小さな会社員の密談暴露生活
ちょっと忙しめの週末を過ごし、週明けの月曜日。その日、私はというと、
「…よし。後はご飯を冷まして弁当に詰めるだけ、ですね。」
みなさんに頼まれているお弁当の詰め込み作業をしていた。そういえば、十月の始めに、アルド商事へ行った方は大丈夫なのでしょうか。ちょっと心配な気もしますが、温かく見守ることしか出来ませんし、無事でいるよう、影ながら祈っておきましょう。
「さて、時間もそろそろですし、門付近の掃き掃除でもしますか。」
私はエプロンを脱ぎ、防寒グッズを付け、外に出て、清掃を始めた。
「それにしても、気温が下がり始めましたね。」
少し前までは暑かった気がしたのに、いまでは防寒グッズを身に付けている人を見かけるくらいですから。ま、私もその中の一人ですけど。風邪をひかない対策ですからね。こういったことを欠くと、後々、多くの人に迷惑をかけてしまいますからね。まだ暑く感じる人もいるかもしれませんが、用心しとくにこしたことはありませんからね。それにしても、今日はやけに落ち葉が多いような気がします。気のせい、ですね。
さて、
「これで一応、掃き掃除は終わりましたかね。」
後は例の方が来るのを待つだけですね。とはいえ、風が吹く中、外で待つのも辛いので、中に入り、外の様子を窺うようにしますか。私はそう考え、箒を片づけようとすると、
「あ、あの~。」
気弱な声が聞こえてきた。後ろを振り向くと、防寒のためか、前回見た時より着こんでいるみたいだが、私は分かった。というより、この時間帯に約束しているので、あの人しかいない。
「おはようございます、美和さん。」
「お、おはよう。」
相変わらず、オドオド?キョロキョロ?している。精神的にもだいぶ参っているのだろうか。もしかすると、もう精神的な病気にかかっているのではないでしょうか?ですが、前回と似たような感じがしますし、気のせいなのでしょうか?一応、精神科への診療を勧めた方がよろしいのでしょうか?それぐらい心配になります。
「それじゃあ、今日も行きましょうか?」
「あ、はい。」
こうして、私と美和さんはとあるファミリーレストランに向かった。
そういえば、詳細な待ち合わせ時間や場所を決めていませんでしたね。今回はたまたま上手く集合することは出来ましたが、次は時間も詳細に決めるとしましょう。
少し時間をかけ、他愛ない世間話を途切れ途切れにしつつ、ファミリーレストランに入店した。そして、前と同じ席に座った。
さて、
「それではまず、注文するものを決めましょうか?」
私はメニュー表を渡し、出来限りの笑顔で言った。優しく言ったつもりですがそれがかえって嫌味に聞こえていないとよいのですが…。
「は、はい…。」
…とりあえず、大きな変化は見られないようですね。とりあえずはよかったです。
「私はモーニングカレーにします。美和さんは何にしますか?」
「私も、同じにします。」
「分かりました。」
こうして私は、店員さんに注文をし、後は料理が来ることを待つだけとなった。
それでは、今の内にできることをしておきましょう。
「それではまず、先日私が預けたものを渡してくれますか?」
「あ、はい。これ、です。」
と、申し訳なさそうに渡してきた。確かにこれは私の物なので、慎重に扱う、という面では正しいのですが、そこまで気弱になる必要はありませんよ?ですが、これもまだ見ぬストーカーに怯えているのでしょう。これだからストーカーは…!
「…あの、どうかしましたか?」
おっと。美和さんを不安にさせてしまいましたね。
「いえ、何でもございません。どうやら、欠けている物はないみたいですね。」
大体見た感じですと、盗られている物は無さそうですね。そもそも、これを盗んでも美和さんにとって得なんてなさそうですし。
「さて。しりとりでもしましょうか?」
「…え?」
私は、美和さんが驚いている間に紙とペンを取り出し、書きだしていく。内容はもちろん、今回の成果について、です。今日ここに来られたので、少なくとも肉体的には無事だと思うのですが、精神的に傷ついているのかもしれません。下手したら、服で隠れている場所に痣を作っている可能性も…。考えすぎ、ですかね。楽観し過ぎないように気を付けましょう。
「まずは私からいきますね。しりとりのりから、りんご。」
私は、りんごと言ったと同時に紙を渡す。その紙に書いた内容は、
“今回の成果について、聞いてみてもよろしいですか?”
二週間近く体を張って撮影した成果についてだ。もちろん、撮影の時に使用した小型カメラのデータを見れば分かることですが、データだけ見ても分からないことはあります。なので、出来ればそういう部分を聞いてみたいところですが、そこは出来れば、でいいでしょう。というのは建前で、本当は早く知りたい、だけなんですけどね。とはいっても、強制的に聞くことは絶対に辞めましょう。この出来事でトラウマが出来ている可能性も考慮しなければなりませんからね。
「えっと…、」
美和さんはペンをさらりと歩かせた後、
「ゴリラ、で。」
言ったと同時に紙を渡してきた。その紙には、
“はい、大丈夫です。”
と書かれていた。
なら、出来る範囲のことを聞いてみるとしましょう。私は今思いついた質問を書きつつ、
「ラッキョウ、でお願いします。」
しりとりを始めていった。
食事中、ずっとしりとりしつつ、紙を交換し続けていたので、食事にかなりの時間をかけてしまった。だが、かなりの情報を獲得出来ました。
まず、美和さんはまだ襲われていないそうだ。襲われていたらここに来なかったかもしれないが、ひとまずは安心、ということでしょう。
そして美和さん曰く、相手の顔を上手く撮れたのだとか。何でも、一度だけ相手が話しかけてきて、話している間に、ボタンに扮した小型カメラをストーカーの顔に向けたらしい。さらに、相手が在籍している高校の名前まで判明したらしい。その高校は、“宝鳥高校”というらしい。…あれ?確か私が通っている小学校は確か、宝鳥小学校だったはずです。となると、何かしらの因果関係があるのでしょうか?ま、それに関しては後で考察するとしましょう。そのストーカーの名前までは判明しませんでしたが、性別は男で、美和さんより高身長だったらしいです。…いいなぁ、高身長。は!?いけません!今は自身の欲より情報整理です。気を引き締めなくては!
その後、ストーカーは美和さんと接触してきたらしく、話を振って来たそうだ。話の内容は、美和さんのスリーサイズと胸の感触、だそうです。はぁ。何故それ本人に聞こうとしているのか、訳が分かりません。そして、いち早く危険を察知した美和さんは咄嗟にボイスレコーダーの電源を入れ、音声データを手に入れた瞬間、大勢の人ごみの中に紛れたそうです。これは間違いなく、正しい以上の判断でしょう。相手の情報を上手く獲得し、相手の目をも眩ませる。今の美和さんからは考えられない行動力です。
それからは、特にこれといった接触はしてきていないようです。もしかしなくとも、美和さんの顔はストーカーにはばれているはずです。なんなら、住所も特定されている危険性があります。そうじゃなければ、ストーカーが何のリスクも考えずに接触することなんてありえないです。とすれば、相手側も何か仕掛けてくる可能性が…?これは、今まで以上に厳重な注意喚起が必要みたいですね。美和さんの情報が確かなら、これ以上の情報収集はリスクを多く伴うので、控えてもらいましょう。
後、基本的に土日はストーキングされなかったらしいが、土日も出かけることがそれなりにトラウマになっているのだとか。後、平日の早朝、深夜も同様に、ということも付け加えられた。それなら、今の時間は…どっちでしょう?早朝、と呼ぶには遅い気もしますが、朝、と呼ぶには少し早いような気もします。まぁ、今は私もいますし、大丈夫でしょう。帰り道はより警戒するよう言うとしましょう。
それにしても、相手は本当に宝鳥高校の学生なのでしょうか?
そもそも、そのストーカーは何故、身バレするような服装でストーキングを?
さらにいえば、深夜や早朝ではなく、何故平日、それも登下校の時だけを狙う?
・・・ん~。大体の予想はつくのですが、それでもまだ納得いかない点が残りますね。
「…カレー、美味しいですね。」
「・・・ん?あ、はい。そうですね。」
しまった。つい考え事に集中し過ぎたあまり、人の話を聞いていませんでした。これはうっかりしていましたね。それと渡された紙には、
“大丈夫?”
と、書かれていた。
・・・。
ふぅ。まったく、私もまだまだ甘ちゃんです。このままでは、先輩方に笑われてしまいます。もっと気合いを入れ直しませんと!
さて、
「では、次の朝食会ですが、来週のこの時間に集合、ということでよろしいですか?」
一応、朝食会、という名目をつけてみたのですが、問題なかったでしょうか?あれば指摘してくれるはずです。
「だ、大丈夫です。」
「分かりました。それではデザートを食べましょう。」
と同時に、私はまた一枚の紙を渡す。そこには、
“それでは、詳細な打ち合わせを始めます。”
と記した。
さて、話し合いを再開しましょうか。
とは言っても、特に美和さんにしてほしいことは終わったので、家の中に出来る限りいて欲しいことを伝えた。もちろん、外出をしても構わないが、保護者の方と同伴は必須事項。さらに、保護者の方とよく話し合うことも伝えておいた。このことを伝えた時、非常に気まずい顔をさらしていた。気持ちは分からなくもないですが、これ以上親に言わないで学校を休むのは美和さん本人にとっても不都合が数多く生じることでしょう。
後は私のやるべきことの再確認ですが、これはまぁ後でするとしましょう。それより、前からずっと気になっていたことがあったんですよね。これはこのストーカーの件とは関係ないので、口頭で教えてもらうとしましょう。
「ところで、1ついいですか?」
「?なん、でしょう?」
「何故、私に声をかけたのですか?」
これは最初話しかけられていた時からずっと思っていた気持ちだ。私の様な見た目幼稚園生…ではなかった。小学生低学年に見られてもおかしくないのに、見た目…高校生?くらいの方がどうして私に声を?
「あなたなら、信頼できると思ったから、です…。」
「・・・?」
その後私は、時間をかけて美和さんの話を聞いた。
どうやら、他の大人ではなく、身長が小さい私になら、変な目で見ず、他人に話をばらまくこともなく愚痴を聞いてもらえると思い、声をかけたらしい。
それにしても、
「こんな小さい私に話して良かったのですか?」
見た目が見た目ですので、話しかけやすいと言えば話しかけやすい、のでしょうか?私には分かりません。おそらく、人それぞれだと思います。さらに言えば、こんな内容を見た目小学生低学年に伝えても良かったのでしょうか?今更聞くのは遅すぎますけど、きになります。
「え?あなたって、私と同じ高校生、じゃないの?」
「え?」
「…え?」
ん?どういうことでしょう?私の見た目って、目の前にいる美和さんと同じ、ということなのでしょうか?…そんなまさか。ですが、万が一の可能性、ということもあり得ます。
「それはどう言う意味でしょう?」
「え?それは…、」
美和さんが言うには、二つの年齢の平均値、だそうです。
一つは見た目年齢。美和さんによると、私は6歳、だそうです。まったく嬉しくありませんね。
もう一つは精神年齢。美和さんによると、私は30歳、だそうです。精神年齢から言えば、桐谷先輩より年上、ということですか。なんだか、素直に喜んでいいのか分かりません。
そして、6と30を足し、2で割ったところ、18、つまり、普通の高校生くらいになったんだとか。
…なんか結局のところ、私は見た目6歳相当なのですね…。毎回毎回言われる私を誰か労ってほしいです。経緯はどうあれ、私の事を高校生と思ってくれているのは嬉しいです。
「そ、そうですね。」
なので、私は美和さんの考えにのることにしました。私自身、悪い気はしませんね。結果的に美和さんを騙すことに繋がってしまいますが、気にしないでおきましょう。
「…ふぅ。実に美味しい朝食でしたね。」
「う、うん。」
美和さんは俯きつつも、返事を返してくれた。
「それでは、会計を済ませましょうか?」
「わ、分かりました。」
もちろん、私が全会計を持とうとしましたが、断られてしまいました。割り勘で支払いを済ませつつ、歩いて帰り道を歩いていく。
「私が送りますよ。」
「え?えっと…お願いします…。」
最初ごねるかと思ったが、意外とすんなり話が進んだ。一応、自分より小さい人に送られることが屈辱的なのではといくつか配慮しようと色々考えていたのですが、杞憂に終わったようです。それほど、心身ともに追い詰められている、ということなのでしょうか。これだからストーカーは…!
「あ、あの!」
「何か、ありましたか?」
「…いえ。」
急に何を尋ねてきたのでしょう。あ、ですが聞きたい事はあるんですよね。
「いや、一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」
「な、何かな?」
「これは質問ではありませんが、一つだけ言います。何度も言いましたが、出来ることなら、保護者の方の協力を仰いでください。」
「・・・。」
美和さんは俯いた。おそらく、親には内緒で解決したいのでしょう。気持ちは分からなくもないですが、これは言っておかなくてはなりません。
「言っておけば動きやすくなりますし、心の持ち方も変わってきます。絶対に、とは言いませんが、心に残しておいてください。」
少し、説教じみてしまったでしょうか?ですが、親が味方になれれば、強力な味方になります。味方はいくらいても困りませんから。
「…考えて、おく。」
「はい。今はそれで充分です。」
何度も言ったような気がしますが、美和さんには言っておくべきでしょう。美和さんの様子を見る限り、とても信頼できそうですし。つまり、美和さんの親は子どもを心配してくれる親、ということです。そういう親なら、とことん頼っていって欲しいものです。
ほんと、頼れる親がいて、羨ましいです。
美和さんを家まで送り、私は社員寮まで戻ってきた。それにしても、美和さんって本当に私のことを高校生と勘違いしているのでしょうか?初めて言われたので、ついつい疑ってしまいます。それにしても、
「私が高校生、ふふふ♪」
つまり、実年齢より高く見られた、ということですね。今だったら、
“早乙女先輩。”
とか、
“優先輩。”
とか、言われるかも?なんか、気持ちが高揚します♪このまま幸せな気持ちで会社に行くとしましょう。今日はいつも以上に頑張れそうな気がします。
「さて、着替えて…、」
「優君?今までどこに行っていたの?」
「・・・。」
あ、そういえば今日は前回より帰りが遅くなってしまいましたね。とはいえ、そこまで遅くなってはいないはず。
「朝の時間からどこ行っていたのか、教えてくれないかしら?」
菊池先輩、笑っているようですが、目が笑っていないですよ。これは間違いなく、怒っていますね。とはいえ、今の時間帯であれば、ごまかすことが可能です。今回はその手を使ってごまかすとしましょう。
「菊池先輩、そんなことよりそろそろ準備しないと会社に遅刻してしまいますよ?」
私は、菊池先輩に時計を見るよう促す。
「…なるほど。帰ってからじっくりたっぷり話を聞いてあげるから、覚悟しておいてね♪」
と、鼻歌交じりに機嫌を良くし、私の前からいなくなった。ひとまず、時間を先延ばしにすることはできましたが、仕事終わりが憂鬱です…。
「?何かあったのか?なんかあいつ、いやにご機嫌だし。」
「く、工藤先輩。何もありませんよ、何も。さ、会社に行く準備をしましょうか?」
「?ま、そうだな。」
さて、今日も仕事、頑張りましょう。
つ、疲れました…。
通常業務はいつもと同じくらいの量でしたが、菊池先輩の視線がとにかく!とにかく心苦しかったです。おそらく、他の方々も気づいていたでしょう。ほんと、私のこと、ジロジロ見過ぎでした。それにしても、工藤先輩もいつもより見ていたような気がしたのですが、気のせいでしょうか?もしかしたら、菊池先輩のことで過敏になっているのかもしれないですね。とはいえ、あの視線は本当に辛かったです。お昼時もわざわざ寮に戻って済ませましたし。それに関しては、美和さんの件もあったので、ちょうどよかったです。お昼休憩の時間では、あのストーカーの素性を全て把握することはできませんでしたが、まぁこんなものでしょう。後でより正確な情報を獲得するために、監視カメラのデータを入手するとしましょう。後がつかないよう、細心の注意をはらわないと。
そんなことを考えつつ、午後の業務も全うし、終業時間となった。
「さて、これで私は失礼します。」
私は足早に用意を済ませ、会社を後にしようとする。
(…どうやら、菊池先輩はいないようですね。)
デスク周辺を見渡すと、菊池先輩は既に帰ったのか、姿が見えない。菊池先輩、もう帰ったのですか。すごい早業ですね。ま、今は菊池先輩の早業に感謝するとしましょう。そのおかげで堂々と帰れます。
「それでは今日は、お疲れさまでした。」
「「お疲れさまでした。」」
「…お疲れ。」
桐谷先輩と橘先輩はいつも通りの返事を返してくれました。ただ、工藤先輩の返事に若干違和感を覚えたのは…気のせいでしょう。さて、いつ菊池先輩がここに戻ってくるのか分からないので、急いでこの場を離れましょう。
ふぅ。一応、周囲を常に警戒して移動してきましたが、どうやら菊池先輩に見つかることなく社員寮に着いたみたいです。良かった。後は自室に戻って…自室?そういえば、どんなに私が警戒しようとも、結局は自室には戻るんですよね。もし、菊池先輩が自室の前で待機していたら…?いや、そんなことはないでしょう。ないはず。ない、と、思いたいです…。自室前の玄関をそっと覗いて見ると、
「~♪優君、早く帰ってこないかな~♪」
「!!?」
思わず条件反射で隠れてしまいました。なので、一瞬しか見られませんでしたが、あれは確実に菊池先輩でした。菊池先輩も考えたものです。ですが、このままでは入ることができません。どうすれば…?
…どうしよう?何も思いつかない。
宅配業者やピザ屋、家事代行サービスの人のふりでもしようかと考えていたのですが、自身の身長を考慮すると、そんな真似は不可能です。もっと自分に伸長があれば…!いや、まてよ?この身長の小ささを活かせばいけるかもしれません!だとすれば…、
(よし、それでいこう!)
こうして私は、菊池先輩の死角に入るため、匍匐前進で玄関に向かった。
そしたら、
「あら?優君、いったい何をしているの?」
一瞬で見つかってしまった。冷静に考えてみれば一目瞭然なことです。匍匐前進なんかで死角に入れるわけありませんね。かなり興奮状態になっていたようです。こんな後悔をしても、いまさら遅いのですが。
「こんなところで何をしているのかしら~?もしかしてかくれんぼ、とか?」
「い、いえ。」
私は何歩も、何歩も後ろに足を動かす。だって菊池先輩、口が笑っていても、目が笑っていないんですもの。こ、怖い、です…。
「優く~ん?早くここを開けて、話をしましょうよ~?ね?」
「・・・。」
私の勘が、第六感が告げています。
今すぐ逃げろ、と。
それほどまでに、菊池先輩が怒っていると。ですが、今の私に何が出来るのでしょうか?謝罪、でしょうか?
「優く~ん?開けられないのなら、私がスペアのキーを使うわよ?それでいい?」
「・・・。」
この菊池先輩の発言に、私は何も言えませんでした。あまりの雰囲気に。
「…やっぱり。優、何かやらかした、みたいだな。」
「く、工藤先輩!?」
何故こんなところに!?と、思っていたのですが、そういえば、私の隣は工藤先輩でしたね。なら、こんな場面になることもよくありますよね。
「…何?私今、優君とのお話があるの。だから、通りたければ勝手に通れば?」
と、菊池先輩は中央に立っていた位置を少しずらす。工藤先輩が通りやすくなるように気をきかせたのでしょう。どうせなら、私もその気づかいに乗るとしましょう。
「…いや。俺も話を聞くよ。」
・・・え?今工藤先輩は、何て言ったのでしょうか?
「…別にいいけど、私の邪魔だけはしないでよね。」
「分かっている。俺も少し気になっていたからな。」
・・・もしかして、今の私に味方っていないのでしょうか?
「そう。邪魔しないなら、勝手にすれば?」
「分かった。」
というような会話をしたかと思うと、
「優?さぁ、鍵を開けてくれ。」
「・・・はい。」
どうやら、今の私に逃げ道はなさそうです。私は鍵を開け、二人を部屋に入れる。
「さて優君?これまでで私に隠していること、全部話してね?話さないと…、」
「話さないと?」
私がそう聞くと、菊池先輩は、
「・・・。」
ニコッと笑っただけで、何も返事をしなかった。あ~…。もしかしたら、私に逃げ場何て都合の良い道は無いのかもしれません。というより、確実に無いですね。これ以上あがこうかとも考えていたのですが、無駄ですね。
こうして私は、これまで隠していたこと、美和さんのストーカー相談について話した。
ある女性、美和さんがストーカー被害に遭っていること。
今も通院している同僚の会社員の人と重なってしまい、自身の能力を向上させるとともに、助けたいと思ったこと。
その女性、美和さんには既に、小型カメラ等を使い、画像や音声データを取ってきてもらったこと。
後は、私がそれらのデータの解析を行うこと。
その後は、美和さん次第に任せること。
こんなところ、でしょうか?一番大事なところがあやふやですが、これは美和さん本人が決めるべきだと思います。私は直接被害に遭っているわけではありませんし。感情を優先させていいのであれば、何かしらの制裁を加えるべきだと思うのですが、これは心の中にとどめておくとしましょう。後は、ストーカーが気になる行動をしていたので、それも二人に伝えた。
出来る限り名前を伏せて話したのですが、菊池先輩はどこまで把握しているのやら。それに加え、工藤先輩まで話を聞きに来るとは思えませんでした。工藤先輩はいつも通り楽しくお酒を飲んでいればいいのに。そんなことを考えながら、
「…これで以上、です。」
二人の報告を待った。何か、社内のプレゼンを彷彿とするような話し方になっていた気がしますが、気にしないでおきましょう。
「「・・・。」」
二人とも、何か言いたそうにしていました。
菊池先輩は感心半分怒り半分、工藤先輩は呆れ半分怒り半分、といったところでしょうか。どうして二人とも、私にそんな怒っているのでしょうか。確かに、二人には黙って行動していたのですが、そんなに怒ること、なのでしょうか?一応、人助けのために動いているので、悪いことをしている自覚は一切ないのですが。それとも、借りていた道具を赤の他人に貸してしまったことでしょうか?それですと、工藤先輩が怒っている理由についての説明が出来ません。となると、今の私では考えられません。
「あの、なぜそんなに怒っているのでしょうか?」
と、私が素直に聞いてみると、
「「あ??」」
「ひぃぃ!?ごめんなさい!」
あまりの二人の怒り顔についつい謝ってしまいました。無意味な謝罪は逆に人の機嫌を損なうと聞いたことがありますので、これ以上はしないでおきましょう。それにしても、二人の顔が怖いです。ついつい声を出してしまいしたが、これぐらいは許してくれますよね。これが室内で起きたことで良かったです。公共の面前でやられていたら…間違いなく外に出ることが嫌になっていたと思います。
「あ、ごめんなさいね。つい、ね?」
と、菊池先輩はさきほどとはうって変わり、和やかな雰囲気で言い、
「わりぃわりぃ。つい苛立っちまって。」
と、工藤先輩も若干和やかになりつつも、どうやらまだお怒りの様です。
一体、何故二人はそんなにも…?
「…まずは俺からでいいか?」
「いいわ。前座はあなた。メインが私ってことで。」
「ま、いいけど。」
なんかよく分からない会話が二人の間で行われた後、
「まったく。お前はほんとに、自分にかんしては無頓着だよな。」
そう言われた後、私の頭に温かい何かが乗せられた。それは物理的にもそうだが、その温もりは精神的にも温もりを感じた。その温もりが、工藤先輩の言葉をより鮮明にさせた。
「いいか?どんなに頑張っても、大人ぶっても、お前はまだ大人に頼ってもいいんだ。頼ってもいい年代なんだ。だから、もっと頼ってくれよ。」
その言葉が、私と工藤先輩の接触部分から全身に浸透していく。この工藤先輩の言葉が、細胞単位で体に染みわたり、本能的に理解していく。
「保護者の俺からすれば、頼ってくれない方が辛いんだ。頼らないことを成長と感じることもあるが、優は頼らなすぎだ。少しならいいが、優の場合は、体を壊してでも自分でやろうとするからな。」
…本当、私は工藤先輩には迷惑かけていたんですね。自分ではかけないつもりで、一人でやろうとして、頑張って努力して、パソコンで解析して、証拠をつかもうと努力していたのですが、報告はしていませんでしたね。それがかえって工藤先輩達の迷惑になっているとは思いませんでした。ほんと、自分よがりでしたね。
「…俺の言いたいこと、伝わったか?」
「…はい。心配かけて、すいませんでした。」
「そうだな。せめて事前に報告くらいはしてくれよ?」
「はい。」
そうですね。報連相をきちんとするよう、常に己を律していたのですが、どうも駄目ですね、私。
「次は私よ。」
「菊…、」
私が最後まで言い終えることなく、菊池先輩は私に抱きついた。
「ねぇ?お願いだから、もう一人で無茶しないで?」
それは、さっきの鋭利な怒りにまみれた視線とは異なり、丸みを帯びた優しい温もりだった。その温もりは、先ほどと同じように、全身に浸透し、体の全命令が上書きされたかのように、自身の全器官が菊池先輩の言葉に集中する。
「私、優君がいないと死んじゃうの。比喩じゃなく、文字通りにね。別に無茶しないで、なんて言わないわ。でも、何でも独りで抱え込もうとしないで。せめて、せめて、私に一言何か言ってほしいの。お願い。」
と、言い終えるとともに、締め付けが若干強くなり、そのことに比例するかのように温もりがさらに大きくなっていく。
「優君、お願い。」
私にも理解できてしまった。
今、菊池先輩は悲しんでいると。原因は間違いなく私だ。自身のわがままのために黙っていたのだが、それがかえって迷惑をかけているとは思いもしませんでした。工藤先輩に続き、こんな大事な人を悲しませてまで、やるべきことではありませんね。
「すみませんでした。」
自然と、こんな声がでた。自分にもまだ、頼っていい大人がいるのですね。そう自覚できました。こんなことをしなければ自覚出来ない自分もまだまだ子供、ということですね。ほんと、まだまだ未熟者です。
「分かってくれた?」
「はい。」
自分の未熟さ、愚かさが二人を怒らせてしまったのですね。本当に申し訳ないです。
「…うん。今の優君なら、大丈夫かしら?」
「だな。」
と、さきほど見てしまった鋭い視線とは異なり、ほんわかとした目をしていた。これです。お二人にはこの目の方がお似合いだと思います。
「さて、お仕置きは、この件が終わってからにしましょうかね。」
「だな。今回ばかりは菊池に賛成だな。」
「・・・え?」
今、菊池先輩はなんと仰っていたのでしょうか?
お仕置き?
え?
反省したから、この件は水に流してくれるのではないのですか?
う、嘘ですよね?
聞きたいですが、今の空気では、聞くことも出来ません。聞けるときに聞くとしましょう。
「それで、優君はこれからどうするつもりなの?」
「私は…、」
私は今後の目標を二人に話した。
・ストーカーの情報を片っ端から集めること
・ストーカーが通っている学校に話をすること
今のところ決まっているのはこの2つなので、これらを話した。工藤先輩は不満げなかおをしていたが、菊池先輩は納得しているような顔を見せていた。さきほどの発言だけで私の意図を汲み取るとは、流石です。とはいえ、一応説明はした。
「どうして親や本人に直接言わずに、学校に言うんだ?遠回りしていないか?」
「学校側にも事情を伝えた方が後々いい抑止力になると思ったからです。ストーカー達が住まう家に行けばもみ消される危険性がありますし、最悪、暴力をふるわれる可能性もあります。」
「そ、そんなことをする親がいるわけ…、」
「あくまで、最悪の事態を踏まえての行動です。なので、用心するに越したことは無いかと思います。」
「…これっていい判断か?」
「いいと思うわよ?自分の子供が犯罪まがいな行動をしているとしったら、親のとる行動は二つ。謝罪、もみ消しよ。謝罪ならともかく、もみ消しにくるとしたら要注意ものよ。優君が懸念している通り、力で解決しようとする輩も少なくないわ。また、人の話を全く効かない輩も結構いるのよね。」
「そ、そういうものなのか…。」
「例外として、しらばっくれる輩もいるけど、証拠を突き付けるとそういうやつにかぎって暴力をふるうわ。もちろん、その後土下座をするやつもいるけど、私としては無意味ね。」
「は、はぁ…。」
工藤先輩は分かっていない様な顔ですね。ま、今の会話で全てを理解出来る、何て人はそうそういないでしょうし、普通の人の認識としては正しいのかもしれません。
「ですが、引っかかっていることがあるんです。」
「「引っかかっている事?」」
私は、ストーカー本人が、ストーカー被害に遭っている人に接触してきたこと。その時、身分が判明するような服を着ていたこと。この2つを話した。工藤先輩は浮かない顔をしていたが、菊池先輩は複雑な顔をしていた。
「…ということがあったんですけど、何故こんなことをしたのかが分からないのですが…、」
私は二人に意見を聞いてみた。工藤先輩は、
「・・・分からん。」
工藤先輩は分からないみたいだ。私も分からないですし、私と一緒ですね。さて、菊池先輩は、
「…優君?ちゃんと学校の名簿、周辺の監視カメラとか調べた?」
菊池先輩が私に質問してきたので、予め調べていたことを答えた。
「いえ。三か月間の監視カメラ映像を見ていたのですが、ストーカーが登校している様子も、周辺を歩いている様子も見当たりませんでした。もちろん、学校の名簿にも、そのストーカーの名前は載っていませんでした。」
「ふ~ん・・・。」
菊池先輩は少し考えた後、大きくため息をつき、
「そいつ、変にずる賢いわねぇ。」
と、呆れ交じりのため息をつきながら言われた。…?どういう意味でしょう?
「どういう意味か聞いてみてもよろしいでしょうか?」
「もちろん教えてもいいけど、いいの?」
「はい?何が、でしょう?」
教えると、私に何か不都合が生じるのでしょうか?そんなこと、無いと思うのですが…。
「優君はこの件、一人でやるんじゃないの?」
「あ。」
そうでした。私、菊池先輩に頼る気満々でした。まだまだ私も甘いです。
「だから、どうしようもなくなったら私が教えるから、それまでは頑張ってみて、ね?」
「はい。」
ほんと。菊池先輩は私の全てを見透かしているのでしょうか。そんな勘違いをしてしまうほどの包容力です。ほんと、菊池先輩には敵いそうにありません。
「分かりました。一人で考えてみます。」
「うん♪それでこそ私の優君よ!」
と、菊池先輩は私に抱きついてきた。もう、苦しいですよ~。
「ありがとうございます。」
「うん!」
少し抱き合った後、
「おっほん!」
急に工藤先輩がせき込んだ。
「…何?そこの本が読みたいの?」
「おっ本、じゃねぇよ!」
工藤先輩は菊池先輩の腕を掴み、
「帰るぞ!これ以上は優の邪魔になるからな。」
「え?嫌よ!もっと優君と精神的にも肉体的にも繋がりたいのよ!」
「どっちも却下!」
「えぇ!?」
工藤先輩が菊池先輩から私を離した後、
「それじゃあな、優。何かあればいつでも俺達を頼れよ?絶対に一人でこん詰めないようにな?」
「はい。」
それはもう、さきほどの会話で散々思い知らされました。なので、もう大丈夫です。
「じゃあな。また明日、会おうな?」
「はい!」
こうして、工藤先輩と菊池先輩は私の部屋から出ていった。途中、「私の優く~~~ん!!」と、叫び声が聞こえたような、聞こえなかったような…?気にしないでおきましょう。
さて、
「優君!」
「おわぁ!?」
び、ビックリした。
「な、何でしょうか?」
「一つ、伝え忘れていたことがあってね。それを伝えに来たの。」
「そ、そうなのですか。わざわざありがとうございます。それで、伝え忘れていたこと、とは?」
「優君は、もう一つの可能性を見逃しているわ。以上。それじゃあね。」
それだけ言ったと思ったら、すぐに私の視界からいなくなっていた。
もう一つの可能性?一体、どういう意味なのでしょうか?その言葉に対する解答を見つけない限り、先には進めそうにありませんね。
(とりあえず、引き続き、このストーカーの身元を調べないと。)
私は、考えるより手を動かし、ストーカーの身元を調べるために奮闘した。
だが、
(み、見つからない…。)
事態は、少しずつ悪くなっていった。
ストーカーの件で悩み続け、数日が経過し、日にちはもう金曜日。仕事は少し忙しかったものの、何とかこなしつつ、ストーカーの身元追及も並行作業で行っていた。仕事は残業をして終わらすことが出来たが、ストーカーの件については、工藤先輩と菊池先輩と話をしたあの日から、一向に進んでいません。あの宝鳥高校周辺の監視カメラの場所を一から洗い直し、何度も何度も見直し、画像を用いて、顔を判別するプログラムも作成した。さらに音声からも拾えるように、そんなプログラムも即席で作成した。それらを使って探したのですが、あのストーカーが宝鳥高校に通っていた痕跡がどこにもありません。期限が2、3日しか残っていないのに、これはかなり追い込まれていますね。
(やはり、菊池先輩のあの言葉の意味を理解しないと、ですかね。)
未だに、あの菊池先輩の言葉の意味が理解できていないんですよね。
もう一つの可能性を見逃している、でしたっけ?
「優君、大丈夫?」
そんなことを考えていると、菊池先輩から声をかけられた。しまった!?ここはまだ社内。こんなことを社内で考えるのは芳しくありません。会社に入ったら、会社の業務に集中しませんと!
「す、すいません!今すぐ帰る準備をしますね!」
とは言っても、私の業務はもう終了しているので、後は帰るだけ。帰る準備をしている途中で余計なことを考えてしまったんですよね。菊池先輩に注意される前に、迅速に変えるべきでした。私も周りの事を見えていないですね。
「待って。」
帰ろうとしたら、菊地先輩に私の腕を掴まれてしまった。う、動けません。
「な、なんでしょうか?」
「…もしかして、まだ悩んでいる?」
「…はい。」
最初、菊池先輩に心配かけないよう、嘘をつくつもりだったのですが、菊池先輩の顔を見て、嘘をつくのは無理かと思い、つい正直に話してしまいました。これでは菊池先輩を心配させてしまいます。
「大丈夫?手伝おうか?」
「・・・。」
本来であれば、手伝いを要請すべきだと、自分でも分かっています。ですが、正直に助けて下さい、とは言えませんでした。自分のしょうもないプライドや、菊池先輩に迷惑をかけたくない、という気持ちが、私の言葉を濁していました。
そして、菊地先輩なら、私の心情を察してしまうことも。
「・・・そう。」
もしかしなくとも、察してしまったのでしょう。
「じゃあ、さらにアドバイスをするわ。」
「…いえ。私はこれで。」
まとめた荷物を持ち、社員寮へ帰ろうとする私を、
「これは単なる独り言、だけどね。」
私はこの菊池先輩の言葉で、歩みを止めてしまった。おそらく、独り言だから聞いても問題ない、と自信が判断したのでしょう。
「私は、優君の仕事を、優君を信頼しているからこそ、もう一つの可能性にかけているのよ。」
私のことを信頼しているのはとてもありがたいことなのですが、肝心の、“もう一つの可能性。”とやらに悩まされているんですよね。
「今の優君なら、きっと分かるわよ。何せ、」
菊池先輩は立ち上がり、私の頭に手を乗せる。まったく、私の頭は手の置き場じゃないんですよ…。ですが、同時に嬉しくも思ってしまいます。
「メイド服を着ていても、必ずしも女の子、とは限らないように、ね?」
「???」
今の言葉は、どういう…?
「さて、これ以上は止めておきましょうかね?それじゃあ優君。」
「あ、はい。」
「夕飯時に、答えを聞かせてね?」
そう言って、私の返事を聞かずに帰っていった。…?さきほどの言葉には一体、どういう狙いが…?
「あ。」
不意に、工藤先輩とも目が合った。何か言いたそうにはしているのですが、
「・・・。」
何も言わず、そのまま帰ってしまいました。本当にどうしたのでしょう?
「…ま、それより早く帰って対策を練りませんと。」
私は誰もいなくなった課の面々の机を見て、独りで寮に帰る。
あれから1時間。買い物に出かけ、調理をしている間にすでに夕飯時。正直、何も思いついていません。ですが、もう少しで何か閃きそうなんですよね。考えてはいるんですが、思いつきません。
「…優君?いい香りが立ち込めているわよ?」
「あ、はい。」
「優。これは運んでいいのか?」
「はい。お願いします。」
夕飯もいつも通りに用意し、夕飯時。
「「「いただきまーす。」」」
みんなで夕飯を食べ始めた。終始、
「「・・・。」」
二人からの視線はあるが、それ以外はいつも通りだった。いつも通り、にぎやかで、雑談飛び交う食事であった。
食事を終え、片づけを工藤先輩としていると、
「…ところで、進捗状況を聞いてもいいか?」
一瞬、私の手が止まってしまった。私は自分の体の硬直にすぐに気づき、また食器洗いを再開したのだが、
「…そうか。」
どうやら、工藤先輩には見抜かれてしまったようだ。今も後ろから私を見てくる菊池先輩に少し怯え、言葉を選び、出てきた言葉は、
「…なんとかします。」
その言葉だった。
「ま、パーフェクトメイドなら大丈夫だろうな。」
「…私、そもそもメイドではないのですが?」
「いや、見た目からすればどう見てもメイドだぞ?」
「う!?そ、そんなことは…ある、と思いますけど…。」
確かに、メイド服着ていますけど!背も小さいですけど!!絶対に違います!!!
「あれ?」
メイド服を着ているけど、メイドじゃない。
何でしょう?この言葉に何か特別な意味が…?それに、菊池先輩の言っていた言葉、
“もう一つの可能性。”
と、
“メイド服を着ていても、必ずしも女の子、とは限らないように、ね?”
の言葉。
・・・。
まさか?まさか、まさか、まさか???
私は、ストーカーの行動、その意味について、ある可能性を考え出す。そして、
(…そういうことですか。確かに、私はもう一つの可能性を考えていませんでしたね。)
それは、
「ふふ♪」
不意に、後ろから笑み音が聞こえる。
「?菊池先輩、どうかしましたか?」
「ごめんね。ただ、優君の背中が一瞬で輝き始めたから。」
「???」
どういう意味、なのでしょうか?私の前に光り輝く物質なんかありませんし。
「そうだな。目に見えるくらい、良い顔になったな。」
「え?工藤先輩まで!?」
急に二人ともどうしたのでしょうか?もしかして、顔にでていたのでしょうか?いずれにしても、後はこの考えを事実として認めさせるためにも、証拠を集める必要がありますね。
「手助けはいる?」
「いえ、大丈夫です。」
私は、菊池先輩の受け答えに、自然と笑顔で出来るようになっていた。
それを見た二人は、
((大丈夫、みたいだな。))
安心感を覚え、そのまま無言の時間を三人で過ごす。食器洗いを済ませ、
「それじゃあ私は、証拠を掴んできますね。」
私は足早に移動を始めた。
「頑張って♪」
「上手くやれよ。」
そんな先輩方の励ましに、
「はい!」
私は大きな勇気をもらった。
さぁ、ラストスパートをかけましょう!
優がいなくなった共同リビングでは、二人の会話が開始された。
「なぁ?」
「何よ?」
「もしかしてだけど、今、優がやっていることって、犯罪じゃないのか?」
「だから?」
「だからってお前…!」
「私は法の神様じゃないのよ?それに、優君は人のためにやっているの。手段が非合法でも、ばれなきゃ問題ないのよ。」
確かに、優がやっていることは非合法である。
優は、各所に設置されている防犯カメラの映像を無断で閲覧し、情報を収集しているからである。だが、
「さらにいえば、優君が実際に法を犯している場面を見たわけじゃないし。」
「じゃあつまり、犯罪を黙認しろと?」
「そんなことは言っていないわ。だって、優君が法を犯している証拠がないもの。」
と、あっけらかんと答える。その答え方には、確かな自信が感じられた。
「じゃあもし、優が失敗したら…、」
「優君なら大丈夫よ。」
そう言った後、菊地は、優が淹れてくれたお茶を一気に飲み干し、立ち上がる。
「だって、私が一から教えたのよ。パソコンのスキルに関してだけ言えば、優君以上の人材は、社内ナンバー2よ?」
そう言って、菊地はこの場を立ち去ろうとする。
「それで、あなたは来る?」
「?どこに、だ?」
「優君の罰ゲーム用に着せる衣装を選びに行くのよ。」
普段なら、着せまいと躍起になっているところだったが、先ほどの会話を思い出し、
「…それじゃあ、俺も行こうかな。」
やや重くなっていた腰を上げる。
「やっぱり、優君にはふりっふりのメイド服を着せてあげたいわ~♪」
「…今回、優に対するお仕置きだからな。優に対して屈辱的な服を着せてやるべきだろう。」
工藤が菊池の話に乗っかる。
「何言っているの?そのための、ふりっふりメイド服でしょう?」
「それもいいが、女性用の民族衣装を着せることも悪くないんじゃないか?」
「…確かに。それはいいアイデアよ!さっそく、衣装について調べてようかしら?持ち合わせの服をアレンジすれば、それなりになるかも?」
「それじゃあ、俺も見に行くとするか。」
こうして、大人二人は黒い笑みをこぼしていた。それは、小さな会社員を辱めるため、悪巧みを思考している目であった。
この後、優には屈辱的な目にあうだろうが、そんなことは、今の優にとっては知らないだろう。
次回予告
『小さな会社員達とある姉の家族との会議生活』
解決する糸口を見つけた優は、なんとか期日までに証拠を集め終え、美和と話をするために社員寮を出る。出た後に待ち構えていたのは、美和だけでなく、その父親と母親もいた。そして、菊池美奈、工藤直紀を含めた6人で、今後のことについて話し始める。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




