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小学生達の運動会生活~午前~

 そして、運動会当日。

「じゃあ、先に行ってくるね。」

「ええ。行ってらっしゃい。」

「おう。後で行くからな。」

「うん!」

 桜井綾は自身の家族に行ってくるという挨拶を交わし、

「それじゃあ、行ってくるわね。」

「行ってきます。」

「それじゃあ、行ってくるわ。」

 風間洋子、神田真紀、太田清志も同様に、自身の家族に挨拶をし、家を出ていく。そして、とある社員寮に住んでいる小さな会社員も、

「それじゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい、優君♪すぐに応援に行くわ♪」

「俺も行くからな。昼飯の事は菊池に任せて、手ぶらで行ってこい。」

「はい。」

 本日の運動会のため、学校へと足を運んだ。


 学校。

 本来、必要な知識を入れる場所であるが、今日ばかりは違う。今日は知識ではなく、引導能力を発揮する場である。そして、見栄えがよくなるように、学校にも飾りを付けられている。今まで、学校に行きたくない人でも、この日限りは行きたくなるのかもしれない。それになりより、多くの大人が見に来るのだ。頑張らないわけにはいかないだろう。特に、見栄を張りたい人ならなおの事、頑張るだろう。

 そんな場に、多くの成人が話を始めている。何についてかは、言わなくても分かるだろう。それについての最終打ち合わせである。

 一方で、自身の準備とは別に、今後始まる開会式の準備を、ある二人は行っていた。

「これがここで、と。この位置で大丈夫ですか?」

「・・・ええ、大丈夫みたいね。」

 早乙女優と保健室の先生である。この二人は今も、多くの雑務をこなしている真っ最中である。その間、他の先生方は打ち合わせという名目で準備に参加していない。途中までは。

「これはどこに運べばいい?」

 家庭科クラブの男性である。この男性が手伝った目的は、

「これはさすがに二人では持てないだろう?俺も手伝うぞ。」

「あ、ありがとうございます。」

 小さな少年や成人女性が持てない様な重い荷物を運ぶ、

「後で話したいことがある。ちょっと付き合ってくれ。」

「あ、はい。」

 ではなかった。どうやら、これまで培ってきた数多くの悪名に疑いがあったらしく、それについての確認がしたいらしい。

「あ、そちらも持ちますよ。」

 と家庭科クラブの先生は、保管室の先生の荷物を軽々と持ち、自身が今も持っている荷物の上に置く。見た目にも重たそうだが、家庭科クラブの先生には、重くないようだ。

「あ、ありがとう…。」

 保健室の先生はちょっと照れたように顔を伏せるが、すぐに顔を上げ、

「さ、すぐに準備を終わらせないと!もうすぐ始まっちゃうわ。」

「はい。」

 こうして、運動会目前となっても、校庭を動き回る優であった。


 運動会開始の時刻、よりちょっと前。多くの生徒が既に校庭に設置してあったテント内に入り、今か今かと待っていた。その間には、

「はいみなさん、おはようございます。それではこれから出欠をとりますね・・・。」

 生徒の有無を確認している先生もいた。その結果、今日休んでいる生徒は実際、いなかった。いなかったが、

「せんせー。あのちっこいのがいませーん。」

「そうですか。」

 早乙女優が書面上所属しているクラスでは、優はお休み扱いらしい。確かに、優はテント内にはいない。だがそれは、先生から頼まれている雑用をこなしているため、時間通りにテントに来れなかったのである。生徒達が楽しそうに雑談している中、早乙女優は必死に、みんなが運動会を問題なく出来る様、裏で動いているのだ。その事情を知っている人は、生徒にはいない。だから、

「あいつ、今日がだるくてさぼったんじゃね?」

「あんなチビだから、みんなの前で走れませんってか?」

「それだ!」

 同級生の人達からは、サボり魔、という不名誉なあだ名がつきつつあった。

 だが、修学旅行で同じ班であった4人、桜井綾、風間洋子、神田真紀、太田清志はというと、

(早乙女君、本当に休んでいるのかな?)

(あの子がサボり?そんなことするような子じゃなかったと思うけど…?)

(早乙女君・・・。)

(あいつ。今日に限って風邪引いたのかよ。運悪。)

 それぞれ、優がサボっているとは考えなかった。

 だが、この中に独り、優がサボっていないことを知っている人がいる。それは、

(ま、カンニングしたんだから、これぐらいの汚名は受けてもらわないとね。)

 最終打ち合わせに参加し、優の頑張りを陰で笑っていた、小野口春である。この人は、優の存在を意図的に隠し、優に対する憎悪を意図的に増やしているのだ。確かに、優が今日休み、とは言っておらず、報告も生徒からで、生徒からの報告に返事しただけ。確かに嘘はついていない。心なしか、小野口春の顔が気持ち悪い笑みを浮かべていたかもしれないが、そんなことは誰も知らない。

 誰も見ていない中、

「・・・よし。これでいつでも開会式が出来ます。」

「分かったわ。すぐに報告してくるわね。」

「あ、それでしたら、私はトイレに行ってきますね。」

「ええ。分かったわ。」

 人知れず、開会式の準備を保健室の先生とともに行い、完了させる。その姿を、その努力を、

(トイレ行ったら、開会式が終わるまで、近場で待機しているとしましょう。)

 褒める人は、誰もいない。

 

 開会式。

 その式が行われる校庭には、ほとんどの先生、そして全生徒が集まっていた。その間、優はどこにいるかというと、

(ふ~。とりあえずは順調、ですか。)

 陰ながら見守り、何かトラブルが起きてもいいように、近くにスタンバっていた。もちろん、みんなには見えないように、である。その様子は、隠れ身の術を練習している忍者のようである。本人にそんな気は、一切ないのだが。

「それでは、これから開会式を始めます。」

 多くの人達に見られながら、開会式が始められた。

 開会式の内容として、校長の長い話、生徒代表による選手宣誓、お偉いさん方の挨拶。どれも、ただ立って聞いている生徒にとって飽き飽きしているものである。そんな内容が続き、開会式が終了され、各自、自身のテントへと戻っていく。

「そういえば、早乙女君、結局来なかったね。」

「そうね。本当に休みなのかしら?」

 桜井は結局来なかった優についての話を風間に振る。実際、優はそれなりに近くにいたのだが、誰も気付かなかったようだ。誰にも気づかれないよう、優は隠れているので、それも仕方のないことだろう。

「でもさ、なんかそんな感じしないよね。」

「だよな。なんかこう~…近くにいる?みたいな?」

 そこに神田、太田も話に参加する。

「修学旅行みたいに出てきてくれるかな?」

「それはちょっと…。」

「難しいんじゃ、ないかな?」

「早乙女君、来ていないわけだし。」

「風邪ひいているんだろ?なら無理だろう。」

 と、やや落ち込み気味で話を続けていく。

「あ、そういえば、あのリレーはどうするつもりなんだろう?」

「リレー?あ、そうか。」

「確か…何だっけ?」

「ほら、クラス対抗代表リレーだよ。ちょっと名前が長い気がするけどな。」

「あ、そうだ。」

 この4人が言うリレーとは、優が出ると勝手に決まってしまったクラス対抗代表リレーのことである。少し前、誰がどの競技に出るのかということを事前に報告する必要があり、その際、優はクラス対抗代表リレーに出ると書き、提出したのだ。

「う~ん…。そう言えば朝、その話、出ていなかったよね?」

「そうね。もしかした先生が既に何か手を打っているのかも。」

「手って?」

「さぁ?誰かが代わりに出るとか、そんなところじゃない?」

「なら俺は、俺足遅いですアピールでもしておくか。」

「「「・・・。」」」

 そんな太田の発言に、何て返答すればいいのか分からず、ただただ黙る三人であった。


 開会式が終わり、最初の徒競走も終わり、次の競技である、

「洋子、いよいよね。」

「そうね。お互い、いつも通りに頑張りましょう。」

「うん!」

 同性二人三脚が始まろうとしていた。

 この競技には、男子の部と女子の部があり、男子の部が先に行われ、その後、女子の部が行われる。男子の部において、優が所属しているクラスではというと、

「ち。結局ビリから2番目かよ。お前があそこでこけなければ…。」

「は、なんだよ!お前がそうしろって言ったからやったのに!それってあんまりだろ!」

 散々な結果となり、クラス内、特に男子間では不穏な空気が流れていた。唯一の救いが、ビリとなっていないことだけだったが、それでも不穏な空気であるということは変わらない。隣の、ビリとなってしまったクラスと比較して、だが。

「あんな空気の中にいたくないから、この競技はちょうどよかったかもしれないわね。」

「う、うん…。」

 この競技の参加者、風間と桜井は逃げるかのようにテントから出ていった。男子達はすごい剣幕をしている者がほとんどである。これで、男子がいかに、この運動会に対し、どれ程の熱意をもってやっているのか想像できるだろう。それとは対照的に、女子達は穏やか雰囲気を漂わせていた。だが、運動会そのものがどうでもいい、というわけではなく、運動会の競技そのものを楽しんでいた。だからというのもあるのか、男女間での気温さがものすごくなった。

「早乙女君、見ていてくれるかな?」

 そんな桜井の一言に、

「そんなに早乙女君に見てもらいたいの?」

 風間は冗談交じりに言葉をかける。

「う、うん。まぁ、ね。」

 その発言に、羞恥の表情を隠しつつ、顔を伏せる。その様子を見ていた風間は、

(・・・あれ?これはもしかして…?)

 そんなことを考えてしまう。

「あ、そういえば、お姉ちゃんは今日来ていないの?」

「お姉ちゃん?あ、ああ。その話なら…、」

 この二人の途中に、

「同性二人三脚に参加するみなさんはそろそろ準備してください!」

 先生が生徒に呼び掛ける。その声を皮切りに、生徒同士の会話は終了し、意識を集中させている。

「その話は後で、ね?」

 風間は周囲の人に気遣い、小声で桜井に話しかける。

「うん。」

 その風間の意志を察知したかの様に、桜井も小声で返す。

「それじゃあ、入場します。」

 こうして、同性二人三脚女子の部が始まる。

 子供が白熱している中、大人も白熱している。その理由はズバリ!我が子供の勇姿をカメラに抑えるためである。その熱意はほとんどの保護者が持っており、時たま保護者同士の視線だけの熱い戦いが始まることもある。そんな白熱した戦いを制し、無事に撮影している二人の成人男性がいた。

「なぁ?うちの綾はどこにいるんだ?」

「それなら…ほら、あそこにいますよ。」

「何!?ほ、本当だ!いつでも撮れるように準備をしなければ!」

 桜井綾の父親と、風間洋子の父親である。この二人は、我が娘の勇姿を写真として残すため、必死に撮影スポット争奪戦に応戦し、見事勝利したのだ。その二人は争奪戦に勝ったことで満足することなく、カメラの用意を怠ることなく進めていた。

 一方、

「あらあら。そちらの旦那さんは子煩悩ですね~♪」

「うふふ。そちらも、ですよね?」

「そうですね。」

 その父親の妻であるお二方は、少し離れたところで父親の様子を見て微笑んでいた。二人の子供みたいに目を輝かせている様子を見て、自身が惚れた男の魅力を再認識したのかもしれない。こういった意味では、男女間で、物事に関する熱の入れ方は、年齢関わらず異なっているのかもしれない。

「私達も応援しないとね。」

「そうですね。」

 こう言い、二人は我が娘に顔を向ける。

「「頑張れー。」」

 声だけなら届いていないかもしれないが、その思いは確実に届いていた。


「さて、いよいよだね。」

「そうね。」

 同性二人三脚も終盤に差し掛かり、いよいよ六年生。これが小学生最後の二人三脚である。その不可視な圧力もあってか、

(あ、綾?)

 桜井は、自身が思っていた以上に緊張していた。

(ど、どうしよう?ここで優勝しないとクラスのみんなに…。)

 その上、クラスでただならぬ雰囲気。勝ってこなければ、お前に居場所はない!と言わんばかりの圧力がさらにのしかかる。その二つの要因により、桜井は自身を見失いそうになっている。そのことは、

「あ、綾。そろそろ紐を私に…、」

「う、うん。はい。」

「綾。これは紐じゃなくて帽子よ。」

「・・・え?あ、ごめん!」

 何をどう間違えたのか、紐と帽子を間違えるほどの動揺ぶりであった。その様子を撮影場所から窺っていた桜井綾の父親は、

(あ、綾?どうして洋子に帽子を?)

 桜井綾の奇行に首をかしげていた。桜井綾の母親も、

「・・・え?綾、もしかして…。」

 桜井綾の動揺ぶりをある程度察し、心配になってしまう。だが、桜井綾の両親は今、独りではない。

「大丈夫です。綾さんが困っているなら、うちの洋子が必ず助けてくれるから。」

 桜井綾の父親を風間洋子の父親は励ます。

「大丈夫よ。私の子も、あなたの子も強い。だから、大丈夫よ。」

 桜井綾の母親を風間洋子の母親は励ます。

 そんな励ましを受けた二人はただ一言、

「「ありがとう。」」

 それだけ伝えた。その言葉だけで、四人の揺らいだ意志は確固たるものとなった。

 もう迷わない。自身の娘を信じる。ただそれだけを思い、

((((頑張れ!!!!))))

 4人は心の中で応援した。

 そして当の本人、桜井綾はというと、

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、・・・、」

 リピート機能しか持っていない機械のように、一定のリズム、声量で言っていた。その様子は、どこかタガが外れた人間の様。見ていてとても危ないものであろう。現に、今の桜井からは何か人間がだしてはいけないようなものがでている、様な気がする。

「あ、綾!大丈夫よ!」

 風間はそう桜井に声をかける。だが、

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、・・・。」

 未だ、正気は取り戻せていなかった。自分に大丈夫と言い聞かせているためだろうか。風間の大丈夫は届かなかった。

(これが駄目なら…、)

 風間は、

「綾!」

 桜井の両肩に手を置き、肩を揺らす。

「大丈夫、大丈、洋子?」

 ここでようやく、桜井は正気になる。

「負けた時のことなんか考えちゃ駄目!いつも通り、練習したとおりにすれば必ず勝てるわ!」

 そんな風間の説得に、

「う、うん…。」

 桜井は若干引き気味で答える。風間が熱心に話している様子に疑問をほとんど見たことが無かったためである。

「それに、早乙女君にいいところ、見せなくちゃ。」

「え?でも…?」

 桜井はすぐにおかしいと気付く。

 何せ、早乙女優は、今日は来ていない。だから頑張っても、早乙女優にいいところなんか見せらないだろう。そう桜井は考えている。実際はかなり近くにいるのだが。

「ええ。確かにいないと言われたわ。でも、あの修学旅行みたいに来るかもしれないわよ?」

 だが、それでも風間は説得を試みる。実体験である修が旅行のことを持ちだし、話に信憑性を持たせていく。確かに早乙女優はあの修学旅行には行けなかった、という連絡があった。だが実際は、既に来ていたらしく、風間達と合流できた。そんなことがあったからこそ、風間は、優がひょっこりと現れるのでは?と予想したのだ。本当はかなり近くにいており、裏の裏の仕事をしている訳なのだが。実際に姿を見ていないだけで、近くにいるのだが。

「そう、かも。」

「きっとそうよ!だから、頑張ろう!」

 そう言って肩を動かし、自身の顔と桜井の顔を向かい合わせる。

「うん…うん!」

 これでようやく、桜井綾の顔に正気が戻る。そしていよいよ、

「さぁ、次の方、どうぞ!」

 いよいよ番がくる。本来、ここが緊張のピークであろうが、桜井と風間の顔には、

「さぁ、勝ちに行くわよ、綾!」

「うん!洋子!」

 緊張の文字は抹消されていた。

 同性二人三脚が始まり、桜井風間ペアは最初、ビリからのスタートであった。その様子に、クラスのみんなはガッカリしていた。二人の両親も一瞬だけ落ち込んだが、すぐにその不安は解消された。何故なら、

「いけー!」

「そこだそこー!!」

 二人の父親は応援に夢中であった。それもそうだろう。何せ、

「「右、左、右、左、右、左、右、左…。」」

 二人がいつの間にか一位になっていた。そして、

「さすが、私達の娘、ですね。」

「そうですね。」

 我が娘を当然であるかのように褒めたたえていた。

 二人三脚。

 この競技は、足の速さより、二人息がいかに合っているか、の方が重要になってくる競技である。例え、二人三脚をする二人組の足が速くとも、すぐにこけてしまうようであれば、全く進まないし、起き上がるときの時間もかかり、無駄な時間を増加させていくこととなるだろう。そういう意味では、桜井と風間はベストカップルだろう。二人の足はお世辞にも速い、とは言えないが、息がバッチリで、走行中、一度も転ばない。かと言って、転ぶ気配も一切ない。何故そこまで出来るのかと言えば、息がピッタリ合っていた、その一言に尽きるだろう。さらに言えば、直前のやりとりの相乗効果もあり、二人の息は、一人で走っているのかと勘違いしてしまうくらいである。

 完全に息の合った二人の走りに、他のペアは追いつかれて追い抜かれ、最終的には、

「1番!」

 ビリからの逆転劇に成功し、見事1位を獲得した。

「やったね、洋子!」

「こちらこそよ!」

 振り向けざまに、二人はハイタッチを交わす。その行為に、

「「やったー!!」」

 二人の父親は喜びの叫び声をあげ、

「さすが、私の娘、ですね。」

「それを言うなら私達の娘、じゃないかしら?」

「そうね。」

 二人の母親は拍手を送る。

 こうして、桜井綾と風間洋子の二人三脚は無事に終わる。

 次に待っているのは、

「い、いよいよ私達の番だね。」

「だな。ま、緊張せずにやるとするか。」

 異性二人三脚。その競技には、神田真紀と太田清志の出番であった。


 二人三脚は前に記述した通り、二人の息がいかに合うかが重要になってくる。その上で同性より異性での二人三脚の方が難しいだろう。さらに、そろそろお互いの性について意識し始めるこの頃。そんな時期に男女が二人っきりで一つことに向かって一生懸命に頑張っていく。その行為は、共に生活していく夫婦に近いだろう。実際、この競技を終えた男女二人組で、将来の夫婦が誕生している。去年も、この競技を終えた二人組の男女は付き合いだした、という報告が他校で何件か挙げられている。だからといって本校でもそうなるかは不明なのだが。

「さて、俺達の練習の成果を見せてやろうぜ。」

 と、太田は神田に笑顔と激励を向ける。

「う、うん。」

 今の神田は、先ほどの桜井と似た状況に陥りかけていた。だが、桜井よりは軽症であり、すぐに治った。その理由は至極簡単。太田のこの励ましが、神田の心に響いたからである。

(ちょっと、やばいかも…。)

 神田が危機を覚えた理由は、競技に対する不安感、ではない。吊り橋効果により、神田は今、太田に惚れそうになっていたからである。神田自身、これは一種の吊り橋効果であると認識していた。だからこそ、自身の気持ちに迷いが生じている。このまま好きになっていいのか、と。

「それでは、異性二人三脚に参加する人はこちらから入場してください。」

 そんな神田の心情を無視し、入場の合図が出る。そこには、嫌々出場する人がいれば、

「今日は私達の運命の日だね♪」

「そうだね♪僕達の愛に勝てる組なんていないさ。」

 既に出来上がっている超ラブラブカップルがいた。同年代の子達の大半が呆れかえり、一部の者達は嫉妬していた。救われたことといえば、この運動会を見に来ている人の大半が未成年を除き、既婚者であることくらいである。

 ちょっとしたカップルテロが行われていても、競技は順調に行われていく。

 順々に神田と太田の番までの人が走っていく。その人数が一組、また一組と減っていくたびに、

(確か、今日の作戦は…、)

 神田は今日の異性二人三脚をする際に決めた作戦を心の中で確認し、

(おぉー。あいつら、結構早いんだなー。)

 太田は、周りが二人三脚する様子を見ていた。その様子を横目で見ていた神田は、

(太田君。こんな緊張する時でもしっかりイメージトレーニングしているなんて…、)

 太田の観察する様子に感心し、尊敬に近い眼差しでばれないように見ていた。実際はというと、

(それにしても、ハプニングが起きて、男子が女子の胸とか、触ったりもんだりしないのかね。)

 男子小学生らしい?性的サプライズを考えてしまう程、太田は能天気だった。

 そしていよいよ、

「い、いよいよだね。」

「だな。頑張ろうぜ、お互い。」

「うん。」

 こうして、

「位置について、」

 全員が構え、

「よーい・・・ドン!!」

 一斉に走り出す。

 そんななか、太田神田ペアは、

「「右、左、右、左、・・・。」」

 周りの目を一切気にせず、二人で声を出し合いながら、早歩きしていた。


 太田と神田は、異性二人三脚をする際、ある決め事をしていた。

 それは、最初は走らない、というものである。

 それは何故か?

 この結論に至ったわけは、練習まで遡る。

 異性二人三脚の練習を散々行った結果、最初から息を合わせることが出来なかった。何度かゆっくり歩いたり走ったりすると、次第に息を合わせられるようになったが、最初から息を合わせる、ということが出来なかった。最初は、走って息を合わせようと何度も試みるが、全部空振り、必ずといっていいほどこけてしまう。だが、ちんたら歩いていたら相手に差をつけられてしまう。何度も怪我をし、喧嘩目前の話し合いを行った結果、走行と歩行の中間である、早歩きをして息を合わせよう、という結論に至ったのだ。その案で練習してみた結果、最速タイムを更新した。その快挙に思わず、

「や、やったな!」

「うん!」

 声をあげて喜ぶほどである。

 結果として二人は、無理に息を合わせようとして転び、時間が浪費されることより、最初は息を合わせることに集中してから走り出し、後半で勝負しよう、という作戦となった。

 この作戦を選んだ太田と神田に、最初に待ち受けていたのは、

(は!あいつら、何で歩いてるんだよ!?もしかして、この競技は捨てているのか?)

 他ペアからの、嘲笑を含んだ笑みだった。無理もないかもしれない。みんなが走っている中、一組だけが早歩きとはいえ、歩いているのだから。だが、そんな余裕はなかった。

「うわぁ!?」

「きゃあぁ!!??」

 周りの人達が転び始めたからだ。太田神田ペアを見て嘲笑していたからか、よそ見をしていたからかは不明だが、自然と、

「「右、左、右、左、右、・・・!!」」

 太田神田ペアへと視線が集中していた。その理由は簡単。男女のペアでありながら、一度もこけず、それどころかスピードを上げてゴールへと向かっているからである。他の組は、ゴールへ向かおうと一生懸命に走ったが、

「ああ!」

「きゃん!」

 どうしても男子が先のめりになってしまい、その姿勢に女子が追い付かない。その結果、女子が男子の足を引っ張っているように見えた。だがこれは、どちらかが一方的に悪い、ということではないだろう。それは、

「「右、左、右、左、右、・・・!!!!」」

 太田神田ペアが証明していた。

 男女のペアでも、息を合わせることが出来ると。

 そして、

「ゴール!」

 二人で勝利を勝ち取った。

 そして、

「やった!」

「やりぃ!」

 二人同時に、足に巻かれた物なんか一切気にせずジャンプする。そのあまりのはしゃぎように、

「「・・・あ。」」

 その後、二人の顔が赤くなり、常に伏せってしまったのは仕方のないことである。

 こうして、優が所属していくクラスは、順調に点数を稼いでいった。このクラスが目指すのはみんなでの優勝である。みんなは優勝に向けて、今も一生懸命頑張っている。だが、その頑張りに、クラスの輪に、早乙女優は含まれていなかった。

 様々な小学生達が競技を頑張ってこなしている中、より小さな小学生、早乙女優はというと、

「・・・ふぅ。先生、こちらの用意は終わりました。至急、こちらの運搬をお願いします。」

「了解。それじゃあ次、お願い出来る?」

「分かりました。次は・・・、」

 保健室の先生とともに、雑務をこなしていた。その雑務は、運動会実行委員でもやらない裏の、そのまた裏の仕事を、優と保健室の先生はしていた。その裏の裏の仕事は、運動会を円滑に行うための雑務で、完ぺきにこなしたところで誰かが褒めてくれる、なんてことは無い。だから、ほとんどの人がやりたがらないのだろう。それを、早乙女優はこなしていく。優はこれまで、多種多様な雑務を任され、こなしてきたために、こういった仕事にも慣れているのかもしれない。


 だが、そのことを良好と思わない人が、優が通っている小学校、宝鳥小学校にやってきている。その者は、

「・・・ねぇ?私の愛しい愛しい優君はどの競技にでるのかしら?でるのかしら?」

「さぁ?俺も詳しくは把握していないが、この徒競走と、綱引きと・・・踊り?の3つは出るんじゃないか?」

「そうよね。ちなみに踊りじゃなくて、節よ、節。」

「確か…何かの魚の何かを祝った歌?だったっけか?」

「ずいぶん曖昧ね。さすが、酒以外のことに関しては無知な男ね。」

「…失礼だな。俺にだって酒以外で誇れるところなんて一つや二つ…、」

「あるの?」

「・・・そんなことより、優を探そうぜ。」

 学校そのものに苛立ちを覚えつつ、優を探し始める。

 その二人は、優の保護者である、菊池美奈と工藤直紀であった。

 ちなみに、

「…それにしても、出る予定だった徒競走に出なくてよかったの?」

「え?午前中に何かでなければならない種目とかあったのですか?」

 優には、出る種目すらまともに教えられていなかった。

次回予告

『小学生達の運動会生活~午後~』

 いよいよ宝鳥小学校の運動会の午後の部が始まる。午後には、早乙女優が出場するクラス対抗リレーが行われる。その競技で、優を陥れる作戦が実行される。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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