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小さな会社員達とある姉の家族との会議生活

 週明け。優はというと、

「・・・ふぅ~。や、やっとできました。」

 茶封筒に必要な書類、持っていくべき必要な物を揃えたところで、待ち合わせの時間が近くなっていた。

「時間ギリギリになってしまいましたね。出来れば少しくらいは寝ていたかったのですが、まぁ大丈夫でしょう。」

 何度も夜通し作業を経験しているので、それと同等の作業、という心持ちをもって臨むとしましょう。今回は人との会話のため、無言での作業よりは寝ずに済みそうです。

 そういえば、着る服のことは考えていませんでしたね。ジャージで行こうとも考えていたのですが、非公式とはいえ、警察を巻き込むかもしれない対話なため、正装していた方がいいのかもしれません。スーツですと…違和感たっぷりですね。となると、

「こ、これしかありません、か…。」

 正装がメイド服、ですか。確かに着慣れているし、見慣れてもいるので、違和感なくいけるのですが、自分からメイド服を着るのは…。

「そういえば、美和さんは、私がメイド服を着ているところを目撃していたんですよね。」

 商店街の買い物も、メイド服でけっこう行っていましたし。それに、メイド服の方が後々役に立つかもしれません。ま、自分の性別を偽装するはめになりそうですが、気にしないでおきましょう。自分から言わなければばれる、なんてことはないでしょう。

「さて、覚悟を決めるとしますか。」

 私はいつものメイド服に、

「…一応、見た目をごまかすために、これを付けるとしましょう。本当は嫌、なんですけどね。」

 私はお団子ヘアーのウィッグを付け、再度確認する。やはり、身だしなみには気を付けないといけませんからね。…うん、大丈夫ですね。

「必要な物は、全部このバッグに詰めました、よね?」

 もう一度、バッグに詰めたものを確認する。…よし!忘れ物はありませんね。

「それじゃあ、行ってきます。」

 私は自室に挨拶を送り、扉をゆっくりと閉じた。

 予定の時刻より少し早めに行くと、既にある人が待っていた。

 ただし、

「あ、あの…。ごめん。」

 美和さんが私に謝っていた。何故なら、

「突然の出来事ですみませんね。」

「俺達は、こいつの親だ。今回の出来事に関して、詳細な話を聞こうと思い、無理言って付いてきた。」

 美和さんの両親がいた。あれ?確か美和さんには妹が一人いた、という話を聞いていたので、妹さんは家に置いてきたのでしょう。それにしても、こんな朝早くに両親が来るとは…。このことも想定して動くべきでしたね。そういえば、美和さんには両親に話しておくようにと言っていたんでしたね。その話を聞いた両親は、その話の真偽を確かめるため、強制的に付いてきた、ということでしょう。さらにいえば、朝の話には両親を連れてきてはいけない、とは言っていませんでしたし。

「初めまして。そちらの娘さんから窺っていると思いますが、優と言います。」

 初対面の方々なので、礼節をわきまえてあいさつした。けど、二人とも浮かない顔をしていた。何故でしょう?もしかして、私が冷静に挨拶をしていることが気に食わないとか、でしょうか?無礼講で挨拶するよりはましだと思うのですが…。

「…本当にあなたが、娘の言っていた優、という子なの?」

「うむ。高校生には見えん。」

「ぐっ!?よ、よく、言われます…。」

 まさか初対面の方々にも言われるとは思いませんでした。というか、初対面の方なのに、いきなりコンプレックスに突っ込んでくるとか、かなり失礼なのでは!?…いや、もしかしたら、この二人は頭に血が上っているのかもしれません。だって、大事な娘さんがストーカー被害に遭っているんですもの。気にならない方がおかしいでしょう。

 ですが、だからといって、私の身長の小ささをいきなり指摘するなんて、初っ端から私のメンタルを削るつもりですかね。ほんと、早く大きくなりたいです…。

「!?ご、ごめんなさい!そんなつもりで言ったわけじゃ…、」

「す、すまん!言い過ぎた!!」

 と、二人は何度も謝ってくれた。

「い、いえ。私も自覚しているので、気にしていませんよ…。」

 嘘ですけど。本当はすっごく気にしているのですけど、今回は嘘を貫き通しておくとしましょう。今はそんなことよりストーカーの件です。

「さて美和さん。場所はいつも通り、でよろしいですか?」

 私はいつもよりちょっと大人びた態度で話しかけてみる。これ少しは大人に見られるでしょうか?…今はこんな小細工に頭をまわしている時ではありませんよね。反省しなきゃです。

「え、え~っと…、」

 美和さんは答えを濁しつつ、両親の顔色を窺っていた。なるほど、ファミレスでの話し合いに両親は反対、ですか。確かに、盗聴される可能性を完全に否定できないので、正しい判断でしょう。となると、どこで話し合うつもりなのでしょうか?

「自宅でゆっくりお話を聞かせてくれませんか?」

 美和さん母がそんなことを言ってきた。自宅、ですか。確かに、他の人に聞かれる可能性は、ファミレスより格段に低いでしょう。自宅、というからには、私が今住んでいる寮みたいに、隣の住人のことをあまり気にしなくて良さそうですし。

 ですが、

「いえ。それは出来ません。」

 私はハッキリと断った。もちろん理由はありますが、美和さん両親は、少し怪訝な顔を見せた後、すぐに顔を戻した。

「何故かね?」

「確かあなた方は4人家族ですよね?となると、もう一人の方にこの話を聞かれてしまう恐れがあります。それに、見ず知らずの私を自宅に誘うのは、そちらにとっては不快なのではないでしょうか?」

 私は理由を述べた。というと、

「「た、確かにな…。」」

 私の意見に耳を傾けてくれた。

 このお二方、かなり冷静ですね。さっきまでは、私のコンプレックスをダイレクトで言ってしまう程追い込まれているのかと思っていたのですが、今ではきちんと私の話を聞いていますし、受け答えもしっかりとしています。とてもじゃないですが、美和さんの両親とは思えませんね。いや、本来の美和さんなら、このように話すのでしょうか。

「なら、あそこのミーティングルームを使ってみる?」

「「「え???」」」

 美和さんと美和さん両親は驚いていた。私はというと、声質だけで、誰が言ったのか分かってしまう。それにしても、こんな朝早くになぜ起きているのでしょうかね。

「…はぁ。菊池先輩、立ち聞きは、趣味が悪いですよ。」

 私は後ろを向き、自身の耳が正しいという証明を目視出来た。

「…あ、初めまして。優君のあいじ、保護者の菊池美奈です。」

 …もしかして、愛人って言いそうになったのではないでしょうか?…いや、この思考はさすがに菊池先輩に失礼ですね。

「あ、どうも、初めまして。」

「は、初めまして。」

 美和さん両親は、菊池先輩に対し頭を下げる。こんな先輩に頭を下げる必要なんかありませんよ、と声を大にして言いたいです。この人、私に対しては常軌を逸脱する発言等しますよ?

「この場所で話すのも何ですし、場所を移しましょう。案内するわ。」

 菊池先輩が先陣を切って、移動を始めた。そういえば、早朝にも関わらず、スーツを既に着用しているとは…。まさか、最初からこのつもりで…?

(菊池先輩にはつくづく敵いませんね。)

 そう考えさせられた瞬間であった。


 場所を変え、私達6人は今、とあるミーティングルームに集まっている。なんでも、菊池先輩がお金を支払い、この場所を一時的に借りているらしい。後でその代金を支払いますか。

それにしても、菊池先輩に続いて、何故あの先輩もついてきているのでしょうかね。

「よし、それじゃあ話し合いを始めようか。」

 私達は3対3で、向かい合うように座っていた。向こう側には、美和さん、美和さん両親。こちら側には、私、菊池先輩、そして、

「その前に一つ、聞いていいか?」

「はい、何でしょう?」

「…君の隣に座っている男性は、一体誰だね?」

「…ん?俺のことか?」

「この方は工藤先輩です。関係は…、」

 ちょっと説明するのが難しいんですよね。簡単に一言で言いますと…、

「菊池先輩と同じ、私の保護者です。」

「よろしく。」

 と、工藤先輩は向かい側の3人に笑顔を向ける。それにしても、なんでこの人はこの場にいるんでしょうか。菊池先輩といい工藤先輩といい、どうしてこう自分勝手といいますか、自由奔放といいますか…はぁ。とはいえ、かなり信頼があり、頼れる先輩方なので、強い拒絶こそはしませんが、次からはこういうことは控えてほしいものです。

「それでは改めまして、話し合いを始めます。」

 私はこの場の空気を変え、視線を一点に集中させる。

「まずは美和さん。」

「!?ひゃ、ひゃい!??」

 急に呼ばれてびっくりしたのでしょうか。声が裏返り、正常に発声も出来ていない。

「美和さんは、ストーカーに対する処分をどう考えていますか?」

「どうって?」

「具体的に言えば、被害届をだすか、警告するかのどちらを選ぶか、ということです。」

「「「!!!???」」」

 三人は驚いていた。一方で、菊池先輩方は至って冷静で対応している。

「えっと…、もう少し教えて、くれないかな?」

「はい。被害届を出す場合、相手の社会的信頼を失墜させることができ、示談にすれば慰謝料を請求できます。ですが、事を大きくすれば、下手すると、美和さんを腫れ物のように扱われる可能性があります。もう一つは、慰謝料等の請求は難しくなるかもしれませんが、事を大きくせず、穏便に解決することができます。」

 こんなところでしょうか?私は確認のため、菊池先輩に視線を向ける。菊池先輩は首を縦にうなずいていくれた。おそらく、菊池先輩も同じ考えだった、ということでしょう。工藤先輩は…人間には向き不向きがある、ということにしておきましょう。実際、そばに信頼できる人間がいてくれるだけで、精神的負担が異なりますからね。…そういえば、示談にすれば、慰謝料という名目でより多くのお金を得ることが可能になりますね。ま、その時は正式な弁護士の方にお願いしてもらうよう勧めておきましょう。

「それで、美和さんはどうしますか?」

「そりゃあもちろん、被害届を…!」

「でもそれじゃあ、美和が腫れ物みたいに扱われてしまうわ!」

「だからといって、うちの娘をストーキングしておいて、お咎めなしってのは…!」

 この二人、やはり冷静ではありませんね。

 確かに、大事な娘さんが被害に遭われています。ですが、だからといって、周りの方々がそこまで口を挟むことじゃないでしょうに!美和さんだって、今は精神的に不安定かもしれませんが高校生です。親とはいえ、口を挟みすぎじゃないですか!?これじゃあ、本人の意見を聞こうにも聞くことができません!

 私が口を出そうとすると、

「待った。」

 工藤先輩が私を止めてくれた。一体何故!?

「ここは俺達に任せくれ。だよな?」

「ええ、そうね。」

 工藤先輩の意向を既にくんだ菊池先輩も加わる。ですから、一体何を…!?

「外野がごちゃごちゃと騒ぐな。」

 工藤先輩が立ち上がり、低い一言を放つ。その言葉がミーティングルームに重く響き、さっきまで声うるさく話し合っていた二人の声は体内へと帰還する。

「あんたらに何が分かる!?」

「そうよ!?ストーカー被害に遭ったことがない人に何が分かるの!?」

「あんたらはそこにいる女の子の親なんでしょう?だったら、その子の意見を尊重しなさいよ。」

「で、でも!子を正しい道に導くのが親の役目で…!」

「今、美和ちゃんがした!非道徳的行いについて話しているのか?」

「「・・・。」」

 工藤先輩の一言で、美和さん両親はまたも黙る。

「違うだろう?それに今は、美和ちゃんがどうしたいのか聞いているんだ。お前ら親がするべきことは、子供の意見を尊重し、手助けすることじゃないのか?」

「「・・・。」」

「…邪魔して悪かったな。さ、どうぞ。」

 といって、工藤先輩は座り、会話を促す。確かに、これで話しあいが続行できますが、この空気で話をするのはちょっと気まずいです。ですが、今はそんなことを気にしてはいられないですよね。

「それで、美和さんはどうしたいのですか?」

「わ、私は…、」

 どう答えるのか迷っているのでしょう。両親の顔色を窺っていますが、二人とも一切口を挟みません。それどころか、

「さっきはごめんね。」

 や、

「美和の好きなように決めてくれ。俺達はそれに従う。」

 と、かなり軟化したみたいです。これなら、美和さん本人の意見が聞けそうです。

 そして、黙ったまま見つめあうこと数分。

「私、決めました。」

 この一言で、全員の視線が美和さんに集中する。美和さん自身もその視線に気づいたのか、先ほどより大きく体を一瞬だけ震わせ、

「け、警告の方でお願いします…。」

 どうやら美和さんは、事を大きくしない方針に決めたようだ。

 …なるほど。

「わかりました。それでは警告する方法を簡単に言いますね。」

 この一言で、美和さんに集中していた視線が私に再び集中する。

「まず、ストーカーが通っている学校に乗り込み、この事実を報告し、二度と起こさせないよう警告します。穏便に済ませる代わりにとある念書を書かせます。そして、その念書をあなた達家族に渡します。」

 簡単に言えば、こんなところでしょうか?

「何か質問はありますか?」

 周囲を見渡してみると、

(あ、あるんですか。)

 私と美和さんを除いた4人が、全員手を挙げていた。これは予想外の事態なので、誰が一番早く手を挙げたのか、なんて見ていないのですが。ま、美和さん母から反時計回りに、ということにしておきましょう。

「ではあなたから反時計回りにどうぞ。」

「まず、あなたは、ストーカーがどの学校に通っているのか知っているの?」

 ま、当然といえば当然の質問ですかね。ですが、それを知らなければこんなことを言う人はいないでしょう。

「はい。もちろん、相手の住所、家族構成、どこに勤めているのかも把握しております。」

「…それを私達に教えるのは?」

「駄目です。さきほどの様子から、あなた方二人はその家族に特攻をかけ、暴力を働く可能性がありますので、却下です。」

 そうしてしまうと、逆に訴えられる可能性が出てきてしまいますからね。

「…分かったわ。ありがとう。」

「では…、」

「俺だ。」

 今度は美和さん父だ。

「念書の内容を聞いてもいいか?」

「はい。一つ、学校は生徒のストーカー行為に対し、全力で阻止させること。一つ、もしストーカー行為が再発した場合、ストーカー本人とともに、学校を訴えること。以上の二つを守っている間、私達はこのストーカー行為を公にしないこと、ですかね。」

 もちろん、弁護士等に頼めばもっと正式な文章にしてくれるんでしょうが、今の私では、これが限度です。

「他に追加したい事がありますか?」

 私は美和さん父に聞いてみる。

「…一応、セクハラ行為も追加してもらいたいが、いいか?」

「セクハラ行為、ですか?」

「ああ。美和から聞いたんだが、直接美和に近づいて、セクハラめいた発言をされたらしいんだ。だから、そのことについても、な?」

「分かりました。」

 私は軽くお辞儀をする。

「それで次は…、」

「俺だ。」

 何故、工藤先輩が手を挙げるのでしょうか?工藤先輩は完全な部外者だと思うのですが…。

「何でしょうか?」

「学校には、誰が行くつもりだ?そして、何人で行くつもりだ?」

「…私一人、です。」

 この発言に、

「「「「!!!!????」」」」

 大人達全員の雰囲気が激変する。真っ先に声を荒げたのは、

「そんなの駄目よ!私も一緒に…!」

 菊池先輩だ。ですが、これには理由があります。それを話そうにも、とうの菊池先輩があんなに精神的に不安定では話を聞いてもらえる可能性が…。

「おい、菊池。」

 そんな時、手を制して止めたのが、工藤先輩だった。

「…何?」

「まずは優の言い分を聞いて、だろ?」

「・・・分かったわ。」

 どうやらしぶしぶとはいえ、私の話を聞いてくれるらしい。工藤先輩はもちろんのこと、美和さん両親も不安げな眼差しを向けている。工藤先輩も、核心的なところを突いてくるのですね。ま、工藤先輩が聞かなくても、菊池先輩が聞いていたかもしれないですけど。

「それで、ちゃんとした理由があるんだろうな?」

「はい。私一人が最適だと思ったので。」

「その根拠は?」

「まず、美和さんの両親は、今回に限って言えば、不適切です。」

 私の一言で、美和さん両親の顔がさらに険しくなる。

「原因は、娘さんを大切に思っているからです。思っているからこそ、先ほどのように感情的になってしまい、話し合いの最中にもしかしたら暴力行為に走る、なんてこともありえます。」

「そんなこと…!?」

「さきほど、あなたがた両親は、美和さんの意見も聞かず、喧嘩のような、度が過ぎた討論をしていましたが、それでも、ですか?」

「「・・・。」」

 二人とも、顔を暗くさせていた。一応、フォローをしておきましょう。

「逆に言えば、それほど美和さんを大切に思っている、という証明にもなります。ですから、今回は美和さんの近くにいてあげてください。」

 私は笑顔で励ます。

「…分かった。」

「ありがとうね。」

 美和さん両親の顔色が少し良くなる。

 さて、次は、

「それで、何故俺達が駄目なんだ?」

「それは、お二人が今回の件に関して、無知だからです。」

「…続けろ。」

「今回のことを詳細に把握しているのは、美和さんと私の二人です。美和さんは今回、別の場所で待機させていただきたいので、私が学校に向かいます。」

「でも優君?名前を伏せていたとはいえ、私達にも話してくれたんじゃないの?」

「いえ。あの後、私自身が色々と情報収集をしたので、全てを把握しているのは私だけです。私一人なら、話をするにも色々都合がいいので。」

「…見た目子供のお前が行っても、碌に話を聞かない可能性があるんじゃないか?」

 工藤先輩はよほど私のことが心配なのか、まだ足掻いてくる。そんなに心配してくれるのは嬉しいですけど、今回は一人で行かせてほしいです。

「もし、見た目で判断し、人の話を碌に聞かないようであれば、問答無用で訴えるか、直接本人に言うだけです。幸い、住所は判明しているので。」

 これでどうでしょうか?ダメ押しの一言を言うとしましょう。

「これは後で言おうと思っていたことなのですが、みなさんにはこれを持っていてほしいと思っています。」

 私はとある機械を複数個取り出し、テーブルに置く。

「これは…?」

「インターカム、ね。」

「はい。これでみなさんには、私の対話を聞いていて欲しいのです。これなら、私の身に何かあった場合、すぐに分かるはずです。」

「それって…!?」

 ま、菊池先輩なら気づきますよね。つまり、相手が証拠隠滅のため、私を亡き者にする可能性がある、なんてことを匂わせていましたからね。

「大丈夫です。あくまでこれは最悪のケースを考えて、です。」

「でも…!?」

「相手にも立場がありますので、こんな非道徳的行為を行う可能性は無に等しいですよ。だから心配しないでください。」

「…むぅ。」

 不満げな顔を見せていた。一方、美和さんはこのインターカムを慎重に触り、美和さん両親は触らず、ただ見ているだけである。もしかして、この機械を見たことがないのでしょうか?

「これで大丈夫ですか?」

「…ああ。」

 工藤先輩もかなり不満げだったが、納得してくれたみたいだ。

「そして最後は…、」

 ある意味、一番厄介な人です。

「私よ。」

「それで、何ですか?」

「…今回のこと、一人で無事に出来ると思っているの?」

 …なんか、菊池先輩の質問にしては、ふわっとした内容の質問ですね。いつもの菊池先輩なら、

“相手の情報をどれくらい掴んでいるの?”

 とか、

“相手の弱みを何個握っているの?”

 とか聞いてきそうだと思っていたのですが、拍子抜けです。ですが、きちんと答えましょう。

「はい。必ず遂行出来ます。」

 私はしっかり、菊池先輩の目を見て答える。

 その見つめ合いはたかが数秒。だが、この二人は、何度も意思疎通を行い、目線だけの話を幾度となくこなす。そして、

「…分かったわ。」

 今回は、菊池先輩が折れてくれた。ありがとうございます。

「では、これからのことを話そうと…、」

「ちょっといい?」

「?何でしょう?」

 急に美和さん母が話に割り込んできた。一体何の用でしょうか?

「今更だけど、家の子は本当にストーカーされているの?」

 本当に今更ですね。とはいえ、美和さんだけの話では完全に信じていないあたり、かなり冷静に物事を考えられるようになった、と評価するべきでしょう。

「それでしたら、さきほどあげられたセクハラ発言の音声データがありますけど、聞きます?」

 私はボイスレコーダーを取り出す。もちろん、音声は流さない。なぜなら、試しに自分が一人で聞いてみたところ、非常に気分が悪く、腹が立ったからだ。それに、

(美和さん両親はともかく、菊池先輩や工藤先輩に聞かせるわけにはいきませんからね。)

 この場にはいるものの、菊池先輩と工藤先輩はこの件に関して無関係です。そんな人にこれを聞かせるわけにはいきません。

「流して、くれませんか?」

「…いいの、ですか?」

 私は美和さん母ではなく、美和さん本人に聞く。こればっかりは本人の了承を得ないと。

「あ、あの…。」

(やはり、そうですか。)

 私は、美和さんの視線移動を見逃さなかった。一瞬、工藤先輩と菊池先輩に動き、一呼吸おいてから、美和さん父を見た。関係ない人と、血縁関係があるとはいえ、異性には聞かれたくない、ということですか。それを言えば、私も男なので、退出すべき、なんでしょうけどね。今は黙っているとしましょう。後でばれなければいいのですが。

「菊池先輩、工藤先輩、席を外してください。そして…、」

 私は美和さん父を見つめる。そういえば、美和さんの両親の名前、聞いていたような気がしますが、覚えていませんね。名乗ってもいなかったような…?ま、そんなことは後回しにしましょう。

「俺も、か?身内だぞ?」

「申し訳ありませんが…、」

「…分かった。」

「お気遣い感謝します。証拠の確認が終わりましたらすぐに呼びますので。」

「ああ。」

 そう言って、3人はミーティングルームを出て行った。

「さて、音声を流しますね。よろしいですか?」

 美和さんは、はい、とは言わず、首を縦に動かしただけだった。

「分かりました。それでは、流しますね。」

 私はボイスレコーダーの音を流、さなかった。

「…?どうしました?」

「…美和さんも、部屋からでますか?」

 そういえば、美和さん本人は聞きたくもないでしょう。こんなげすい会話を。

「…いえ、私も、聞き、ます。」

 かなり怯えているようですが、本人の意見を尊重しようと思い、流した。

「!?!??」

 美和さん母は予想以上に驚き、怒りを露骨に表していた。美和さんは、ずっと下をうつむいていた。もしかしたら、予想以上に辛いのかもしれない。いや、もしかしなくとも、辛いものでしょう。

「ごめんね。こんな辛いこと、思い出させて。」

 と、美和さん母は、自身の胸に美和さんを引き寄せる。その行為に、一種の光が見えた。

 こんな光景に見覚えがあった。

 確か私が、今以上に小さいとき。それは、私が何も出来ず、失敗ばかりを繰り返してしまった時、菊池先輩は私に対して、あのようにしてくれていましたね。たかが数年前なのに、すっかり忘れていましたね。あんな辛い出来事は、もう繰り返したくありませんね。私の場合はまだましなものです。自分の未熟さが原因でしたからね。

 ですが、今回ばかりは違います。非は相手側、ストーカーしていた奴が原因なんですから。

 声を押し殺し、泣き続けること数分。

「ご、ごめん、なさい。もう、大丈夫です。」

 元通り、とまではいかなかったものの、ある程度元気を取り戻したようなので、みんなを呼び、席に座らせる。

「それで、証拠の方は、確認したのか?」

「ええ。嫌、というくらいにね。あれは確かに、多くの人に聞かれたくないものだわ。」

「そうか。」

「それで、今後のことを話してもよろしいですか?」

 私の言葉に、全員の動きが一致する。

「では、朝食を食べに行きましょうか?」

 その言葉に、

「「「「「・・・え?????」」」」」

 全員が呆気にとられていた。

「…どういう、ことだ?」

 最初に聞いてきたのは、工藤先輩だった。理由はわかりますが、簡単なことです。

「みなさん、朝食を食べていないでしょう?今学校に行っても、ほとんどの職員は来ていないと思いますし、今のうちに食べられるものを食べようと提案したのですが、どうでしょう?」

 みなさん、首をひねっていた。ま、娘の一大事に、呑気に飯なんか食っていられるか!と言われればそれまでなのですが、工藤先輩や菊池先輩はそうはいかないでしょう。

「それがいやなら、何か買ってきましょうか?ご家族だけで話したいこともあるでしょうし。」

 本来なら、気分転換代わりに食事して、気をある程度紛らわすことも必要だと思っていたのですが、拒絶されるのであれば仕方がありません。

「私は!行きたい、です…。」

 この空気を割ったのは、美和さんだった。その美和さんの発言に、

「…そうね。美和が行くなら、私も行きましょうか?」

「なら、俺も行くか?」

「菊池先輩、工藤先輩もそれでいいですか?」

 私がそう聞くと、

「無論、賛成よ。」

「菊池に同じく。」

「分かりました。それでは、前に行ったファミリーレストランに行きましょう。歩いていける距離ですので。」

 こう言って、私達は歩いて向かう。

 向かう途中、小声で菊池先輩と会話をしていた。

「菊池先輩。例の件の方はどうなっていますか?」

「…なんとか時間は空けられるようになったから、会話だけでも聞いてくれるって。」

「わざわざコンタクトとってくれてありがとうございます。」

「いいのよ、別に。だけど、」

「?どうしましたか?」

「…本当に、優君一人で行くの?」

「?ええ。そのための変装もしているので。」

 と、私はウィッグを指さす。

「…なるほど、ね。それにしても、お仕置き追加ね。」

「なぁ!?」

 ど、どうして…!?

「?何か、あった?」

 前の方にいた美和さんと、美和さんの両隣にいる美和さん両親がこちらを向いてきた。

「い、いえ。なんでもないですよ。それより、早く行きましょう!」

「・・・。」

 工藤先輩が何か言いたそうにしていますが、無視しましょう。

 こうして一同は、六人で食事を始めた。


 食事を終え、実にいい雑談を交わしていたと思う。様子を見る限り、美和さんの様子もかなり良くなっているみたいですし、美和さん両親も出会い当初より朗らかそうで安心しました。

 さて、

「ん?どうかしたか?」

「優君?もしかして、愛の抱擁でも求めているの?いつでもウェルカムよ!」

「…いえ。お二人とも、仕事は?」

 この一言で、

「「・・・。」」

 固まっていた。

 ちなみに、食事をしているとき、美和さん両親が今日、仕事を休むことを聞いているので、美和さん両親に関しては心配ないようですが、お二人は駄目でしょう。私も、先週には言っているので、午前中なら会社に行かなくても大丈夫なようにしてあるのですが、お二人からはそんな話、一回も聞いていないですよね。休むのだとしたら、そこらの報告とかしているのでしょうか?ま、この様子から判断するに、していないでしょうね。最初から一人で行くつもりだったし、頼る気もなかったので、いいですけど。

「まだ時間あるからいいですけど、時間になったら仕事、行ってくださいね?」

「で、でもだな!俺は優のことが心配で…!」

「そうよ!優君のことを心配するのに、理由なんか…!」

「仕事、行ってくださいね?」

 私は改めて言う。今度は、先ほどより目力を込めて、である。

「「はい…。」」

 良かった。これで無断欠勤になることはないでしょう。

「それで、もう少し話し合ってから行くつもりですが、お二方はどうしますか?話し合いに参加しますか?」

「「もちろん!!」」

 ずいぶんと息の合った返事ですこと。私は二人の意思を尊重し、話し合いを再開した。


「それでは菊池先輩。このミーティングルームはどれほど使えるのですか?」

「一応、午前中は丸々貸し切りにしておいたわ!」

「ありがとうございます。でしたら、美和さん達はこのままミーティングルームにいてください。部屋を出るときは、美和さんを一人にしないようお願いします。」

 私は優しく発言する。

「分かったわ。」

「おう。」

「次は菊池先輩、工藤先輩はこのインターカムをつけて仕事してください。よほどのことがない限り、お二人からは話しかけないようお願いします。」

「よほどのことってなんだ?」

「想定外の出来事が起きた時です。」

「…分かったわ。」

 私は二つのインターカムを渡す。これでお二人は大丈夫でしょう。

「後は…ないですね。」

 みんなを見てみる。全員、疑問は解決されたようですね。

「それでは最後に私から一つ。」

「「「「「?????」」」」」

 私は美和さんの近くに行き、

「今回、どうしてもということで、名前を伏せていましたが、この二人にある程度のことを喋ってしまいました。すいません。」

 本当なら、守秘義務ならなんやらで喋ってはいけなかったでしょうが、私はそこまで法律にくわしくないので悪くありません、なんて言い訳をするつもりはありません。

「べ、別にいいよ。私のことを思って、でしょう?」

「ありがとうございます。」

 ですが、申し訳ないことをしてしまったので、あとでけじめをつけるとしましょう。それは今ではありませんがね。

「それでは菊池先輩、工藤先輩、行きましょうか?」

「だな。」

「ええ。」

 さて、私達も行きますか。

「それではみなさん、行ってきますね。」

 私は部屋を閉じた。


「さて、まずは菊池先輩、いいですか?」

「…色々言いたいことはあるけど、何?」

「先日、コンタクトを取ってくれた方に、このインターカムと、これを届けてほしいんです。」

「これは…分かったわ。」

 …菊池先輩はどうやら、頼られて嬉しいみたいだ。本当なら、このことも踏まえて自分で全てやり通すべきでしたのに、結局菊池先輩に頼ってしまいました。自分が情けないです。

「俺は?」

 工藤先輩は私に何か聞いてきた。どうやら、工藤先輩にも何か頼まないといけないらしい。

 ・・・あ。

「でしたら、菊池先輩の監視をお願いします。下手に動かれると、ね?」

 意味深な感じで言うと、

「分かった。こいつにはきちんと仕事させるよ。」

「ねぇ?私の扱いがひどくない?ねぇ?」

「いえ、これは菊池先輩を信じているからこその頼み、ですので。」

 悪い方に対する信頼、ですが。菊池先輩なら暴走する可能性がありますし。

「改めまして、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。」

 私は改めてお二人に対しお辞儀をする。ゆっくり、ゆったりと、これまでに対する深い恩を体で表現するかのように。

「任せてよ!」

「おう。」

「それじゃあ、私はタクシーを呼びますので、ここでさよならです。」

「分かったわ。優君も気を付けてね?」

「そうだぞ?」

「はい。二人とも行ってらっしゃいませ。」

 そう笑顔で言った。二人は無言で手を振り、背中を向ける。

 さて、

「もしもし?タクシーをお願いします。住所は…。」

 私も目的地に向かうとしましょう。


 一方、

「なぁ?」

「何よ?」

「本当に優は大丈夫なのか?」

 工藤は優のことを心配していた。優なら大丈夫だろうと達観はしているものの、心のどこかで心配していた。

「あの子ならきっと大丈夫よ。」

「お前はなんでそこまで平常心を保てるんだ?」

「…優君の言葉を信じているからよ。」

 そう。菊池は確信していた。優は必ず無事に帰ってくると。

「何故、信じられる?」

「さっき、私が聞いたでしょう?」

「確か、“今回のこと、一人で無事に出来ると思っているの?”だったか?」

「…私の物真似は下手だけど、そうよ。」

「余計なお世話だ。それで優は確か、」

「こう言ったの。“はい。必ず遂行出来ます。”って。」

「だよな?それが何で…?」

「不安定要素があったら、私の目を見てこう断言することなんて出来ないわ。だから、大丈夫よ。」

「そうか。」

「もっといえば、優君がそこらの餓鬼どもはもちろんのこと、そこらにいる大人より強いわよ?」

「俺よりも、か?」

「ええ。それはもう、あなたの何億倍も、ね。」

 工藤は途中から理解していた。途中から冗談を言っていること。つまり、優の行いに対し、心配することはあっても、ビクビクするほど不安になっていないのだと。

「そうか。」

 工藤はもう、過保護気味に心配することを辞めた。とはいっても、心配なことには変わりないのだが。

「…おい。そっちの道は違うだろ。」

「…私、ちょっと忘れ物しちゃったの。だから…、」

「嘘つけ!お前もやっぱり心配なんだろ!?そうなんだろ!?」

「ち、違うわよ!私はただ…も?」

「あ。」

「・・・ねぇ。今あんた、確か…、」

「さ、さ~て!俺らも仕事に行くぞ!じゃないと、優に無駄な心配をかけることになるからな!」

「ふ~ん?」

「おい!お前もさっさと来い!じゃないと、会社に遅刻するぞ!」

「はいはい、ツンデレのデレ子ちゃん♪」

「うっさい!バーカ、バーカ!!」

 その話し合いはまるで、中学時代、男女間で行われた口喧嘩のようであった。


 ミーティングルーム内にて。

「美和?ちょっといい?」

 美和達は、ミーティングルームを一時的に退室し、自販機で飲み物を買っていた。

「何、お母さん?」

 一方、身内しか人がいなくなったことにより、口調がいつも通りに戻る。

「あなた、もしかして、友達と話すときもあんなにオロオロしていたの?」

「ち、違うよ!今日はたまたまというか偶然というか…!」

 と、言い訳になっていない言い訳を親に言う。

「ふ~ん…。」

「それにしても、あの子は一体何者なんだ?」

「あの子って、優ちゃんのこと?」

「そうね。言わなかったけど、メイド服着ているし、見た目の割にはとてもしっかりしているし。」

「でもあの子、高校生だよ?」

「…それを信じないってわけでもないが、本当にその子は高校生なのか?」

「…そういえば、生徒手帳は見たことないかも。それでも私は信じるよ!」

「そっか。それにしても、悪かったな。」

「え?」

 父親の急な態度に、美和は戸惑う。

「娘が大変な目に遭ったっていうのに、助けてやれなくて。」

「そうね。私も、娘の危機に何も出来なくて、ごめんね?」

 そんな両親の心暖かくなる発言に、

「父さん、母さん…、」

 涙腺が崩壊し始める。

「ごめんな、ごめんな…、」

「ごめんね、ごめんね…、」

 両親の謝罪に呼応するかのように、

「私こそ、ごめんなさい、ごめんなさい…、」

 謝罪を繰り返していった。

 こうして、風間家の絆はより大きくなっていった。

「ふぁ~。それにしても、急に家から出るな、なんて言われたけど、何かあったのかしら?」

 今も家にいる風間洋子を除いて。

次回予告

『小さな会社員と校長教頭との会議生活』

 4人の大人達に質問されながらも無事に返答し、優は独りで目的地である学校へ移動する。その目的地で優はその学校の校長、教頭に、今回のストーカーの件について話し始める。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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