小学生達の運動会生活~終了~
優がいなくなったテント内では、
「いやー。それにしてもまさかあそこまで上手くいくとは。」
「ほんと、ほんと。お前が急に転ぶから、俺ら焦ったんだぜ。」
「まじか。そりゃあ悪いな。」
岡本とそのトリマキ達が話をしていた。
「にしたって、あの走りはないわな。」
「ああ。片足だけでゴールを目指すとはな。」
「確か…滑稽、とか言うんだっけ?」
「そう!まさにそれだよ、それ!」
「「「ぎゃははは!!!」」」
優の勇姿を話のネタにし、笑いあっていた。
さらにいえば、岡本がリレー中転んだのも、優に怪我させて病院に行かせたのもわざとである。岡本は、カンニングをしたにも関わらず、今も学校に行っている優に腹が立ち、この作戦を実行に移したのだ。下手すれば重傷になっていたかもしれないのに、それを実行する辺り、岡本には実行力が高いのかもしれない。今回は悪い方に、ではあるのだが。
そして今回、それを助長させたのが、
「ま、自業自得ですね。」
「だな。カンニングを平気でする奴に慈悲はない。」
先生と、
「それにしてもあの子、大丈夫なのかしら?」
「平気よ。それにあの子、平気でカンニングする子なんでしょう?そんな子がいなくて清々するわ。」
「そうなの!?そんな子には見えなかったのに…。残念だわ。」
「人は見かけによらないのよ。」
子供達、そして先生達の噂を鵜呑みにした保護者達である。
というのも、一学期に行われた保護者会で、先生達はこう言った。
“今年の6年生には、カンニングしてもそのことを認めない問題児、カンニング魔がいる。”
と。だからこそここまで保護者の方々にまで話が浸透していたのだ。一応人相は出来る限りかくして説明していたのだが、噂までは止められず、広まってしまったようであった。
こうして優は人知れず、多くの敵を作っていた。優にとって、大変生活し辛い環境へと変化していく。
一方、
「ねぇ。この環境おかしくない?」
「そうね。やっぱりさっきの…、」
「だよな。みんな、あいつに冷たい視線を送っていたし。」
「本当はあの子、いい子なのに。」
テントから少し離れたところに、桜井綾、風間洋子、太田清志、神田真紀の4人は集まり、話し合っていた。
「みんな、早乙女君がカンニングしていないって言えば信じてくれるかな?」
「それは無理ね。特に岡本君は目の仇にしているからね。」
「ああ。教室でも結構話題になっているよな。」
「主に早乙女君を馬鹿にしている話、だけどね。女子の間でも絶えないしね。」
優は、教室内で有名人ばりに著名となっていた。悪い意味で、だが。
「それにしても早乙女君、大丈夫かなぁ。」
「そうね。見たところ、ある女性の人におんぶされて連れていかれていたわね。」
「家のお母さんよりきれいだったなぁ…。」
「…太田君?」
約一名、とある女性の魅力に当てられていたが、4人は優のことが心配であった。どうか、無事であって欲しい。そんな願いを込めて、4人は、優達が走っていった方角を向いた。
そして、
「早乙女君、結局怪我の方はどうなったのかしら?連絡の一つくらいよこして欲しいものだわ。」
保健室の先生も、優の安否を気にしていた。
優の味方は今のところ、この学校内では5人となっていた。6、7人目の候補はというと、
「あいつ、大丈夫かね。」
ある人は、優のことをぼやき、
「あ~あ。早くあいつとカツ丼勝負したいぜ!」
「だから!今は運動会に集中しなよ!」
ある人は、優が作るカツ丼に思いをはせて、勝負を夢見ていた。
時間は過ぎ、ここはとある病院。そこには、
「ゆ、優君!大丈夫!?」
とある小さな少年を過剰に心配する女性と、
「優。何かあったらいつでも言えよ。」
適切な言葉をかけ、小さな少年をおんぶする男性と、
「だ、大丈夫です。ま、強いて言うなら降ろしていただきたいのですが…、」
「「それは駄目!!」」
男性におんぶされている小さな少年がいた。その3人は小さな少年を診断してもらうため、診察時刻を今か今かと待った。
時間になり、医者に診てもらう。その結果は、
「どうやら、骨が折れているわけでも、骨にひびが入っているわけでもないですね。」
「よ、良かった~~~。」
「良かったな、優。」
菊池、工藤の2名共々安堵していた。2人が想定していた最悪の事態は、優の足が骨折していることである。もし骨折していたならば、優はこれからしばらく行動を制限されることだろう。そうなれば、有は大人しく休養…なんてことはしてくれず、必ず無茶をする、という確信を持っていたからである。これまでも似たような経験が幾度かあったからこそ想定していた事態なのだ。
「は、はい。これでみな様に迷惑をかけずに済みます。」
「「・・・。」」
二人とも、この発言が小学生の発言とは思えなかった。二人が思う小学生の発言は、
“やった!これで堂々と学校を休めるぞ!”
や、
“あ~あ。これで私の好きなスポーツが出来ないのか…。”
と、自己中心的発言である。社会人の今なら問題があるかもしれないが、小学生なら学校を休んでもそこまで影響はないだろう。スポーツに関しては、復帰前と復帰ごとで運動能力が異なるだろうが、一生できなくなるよりましだろう。
そんな発言より、自分の周りの人を気にしての発言。社会人なら、自分が休んだ時に出来てしまう穴を心配するのと同じことなのでは、と2人は考えていた。
人を育てる環境が変わると、人はここまで変わるものなのか、と。優の変わりように言葉が出なかったのだ。
「…?どうしたのですか?」
優が二人の成人に問いかける。
「…ん?いや、何でもないぞ。な?」
「そうね。とにかく私は、優君の骨が折れていなくて安心だわ~。」
と、二人はさきほどまで抱いていた心境をごまかす。最も、
「そ、そうですか。そこまで心配していただき、なんだか申し訳ないです。」
今の優に、そこまで深く考えていないのだが。
「ですが、内出血がひどいですね。まずは血を抜いて…、」
こうして、医者による治療が始まる。
「・・・はい。これでひとまずは大丈夫です。」
治療が終わり、
「はい。ありがとうございます。」
「別に仕事だしお礼はいいよ。それより、何か不都合があればいつでも来てくれていいからね。」
「はい!」
優は、元気です!と言わんばかりに返事をする。
「ほんとに!?さっきまで優君、とっても苦しそうにしていたけど、本当に平気?」
「そうだぞ?本当に平気か?些細な事でもちゃんと言うんだぞ?」
二人の成人は、過保護かってくらい心配していた。それくらい、二人にとって優は重要なのだ。
「も~。本当に大丈夫ですから。気にしないでください。」
と、優は左足を使って立ち上がる。
「「「!!!???」」」
菊池、工藤だけでなく、医者まで思わず声をあげそうになるが、
「ね?」
と、優は元気いっぱいで且つ平気であることを、体を用いて証明した。その証明に二人は、
「・・・そうね。優君が元気なら、私はそれでいいわ。」
「そうだな。俺も同意見だ。」
学校での出来事が色々と溢れ出てくるが、優の笑顔でどうでもよくなっていた。むしろ、自分達があいつらごときに怒ることこそが愚かなことなのでは?と、悟ってしまう始末。
「それでは、ありがとうございました。」
優はこの言葉を最後に、診察室を出ていく。
「「ありがとうございました。」」
二人も、優に続いて言葉を述べ、頭を下げてから退室していく。
帰りの道中。
「ねぇ優君?今何したい?」
菊池先輩はこんなことを話しかけてくる。そんなことを急に言われても、急に思いつきはしませんよ。ですが、そのまま言うのも失礼な気がしますし、何か言わないと、ですかね。う~ん・・・。したいこと、ですか。
「思いつかないなら、そう言った方がいいぞ?」
私が悩んでいると、工藤先輩が運転しているにも関わらず、アドバイスをくれた。でしたら、
「今はと…、」
ぐ~。
私のお腹が、鳴って、しまった。
「そういえば優君。お昼、食べ損ねていたわね。」
「そういえばそうだな。」
確かに二人の言う通りです。そういえば私、朝ご飯からスポーツ飲料しか口に含んでいませんでした。今の今まで忘れていたとは…。は!?そ、そういえば、
「き、菊池先輩!今日はごめんなさい!」
「え!?どうして優君が急に謝るの!?」
「だって、菊池先輩がせっかく作ってきてくれたお弁当を無駄にしたから…、」
理由はどうあれ、私は菊池先輩の好意を無駄にしてしまった。お弁当を作ることがいかに大変か。そんなこと、自分はよく分かっていたはずなのに、だ。これでは全然良くないです。もっとしっかりしないとです!
「え?そんなこと?」
ですが、私の誠意が伝わっていないのでしょうか?菊池先輩は私の言葉に驚いているようです。
「ゆ、優。お前は…はぁ。」
何故か工藤先輩も、菊池先輩と似たような対応。一体何が…?
「優。俺らはな、そこらの何も分からないガキじゃないんだ。」
「はぁ。」
それは分かります。
「だからな、ある程度の事情も把握できるし、考慮もする。だから気にするな。」
「で、でも…!」
「それとも何か?俺達はそこまで気の回らない子供だと思っているのか?」
「い、いえ!そんなことはありません!」
確かに、先輩方の欠点は目立ちますが、それなんかどうでもいいってくらい、私の事を良くしてくれています。そんな人を子供だなんて、私にはとても思えません!
「なら、その話は無しだ。だろ?」
「そうね。今回ばかりは、あの酒人間が正しいわ。」
「…おい。俺を透明人間みたいな言い方で呼ぶんじゃない!」
「…そう、ですか。」
私もそこまで考えが至らないとは。まだまだ私も子供ですね。
「おう。でだ、」
「?で、とは?」
「これからだよ。ちょっと早いが夕飯にするとしよう。どこで食べる?」
「今ならあの酒が全部奢ってくれるから、どこにする?」
「何気に俺が全額負担かよ。ま、昼飯奢ってくれたし、いいけどさ。」
「えっと…、」
どこで食べたいか、ですか。と言われても…あ!
「だったら、菊池先輩が作ってくれたお弁当が食べたいです!」
「…それってもしかして、今日作ったお弁当のこと?」
「はい!」
私は食べ損ねてしまいましたが、菊池先輩のお弁当はやはり、美味しい物だったのでしょう。今食べたい物といえばこれくらいですかね。
「でもね、優君。それはお昼に食べる用に作ったものなのよ。夜に食べて万が一優君のお腹が壊れたり、体調を崩したりしたら…、」
「そ、そうですよね…。」
元々お昼に食べるはずのお弁当です。日持ちのことを考えていなかったはず。そんなお弁当をこの空に晒されていたので、腐食が思った以上に進んでいるはずです。私も料理を嗜むので、菊池先輩の懸念も理解できます。ですが、それでも、
「一度は、食べてみたかったです…。」
…は!?
「す、すいません!とんだ我が儘を言ってしまいました!」
私ったら一体何を…!?
「はぁ。お前なら、このくらいのこと想定していたんじゃねぇのか?」
と、工藤先輩が口を挟んでくる。このことを想定?まさか、いくら菊池先輩と言えど、この状況を想定していた、なんてことは…、
「…ま、確かにこのことを考えていたけど。」
か、考えていたのですか。さすが菊池先輩です。常に最悪の状況を想定して行動しているなんて…!!私には一生敵いそうにありません。
「でも、あくまで保険よ。絶対じゃないわ。それでも食べる?」
「はい!」
私は迷わず返事する。だって、
「菊池先輩のお料理、とっても美味しいですから!!!」
私が作る料理より、ずっと!
「…そう。分かったわ。ありがとうね、優君。」
と、菊池先輩は私の頭に手を置き、撫でてくる。もう、子ども扱いしないで欲しいです…。
「さて、と。いくら私でも、ただお弁当の残りを優君に食べさせるわけにはいかないわ。少し、アレンジしてもいい?」
「ええ。もちろん。」
私は菊池先輩の提案に乗っかる。元々、私の我が儘が原因なのですから、これぐらい考慮すべきですよね。
「・・・よし。ねぇ。」
「…あ?店には一応着いているが、どうするつもりだ?」
「そうね…とりあえず…、」
と、菊池先輩はサラサラとメモをし、
「これら全部買ってきて。」
工藤先輩に渡す。
「・・・分かった。けどよ、ちょっといいか?」
「何?」
「これじゃあ少なくないか?」
「いいのよ。メインはあくまでお弁当よ。アレンジし過ぎると、お弁当じゃなくなるわ。」
「ふ~ん。それじゃあ行ってくるわ。」
「ええ。行ってらっしゃい。私達は車内で待っているわ。」
「おお。」
こうして工藤先輩は、車を出て、買い物に向かった。
「ところで菊池先輩、今日のメインは…、」
私が今日の具体的な献立を聞こうとすると、私の唇に指を添える。
「優君。今日は色々と疲れたでしょ。あのポンコツはまだ来ないし、しばらく寝ていていいのよ?」
「いえ。私は平気です。」
さっきまで散々迷惑をかけてしまったので、また迷惑をかけるわけにはまいりません。
「そう?それじゃあ本当に疲れていないか、私がチェックするわ。」
「チェック、ですか?」
どんな方法で確かめるおつもりなのでしょう?
「さ、優君、私の膝の上に頭を。」
なるほど。膝枕、ですか。いつもならちょっと抵抗もあるのですが、今は不思議とそこまで抵抗を感じませんね。むしろ、このタイミングで言ってくれて感謝したいくらいです。口には出しませんが。
「それでは、失礼します。」
私は菊池先輩の膝に頭を置く。すると、私の頭上に菊池先輩の顔が見えるようになった。いつもと視点が変わらない様な気がしますが、気のせいでしょう。
「さて、次は目をゆっくり閉じて、五分間数えて。数え切れたら、優君は疲れていない、ということが分かるわ。」
「…?そんなことで分かるのですか?」
「ええ?他に何か言いたいことでもあるの?」
「い、いえ!」
菊池先輩のことですから、未知な機械を頭に貼り、そこから測定されるものだと思っていましたから、ちょっと拍子抜けです。
「それでは数えますね。1、2、3、…、」
私は数え始める。
すると、
「z、zz、zzz…。」
私は1分も数え切れずに、数数えを放棄した。
「優君がここまで疲れているなんて…、」
菊池は優の体力について、ある程度把握していた。だが、それはあくまで、想定内の事案に対しての場合である。今回の様に、特別なことが起きたり、思わぬ案件に巻き込まれたりすると、優はもちろんのこと、人間だれしも思った以上に体力を消費してしまうのだ。その症状が、今の優にも表れていた。
「あいつが、あんなことをしたから…!」
優の頭を優しく撫でる一方で、もう片方の手は、握りこぶしを固く結んでいた。その時、扉が開く。開けた人物は、
「ふぅー。疲れた。」
工藤である。
「…お?優は寝ているのか?」
「ええ。だから、」
「ああ。安全運転且つ、静音状態を保ちますよ。」
「よろしく。」
「おお。」
このやりとりの間に、菊池は握りこぶしの手をゆっくり解きほぐす。
帰り道。二人は静かだった。もちろん、菊池の膝枕で今も寝ている優を起こさないためである。だが、理由はそれ以外にもある。それは、
(それにしてもあいつ、まさか…!?)
それは、さきほど菊池が抱いていた感情と酷似していた。その感情が伝染するかのように、
(やっぱり、あの録画カメラの映像をもう一度確認する必要があるわね。)
その時、工藤はミラー越しに菊池の顔を見る。
そして、
((こくり。))
互いに、意志表明を行う。二人の考えは双子であるかのようにシンクロしていた。
一方、優達が買い物を始める少し前、運動会の方はというと、
「それでは、結果発表を始めます!」
閉会式、それも結果発表を始めていた。
「それでは、順位を発表します。まずは1年生からです!」
こうして、学年別に結果が発表される。
1年、2年、3年・・・。
そして、
「最後に、6年生の結果発表です!第、1位は…!?」
結果、優が所属しているクラスは、1位、ではなかった。結果としては、2位であった。点差はわずか5点。
何故僅かというと、優が出場したクラス対抗リレーの配点が、4位で10点、失格が0点だからである。つまり、バトンを落とさずゴールしていれば、優が所属しているクラスは優勝していたことだろう。
そして、閉会式が終わり、帰りの会が始まる少し前。クラスの人達はさきほどの順位についての話をしていた。
「はぁ~。最後の運動会だったのに、結局2位かよ。」
「そうだね。全部あいつのせいだよね?」
「そうだな。あいつが転んだから悪いんだ。」
岡本達が言っているあいつとは、早乙女優のことで、クラス対抗リレーのことについて話していた。
「ま、俺がみんなの前で転ばせてやったけどな。実に自然だっただろう?」
「そうだな。さすが剛輝。将来は役者だな。」
「それを言うならあいつも、だろう?」
「さしずめ、やられ役ってところか。」
「違いないな。」
と、げすい笑みを浮かべ、隠し切れない笑いを表に出す。
そう。今回、優が怪我をしてしまった事故は、事故ではなく事件であった。それも、岡本その他数名による計画的犯行、といってもいいだろう。今回は事故、ということだけでなく、優の素行も大いに関係していた。優の素行は、ほとんどの人が噂を信じ、最悪なものとなっていた。だからこそ、怪我をした本人に同情なんかせず、大事にならなかったのだ。むしろ、
「あんな子なんか、この学校からいなくなればいいのに。」
や、
「ま、普段から悪いことしているみたいだし、自業自得よ。」
と、冷ややかな目で見ているだけである。
だが、そんな目をしていない者もいる。それは、
「それにしても、やっぱり優勝したかったな~。」
「そうね。でもまぁ、出来なかったものは仕方がないわ。」
「うん!来年の運動会が楽しみだね!」
「それはいくら何でも、気が早くないか?」
クラスメイトの桜井綾、風間洋子、神田真紀、太田清志の4人である。この4人は、優がカンニングしていないことを確信している。だからこそ、優に関する不満が一切なく、今回の運動会に対する純粋な感想を述べているのだ。
「でも、2月後にリベンジできるね!」
「そうね。」
「リベンジ?…あ。もしかして、」
「再来月の合唱コンクールか。」
4人が次に期待していること。それは合唱コンクールである。合唱コンクールは、クラスが一致団結して行う行事である。そして、桜井達は6年。つまり、小学生生活最後の合唱コンクールとい言えよう。
「そういえば、早乙女君って歌、上手なのかな?」
「どうかしら?あの子の歌声、一度も聞いたことないけど。」
「もしかしたらとびっきり上手いかも?だって、あんな美味しいケーキが作れるんだもの。きっと歌も…、」
「ケーキ作りが上手いと歌が上手いって、どんな理屈だよ…。」
4人は、聞いたことのない優の歌声に期待を膨らませていた。
・・・。
「はぁ、はぁ。」
・・・。
「優…、す…。」
・・・ん?
「優君の寝顔、素敵♪」
「・・・な、何をしているのですか、菊池先輩?」
「ん?優君の寝顔か・ん・さ・つ♪」
「はぁ。」
あれ?さっきまで一体何を…?あ!?
「す、すいません!あれから僕…!?」
そうだ!僕はあれから車の中で寝てしまったんだ!となるとここは車の中?ですが、車の中にしてはやけに広いです。いや、ここは社内ではなく、寮内、ですね。おそらく、菊池先輩か工藤先輩のどちらかが私を運んでくれたのでしょう。まったく、私はなんて迷惑なことを…。
「あの、私を運んでくださったのはどちらですか?」
「もちろん、わ・た・し♪」
「・・・おい。何さりげなく嘘ついているんだよ!?俺が運んだんだろうが!?」
「ち。」
「え~と…。工藤先輩、わざわざ運んでいただきありがとうございます。」
「おう。」
「ち!優君にいい顔したいからって…!」
菊池先輩…。
「さて、優君も起きたことだし、テーブルに座って。準備はほとんど出来ているわ。」
「あ、ありがとうござい…!?」
こ、これがお弁当ですか!?どう見ても、どこかのお店のフルコースみたいに多くの料理が並んでいます。さすが菊池先輩です。
「ですがこれって、お弁当ですか?」
確かにお弁当箱に詰まっている料理がほとんどなのですが、これがお弁当なのでしょうか?
「?ええ?今回作ったのはこの秋野菜ドリアと、秋野菜ピザ、後は温めなおしたくらいよ?」
「そう、ですか…。」
他にも形が多様化しているハンバーグにおにぎり、後は透明な何かに入っている野菜。ゴボウのきんぴら。鯖の味噌煮。豚の角煮。実に様々な料理があります。これをお昼に食べられなかったと思うと、つくづく悔しいです。
「さ、いただきましょうか?」
「はい!」
「おう。」
「「「いただきます。」」」
こうして私達は、美味しい夕食にありつけることができた。味の方は…言うまでもないでしょう。点を付けるとしたら、もちろん満点です。こんな美味しい料理を毎日食べたいですが、いつまでも人の好意に甘えるわけにはいきません。この味を再現できるよう、出来る限り味の秘訣を盗んでおかないとなりません。と、そんなことを考えてみたものの、
「どう、優君?美味しい?」
「とても美味しいです!」
あまりの美味しさに、思考という行為がばからしく思えてしまいます。本当、菊池先輩の料理はどれも美味しくて、最高です。
「ああ。うめぇぞ。」
「あんたみたいな酒臭い男には聞いていないわ。私は愛しい優君に聞いているの。あんたは黙って枝豆でも食ってなさい。」
「俺の扱いが相変わらずひどい…。」
と、菊池先輩がどこからか出した枝豆を、工藤先輩は手に付ける。あの枝豆は一体どこから…?
こうして、私達は幸せな夕飯時を満喫した。
優達が夕飯を楽しんでいる刻。
様々な人が家族とともに食卓を囲んでいた。
それは、
「それにしても、あの子とはなかなかいい仲じゃないか。」
「結婚はいつするの?初めてのチュウはもうしたのかしら?」
「もう~!お父さんもお母さんもうるさい!」
神田家でも、
「それにしても、お前が女の子と一緒に走るとはな。」
「ええ。しかも一番。すごいわね。」
「おお。それならゲームソフトは…、」
「「それはダメ。」」
「…ちぇ。」
太田家でもそうだった。
もちろん、桜井家でも風間家でもそうである。最も、この二つの家族は今回、家族同士を交えた大規模な夕飯となった。きっかけは、
「ねぇ?一緒に夕飯食べよう?」
この桜井綾の発言であった。この発言により、両家交えての夕飯会が始まろうとしていた。場所は、
「それじゃあ、お邪魔しまーす。」
「どうぞ。とはいえ、何度も来ているから、こんなこと言わなくていいわね。」
風間一家の家である。何故こっちの家で行われることになったかというと、桜井綾の両親が、風間洋子の姉を心配し、様子を見たかったからであった。その本音を隠し、料理をある程度持参し、桜井一家は風間一家の家にお邪魔する。
「いらっしゃい。」
「「・・・え?」」
そこで見たのは、桜井両親が驚くものであった。何せ、
「あ、お姉。」
「お姉ちゃん、お邪魔しています!」
今まで心配していた人が、エプロンを着て普通にしているのだから。なんなら、心配損ではないか…、と、少し落胆したほどである。
「さ、料理はある程度用意していから、みんな座って。」
と、洋子の姉はみんなに着席を促す。
「ありがとな。」
「ありがとね。」
「ありがと、お姉。」
風間一家はこのことを当然のように受け入れ、何事もなかったかのように座る。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
桜井綾も流されるかのように座る。
「あ、ありがとう。」
「あ、これ。夕飯の足しにしてね。」
桜井両親は、気持ちが若干不安定になりつつも、席に座る。
「それじゃあ、召し上がれ。」
洋子の姉が声をかけ、食事を始める。その掛け声を合図に、双方の家族は食事を始める。
風間一家と桜井綾は終始楽しそうに食事していたが、桜井両親は不安に思っていた。
“この子がどうして…?”
洋子の姉を陰ながら見ていた。
食事後、
「今日は誘ってくれてありがとうね。」
「こちらこそよ。一緒に食べてくれたおかげで、洋子も父さんも嬉しそうだったわ。」
「お姉さんも、ですか?」
瞬間、風間母の手が止まる。
「ええ。」
その答えの後、再び手は動き始める。
「…何があったか、聞いても?」
桜井母はついに核心をストレートに聞くことにした。さきほどまでに抱いていた不安を解消するため。出来ることがあるのであれば、協力したいため。
だが、
「大丈夫よ。そのお気持ちだけでも受け取っておくわ。」
風間母は桜井母の提案をやんわりと断った。
「でも、本当に私にも分からないの。」
「そうなのですか?」
「ええ。何も話してくれないわ。だけど、」
風間母は、自分の娘を少し見て、
「私、あの子を信じていますもの。今はまだ話せないかもしれないけど、いつか、いつかきっと話してくれるわ。だから、」
風間母は桜井母の方に向き直し、
「その時に手伝ってもらえるかしら?」
そんな風間母の提案に、
「ええ!その時は是非!相談に乗りますわ!」
泡まみれの手のまま、二人の母親は手をつないだ。
「「…あ。」」
手についていた泡が床に落ちたことがきっかけとなり、二人はすぐ食器洗いを続行しつつ、床を掃除した。
一方、
「それにしても、お前の娘さんは相変わらず冷静というか、落ち着いているな。」
「そちらこそ、元気一杯で、娘には見習ってほしいものです。自分の娘ながら、何を考えているのかわかったものではありません。」
両家族の父親は、酒を飲みながら話し合っていた。
「それにしても、お宅の娘さんは大丈夫なのですか?」
桜井父は風間父に聞く。
「ん?何がですか?」
「何って、何かあったのでしょう?さっきからお酒を飲んでいるというのに、ちっとも楽しそうに見えませんよ。」
「そう、か?」
「ああ。」
二人は深呼吸代わりに酒を一飲みする。
「心配なら、俺にいつでも連絡してくださいよ?」
「おお。でも、俺も詳しいことは一切知らないんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ。あいつ、自分から話してくれないし、話そうともしてくれないんだ。ま、家事を大いに手伝ってくれて助かってはいるんだけどな。」
「親孝行な娘さんですね。」
「…うるせー。」
風間父は照れ隠しに酒をいっき飲みし、二缶目を開ける。
「話、してくれるといいですね。」
「ああ。近いうちに話してくれることを願うよ。」
と、風間父は桜井父に向け、缶を移動させる。桜井父は、風間父の意向に気付き、
「「乾杯。」」
二度目の乾杯を遂行する。
「話聞いてくれてありがとな。おかげで幾分か楽になった。」
「いえ。お互い、助け合って生きていきましょう。そう誓い合ったじゃないですか?」
「だな。」
酒を通し、話をし、気持ちを分け合っていった。
そして、
「ねぇねぇ?お姉ちゃんのこと、聞いていい?」
「ん?別に聞いてもいいけど、詳しいことは私に聞いても分からないわよ。」
桜井綾、風間洋子達は、洋子の部屋で2人、話し合っていた。
「それにしても、何でお姉ちゃんは私達に話してくれないんだろう?」
「そうね…もしかしたら、私達に知られたくないのかも?」
「でもそれじゃあ、今の私達で何かできることってないのかな?」
「ない、と思うわ。」
「そんな…。お姉ちゃんには今まで、散々お世話になったから、こういう時ぐらいは頼ってほしいのに!」
「できるとしたら、お姉が快適に過ごせるよう、協力する事じゃないかしら?」
「そう、なのかな?」
「多分、ね。」
「・・・。」
そう結論づいたはずなのに、桜井綾はどこか不満げであった。
「?どうかしたの?」
「いや、そもそもなんだけど、お姉ちゃんって今、何かあったのかなって思っちゃって。」
「…どうして?」
「だって、私達が急に来ても嫌な顔一つしないで出迎えてくれたし、ご飯の時も楽しそうだったよ?そんなお姉ちゃんに何かあったとは思えないの。」
「…お姉は今、学校に行っていないの。」
風間洋子はさっきよりだいぶ小さな声で呟くように口を動かす。
「…え?」
桜井綾も想定外の返しに驚き、呆気にとられる。
「でも…え?」
桜井綾は、
“でも、あんなに元気にしているのにどうして学校に行っていないの?”
という言葉が出し切れず、質問になっていない質問を投げかける。
「分からないわ。でも、親に懇願して、家事を精一杯やってもらう、ということで落ち着いたみたいよ。」
「そ、そうなんだ。」
「お姉は元々、家事はそこそこ出来ていたからね。この間に着々と家事スキルが上達して言ったわ。もしかしたら、家の母超えているかも。」
「う、うん。」
桜井綾は、気が気でなかった。それもそうだろう。自分がお姉ちゃんと慕っていた人が家に引きこもっていると聞いていしまったのだ。そしてさらに、引きこもりの原因はわたしにあるのではないだろうか?と、考え始める。
「大丈夫よ。」
そんな時、桜井綾の手に別人の温もりが伝わっていく。
「このことを相談されたとき、お姉はひどく疲れていたわ。少なくとも、綾相手にあそこまで疲れたり、学校に行けなくなったりしないわ。」
「…それってフォローのつもり、なの?」
「ええ。立派な、フォローよ。」
こうして、お互いに笑みを見せあう。
「あのさ、今日は泊まっていっていいかな?」
「う~ん…。聞いてみないと分からないわ。でも、」
風間洋子は笑みを少し強め、
「私も今日、綾と一緒にいたいわ。」
こうして二人は、笑みを向け合い、友情を深めていった。
「良かった。綾ちゃん達は平気、みたいね。」
両家の話題の中心となっている人物は独り、自室にこもり、そんな独り言をつぶやく。
「でも、まだ外の人達は…!?」
その人物は、外の人達との会話を脳内で想定しただけで体が震え始める。まるで、何かに怯えるかのように。
「唯一、夜中や早朝なら行けるんだけど。だからこそ、あの子に会えたわけだし。」
と言いつつ、その人物はある小さな子を思い出す。
その子は、初対面にも関わらず、その人物の話を親身に聞き、解決方法を提案してくれた人である。
「これで後はこの1週間耐えるだけだ。それにしても…、」
その人物は、準備していたその手を止め、その子のことについて考える。
「あの子って何者なんだろう?前は平日の夕方で見たけど、その時は多くの大人に囲まれても平気そうな顔していたし。そもそも、あの服って確か、メイド服、だったわよね?」
その人物は、自身の記憶をたどり、その子の服装を思い出す。
「服装もそうだけど、なんであの子はこんな道具を用意できたんだろう?それに…、」
その人物は、その子に対する疑問で頭が一杯になり、休憩代わりに、ベッドに横になる。
「どうして見ず知らずの私にここまで…?」
そんなことを口にしながら、小型カメラを持ちあげる。
「・・・でも、このおかげで何とかなる、のかな?でも…、」
その人物は、あの視線に対する恐怖が未だ拭いきれず、今も怯えている。
「誰か、助けてよぉ…。」
その人物、風間美和は布団をかぶり、視線を完全遮断してから、自身の負の感情を解放した。
時刻はさらに過ぎ、
「…ふぅ。」
「お疲れ。優君は?」
「ああ。無事に寝たぞ。」
優が現実世界から離れた頃、二人の大人がリビングに居座り、話を始める。
「それで、準備は?」
「ええ。ばっちりよ。あなた待ちだったわ。」
「そうか。それじゃあさっそく見せてくれ。」
「ええ。」
こうして二人は、とある動画を見る。その動画は今日撮られたもので、優の姿が鮮明に映し出されている。
「あ~。片足でも懸命に走る優君、素敵♪」
「…ああ。だが今回は違うだろう?もっと前に戻してくれ。」
「…そうね。」
菊池は工藤に言われ、渋々動画を戻していく、そして、戻された動画には、
「!?やっぱり、あの時見たのは幻影じゃなかったわね。」
「俺も半信半疑だったが、これは胸糞悪いな。」
二人は冷静に話しているが、拳は終始、固く握られたままである。
「・・・。」
「やっぱり、今すぐにでも…!」
ここで工藤が退席しようとするが、
「待ちなさい。今からどこに行くつもり?」
菊池は言葉で工藤を止める。
「どこにって、決まっているだろう?」
「今から行ったって、どうせ誰もいないわよ。さらに言えば、あなたが懇切丁寧に説明したところで、右から左に聞き流されるのが目に見えるわ。」
「…ち。」
工藤は菊池の言葉で失いかけた理性を取り戻し、席に着く。
「ところで、例の件は進んでいるのか?」
「ええ。既に完成しているわ。後は証拠を増やすことと、タイミング待ちね。」
「そうか。」
工藤は再生し終えた動画を逆再生し、もう一度見直す。
「やっぱこいつ、笑っていやがるな…!」
「そう、ね。実に、実に腐っているわ。」
二人が見ている動画には、優の他にもう一人鮮明に映し出されている人物がいる。その人物は、優に怪我を負わせた張本人、岡本剛輝の姿である。その人物は優を怪我させたにも関わらず、隠しきれていない笑みを、浮かべていた。最初は二人とも嘘だと思っていたのだが、菊池が撮影していた動画を何度も確認したところ、やはり岡本は、笑っていた。その瞬間、二人の疑惑は確信へと変化する。その確信は大きな怒り、恨みを伴うが、二人とも、行動には起こさなかった。
「これで証拠がまた一つ増えたわけか。」
「皮肉にも、ね。」
こうして、大人な会話が夜中に行われていった。
(さて、優も頑張った事だし、どこかに連れて行ってやろうかな。連れて行くとしたらどこがいいのかね。)
工藤は一人、そんなことを考える。
残暑が厳しかった9月もそろそろ終わり、いよいよ10月。
秋はまだまだ続いていく。
次回予告
『何でも出来るOLの万聖節前夜祭企画生活』
月日は10月。今年が終わるまで三か月を切ったころ、菊池美奈は月末のハロウィーンイベントに呼応し、ある企画を提案する。その企画は、菊池美奈の私利私欲しか入っていないモノであった。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




