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小さな会社員と夫婦な弁護士の報告会生活

 タクシーを走らせること約十分。着いた先は、

「お会計、有難うございました。」

「こちらこそありがとうございました。」

 とある弁護士事務所である。

「失礼します。」

 私は扉を開け、中に入ると、

「…あ。お久しぶり♪」

「お久しぶりです。今回は無茶なお願いを聞いてくださり、本当にありがとうございました。」

「いいよ別に。菊池さんも界隈にさせてもらっているからね。これぐらいは、ね?」

「もちろん、支払いはきちんとしますので。」

 この人は下田(しただ)光代(みつよ)さん。弁護士事務所に勤める人で、既婚者です。その結婚相手というのは、

「やあ。久しぶりだね、早乙女君。」

「こちらこそです、下田さん。」

 今回相談させていただいた弁護士、下田(しただ)幸太郎(こうたろう)さんである。髪はもちろんのこと、眼鏡もビシッとしていて、できる会社員、というイメージが強い方です。見た目だけで言えば、工藤先輩よりも仕事ができそうです。

「…ふむ。一応言っておくが、私の妻も下田、という苗字なのだが?」

 と、暗に言い方を変えろ、と言ってきた。なので、

「…つきましては、今回のことについて相談させていただきたく、この場を設けさせていただきました、下田先輩。」

 この言い方に下田先輩もムッとしていたが、私は無視し、話を続ける。

「まずですが、今回相談した意見についての詳細な説明を先ほどいたしましたが、どうでしょうか?」

 先ほど、というのは、校長先生、教頭先生と話しているときである。つまり、先ほどの会話を弁護士の人にも聞いてもらっていたのだ。

「…うむ。まず言っておきたいことがある。」

「なんでしょう?」

「録音するのであれば、一言言っておくことを勧めるよ。でないと、この証拠を出したとき、盗聴された!と、相手側が騒ぐ可能性がある。」

「…そうです、よね。そこまで考えが及ばず、申し訳ありません。」

「後は、先ほどの話し方だと相手を挑発、もしかしたら脅迫していると勘違いされる可能性もある。」

「…すいません。」

「私に謝ったところでどうしようもないが、まあいい。それで、相談したいことは?」

「はい。」

 私は背負っているバックを下ろす。

「テーブルに資料を広げてもいいですか?」

「?許可しよう。」

「有難うございます。」

 私は許可をいただいたので、バックから大量の資料を広げ、テーブルに並べていく。もちろん、ボイスレコーダーや、データを保管しているUSBメモリーも忘れずに。

「「・・・。」」

 二人は私の行為を、ただただ見守っている。そして、私が資料を並び終えると、

「…これらを見ても?」

「もちろん構いません。」

 下田先輩はもちろんのこと、下田さんも見てきた。ま、相談するので見ても構いませんが、当然のように下田先輩の隣に座るのですね。夫婦なので当然かもしれませんが。

「これはもしかして…?」

「はい。今回相談したい、ストーカーの件です。」

「?こんなに資料があるのに何故?」

「それはですね、今回相談を受けた美和さん家族がもし、またストーカー被害に遭った場合、その相談相手になってほしいと思い、お願いしに来ました。」

「・・・早乙女君。一応、私の職業を把握してきている、はずだよね?」

「もちろんです。」

「なら…、」

 私は、下田先輩が言い終える前に、封筒を取り出し、テーブルの上に置く。

「…これは?」

「今回の相談料、資料の保管料。そして、次回の相談料諸々です。受け取ってください。」

「…こんなにいいのかね?」

「はい。」

 お札の枚数は口に出して言わないが、ゆが最初につく偉人のお札で、枚数は両手両足でも数えきれない数を入れてあった。

 

 ちなみに、相談料は三十分5千円と仮定し、午前中の3時間を相談の時間にあてたので、三万円。そして、接近禁止の仮処分を申し立てる場合を踏まえ、その分のお金も同封されていた。

 だが、それだけではなかった。諭吉だけでサッカーが出来そうな、そんな枚数分がさらに同封されていたのである。


「…うわ!?」

 下田さんも口にだして驚くほどであった。先ほど述べた金額に加え、色が加えられていた。「もし接近禁止令をだすのであれば、それくらいかかるかと。」

「それは、そうだが…、」

 下田幸太郎が言いたいことは、別にあった。

「それで、引き受けてもらえますか?」

 私は聞いた。これで聞いてもらえないのであれば、大人しく引き下がるだけだ。

「…本当にいいのかね?美和さん、とやらの家族が相談しない、なんてことも考えられるんだぞ?」

「その時は今回のお礼、ということで。」

「だが、今回のお礼はもうもらっているわけで、そもそも…、」

「でしたら、そのお金は差し上げます。」

「「・・・は?」」

「新婚旅行の軍資金にでもしてください。」

「「・・・。」」

 二人は目を丸くし、見つめあっている。

「悪い条件ではないはずです。ですので、どうか受け取ってください。」

「だ、だが…。」

「受け取らないのであれば、ポストに突っ込みます。」

「…分かった。」

 どうやら、私の覚悟を汲んでくれたみたいでよかったです。

「でもどうしてそこまで?」

「そうだ。そんな大金をかけてまで、あの家族に何か弱みでも…?」

「弱み、なんかではありませんよ。」

 そうですね…、

「強いて言うなら、罪悪感を拭うためです。」

「「罪悪感??」」

「はい。」

 私は今回、この事案に参加した意図を伝える。

 今回手伝ったのは、単なる正義感ではないこと。

 自身が今回やった目的は、今の自分がどれくらい出来るか試したかったから。

 正義感というより、興味本位で手伝ったこと。

 頑張ってやったとはいえ、依頼者の気持ちを軽く見ていたことに少なからず罪悪感を覚えていたこと。

 それらを全部話した。

「必要なこととはいえ、菊池先輩達に捜査情報をある程度話してしまいましたし、その上、力を借りてしまいましたし。自分が無力だと、ただただ実感しました。」

 本当、自分は何がしたかったんでしょうね。ただ弁護士の真似事をしただけの単なる詐欺師みたいなものですよね。そう思うと、自分のしてきたことが無駄に思えてくる。実際、無駄だったと感じています。全部、弁護士に頼めばスムーズに解決できたと思いますし。

「あ、会談の動画も撮ったので、こちらもお付けいたします。」

 私はボタンの裏に隠してあった小型高性能カメラをテーブルの上に乗せる。

「「・・・。」」

 二人はまだ、驚いている。私の無能っぷりに呆れているんでしょうね。

「ですので、せめてもの償いとして、こうしてお金の心配だけは…、」

「「いやいやいや!!」」

 急に横やりを入れられてしまいました。どうやら、もう時間みたいですね。

「それではよろしくお願い…、」

「いやいや!何帰ろうとしているの!?」

「え?もう時間なので帰れと促しているのでは?」

 そういえばあれから時間を確認していませんでした。今の時刻は…あれ?まだ11時になっていないみたいですね。となると下田先輩は何故…?

「違うからね!?確かに君は弁護士としてはまだまだだ。」

「ですよね。」

 そんなの分かっていることです。最初から、分不相応なことを引き受け、挙句の果てにはお金で解決しようとしている。自分が惨めに思えてきます。

「だがしかし!小学生としては、満点の上をいく満点の行動だ。」

「???どういう、ことですか?」

 意味が分かりません。

「要するに、あれだ。え~っと…、」

「良く出来た、ということよ♪」

「うむ。特に、大人相手に感情的にならず、冷静に話せていたところは評価が高い。だから、」

 真剣な顔つきになり、

「そう自分を悲観するな。」

「え?」

 悲観なんて、

「そうだな…。こういう仕事は、何が大切だと、君は思っている?」

「大切なもの、ですか…。」

 少し考え、浮かび上がったものは、

「お金と情報収集力、ですかね。」

「うん、それらも大事だ。だが、それ以上に大切なものがある。私達の弁護士事務所はそれを大事に、今もこうして仕事を全うしている。」

「それ以上に大切なもの?それは一体?」

「私は信頼関係だと考えている。」

「信頼、関係…。」

 横で下田さんも頷いている。

「そうだ。信頼関係を築いているからこそ、今みたいに割り切った話が出来るんだ。その点、早乙女君は良く出来ていたと思う。」

「そう、でしょうか?」

 信頼関係を本当に築けていたのでしょうか?

「でなければ、あんな場に一人で行かせなかったと思う。菊池君も黙っていないと思う。」

「そうね。だからこそ、君に任せたんじゃない?」

「それは、私からお願いしたことであって…、」

「だとしても、実際に了承したのだろう?」

「そうですね。」

「なら、同じことだよ。」

「・・・。」

 実感が湧きません。絶対失敗したと思っていましたのに、思った以上に好評価でびっくりです。

「将来、家の事務所に欲しいくらいだ。」

「あら?先ほど酷評をしていた記憶があるけど?」

「それはあれだ、あれ。え~っと…そう!感想とアドバイスだ、うん!」

「…ま、そういうことにしておきましょうかね。」

「…本当にそこまでのことをしたんでしょうか?」

 今でも信じられません。今の自分ができる最上の事をしたつもりですが、今でも後悔が残っています。

「ああ。だから気にしなくていいと思う。それに、君にはまだやるべきことがあるんじゃないか?」

「やるべきこと?あ。」

 そういえば、まだ美和さん家族に報告をしていませんでした。

「それと、これはやはり返すよ。」

 それは、私が先ほど渡した封筒であった。

「ま、今回の相談料を引いて、この大金は返す。これはやはり、依頼者本人から受け取らないと、ね。」

「うんうん。それが一番よ。」

 下田先輩だけでなく、下田さんも賛成していた。私は最後のあがきとして、

「でしたら、これはお礼として受け取ってください。」

 私は封筒の半分を抜き、下田先輩に渡す。

「…君、話を聞いていたのかい?これは受け取れないと…、」

「いえ。これは依頼料ではなく、今までのお礼です。」

「「お礼??」」

「はい。今まで、私を助けてくださいました。そのお礼として、受け取ってください。これ以上はもう譲りません。」

 と、私はお二人の目を見ていった。その目に覚悟と決意を秘めて。

 その結果、

「・・・分かった。早乙女君の気持ち、確かに受け取ったよ。」

「はい、ありがとうございます。」

「でも、本当によかったの?こんな大金を簡単に渡しちゃって?」

「簡単に、ではありません。私はただ、お二人に恩を返そうとしただけに過ぎません。」

 ま、返し方がお金、という点について、ちょっと思うところがありますが、できるだけ気にしないつもりです。

「それでは本日はありがとうございました。」

「ああ。気を付けて帰れよ。」

「出来れば何もないことが一番だけど、何かあったらいつでも相談しに来てね!いつでも大丈夫だから!」

「分かりました。本日は本当にありがとうございました。」

 私は深々と頭を下げ、弁護士事務所を後にし、

(後は、あの美和さん家族だけですね。)

 再びタクシーを呼び、目的地に向かって走るようお願いする。


「ねぇ、幸太郎さん。」

「なんだ?」

「あの子って一体何者なの?」

「…さあな。」

「さあなって、前に一度、調べようとしたんじゃないの?」

「それが、分からなかったんだ。」

「え?それってつまり…、」

「あの子、早乙女優に関する情報が、何一つ無かった。出生とか、育ちとか、そういった類のものを調べようとしても駄目だった。そして、極めつけは彼女だ。」

「彼女ってもしかして、菊池さんのこと?」

「ああ。俺が調べ始めた翌日。彼女は家の事務所に来て、何て言ったと思う?」

「単なる相談、というわけではないですよね?」

「ああ。開口一番にこう言われたよ。」

 これ以上、優君を探る真似はやめなさい。

「とね。」

「え?でも、」

「ああ。私がしていたことは、ネットによる調査や、周辺の聞き込みだけだった。それがどうしてばれたのかと、今でも疑問に思うよ。」

「それほどまでに隠したいことが、早乙女君にはあるってことなの?」

「分からない。ただ、彼はもちろんのこと、彼女も敵に回すのは愚策だと思ってほしい。」

「だから、この事務所に誘い込み、あわよくば菊池さんも味方にしようと?」

「それもあるが、将来、家の事務所で働いてほしいのも事実だ。あれほどの胆力を持つ者は、そうはいないからね。」

「もしかして、その胆力が関係している、とか?」

「それだけじゃなく、これほどの情報収集力も、その隠したい事実に関係してくるんだろうね。」

「一体、早乙女君に何が…?」

 こうして、二人は先ほどであったメイド服の少年に、複雑な思いを抱くことになっていった。


 タクシー内で私はとあることに気付く。

(そういえば、インターカムの電源を落としたままでしたね。)

 インターカムも回収できたことですし、電源を入れてみるとしましょう。

『優君!?そろそろ返事してくれない?してくれないと、優君のあ~れ、ネットに拡散させるわよ?』

 ・・・なんか、菊池先輩が暴走しそうになっていますね。工藤先輩はきちんと止めてくれているんですよね?大丈夫、ですよね?そんな心配が発生したなか、私はインターカムに話しかける。

「今、用事が済みましたので、今からミーティングルームに向かいます。」

 こう言い終えると、

『優君!?良かった~♪やっぱり無事だったのね。心配したんだからね、もう~~。』

『優か。いきなりインターカムの電源を落とすことはやめてくれよ。心配になるじゃないか。』

 と、菊池先輩や工藤先輩は私を心配してくれていたのか、こんな発言が聞こえてきました。私なんかをこんなにも思ってくれていたなんて。例え嘘でも嬉しいです。

 一方、

『貴様!?私の娘をあんな屑野郎に…!絶対に、絶対に…!!』

『あなた!ちょっと落ち着いて!そんなに大声上げたらあの子も驚くでしょう?』

『うるさい!娘の一大事に黙っていられるか!俺は…!』

 美和さん家族は白熱していた。特に美和さん父がかなり興奮していらっしゃいますね。だから、あういうことを言いたくなかったんですよね。行ってしまった手前、後悔しても遅いんですけどね。

「今、ミーティングルームに向かっていますので、その時に話します。」

『おい貴様!もう許さんぞ!絶対、絶対にだ!!』

 …ほんと、美和さん父は娘想いなんですね。愛が重いとはいえ、私には羨ましく感じてしまいます。

 私には、そんな風に思ってくれた…、

「…お客さん?大丈夫ですか?」

「…え?」

 何故急にタクシードライバーの方が話しかけて…?

「さきほどから悲しい顔をずっとなされていたので、つい声をかけてしまいました。余計なお世話でしたか?」

 おっと。いつの間にそんな顔を晒していたんですか。自分もまだまだです。

「いいえ。お気遣い感謝します。自分はもう大丈夫ですので。」

 と、笑みを鏡越しに向けた。

 だが、自分でも分かっていた。

 あの家庭が、美和さん家族が羨ましく思ってしまい、少しだけ美和さんを憎んでしまったことを。そんな感情を抱いてしまった自分にも嫌悪感を抱いてしまい、哀しくなってしまった。

次回予告

『小さな会社員からある姉達への報告会生活』

 学校での話を終えた優は弁護士事務所を経由してから、美和達が待っている部屋に戻る。その部屋でで優は、今日行われた会談の報告を始める。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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