小さな会社員と女子小学生モデルの写真撮影生活
早乙女優にとって、怒涛の日々を乗り越え、少しは安らげる休日。
その日に優は何をしているのかというと、
「zzz・・・。」
電車内で寝ていた。
「優君の寝顔がこんな間近に、はぁはぁ。」
菊池美奈と共に。
時を少し遡り、本日未明。
「…よし。これで行く用意は終わりました。確認も済んだことですし、そろそろ行きますか。」
優はとある場所へ向かう準備をしていた。それは、
「今日は朝からテレビ局へ行きませんと。」
テレビ局である。
優は今日、潮田詩織のお願いにより、テレビ局に行く約束を交わしていたのだ。なので、優はテレビ局に行く準備をしていた。ともあれ、行く準備なんて改めてする必要がほとんどなく、必要なものといえば、かばんと財布くらいなものなのだ。
「それでは、行ってきます。」
優は小さな声で部屋に挨拶をし、扉を閉め、寮を後にする。
「・・・。」
その後ろに、成人女性がストーキングしていることも知らずに。
電車の切符を買い、電車に乗った優は、
「さて、しばらくこのままですし、少し寝て、」
と、ここで、
「・・・あ。」
「・・・。」
目が、合ってしまった。本来、ここにはいないはずの人と。その人とは、
「…それで、こんなところで何をしているのですか?」
「ええと…、確か、今日優君のコンサートが近辺で行われるから、それを見に行こうかと…、」
「嘘はいいです。」
菊池美奈である。
優は大きなため息をはき、
「それで、何をしに来ているのですか?」
と、優は呆れた声で、呆れた顔をしながら尋ねた。だが、優自身には、菊池の目的をある程度察せていた。というより、優はこれ以外の考えが脳内になかった。
「それは…、」
菊池も大きなため息をはく。それは、腹を割って話そうとする一種の意思表明でもあった。
「優君は今日、テレビ局に行くんでしょう?」
と、さっきまでとは異なる声質で菊池は話始める。その真意に気づいた優は、
「はい。」
下手に言い訳するわけでもなく、ただただ肯定の意を示す。
「私も一緒に行くわよ。隣、失礼するわ。」
と、菊池は有無を言わさず、優の隣に座る。
「?優君、大丈夫?すごく眠たそうにしているわよ?」
菊池は、優の異変にすぐ気づき、声をかける。
「…そうですね。そうさせてもらいます。」
と、優は姿勢を少し変える。
「あ、一つだけ言っておきます。」
「ん?何?」
「私に膝枕はしないでくださいね。」
優は、今も膝をトントンしている菊池に対し、指摘する。
「ええ!?そ、そんな!?」
菊池は突如津波が襲い掛かってきたかのように驚く。
「それでは、お休みなさい。」
「そ、そんなぁ~。」
菊池はがっかりするも、優はそんなことお構いなしに目を瞑る。
「…寝ている間は、何されているか私には分からないので、せめて寝てからにしてください。」
「ゆ、優君…!」
優は気づいていた。菊池はおそらく、否、確実に、私のために来てくれたのだと。私を心配して来てくれたのだと。であれば、菊池に何かしてあげたい。お礼に何かできることはないか。それを考えた末、こう言い残し、眠ることに決めたのだ。
「zzz・・・。」
優はすぐに眠った。今週、ほとんど寝ていなかったことと多量の疲れのため、すぐに眠ることができた。
「優君は…寝たわね。寝たわよね?」
菊池は確認のため、
「優君?優くーん?」
呼びかけたり、軽く頬を引っ張ってみたりしてみたが、一向に起きる気配がない。
「…よし!それじゃあ、失礼しまーす。」
菊池は、優の頭をゆっくり、自身の膝の上に乗せる。
「あー。これが膝枕!なんて、なんて最高なのかしら…。」
菊池は優に膝枕を実行し、堪能し始める。
時は戻り、そんな理由で優は菊池に膝枕されているわけなのだが、その光景は、多くの人達にとって異質なものであった。何が異質かというと、
「!?…?…!?」
優達の近くを通りかかった人達が数度振り向くほどである。その原因は、
「えへ、えへへ、えへへへ…。」
菊池の蕩けきった顔である。
菊池の顔はかなり整っており、普通にしていれば美人に分類されるだろう。上手くいけばモデル、女優もいけたかもしれない。それほどの美貌を兼ね備えている。だが、その美貌が崩れているのである。
「優君の寝顔、さいこ~♪」
一人の子供の寝顔を見て。
傍から見れば、優は女の子にも見られかねない小さな子の寝顔を見て、美しい成人女性が惚けているのだ。
まずは美しい成人女性に目が行き、次に成人女性が小さな子の寝顔を見て惚けている場面を見、大抵の人はその光景に驚き慄き、二人から離れていった。この光景を目撃した人のほとんどはこう思うだろう。
“あんな美しい女性が子持ちだなんて…!!!”
そして、
“あの目。子に向けるものじゃねーだろ。どんだけ子煩悩なんだよ。”
と。
「…す、すいません。」
「はい、何でしょう?」
思わず、駅員が声をかけるほどであった。
実際、菊池は優に対して異常に執着しているところはあり、依存しているところもある。だが、それは優という人に対してだけである。優が菊池の子供だから、というわけではない。
そんなことは、周囲の人間には関係ないのだが。
周りをドン引きさせていることにも気づかず、優は安眠をし続け、電車はテレビ局に向け、車輪を回し続ける。
電車に揺らされつつ、
「さぁ、着いたわね、優君!」
「そうですね。ところで何故そんなに元気なのですか?」
「え?そりゃあもう…、」
「もう、何ですか?」
「元気をもらったからね!」
と、私に笑顔を向けてきた。・・・?私には、その笑顔の意味はよく分かりませんが、
「そ、それはよかったですね…。」
返事はきちんと返しておきましょう。
「ええ!」
ま、元気でいること自体、問題ではありませんし、気にしないことにしましょう。
「…あれ?あの受付近くの椅子に座っている女性の方はもしかして…?」
あのスラリとした体形の方はもしかしなくても、
「女怪盗。」
菊池先輩がそう呟いた瞬間、
「!?」
スラリとした体形の方はこっちを急に睨み付け、テレビ局から出てきたと思ったら、
「あんた!さっき私のこと、女怪盗って言ったでしょ!?」
と、先ほどの女性、峰田さんは先ほどの発言に対し、激怒していた。あれ?確か、ここからテレビ局内まで数メートル離れていますし、屋内に聞こえたのでしょうか?まさか、口パクだけで何を言ったか分かったのでしょうか?…これ以上突っ込むことはやめましょう。
「とにかく、中に入りましょう?そのためにあんな場所で待っていたんでしょう?」
「…そうだけど、あんたに言われると腹が立つわね。」
と、若干怒りを見せつつ、
「さ、案内するわ。今日はよろしくね、早乙女君?」
と、先ほどの怒りが嘘のように、笑顔を私に向け、話しかけてくる。こ、これが大人ですか。さすがです。
「はい。」
私は峰田さんの後に続き、テレビ局内に入っていった。
入り組んだところを抜けた先に、とあるスタジオ入り口が見えた。その入り口を開けると、見慣れた、というより見覚えのある光景があった。確か数か月前、私がスタジオに入ったことを思い出します。ですが、前来たスタジオとは少し違うような…?そうか。この前とは異なるスタジオに入った、というわけですか。そのスタジオ内には、
「これはどこに置けばいい?」
「そこだそこ!」
「…ここか?」
「違う!それはそこじゃなくて…、」
と、指示語がはびこっていた。なんのことについて言っているのか分かりませんが、今もこうして資材を運んでいるあたり、ちょっと早く来すぎてしまったのでしょうか?遅れるよりましだと思いますが、これはこれで迷惑ですよね?なんだか申し訳ないです…。
「ここが今日、早乙女君達が使う予定のスタジオよ。まだちょっとゴタゴタしているけど、気にしないでね。」
ま、気にしないで、と言われたからには、気にしないでおきましょう。
「分かりました。ところで、気になることを聞いてもいいですか?」
「いいけど、何?」
私は確認のため、あることを聞く。それは確認必須事項である、あれだ。
「今日私が着る服はもしかしなくとも…?」
「?女の子の服よ?」
と、峰田さんはさも当たり前のように返してきた。やはり、私は今回も女装するのですか…。私が落ち込んでいると、
「大丈夫よ!優君は何を着ていても似合うから!」
と、菊池先輩は肩に手を置き、励ましてくれた。私、そんなところは全く気にしていなかったのですが…。それ以前のところを気にしているのですがね。
「ああ!もしかして、着替え部屋のことを気にしているのね?大丈夫よ。個室を運よく確保できたから。」
と、もう片方の肩を峰田さんは軽く叩いてくる。…やはり、女装することは確定なのですね。ま、みんなのためになるのであれば、多少は我慢します、か…。
私は大きく息をはき、覚悟を決める。
「それじゃあ、今のうちに着替えて、準備を始めましょうか?」
「はい。」
「うふふ♪優君のおめかしが楽しみだわ!」
菊池先輩はテンションを上げながら、着替えの部屋に向かう。
着いた部屋には、
「…久しぶり。」
潮田さんがいた。
あれ?ここって、私が使っていい部屋、ですよね?何故ここに潮田さんが?私は意味深な目で峰田さんに訴える。
「…?あ、大丈夫よ。私達はすぐ、移動するから。」
峰田さんは最初、意味が分かっていなかったようだが、意図に気づいたらしく、
「それじゃあ仕事が終わったら、またここでね。」
と、潮田さんを連れて行こうとする。
「さ、詩織。行くわよ。」
「ちょっと待って。」
だが、潮田さんは私の前に立ち止まり、
「後で話があるから、時間、空けといてよね。」
そう言って、足早に去っていった。
「さ、優ちゃんもあの衣装に着替えましょう♪手伝うわ。」
と、衣装ケースには見た感じ、十着以上の服が並んでいた。
「もしかしてあれ全部…?」
「ええ。これは…楽しみね♪」
「・・・。」
菊池先輩…。いつの間にか敬称も変わっていますし。
「…改めて聞くと、壮絶ですね。」
「そう。これはもう、壮絶に可愛い優ちゃんの誕生ね!」
そういう意味ではないのですが。さて、覚悟を決めますか。私は服を手に取り、
「手伝うわ。」
「…お願いします。」
さ、着替えますか。
服を着替えると、
「もう!優ちゃんはどんな服を着ても想像以上に似合うわね!私、虜になっちゃうわ!!」
「そ、そうですか…。」
確かに、この服は落ち着いた色合いをしていて、どんな人にも似合いそうです。スカート、なんですけどね。ほんと、なんで男の私がスカートなんか…。
「さ、行ってらっしゃい!」
こうして私と、
「あ、そっちも今、着替え終わったの?メイクは?」
「バッチリよ!優ちゃんのためだもの!」
「そう。それじゃあ早乙女ちゃんも頑張ってね。」
「はい。」
「ちょっと。遅いわよ。早く来なさい。」
「あ、はい。」
潮田さんとの写真撮影が始まった。
始まってからは、それはもう忙しかった。
立ち位置やポーズを変えながら何十枚もカメラで撮られ、撮り終えたらすぐに別の衣装に着替え、また同じように立ち位置やポーズを変えながら何十枚も撮られる。そんなことをおよそ十回繰り返していた、と思う。何故あやふやなのかと言うと、それほど写真撮影に集中していたからだと思う。決して、現実逃避していたから、と言う理由ではないことを信じたいです。基本的に、メイクの方は菊池先輩にお願いした。最初、メイク担当の人がやるのかと思ったが、
「優ちゃんを一番かわいく出来るのは私だけよ!」
と言って、ある紙をメイク担当の人に見せ、了承させたらしい。…一体、どんな紙をみせたのでしょうか。様子から見て、脅迫したわけじゃなさそうですけど、本当に何を…?ですが、今の私にはそんな些細なことは気にしてはいられません。私はメイクされている間、撮影されている間に受けた指示や、アドバイスのことを脳内で繰り返し、イメージトレーニングを繰り返した。その間、何か視線を感じていましたが、私には関係ないことでしょう。それより自分の仕事を全うしなくては!
そういえば、これって秋服、なんですよね?私服の他にもドレスっぽい服や、赤を基調とした服、着物等もありますね。何の服か聞きたい気持ちもありますが、今は写真撮影に集中するとしましょう。菊池先輩がかなり興奮していたけど、今は気にしないでおこう。
撮影の際、同年代の方、でしょうか?私より大きく、潮田さんと同じくらいの身長の人達が数人、スタジオに入ってきて、私達を見ているのですが、私達に何か用があるのでしょうか?そんな子供がスタジオに入って来たにも関わらず、大人の人達は挨拶しただけで、特に何も言って来ていない辺りを見ると、テレビ関係の仕事をしているのでしょう。若いのにお疲れ様です。っと、そんなことを考えている余裕なんてありませんでした。今は写真撮影に集中しなくては、ですね。
そんなことで撮影会をこなしていき、時間は過ぎていく。
「はい!これで本日の撮影会を終わりにします!本日はお疲れ様でした!」
この言葉を皮切りに、
「「「お疲れ様でした!!!」」」
そんな言葉が行き交い、片づけを始めていく。私達はというと、
「本日はお疲れ様でした。」
みなさんに挨拶をしていた。経緯はともかく、感謝の気持ちを伝えなくてはなりませんね。
「はい。今日もお疲れ様。今日も良かったよ!さすが、未来のツートップアイドル!」
と、前回私を散々勧誘していた男性が私の手を握り、ブンブン上下に振ってくる。
「いえ。私はアイドルになるつもりなんてありませんので。」
私はこの際、お断りの返事をしておく。私は将来、あの会社で働くつもりですからね。
「「え???」」
…男性はともかく、何故潮田さんまで驚いているのでしょう?
「君は今、すっごい人気なんだよ!」
「と言われましても…、」
あれから、雑誌に関しての情報は一切手元に入ってこないですし、それほどのことは起きていないのでしょう。起きているのであれば、ニュースにでもなっているはずです。ま、あまりニュースを見る時間がないので、詳しくは分かりませんが。
「ま、知らないなら後で教えてあげるけど、今から時間ある?」
「今から、ですか。」
確かこの後、潮田さんに言われていましたね。となると、答えは一つ。
「申し訳ありません。先約がありますので、今日はこれで失礼します。」
断る。これだけです。申し訳ありませんが、先約の方をないがしろにするわけにはいきません。
「え?」
ですが、潮田さんは私の発言に驚いているようでした。何故でしょう?
「では着替えたら、私はこれで失礼します。」
「あ、ああ。ああ!ちょっと待った!」
「!?な、何でしょう?」
急に大声を挙げて呼び止めるなんて、何か私がしてでかしたのでしょうか?心当たりは…ないですね。ですが、心当たりがないだけで、無自覚に何かしてしまって…、
「気持ちが変わったらいつでも連絡してきていいから!これ、私のLEALのIDね。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
なんだ。私が何か失敗したのではなかったのですね。良かったです。
「それでは、今後も頑張ってください。」
「ああ。今後もよろしく。」
私はその返しに返事をせず、頭を下げるだけにした。この態度がどう伝わったかは分からないけど、この男性からのお誘いには返答していないし、これでひとまずはいいかな?そんなことを心の片隅で思い、スタジオを出る。するとすぐに、
「あ、あの!」
急に声をかけられた。一体誰でしょう?思い当たる節は…全くありませんね。
「はい、何でしょう?」
「ど、どうしたらあそこまで堂々していられるの!?教えて!」
と、期待が込められた眼で見つめられた。他の人達も同じようなことを聞きたかったのか、私に同様の視線を送る。私は困りましたが、
「潮田さんを見て参考にしたらいいと思いますよ?」
私はこう伝えた。私が参考にしたのは、潮田さんのふるまいだけですし、それしか言えません。
「でもあの子、言い方が結構きついし…、」
「絶対私達の事、下に見ているわよね。」
と、潮田さんを非難していた。全くの他人なら、別に気にもしませんでしたが、数度とはいえ、一緒に買い物したり、勉強したりしていた。確かに潮田さんは多少ぶっきらぼうで、言い方がちょっときつい面もあるけど、それはその人を思っての発言だと思う。だから、
「そんなことは無いと思いますよ。」
「「「え?」」
「何度か一緒に話をすれば、潮田さんの性格が分かると思いますよ。まずは世間話をすることからおすすめします。そうすれば、きっと潮田さんの良さが分かると思いますよ?」
と、出来るだけ優しく言った。最初は戸惑っていたが、
「わ、分かった。」
「ありがとう。」
と言って、潮田さんの元に向かった。これで、潮田さんに対する誤解がとけるといいですね。私はそんなことをおもいながら、部屋に向かい、着替えを始める。
着替えを終え、いつものジャージに着替え終えた私は、菊池先輩と共に部屋を出ると、
「待っていたわよ。」
「今日はお疲れ様。はい、これ。」
と、峰田さんからペットボトルを受け取る。先ほどの人達はどうしたのでしょう?もう帰られたのでしょうか?
「あ、ありがとうございます。」
「せんきゅー。」
「それじゃあ、いいところを予約したから、4人で行かない?」
と、峰田さんから提案を受ける。私としては構いませんが、潮田さん、菊池先輩はどう思っているのでしょうか?菊池先輩に視線を向けると、
「優ちゃんに任せるわ。」
と、ちょっと投げやりな感じで言われた。次に潮田さんに視線を向けると、
「私は…あなたと行きたいわ。」
と、たどたどしく伝えてきた。これでしたら、行くしかありませんね。
「分かりました。それではお願いします。」
「ええ。」
こうして私達は、峰田さんが予約したところへ向かう。
日が少し傾き始め、お腹が空き始めるこの時間帯。その時間帯に、
「さぁ。この個室なら、世間の目を気にせず食べられるわよ。」
と、メニューを私に渡しながら言ってくる。
「ありがとうございます。」
私はメニューを見てみる。…なるほど、色んな料理がありますね。これは料理選びに時間がかかりそうです。とはいえ、
(このアイスクリームのバニラ味は欠かせませんね。)
と、注文する品を一つ確定する。ですが、これだけではご飯とは言えません。さて、何を食べましょうか。せっかくの外食ですから、あまり聞かない料理をお願いしたいものです。
「詩織は何にするの?」
「そうね…この海鮮丼セットにしようかしら?」
「私はそうね…、このハンバーグセットにしようかしら?あんたはどうするの?」
と、峰田さんは菊池先輩に視線を送る。その菊池先輩はと言うと、
「優ちゃんと同じものが食べたいわ!」
この発言で、峰田さんは、
「はぁ…。」
と、呆れ顔を見せ、
「・・・。」
潮田さんは、菊池先輩の発言に驚いていた。もしかして、菊池先輩って、私が思っている以上におかしいのでしょうか?確かに菊池先輩はおかしいと思いますけど。
「私はどうしますかね。」
少し悩んだ後、
「よし。私はミートローフセットにします。」
このミートローフセットを頼むことにした。
ミートローフとは、アメリカの家庭料理の1つで、ハンバーグによく似た料理です。ですが、ハンバーグはフライパンやオーブンで焼き固める料理ですが、ミートローフはオーブンで焼く料理です。つまり、焼く段階で固めるか固めないかの違いだと私は思っています。私もそこまで作る頻度が高くないので、詳しいことは分かりません。ですが、菊池先輩と何度か作ったことがあります。あの時はハンバーグとミートローフの違いが…、
「・・・。」
と、一人で思い出に浸っている場合ではありませんでしたね。今私は一人で入店しているわけではありませんし、菊池先輩方の話を聞かなければ!
「あ。後、アイスクリームのバニラもお願いします。」
危ない、危ない。思わず注文し忘れるところでした。これは必須で欠かせませんね。
「じゃあ私は優ちゃんと同じミートローフセットとアイスクリームの…イチゴにしようかしら?」
確かに、イチゴも美味しそうです。二人の時なら、間違いなくシェアを志望していたことでしょう。食べてみたい…。
「それじゃあ注文はこれでいい?」
「「「・・・。」」」
私は首を縦に振る。菊池先輩も潮田さんも私と同意見のようです。
「それじゃあ注文するわね。」
と、手元にあった機械をいじりだす。あ!?
「それぐらい私が…!」
やります、と言おうとしたところで、
「優ちゃん。これぐらいで誰も文句なんて言わないわ。」
菊池先輩に止められる。
「ですが…!」
この程度の気遣いも出来ないなんて!私はなんて愚かな…!
「大丈夫。ああいうことは、誘った人がやるべきことなの。誰も優ちゃんを責めないから、ね?」
「…分かりました。取り乱してすみません。」
私は頭を下げる。
「?よく分からないけど、これだけは言える。」
峰田さんは軽く息を整え、
「早乙女ちゃんは何も悪いことなんてしていないわよ?ねぇ?」
と、峰田さんは潮田さんに話を振る。
「え?今、何かあったの?」
と、目の前で起きたことが分からずにいるようだ。私がもっとしっかりしていれば、峰田さんに労働させずに済んだのに!
「・・・。」
そんな後悔を胸に秘めていると、潮田さんがこちらをじっと見てくる。な、何でしょうか?
「…あの、何か?」
「…え?」
「え?」
何故、潮田さんの方が困っているのでしょう?やはり、私に何か原因が…?
「詩織。早乙女ちゃんのこと、見過ぎよ。」
「え?…あ、ごめん。」
「いえいえ。全く問題ありません。」
よかった。私に非があって見ていた、というわけではなかったのですね。
「なんか、いつも同じような私服着ているな~って。」
「…確かに、この前も同じジャージ着ているわね。早乙女ちゃんはほかの服無いの?」
「えっと・・・。ないです。」
もしかして峰田さん、わざと聞いているのでしょうか?私が男だと言うこと、知っているんですよね?それを踏まえての発言なのでしょうか?様子から察するに、無意識で聞いているような…?冗談の類、ですね。そういうことにしておきましょう。
「そうだ。なんなら、詩織が早乙女ちゃんの服を見繕ってあげたらどう?」
あれ?峰田さん?私の性別、覚えていますか?覚えていますよね?
それと菊池先輩?何さりげなく峰田さんに親指あげているのですか?そんないい笑顔で笑いあって。二人とも、おかしいですよ?
「…いいの?」
と、潮田さん峰田さんに返答を聞いてくる。
「それは私に言うんじゃなくて、早乙女ちゃんに聞くのよ?」
「それもそうね。」
とい話を聞きつつ、頬に不自然な汗が流れ出す。嫌な予感がします…。
「優。今度、一緒に服、買いに行こう?」
「…せっかくですが、お断りさせて…、」
私は考えた末、断らせていただくことにした。その買い物に付き合ったら、私が男だってことがばれ、私を女装する変態扱いするだろう。それは嫌ですからね。なので断ろうとしたら、
「優ちゃん。」
菊池先輩が話に割り込んできた。
「…何でしょう?」
せっかくお断りの返事をしようとしていたのに。
「こういう時は断らないものよ。」
「と、言われましても…。」
その買い物にはかなりのリスクが伴います。だったらいっそのことやらない方が…、
「ま、優君が気にしていることも分かるのよね…。」
と、菊池先輩は何か考えるそぶりを見せる。
「…そうだわ。なんならあそこが…、」
何を思ったのか、菊池先輩はタブレットを操作し始める。そして、
「…うん。これならいいわね。」
と、何かを確認し、
「この店で買うなら、うちの優ちゃんを行かせてもいいわ。」
と、菊池先輩は潮田さんにとある紙を渡す。いったい何が書かれているのでしょうか?私もよく見えなかったんですよね。
「…え?この店って、え?」
潮田さんは驚いていた。一体何が…?
「私にも見せ、え?ええ!?」
峰田さんも驚いていた。
「この店って、品ぞろえが抜群で芸能人御用達のお店じゃない!?その店の優待券って…。」
二人は菊池先輩を凝視する。その紙って、そんなにすごいものだったのですか。
「ええ。優ちゃんもこれでおしゃれに目覚めてくれれば嬉しいわ♪」
と、私に視線を送る。…これって遠回しに、私におしゃれしろと強要しているのでは?私だって好きでこの服を着ているのですが。まぁ、見た目より機能性を重視しているので、あまり強く言えないのですが。
「じゃあこれで一緒に、行ってくれる?」
「・・・。」
逃げ道を完全に断たれた私には、
「はい。」
肯定の意を示すしか、出来ることがなかった。
「それじゃあさっそく予定を…。」
「失礼します。」
潮田さんが話し始めてすぐに、扉を数回たたく音が聞こえ、そこから店員さんがやってくる。その手には注文していた料理を持ってきてくれた。
「お待たせいたしました。こちら…、」
こうして、テーブルの上にさきほど頼んだ料理が並ぶ。ミートローフはもちろん美味しそうですが、ハンバーグや海鮮丼も美味しそうです。
「それじゃあ、いただきます。」
「「「いただきます。」」」
そして、4人の食事会が始まる。
食事会がつつがなく終わり、
「ふぅー。食べた、食べた~。」
「美味しかったわ。」
「優ちゃんとアイス、交換出来て楽しかったわ♪」
「さて、会計は、と?あれ?」
ここで、峰田はあることに気付く。
「ねぇ?ここにあった伝票知らない?」
「伝票?あ。」
菊池は何かうっかり忘れものをしてしまったかのような顔を浮かべる。
「え?どうしたの?まさか、支払いが嫌だからってトイレに捨てたの?」
「そんな訳ないでしょう?それより、もうお会計は済ませたみたいよ。」
「あ、もしかして、あなたが払ってくれたの?まさかあなた自らが奢ってくれるなんて…、」
「うんうん。私じゃないわ。」
「え?じゃあ詩織?」
「いいえ。」
「え?それじゃあ…早乙女ちゃんは?」
「あそこ。」
菊池が指さしたところには、
「ふぅ。」
若干、満足げな優がいた。
「もしかして、あなたが…?」
ん?何か峰田さんの様子がおかしいですね。なんか、変な物でも食べたのでしょうか?
「どうされましたか?」
「どうしたもこうしたも早乙女ちゃん、あなたが支払ったの?」
「え?もしかして今回の食事のことですか?払いましたが?」
もしかして払うと都合が悪くなるのでしょうか?そんなこと、あるわけないですよね。ですが、菊池先輩は呆れ顔でこちらを見ていますし、潮田さんは驚いた顔でこちらを見ています。そんなに何を驚いているのでしょう?
「あのね。今日は、私が奢るつもりだったのよ。何故あなたが払うの?」
「何故と言われましても…、」
理由なんて、もちろん、これしかありませんよ。
「恩がありますから。」
「恩?あなたが私に?」
「はい。ですから少しでも恩を返すためにこうして…、」
「…もういいわ。百歩譲って恩を返すためだとしても、お金はどうしたの?盗んできたの?」
「?もちろん私の財布から支払いましたが?」
「そうよ!優ちゃんを泥棒扱いして!泥棒なのはあんたの方…、」
「え?何か言った?」
「別に。」
…ほんと。この二人は、仲が良いのか悪いのか分かりかねます。仲が良いうえでの会話なのでしょうか。
「とにかく!支払った金額教えて!今建て替えるから!」
と、峰田さんが財布をとりだそうと鞄を漁り始めたので、
「あ、お金は結構です。」
「え?でも…、」
「ですから、結構です。」
本当にお金なんていらないのですが。
「なんで?私が払うって…、」
「私がこうしたいからしたまでです。ですから、お金はいりません。」
「でも…、」
私がいいと言っているのに、峰田さんは未だに財布からお金を出そうとしていますね。もっと強くいった方がいいのでしょうか。
「で…、」
「諦めなさい。」
「え?」
急に菊池先輩が話に割り込んでくる。
「聞こえなかったの?もう諦めなさいと言ったの。」
「でも…、」
「優ちゃんはあなたに恩を返したくてしたことなの。だから、素直にその行為に甘えなさい。」
「でも、大人が子供に奢られるなんて…、」
今日はやけに粘りますね。前回とは別の印象を覚えます。
「でしたら、また美味しいお店を私に紹介してください。」
「え?」
「今回、峰田さんのおかげでこのような美味しいお店で食事することができました。なので、この店とは別のお店をまたの機会に紹介してください。今回のお金はその前払いということで。」
私は峰田さんに言ってみる。これでダメなら、私が折れるとしましょう。これ以上となりますと、私も妥協しなくては折り合いを見つけることなんて出来なさそうですし。
「・・・分かったわ。今回は本当に、本当にご馳走様。」
峰田さんは私に頭を下げた…下げた!?
「えっと、私も。ありがとう。ご馳走様。」
と、潮田さんまで!?
「そ、そこまでしなくていいですから!!」
こうして、4人の食事会は幕を下ろし、店を出る。ここで4人は双方に別れ、それぞれの帰路につく。
「ふぅ。」
「優君、ずいぶんお疲れね。」
「ええ。まぁ少し、ですけど。」
美味しいご飯を食べたとはいえ、疲れがまだ残っています。欲を言えば、今ここで寝たいです。ま、少しは我慢しますが。
「今寝てもいいのよ?なんなら行きと同じで膝枕…、」
「それは結構です。」
「えぇ~?」
帰りは騒がしい時間を過ごすこととなってしまった。ですが、それも結構楽しめました。きっと、電車内といういつもと違った場所だから、というのも話が盛り上がった一因なのでしょう。
さ、明日からまた頑張りませんとね!
こうして二人は、帰りの電車も楽しく過ごしていった。
一方。
「ねぇ?あの子、本当に何なの?」
「何なの、と言われても、私にも分からないわ。」
潮田詩織と峰田不二子は小さな少年、早乙女優のことについて話していた。
「だって、私の時も奢ってくれたし、今回も…。」
「へぇ~。私がいないところでそんなことを。」
峰田は感心する。
「それに、今回の事、お礼も伝えていないし。」
「そうだったわね。」
そう。今日、優のあの発言、
“何度か一緒に話をすれば、潮田さんの性格が分かると思いますよ。まずは世間話をすることからおすすめします。そうすれば、きっと潮田さんの良さが分かると思いますよ?”
この発言により、同業者の子供達はみな、潮田の所へ行き、話を聞いた。そして、今までの誤解、認識の違いを改めさせることに成功したのだ。それも、優が発言したからである。
大人が言っても、叱りつけるように強く言っても、何も成果の無い子が言っても、きっと同業者の子供達には響かなかっただろう。
同年代で、優しく、小学生達の間で噂が持ち切りの優だからこそ、同業者の子供達の心に響かせることが出来たのだ。そんな人材は確実に稀であろう。
「そうね。」
「もしかして、早乙女ちゃんを見つめていたのって、タイミングを伺っていたの?」
「…うん。いつ切りだそうかなって。」
「だったらごめんね。私が余計な事言っちゃって。」
峰田が言う余計な事とは、服の事である。いくら潮田が話のきっかけを作ったとしても、そのきっかけを拾い、話を膨らませてしまった自身にも原因がある、と峰田は考えていた。
「いいのよ。これでまた、優に会うことが出来るんだもの。」
「そうだったわね。それにしてもあいつ、なんであの有名店の優待券なんか持っているのかしら?」
「さぁ?」
「そうよね。詩織にも分からないわよね。いずれにしても、お礼はちゃんと言うのよ?」
「ええ。今度、言うつもりよ。」
「ならいいわ。」
峰田が運転する車内で、会話が終わる。
潮田の自宅に着き、
「さ、着いたわよ。」
「…ありがと。」
「いいのよ。これも仕事なんだし。」
そう言いつつ、峰田はトランクに積んであった荷物を潮田に渡す。
「それでも、よ。優を見ていると、なんだか自分も頑張らなくちゃ。そう思うの。」
「そう。その意気で今後も頑張ろうね。」
「お互いに、ね。」
「ええ。」
こうして、潮田は自宅に入る。
帰り。
「そういえば、あのお金はどこから出したのかしら?」
無論、財布の中からである。だが、そんなことを考えているのではない。あの小さな少年、優はどうやってお金を稼いでいるのか、ということを考えていたのだ。
「早乙女君があいつの財布を使って支払ったの?いや、あの後は自分のカバンの中に入れていたし、あいつの財布ってことはないわね。」
となると、考えられることは…、
「予め、あいつが早乙女君にお小遣いを渡していた?…そうね。それなら納得出来るわ。」
だが、それだと疑問点が一つ浮かぶ。
「だけど、五千円近くをポンと出すあたり、そんなに多くお小遣いを渡しているの?」
今回の食事にかかった値段は、四千円以上である。大人にとってそこまで痛くはない出費だが、小学生にとっては、大変に痛い出費となるだろう。
「ん~…。後で聞いてみようかしら?」
心に疑問が残ったまま、自宅に着く。
だが、今の峰田には予想もしていないだろう。
さきほど考えていた予想は、推測は、全部間違っていたことに。
次回予告
『小さな会社員とある姉の初対面生活』
潮田詩織との写真撮影を終えて翌日。早乙女優は社員寮前を掃除していた。すると、1人の女性が走って来たかと思うと、突然早乙女優に話しかけてくる。優にとっては初対面の女性なのだが、その女性は初対面ではないという。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




