小さな会社員の過勤労生活
運動会の準備を始めてから1週間が過ぎ、再来週の土曜日に運動会が控えている中、私はというと、
「さぁて。今日も頑張りますか。」
日が完全にくれたこの時、建物内のとあるデスク前に座っていた。その席に座っている小さき者は、
「おお。今日もこれからやるのか。」
「もちろんです。何もしないでこのまま寝るのは気が引けますし、そもそも眠れません。」
「そうか。」
見間違えることのない、早乙女優である。
そして、隣に座っている男は工藤直紀。今日は残業でたまたま残っていたところ、早乙女優と鉢合わせしたのだった。
「まず机に置いてある紙をと…。」
私は紙に書かれている内容を読み解く。おそらく、私がやるべき仕事の説明が詳細に記されているのでしょう。こんなことをするのは菊池先輩、でしょうね。ありがとうございます。
「…どうだ?何か聞きたいことはあるか?」
「…いえ、問題ありません。心配してくれてありがとうございます。」
「ならいい。さて、俺は…、」
ここで工藤は気付く。
ここで優を独りにさせることは、よくないのではないのか、と。優なら、戸締りもしっかりしてくれるし、信頼はこれ以上ないというくらいしている。だが、実年齢は11歳。そんな子供に全て押し付けていいものか、と。
その考えに辿り着いた工藤が何をしたかというと、
「…俺ももう少し残って仕事するか。」
仕事と称して、優を見守ることにした。
いくら精神的に成熟していたとしても、優は小学生で子供なのだ。建物内とはいえ、小さき者を独りにさせるわけにいかない。そんな大人な想いを胸に秘め、
(とりあえず、デスクの整理と…、書類の整理だな。)
浮かばせていた腰を、再び椅子に降ろす。こうして、二人だけの遅いオフィスワークを始める。
夜10時。
それは、良い子の小学生であるなら就寝準備、あるいは既に就寝しているであろう時間帯。その時間帯に、
「工藤先輩。わざわざコンビニでご飯を買ってきてくれてありがとうございます。」
「いんや。別に問題なんかねぇよ。俺も腹が減っていたし。」
大人な人と遅めで軽めな夕飯を食べていた。
本来、こんな時間にご飯を食べることは健康面情良くないのだが、夕飯を食べていない優にとって、これは必須行為である。それに、
「優。お前はまだやるつもりか?」
「そうですね。後もう少しで今日のノルマを達成できますので。それと、工藤先輩の方はどうなのですか?」
「俺か?俺はまぁ、ボチボチだ。後もう少しってところだな。」
早乙女優達はこの後も仕事をしていくため、この栄養補給は必須行為である理由の一端と言えよう。
一方で、
(工藤先輩。もしかしなくとも、私のために残ってくれたのでしょうか?)
早乙女優は工藤直紀が職場に残った本当の理由を勘づき始めていた。お互い、何年も一緒に仕事をこなし、私生活でも色々と支え合っている仲であるからして、ある程度は良くも悪くも察することが出来てしまうのだ。
(もしかして優の奴。俺が仕事とは別の目的でこの職場に残っていることに気付いているのか?)
それは早乙女優だけでなく、工藤直紀も同様である。
そして、
「「・・・。」」
互いが互いを凝視する事数分。
「・・・やっぱり、今日はもう帰ります。」
優は先ほど言った自身の意見を変えた。
「…そうか。それじゃあ今日はもう帰るのか?」
「はい。」
工藤は優の意見に賛同した。工藤とて、小学生を酷使させるほど非人道的人間でなかったということなのだ。これを機に、もっと小学生らしい生活を送って欲しいとも思っていた。仕事をさせている自分達が言える立場ではないのだが、それでも、である。
ちなみに工藤は、定時になった時、タイムカードをきっている。つまり、今のこの時間は完全にサービス残業と言える。そこまで仕事をする理由は一つ。こんな時間に、小学生をオフィスビル内で独りにさせないためである。そのためなら、自分に利益がなくとも残っていたのだ。
「それじゃあ、俺は戸締りの確認をするから、その間に帰る準備をしておけよ。」
「分かりました。」
そうして、工藤は戸締りの確認をし、
「終わったぞ。それじゃあ帰るか。」
「はい。」
こうして、3人は社員寮へと帰っていった。
「優、お休み。」
「はい、お休みなさい。」
工藤と別れてから、早乙女優は、
「ふぅ~。まずは、」
靴を脱ぎ、綺麗にそろえてから、
「さっきやりきれなかった仕事を最後までしますか。」
仕事を続けるため、パソコンの電源を入れる。
今、早乙女優に回されている仕事は、時間的猶予がそれなりにあるのだが、優にとって、そんなものは関係なく、自身にかかる負担と、会社にかかる迷惑を天秤にかけたところ、間違いなく、会社にかかる迷惑に傾く。そんなこともあってか、自身がどんなに疲れていようとも、やり終えていない仕事は、家に持ち帰ってでも終わらせようとするのだ。社畜根性溢れる仕事ぶりである。
そして、
「ふぅ。こんなところでしょうか?」
時計を見ると、とうに日付は変わっていった。それほど、早乙女優は仕事に集中していたと結論付け出来る。そして、早朝をそろそろ迎える深夜の刻。早乙女優はというと、
「さて、明日の朝食の準備を始めましょうか。」
寝る、のではなく、朝ご飯の下準備を始める。
「明日はグラタンにコンソメスープ、後は…、」
こうして、材料の下ごしらえをこなしていく。
「明日のお弁当もグラタンを入れましょう。卵焼きは必須ですね。2種類作っておきましょう。」
同時に、お弁当の仕込みを始めていく。
早朝。空が白み始め、動物が目覚め始めそうな時間帯。早乙女優は何をしているのかと言うと、
「ふぅー。早朝の掃除は清々しいですね。」
寝ている、のではなく、社員寮前の掃除を行っていた。
何故、こんなことをしているのかというと、今から寝ても、寝れて2,3時間。それくらいなら、寝ないで寮前の掃除をした方がいい。早乙女優はそう判断したのだ。確かに、この1時間足らずで寮前は綺麗になった。だが、
(少し疲れてきましたが、今は忙しい時期だから仕方がありませんね。それに、融通を聞かせてもらったわけですし。)
短期間とは言え、仕事に融通を効かせてもらった。その罪悪感から、この清掃活動を思いつき、行動を起こしている。
「さて、次はお風呂に入って…、」
「優君のお風呂ですって!?」
「!?き、菊池先輩!?」
突如、社員寮前に菊池美奈が出現する。それは、本人以外、誰も想定していなかった登場であった。
「き、菊池先輩。どうしてこんな朝早くに…?」
「え?優君が朝シャンするからそれを覗こ、優君が心配だったからよ。」
「最早隠そうという気もないのですね。」
ただでさえ疲れ始めていた体だというのに、さらに怠さが増していった。本音マシマシですね。
「え?優君の朝シャン姿は貴重でしょ?ぜひともこの一眼レフに…、」
「残さなくていいので。後、まだ出勤時間まで数時間ありますよ?こんな時間に起きてくるなんて珍しいですね。」
こんな時間帯に起きて一体何を…?もしかして私と同じ掃除でしょうか?こんな朝早くから掃除なんて凄いです。
「…本当は、優君のことが心配で見に来たのよ。」
と、さっきのとろけた顔とはうって変わって真剣な顔つきになる。はて?私は心配させるようなことをした覚えはないのですが?
「昨日は一体、何時間、いえ。昨日はいつ寝たのかしら?聞いてもいい?」
「ええ。それはいつも通りです。」
この時、私は嘘をついた。昨日は一睡もしていないからだ。もし本当のことを言えば、菊池先輩は徹底して理由の追及を行うだろう。そして、私の身を心配してくれる。だから、嘘をついた。もしかして、この嘘が嘘だと気付いているのでしょうか?まさか、ね。
「いつも通りと言うなら、今日は随分と早起きね。まだ鶏の声も聞こえない時間帯よ。」
「今日は偶然です。」
ま、今日は思いつき行動しただけ、ですけど。明日は騒がしくしないよう、部屋の掃除でもしていきましょうかね。
「…優君。頑張ること事態は否定しないわ。でも、自分の体を酷使して、壊すのだけは駄目よ。」
「?どういう意味ですか?」
いや、本当は気付いていた。菊池先輩はおそらく、昨日の事を気付いているのだと。つまり、
「…本当は、優君本人の口から言わせるつもりだったけど、仕方がないわね。」
と、菊池先輩はカバンから一枚の写真?を取り出す。その写真には、
「これは…昨日の、ですか?」
「ええ。そしてもう一枚には、これよ。」
「!?こ、これは!?」
それは、私が工藤先輩に見つからないよう、こっそり書類をカバンの中に入れている場面であった。ですが、どうして!?あの場には私と工藤先輩しかいなかったはず!それなのになぜ!?考えられる可能性は・・・、
「ストーカー、ですか?」
「ええ。最近、優君の予定を把握しきれていなかったからね。この際、しっかり優君をストーキングして、優君を観察しようと思い立ったわけよ。まさか、こんな場面を撮るとは思わなかったけど。」
「・・・。」
「ここからは簡単だったわ。その後の優君の行動は推測出来たわ。持ち帰った仕事を寮内に持ち帰り、そのまま仕事した後、寝る時間が中途半端だったから掃除していた。こんなところかしら?」
「・・・私の部屋に監視カメラでも取り付けたのですか?」
今私が出来る精一杯の反撃だった。
「そんな物を使わなくても容易に推測出来るわ。何て言ったって、私の優君だもの。」
「そう、ですか。」
やはり、菊池先輩には全てお見通し、という事なのですか。
「ねぇ?さっきも言ったけど、本当に、本当に無茶だけはしないで、お願い?」
と、菊池先輩は私に抱きついてくる。顔は見えないけど、きっと、不安な顔をしているのだろうな。
「…善処します。」
「善処じゃ駄目。お願い。これ以上無茶しないで。」
と、締め付ける力が強くなる。
「…迷惑かけて、すいません。」
この行動で、私は気付いてしまった。
私のこの行動で、周りの人達を心配させていたことに。だから、その意味を込めて謝罪する。私はそこまで迷惑をかけていたのですか。まったく気づきませんでした。
「…お願いね。後、ちょっと困った事案が発生したわ。」
「?何でしょう?」
急にそんな事案が発生するとは。問題は急に起きるものですね。
「優君の匂いが良すぎて離れられないわ。」
「今すぐ離れてください!」
「そうはいかないわ!この素晴らしい匂いはまさに!芳醇なチョコレートアイスのように甘く、ちょっとだけほろにが…、」
「うるさいですよ。」
まったく。
ですが、
「さ、これからお風呂に入るので、お先に失礼しますね。」
「それじゃあ、私も一緒に入ってもいいかしら。」
「全力で拒否させてもらいます。」
「ええ!?私の全てを見てもいいのよ!?」
「何を言っているのですか?」
「ええー。」
こうして私は、清掃用具を片づけ、自室に戻り、入浴を始める。
そして、
「あ、工藤先輩。おはようございます。今日はグラタンとコンソメスープ。後は…、」
共同リビングに人が集まり始め、朝食を食べ始める。
早乙女優。
今日も家事、学校、仕事の3つを両立させている少年。
昨日は朝に仕事の確認と簡単な事務処理。
午前から夕方までは学校で運動会の準備。
夕方から夜までは夕飯の準備。
夜から深夜まで職場にて仕事を本格的に行う。
深夜から早朝までは後日の朝食、お弁当の仕込み。
早朝からは寮前を清掃。その後は入浴。
朝はみんなに朝食、お弁当の用意。
こんな感じで優の一日は成り立ち、今後も頑張っていく。
運動会だからこそ、ここまでの過密スケジュールとなっている。なので、運動会が終わるまでの間、早乙女優はこのスケジュールをこなすつもりでいた。だが、その計画は初日にて菊池美奈にばれてしまった。それでも早乙女優はその計画をこなすつもりでいた。菊池美奈に迷惑をかけるかもしれないが、それでも会社に貢献したい。職場のみなさんが気持よく過ごせるよう尽力を尽くしたい。そんな気持ちだけを持ち、一日を乗り越えていく。
だが、普通の人なら気付くだろう。
このスケジュールをこなし続けることは、無理なのだと。精神面はもちろんのこと、肉体面でも多大な負担が早乙女優を襲うのだと。だからこそ、そのことを危惧して菊池美奈が警告したのだ。だが、それでも早乙女優はやるつもりである。早乙女優はある考えがあったからである。それは、
“休日に休めるから、そこで休もう。”
と。
あまりにも楽観的過ぎの、無謀過ぎる過密スケジュールだ。どんなに無理でも、負担がかかろうと、早乙女優はやるつもりだ。その確固たる意志の裏には、会社に対する絶大な恩により成り立っていた。
早乙女優は今後も、会社のために仁義を尽くしていく。
その姿は、会社に縛られている社畜そのものである。この現状に早乙女優は満足しているし、今後もこのまま働き続けたいと思っている。
だからこそ、早乙女優の心境、そして過去を把握している菊池美奈は、警告はできても拘束はしなかった。早乙女優を、出来る限り縛らないため、自由にさせたいため、今日もストーキングもとい、監視は行われていく。
次回予告
『会社員達の短期的休日生活』
運動会の準備、家事、仕事の3つを両立させてこなすこと1週間。ようやく優にとって休まる休日が訪れる。休日を迎えると優は、これまでの疲れをゆっくり無くすがごとく眠りにつく。そして、会社に勤める人達も、何気ない休日を過ごし、1週間の仕事疲れを癒していく。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




