何でも出来るOLの万聖節前夜祭企画生活
10月。
今年が終わるまで残り三カ月を切り、年末のテレビ番組の予告をチラシで見るこの時期。私には少し、いや、かなり憂鬱であった。
その原因は、
「だから駄目だと言っているだろ!?」
「何故ですか!?こんなにも素敵な企画なんですよ!?ぜひ採用してください!」
「駄目だ!!!」
菊池先輩である。
「はぁー。」
「あ、あの。」
「ん?どうしましたか、桐谷先輩?」
「どうしてあの二人はあんなに長く話し合っているのですか?」
と、いつも見慣れていない光景に、桐谷先輩が私に聞いてきた。そういえば桐谷先輩は今年入社してきたばかりでしたね。だとすれば、あの光景を見るのも今回が初めてなのでしょう。
「あれはですね…企画の話し合いです。」
どう説明すればよいか迷いましたが、企画について、ということにしました。間違ってはいないんですけど、ね…。
「ですが、菊池先輩があんなに長々と仕事の話をしているところ、見たことがありません。」
「ええ。1年に1回、しかもこの時期によく見られますよ。」
「なるほど。この時期にしか見られない貴重な場面ですね。なんだか得した気分です。」
「そんな、いいものではありませんよ…。」
あの企画の事を考えると、どうにも憂鬱になってしまいます…。
「え?何故そんなに優さんが落ち込むのですか!?私、何かやらかしてしまいましたか!?」
「いえ。桐谷先輩がした、というわけではありません。やらかしているのは、菊池先輩です。」
「え?どうしてここで菊池先輩の名前が…?」
「それはですね、あの会話を聞いてみれば分かります。」
私はその二人、課長と菊池先輩に視線を向ける。あの二人、まだ話しているのですね。いつも通りとはいえ、複雑です。
「あの二人、ですか。」
「ええ。学びのために一つ聞いてみてはいかがでしょう?」
「学びのため、ですか?」
「ええ。反面教師として、ですが。」
「反面教師?」
私はそう言い、自身のデスクに戻り、持ってきた書類を置き、整理し始める。
「???」
桐谷先輩は、私の言っている意味が分からなかったようですね。それでいいのです。何せ、聞いてみれば、何故私がこう言ったのかが分かるのですから。
課長と菊池が仕事の時間中、何を話しているのかというと、
「何度も言っているが、この企画を採用することは出来ない。」
「何故!?何度も欠点を直したし、悪い箇所なんか見当たらない、私の最高傑作の企画書ですよ!?」
仕事の話をしていた。その話題は、企画を採用するか否かについてである。
「だったら、その企画名を言ってみたまえ。」
「優君ハロウィンコスプレ企画です。」
ただ、その企画には、菊池の願望が丸ごとはいっていた。そして、
「・・・はぁ。」
その企画名にもだが、この企画を堂々と持ってこられたことにため息をついていた。その度胸だけは称賛ものであろう。
「ちなみに聞いておくが、この企画の詳細を聞いてもいいかね?」
「はい!ハロウィン時、優君にはハロウィンならではのコスプレをしてもらいます。そうすることで…、」
「ああ、はいはい。もういいから。」
課長は片肘をつきつつ、聞くことを拒否する。
「さらに!優君がハロウィンコスプレをすることで、周りの人がどれほど幸せになるのかを式にしてみました。それがこちらです。」
「!!?」
さすがの課長も驚きを隠せなかった。何せ、単なる企画書に、詳細な文字、数式がずらりと並んでいるのだから。
「…この、幸せ度数、というのは?」
「はい。どれほど幸せなのかを統計的に数字化したものです。」
「・・・そうか。」
ここまで徹底してやる菊池の努力には目を見張るものがある。ただ、努力の方向性が間違っている事には変わりないわけなのだが。
「…ところで、この企画書の厚さは一体何だね?」
「はい。企画書を製作する上で、この企画の魅力を伝えるためには、それぐらい必要かと思い、増やしました。」
「…これ、国語の辞書くらいないか?」
そう。菊池が今回提出した企画書の枚数は、国語辞典なのかと疑いたくなるほどの厚さを宿していた。何故、そこまで厚くしたのかというと、
「やっぱり優君のハロウィン衣装だもの。手は抜けないわ。だから…、」
優の衣装である。菊池は課長のデスクに置いた企画書の束に手をかけ、とあるページを開く。
「これは魔女の衣装よ。紫を基調としたもの、赤を基調したもの、青を基調としたもの。実に様々な…、」
「いや、そこまで詳細なことは聞いていない。」
「?では、何でしょう?」
「これ、去年よりも厚くなっていないか?」
この企画は、菊池が何年も前から手にかけている企画で、この時期になると恒例行事のように申請し、ことごとく却下されているのだ。無論、今年も諦めずにだしたのだ。ただ、年々クオリティーが上がっているのか、文面はもちろんのこと、枚数も増えていっているのである。今年はついに辞書並み、いや、それ以上の厚さかもしれない。それぐらい、時間と手間をかけているのである。
「…それにしても、衣装の部分が多くないかね?」
「それはですね。」
瞬間、
(あ。これは不味ったかも。)
菊池の目がより妖しく光りだす。その様子を見た課長は地雷を踏んでしまったなと後悔した。
「やっぱり朝、昼、夕方の3回は着替えて欲しいの。だけど万が一、衣装が汚れた時用の替えの衣装。それと、全衣装の全体図や色々で結構な枚数になりました。ここなんて凄いでしょ?この衣装はね…、」
こうして、菊池による衣装講座が、長々と行われていく。
「…課長、凄いですね。」
「ですね。菊池先輩のあの長話をきちんと聞いているのですから。聞き流せばいいと思うのですが。」
「そんなことしたら、あの変態に何されるか分かったものじゃないからな。」
「そうなのですか?」
「ああ。あいつを理不尽な理由で陥れようとした者は、漏れなく辱しめられたからな。」
「え?」
「そこにいる優も被害者の一人だ。な?」
「え?え、ええ。」
あれからもう十分は経過しただろうか。菊池先輩は未だ、嬉々として企画書に記されている内容や衣装について説明している。あの厚さのものを全て話す、というわけではないと思いますけど、あれはきついでしょうに。課長も頑張りますね。
「…私、もっと頑張ります!」
「桐谷、そこまで気張らなくていいぞ。なんなら、あの変態を馬鹿にするくらいが、」
「ちょうどいいの?」
「そうだな。あの変態を罵るくらいの心構えが…って、え?」
あ~あ。工藤先輩、余計な事言い過ぎましたね。本人がいない前なら多少ごまかしがききますが、本人が聞いていたのであれば、もう無理ですね。ごまかすことが出来ませんから。
「さて、あなたの恥ずかしい過去達のうち、どれをばらしてやろうかしら?」
「すんませんでした。これ以上言わないので勘弁してください。」
き、綺麗な直角です。社会人ともなると、頭を下げる時はこれほどやらないと駄目なのでしょうか?それとも、それほどばれたくない何かを、菊池先輩が握っている、ということなのでしょうか?
「…はいもしもし。こちら…。」
一方、橘先輩はというと、真面目に仕事をしている…風に装っていますね。ま、見たくない気持ちは分かりますが、ごまかすなら、もっとちゃんとごまかさないと駄目ですよ。その電話、通話状態になっていませんし。
「これまで半年以上一緒に仕事させてもらっていますが、みなさん、よく働いていますね。」
「そうですね。」
確かに、この課に所属している先輩方はよく働いていると思います。
桐谷先輩は新入社員にも関わらず、仕事が良く出来、他の同僚の方々に差をつけています。
橘先輩は、面と向かっての話や電話を通しての話は若干苦手みたいですが、書類関連で遅れたことが一度もありませんし、時折メモ書きしている字もとても綺麗です。
菊池先輩は…おかしい、の一言に尽きますね。人の何倍、もしかしたら十倍以上働いても、一切苦を感じさせないその仕事ぶり。なのに、ほとんどミスがない。これは最早、人がなせるものではないでしょう。
工藤先輩は個性ある私達をまとめてくれ、和ませてくれます。仕事にも人一倍責任感を持ち、困った人がいたら進んで声をかけてくれます。
課長の実力は、前のアルド商事出張で当てて以来、実力を伸ばし、今では私達より立場が上となっています。ですが、それを感じさせない様な話し方には、人間として見習うべき点と言えるでしょう。
こんな方々と仕事が出来て、私は幸せ者です。
「まったく!この酒好きもひどいことが言えたものね!ね、優君?」
「え~っと…、」
こればっかりは何とも言えませんね。
公私混同している菊池先輩も悪いですが、本人が近くにいるのに、その人の愚痴を言ってしまう工藤先輩も悪いです。どっちが悪いかといわれれば…どっちなのでしょうか?私には判別できません。
「ほらな?優もお前の方がひどいってよ?」
「ほぉ~?あなたはまだ懲りていないの?」
「これとこれは別件だろう?別件、だよな?そう、だよ、な?」
私の方を向きながらそんなこと聞かれましても困るのですが…。
「とにかく、菊池先輩はその企画について、どう言われたのですか?」
と、私が聞くと、
「あの人、まずは仕事を完璧に終わらせてからやれ!って言ったのよ!私のこの企画は類まれなく最高な企画のはずなのに~。」
「そうですか。」
これは課長の言う事が正しいと思います。
おそらくですが、この企画の詳細を練るため、菊池先輩は他の仕事をいち早く終わらせようと奮闘するでしょう。それを狙っている、と考えていると私は思います。あくまで、私個人の考えですが。
「でしたら、まずは他の仕事を片づけていきましょうか?」
「…そうね。決まった事をいつまでも愚痴っていても仕方ないもの。」
と、少々気が乗っていないようですが、仕事を再開してくれるみたいです。これでお互い、仕事に集中できるものです。
「桐谷先輩。この前頼んでいた書類はどれほど進んでいますか?」
「あ、それなのですが、少々気になることが…、」
私達は社会人。
気に入らないことや、後味悪いことがあっても、そのことをいつまでも引っ張るわけには参りません。だって、仕事は待ってくれないのですから。
私は今日もオフィスを動き回り、仕事をし続ける。
時は過ぎ、
「・・・あ。もうこんな時間でしたか。」
ほとんどの方が夕飯を食べえているであろう時刻に、私は今更のように気づいた。そういえば私、夕飯をまだ食べていませんでしたね。寮のみなさんはとっくに食べ終えている頃でしょうから、後でコンビニにでも寄るとしましょう。
「…ふぅ。お?優も残っていたのか。珍しいな。」
あ、工藤先輩も残っていたのですか。自分の仕事に集中していたため、まったく気づきませんでした。かなり近くの距離にいたというのに。お互い、それほど仕事に集中していた、ということなのでしょうか。
「・・・はぁ。優君の仕事している時の横顔、素敵♪」
菊池先輩は…仕事をしているわけではないようですね。先ほどの発言から察するに、おそらくですが、私の横顔を見たいがために残っていたのでしょう。私には理解しかねることですが。
「工藤先輩も残業ですか?私は今仕事を終えたので、手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ。俺もたった今終わったところだ。それより、」
工藤先輩は私の横にいる菊池先輩に視線を変える。
「お前は一体、何をやっている?」
工藤先輩は菊池先輩にそう聞いた。
確かに先ほど、私の横顔を見ている、というおかしな発言を言っていたが、それはおそらくついで、もしくは暇つぶしの類でしょう。他にやるべきことがあり、そのついでで私の横顔を見ていたのだと思います。…もののついでで私の横顔を見る、というのはよく分かりませんが、一体どういう意味なのでしょうか?そのままの意味、なわけがないですし…。私の顔に何かついているのでしょうか?
「え?ただ優君の横顔を見ていただけよ?あ、もちろん、こんなことで残業代をせしめよう、なんて愚かなことはしていないから安心してね。」
そんなことは一切考えていなかったのですが。それにしても、本当に私の横顔を見たいがために残っていたのでしょうか?だとしたら…、だいぶやばいのではないでしょうか?
「はぁ・・・。」
工藤先輩は相変わらずため息をついていますし、ここはやはり、私がしっかりしなくてはなりませんね!
「菊池先輩!」
「ん?なぁに?」
「何か悩みがあったらいつでも!いつでも相談してくださいね!絶対、相談にのりますから!」
「え?…う、うん。ありがとうね、優君。」
「いえ、こちらこそです。」
これで、菊池先輩も安心でしょう。悩みがあり、吐き出して解決するのであれば、いつでも私に吐き出して欲しいです。菊池先輩にはいつも元気でいて欲しいですから。恥ずかしくて、対面では言えませんけど。
「優。お前、多分勘違いしているぞ?」
「え?そうなのですか?」
おそらくですが、菊池先輩は大きな悩みを抱え込んでいるせいで、今もこうして変態的行動をとり、それによって精神的安定を図っているのでは、とかんがえていたのですが、違うのでしょうか?今までにも数え切れない前科があるので、必ずそうだ、とも言い切れないですが。
「…ま、別にいいけどさ。それより優。今週の金曜、仕事が終わった後、時間は空いているか?」
「え?少々お待ちください。」
私は手帳を取り出し、今週、それに金曜日を中心に予定を確認する。
…特に今週は大きな予定はありませんね。ですが、来週の月曜日の朝は、あの予定があるので、週末は少し早く寝たいぐらい、でしょうか。これは工藤先輩に関係ないですね。
「特にありませんね。」
「ならちょうどいいな。今年は優に芸術の秋を教えよう。」
「芸術の秋、ですか…。」
私にはほとんど関係ない話です。仕事だけでも忙しいのに学校生活を兼任しています。なので、私に遊んでいる時間なんてものは存在しませんし、遊ぶ時間なんていらないです。前に菊池先輩と大いに遊ばせてもらいましたし。
「ああ。帰りながら話すとしよう。あいつは…置いていこう。」
「・・・。」
今も私の横顔を見ている菊池先輩は…放置ですね。空気という認識で行きましょう。
「待ってよ優君!私と一緒に帰りましょうよ~。」
と、菊池先輩は慌てて帰る身支度を始めた。
「…仕方がない。あいつの用意が終わるまで待ってやるか。」
「そうですね。」
工藤先輩のそういうところ、好きです。
私が工藤先輩の魅力について考えている内に菊池先輩は帰る身支度を終える。
「終わったわ。ところで工藤。芸術の秋を教えるってどういうこと?」
菊池先輩が工藤先輩に尋ねる。
確かに、それは私も気になっていました。失礼ですが、工藤先輩からは芸術の要素を感じられません。考えられることと言えば、お酒についての雑学を長々と話すこと、でしょうか?それは芸術の秋、と言えるのでしょうか?お酒はいつの時期でも飲めますし、私はお酒飲めません。大人になればお酒の事が少しは分かるでしょうが、今の私には料理に使用する素材としか考えたことありません。もしかして、そういう私の意識を改変するために行っているのでしょうか?
「それはな、秋のピアノ教室に行ってもらうんだ。」
「秋のピアノ教室、ですか?」
それはきっと、秋にやっているから秋の、とつけているだけではないでしょうか?夏にやっていれば夏のピアノ教室、と置き換えそうですし。
「…もしかして、優君からお金を支払わせるつもり?」
と、菊池先輩は工藤先輩を睨みつける。別にそれくらいお金を払うつもりでいるのですが。
「そんなことねぇよ。それに、今行けば半額キャンペーンだしな。俺の財布にも優しいんだ。」
「いや、それくらいでしたら私が払いますよ?」
どれほどの値段かは分かりませんが、半額キャンペーンであるのならば、私にも支払い可能な値段なのでしょう。続けるつもりもありませんし、一回だけなので、そこまでお金はかからないでしょう。
「いや、優に払わせるつもりはねぇよ。俺負担で大丈夫だぞ?」
「そうよ!三度の飯より酒好きなこいつに支払わせとけばいいのよ!」
「お、おう。照れるじゃねぇか。」
「いや、おそらくですが、誉め言葉ではないと思いますよ。」
菊池先輩はおそらく、皮肉で言ったのではないでしょうか。ま、工藤先輩本人がきにしていないのであれば、これ以上私から言う必要はないですね。
「それでどうだ、優?行ってみるか?」
と、工藤先輩だけでなく、菊池先輩も私に視線を送ってくる。それにしても、今年に限って何故、こんなことを言ってきたのでしょうか?別に私はピアノに関しての発言は一切していませんし…。と、私が悩んでいると、
「いや、そこまで深く考えなくていいぞ。そうだな…先月の運動会の頑張りのお礼、と受け取ってくれればいい。」
「ですが、」
「俺達にメリットがない、と?」
「…はい。」
工藤先輩には悪いですが、この誘いは工藤先輩にメリットが感じられません。私が出た運動会のお礼と言っていますが、結局迷惑をかけてしまいましたし、本来なら迷惑をかけた私が恩を返すはずなのでは?と、考えてしまいます。それなのに、工藤先輩は運動会のお礼と言って、私を秋のピアノ教室に連れて行こうとしています。何故でしょうか?何度考えても思いつきません。
「…優君。私達にとって、優君が頑張っている姿をこの目で見られたのよ。これが優君の言う、私達のメリットよ。」
「…そういうもの、でしょうか?」
ただ頑張る姿を見ただけだと思うのですが、それがメリットになるのでしょうか?今の私には到底理解できません。私は困った視線を工藤先輩に帰ると、優しい笑みを向け、私の頭に手を置く。
「ああ。菊池の言う通りだ。」
と、私の頭を撫でてくる。そういうもの、なのでしょうか?
・・・。
今はそういうことだということにしましょう。
「…分かりました。その秋のピアノ教室に行きます。」
「そうか。優に秋の芸術を体験させるよ。」
「ええ。よろしくお願いします。」
私は工藤先輩の顔を見て、きちんとお辞儀をする。
「あ~。優君がどんな反応するのか楽しみだわ~。」
そんなことを菊池先輩が言うと、工藤先輩が渋い顔をする。確かに、工藤先輩が渋い顔をするのは分かります。だって、
「菊池先輩。確かその日って接待なのでは?」
そう。今日の午前中に決まった事なのだが、取引先の方と商談を兼ねた接待が控えていたはずです。確か、先方の方が、そこしか日にちが空いていなかったからその日になった、ということを片耳で聞いたと思うのですが。その予定ですと…、
「優の言う通りだ。だから、お前は行けないと思うぞ?」
工藤先輩の言う通り、秋のピアノ教室に行けないはずです。だって、菊池先輩の接待と秋のピアノ教室が被っているのですから。
「え?そんな仕事、すっぽかすに決まっているじゃん?」
と、さも当然のように菊池先輩は答えた。
「そんなの駄目ですよ!」
まったく!菊池先輩には仕事仕事している自覚が足りません!もっと仕事の重要性を知ってもらいたいです!
「そうだぞ!お前は諦めて先方の方と接待してこいよ。」
工藤先輩の言う通りです。
「嫌よ!優君の華麗な姿が見られないじゃない!」
華麗な姿って…。私、秋のピアノ教室に行くだけですよ?華麗な姿なんか見せられませんよ?
「駄目だ!絶対接待に行けよ!!」
「…しょうがない。接待の日にちを無理にでも…、」
「それも駄目に決まっているだろうが!?」
「ええ!?」
ええ!?じゃ、ありませんよ、菊池先輩。
「優君は私一緒に行きたいわよね、ねぇ?」
「菊池先輩。」
私は少し溜めてから言う。
「ほら!やっぱり優君は…、」
「接待に行ってください。」
「私の…えぇ!?そ、そんな!?」
と、私に泣きそうな顔を見せてくる。何故そんな顔を私に見せてくるのか、一体何故でしょう?私は当然のことを言っただけなのに…。
「ほら。優も言っていることだし。」
「・・・。」
菊池先輩。無言で工藤先輩を睨みつけるのは止めましょうよ。
「…分かったわ。優君、寂しい思いをさせてしまうけど、耐え抜くのよ!」
「は、はぁ…。分かりました。」
菊池先輩の言っていることは分かりませんが、心に残しておくとしましょう。
「あんた!絶対に優君を守りなさいよ!いいわね!」
「お、おう。」
工藤先輩は若干引きつつ、菊池先輩の言葉に返答した。あの菊池先輩の迫力なら、体が引いてしまうのも無理ないと思います。
「菊池先輩、接待、頑張ってくださいね。」
今週の金曜のことなのですが、それでも応援したくなってしまいます。今の私にはこれぐらいしか出来ないですし。
「う、うん。優君が応援してくれたんだもの。頑張ってみるわ。」
「応援しなくとも頑張れぞ。仕事だぞ?」
寮に戻るまでは、こんな話をして時間を潰していった。
さて、秋のピアノ教室、ですか。今週の金曜日が楽しみですね。
次回予告
『小さな会社員の鍵盤楽器教室生活』
10月の金曜日。早乙女優は工藤直紀に連れられ、鍵盤楽器の一種であるピアノを体験するため、ピアノ教室に向かう。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




