎日お風呂に入っていますし、体を清潔に保っているつもりです!

「入っているわ!そうじゃなくて!俺とお前で一緒に風呂に入るぞって言っているんだ。」

 と、あきれ気味に言われてしまった。

「…まぁ、私は別に構いませんが…?」

 どうしたのでしょう?私は不安な気持ちを手にしつつ、工藤先輩の部屋に向かう。

「汚い部屋だが、まぁ入れ。」

「失礼します。」

 人の部屋にどうこう言うつもりはありませんが、空き缶が床に転がっているのは気にしたほうがいいと思うのですが…。

「それじゃあ入るぞ。」

「はい。」

 私と工藤先輩は服を脱ぎ、風呂場に行く。風呂場もお世辞に綺麗、とはあまり言い辛いです。隅が若干黒ずんでいます。ですが、風呂場なんてこんなものでしょう。私が過敏になっているだけかもしれません。

「ほい。」

「ありがとうございます。」

 工藤先輩からシャワーを受け取り、全身の体を洗い始める。

「・・・。」

 その間、工藤先輩は無言で、私の体を見ていた。工藤先輩だからよいのですが、赤の他人に裸を見られたらと思うと、気持ち悪くなりそうです。

「そ、それじゃあ失礼します。」

「じゃあここだな。ここに入るといい。」

 私は、工藤先輩にすっぽり入るような形でお風呂に入る。

「…なんか、久々だな。」

「そう、でしょうか?」

「そうだろ。たしか優が…十歳くらいだったか?その時に一緒に入ったな。」

「そう、でしたね。」

「「・・・。」」

 会話が途切れてしまった。

「…あのさ、今日優が気にしていた理由なんだがな、今日ニュースになっていた事件、あったろ?」

「はい。」

 苦肉にも、私があの学校に渡した音声データの予告通りでした。

「被害者の詳細な情報、覚えているか?」

「被害者の…?」

 そういえば、被害者のところはよく見ていなかったですね。事件の内容ばかり見ていましたし、事件が起きた場所を見て、もう見る気が失せていましたし。

「知らないようだな。」

「はい。」

「被害者は…小学生、だ。」

「!?小学生、ですか!?」

 まさか…!?…いえ、工藤先輩が嘘を付いているとは思えませんし、嘘を付く理由もありません。それに、

「もしかして、桐谷先輩や橘先輩が気にしていたのは…?」

 工藤先輩が無言で首を動かす。…なるほど。

「それに、みんなお前の様子がおかしかったことに気付いていたぞ。」

「え?」

 そんなにおかしかったでしょうか?自分自身、思い当たる節がまったく…。

「はぁ。本当に自覚なしか。」

「?」

「なぁ。本当は気にしているんだろう?」

「いえ。」

「本当に、か?」

 目をしっかりと見て言われた。

 瞬間、

(!?)

 逸らしたい衝動に駆られてしまった。私は必死に工藤先輩の目を見る。

「今、逸らそうとしたろ?」

「!?そ、そんなことは…!?」

「目を逸らしながら言っても、説得力がないぞ?」

「…。」

「今度は無言か。」

 だって、これ以上言ったらボロが出そうですし、だったら口を塞ぐしか方法がないじゃないですか。

「…最初に言っておくが、俺はお前を責めるつもりはない。」

「・・・。」

「これも無言か。それでも話を続けるからな。」

 工藤先輩は話を続ける。

「俺は、お前にはもっとのびのびと生活をしてほしい。だから、そんな悲しそうな顔をしないでほしい。そんなに思い詰めているのであれば、俺に愚痴をこぼしてもいい。泣き言を言ってもいい。だから、そんなに思い詰めているのなら、俺に相談してくれよ。」

 と、入浴中でも話は終わらない。

「今回のことで思い詰めているのは、俺や菊池はもちろん、橘や桐谷も何かしら察していただろうな。だから、あんなにお前を気にかけていたんだ。それほどまでに、お前が重要な人なんだ。大切に思っているんだ。」

 ・・・。

「…本当は、後悔していました。」

 ダメです。こんなことを言うのは良くない。なのに、

「自分がもっと上手く立ち回れたら、菊池先輩以上にできていたのかも知れない。」

 話さずにはいられない。

「そして被害者の方も、未遂とはいえ、犯罪に巻き込まれることはなかったかもしれない。自分がもっと、菊池先輩や工藤先輩の意見に耳を傾けていたら…、」

 もう…!

「悪い。言わせ過ぎちまったみたいだな。」

 あれ?確か私は…、

「悪いな。温まっているのに、気持ちの面で冷やしてしまったようだな。」

 と、ようやくここで、

(私の体が、震えている?)

 自身が震えていることに気付きました。まさか、あの事件の話を聞いてからずっと…?

「いえ。自分も、この気持ちに気付かせていただきありがとうございます。ですが、」

 正直、自覚したところで忘れることなんてできない。今でも思ってしまうからだ。自分がもっと冷静に、周りの声を聞いていれば、被害者の方はきっと…!

「だから、そう思い込むな。」

「うっ。」

 急に思考が中断され、元のお風呂へと戻ってくる。

「…本当なら、もっと励ましの言葉とかかけるべきなんだろうが、俺にはそういうのはよく分からん。」

 と言いながら、工藤先輩は風呂を出ていった。そして、すぐに戻ってきた。二本の棒を持って。

「だから、俺なりに考えてみて、たまにはこれもありかと思って、これを用意したんだ。」

「それは、棒アイス、ですか?」

 何故お風呂場で?

「ああ。たまにはこういった趣向も悪くないと思ってな。」

 と言いつつ、工藤先輩から棒アイスを受け取る。

「それじゃあ俺も入るな。」

「あ、どうぞ。」

「おお。」

 お風呂に入り、棒アイスを一かじり。

「・・・美味しい。」

 風呂場でアイスを食べることは初めてなのですが、結構新鮮です。

「俺にはこういったことしか出来ん。」

「え?」

「俺はな、楽しい時にはとことん楽しみたい。だけど、辛い時でもこうやって美味しいものを食べることも悪くないな。」

「…はい。」

「そうだ。一つ、お礼を言っておこう。」

「?」

「夏休みの時はありがとな。優のおかげで目を覚ますことができたし、美味い酒も飲むことができた。」

「…あの時は、工藤先輩が冷静でないと思ったので、前に落ち着くといっていたお酒を即席で作っただけです。」

「だから、お前が困っていたら、こうやって一緒にアイスを食べるよ。その間に、愚痴でもなんでも言ったらいい。」

 そう言いつつ、工藤先輩はまた一口アイスをかじる。

「そうすれば、気がいくらか紛れるさ。」

 と、ふと見せる笑顔が、私には眩しく、かっこよく見えた。

「ふふっ。ほっぺたにアイスつけたまま言っても、説得力がありませんよ?」

「…あ。」

 工藤先輩がアイスを一なめした後、思わず笑ってしまった。

「うん。お前はやっぱり、その笑顔が似合うな。」

「!?」

 そ、そんなこと指摘しないでください!?恥ずかしいですぅ…。

「どうだ、美味しいか?」

 とはいえ、

「…はい、美味しいです。」

 今日食べたアイスは一段と美味しかった。

次回予告

『ピアニストな女性から小さな会社員への嘆願生活』

 ストーカーの件から立ち直った優は、先日行った自身の仕事の間違いに呆れつつ、修正しながら仕事を進める。その後、工藤に一本の電話が鳴る。その電話が、優を新たな事態へと誘い込むきっかけとなる。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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