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会社員達の大企画人員選定生活

 暑さのピークが過ぎ、日にちが過ぎていくたびに暑さが和らぎ、涼しさを感じられるようになったこの頃。

「おい!こっちの資料、まだ全然出来ていないじゃないか!?ここにグラフを添付しろと言っておいてだろう!」

「す、すいません!今すぐ直してきます!」

「ああもう!全然出来てない!今日は忙しいんだから、こんな簡単なミスしないで!」

「ごめんなさい。」

 仕事は忙しさを増し、空気が若干、というより、かなりピリピリしていた。というのも、

「みんな、1月後のビックプロジェクトに向けて、必死にアピールしているのね。」

「そうですね。ですが、頑張り過ぎるあまり体を壊す、なんてことにならないで欲しいです。」

「もう!そんなに私の体を心配してくれるなんて!さっすが、私の優君♪」

「…言っておくが、ここで働いている社員全員に言った言葉だからな?お前に言ったわけじゃないからな?」

 私達が働いている部署は、相変わらずおだやかであった。それも、

「おい橘。お前は来月のビックプロジェクト、目指していないのか?」

「いえ。自分ではこなせそうにありませんので。主に、人間関係を構築する面で…。」

「あ、悪い。」

「いえ。これも自分の人相が原因ですから。」

「私はまだ入社して1年目ですので…。」

 ま、桐谷先輩はそうですよね。どんなに優秀な人でも、入社して1年目の人に、このビックプロジェクトを任せることは出来ないでしょう。

 菊池先輩や橘先輩達は今のところ、出世に興味なさそうだからである。今のこの環境が気に入っているから、なのでしょうか。

「あんたはいいの?あんたなら、酒を買う軍資金欲しさに頑張りそうな気もするけど。」

「まぁな。最初はそう考えたけど、」

 と、私に視線を向け、

「優が心配だからな。優を数カ月も放置して、なんて考えられないからな。」

「く、工藤先輩…!」

 そこまで私の事を…!

「とか何とか言って、本当は、優君が作るお手製ビーフジャーキーが食べられなくなることが嫌だったから、とかじゃないの?」

「ま、それもある。」

「あるのですか…。」

 わ、私の価値って一体…。ですが、工藤先輩に褒められたからには、また作って差し入れとして持っていきましょう!

「やる気をだしている優君も素敵♪」

「…そういうお前は、アルド商事とのビックプロジェクトに興味ないのか?」

「え?優君と一緒にいることが最優先事項の私に、優君と離れ離れになれと、あなたは言っているの?そんなことになったら私は、」

「私は?」

「その場で死を覚悟するわ。」

「はぁ。ほんと、きちんと優離れ出来るのか?」

 工藤先輩の突っ込みが受け流されたこの日の夕方。

「それでは、来月のプロジェクトに参加する人を発表する。それは…、」

 ついに、来月、アルド商事に行く人が発表される。

 その人は…。


「いや~。今回も選ばれなかったか~。」

「はい、工藤先輩。」

「お?これはもしかしなくとも、ビーフジャーキーか!?」

「はい。簡単にですが。後できちんと作ったものをお出ししますね。」

「やっふー!これで今日も美味い酒が飲める―!」

「…はぁ。エプロン姿の優君も素敵♪」

「菊池先輩は何かおかわりしますか?」

「それじゃあ、優君をおかわり!」

「…何もいらないみたいですね。」

 時刻は夕飯時。今私は、社員寮の共同リビングで夕飯を食べている。話題はもちろん、

「ま、俺は最初から狙っていなかったけどな。」

「ねぇ。優君の前だからって強がり言うの辞めてくれない?この負け組が。」

「なんだと?俺はなぁ、自分から事前にその出張を断ったんだ!断じて、実力不足なんかじゃないからな!」

「はいはい。負け組の遠吠えなんか聞きたくありませーん。あ、優君は私の膝の上に、ね♪」

「いえ。もう少しで片付けが…、」

 今回選ばれた人は、私達の部署の人間ではなかった。工藤先輩の愚痴も、一見、悔しそうに聞こえるが、私には、お昼に聞いていたあの言葉を思い出していた。

(私の事が心配、ですか…。)

 私自身、きちんと生活基盤をもち、自立していたと思っていたのですが、他の人達に心配させているようでは意味ありませんね。もっと、もっと頑張らなくては!

「はい。少し早いですが、このおつまみをどうぞ。」

「お♪これは枝豆か。優、、サンキュー♪」

「「「いただきまーす。」」」

「どうぞ。」

「優君。今度こそ私の膝上にいらっしゃい?一緒に食べましょう、ね?」

「…そうですね。分かりました。」

 私の席がないみたいですし、菊池先輩の妙案に乗ることにしますか。

「優君。あ~ん。」

「いえ。自分一人で食べられるので。」

「そんな!?私の楽しみを奪わないで!」

「わ、分かりました。あ、あ~ん。」

「あ~ん♪どう?」

「お、美味しいです。」

「やった♪」

 さすが、菊池先輩です。最高の塩加減、としか言いようがありませんね。とても美味しいです。工藤先輩達も、この大量の枝豆を酒の肴にして、酒を飲み、

「最近、酒が美味く感じるんだよな~。」

「なんだかこの会社、材料を一新したらしいですよ?それで、味の向上に繋がったらしいですよ。」

「へぇ~?前はどんなものを材料にしていたんだ?」

「えっとですね~。確か…、」

 雑談を交わし、

「あの仕事って、どうも私に合わない気がするんですよね~。」

「ま、あの仕事は元々、几帳面な人がするのに向いているからね。」

「…それって遠回しに、私の事を大雑把な人間だと、そう言っているの?言っているのよね?」

「そ、そんなにほっへをひっはらにゃいへ~。」

 時には仕事?の話を交わし、とっても賑やかな夕食です。

(大人の雰囲気です。)

 あんな風に、頬を引っ張りあったり、冗談を言いあったり、そんな仲の人と交流を深めてみたいものです。

(っていけない!今は自分のスキルを身に付けないと!)

 そんなことより、早く自分の生活基盤をより確固たるものにしなければ!そう考えながら、

「はい、あ~ん♪」

「あ~ん。」

 菊池先輩から枝豆をいただく。

「はぁ~。ほんっと、幸せ♪」

 こうして、会社での日々は続いていく。

(…やはり、私が茹でた枝豆の方が、若干味が薄く感じますね。もう少し塩を入れた方が良かったですね。)

 優は自身の能力向上のため、日夜思考を繰り返していった。


 一方、時間を巻き戻し、とある会議室では、こんな会話がなされていた。

「…ではこれで、今回アルド商事に派遣する社員の選定を終了とする。何か異論はあるかね?」

 優達が働いている会社の社長、森徹也が場を仕切っていた。

「…少し、よろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「何故今回、貢献度が最も高い、菊池美奈をアルド商事に派遣しないのですか?」

 専務の男は、社長が下した決断に異を唱える。

 理由は、選定に異論があったからである。

 今回、選定された社員は、確かに業績は良い。だが、菊池美奈と比べると、どうしても劣っていた。なので、専務の男は異を唱えた訳である。

 実際、この出張はこの会社の面目を潰さないよう、念には念を入れ、選定を行っている。だからこそ、何度も会議を行い、慎重に選定を行う。専務の男は万全に万全を期し、最も業績が優れている菊池美奈に行かせるべき。と、専務の男は考えている。社長も確かにその方が良いと考えている。だが、

「今回は駄目だ。」

「何故です?あの者なら、業績も人間関係も良好ですし、問題ないはずです。」

「ああ。だが駄目だ。」

 社長は頑なに拒否した。

「…理由を聞かせても?」

「ああ。事前に本人に承諾の意を聞いてみたところ、拒否したからだ。意志がない者にこの会社の看板を背負ってもらうわけにはいかないからな。」

「やる気を引きだして行かせる、というやり方もあると思うですが、どうお考えですか?」

「それも考慮して伝えた。結果、条件付きでなら行く、と言われたが、条件を達成できないと判断し、代わりにこの者を選んだわけだ。」

「その条件とは?」

 社長は水を少し潤し、言葉をかける。

「…早乙女優を一緒に連れていくこと、だそうだ。」

「「「なるほど。」」」

 ここにいる上層部の面々全員が思わず納得していた。それほどまでに、菊池美奈が早乙女優を溺愛しているのだ。それと同時に、

「なら、その早乙女優も一緒に行かせればいいのではないでしょうか?その方が、アルド商事に恩を売れると思いますよ?」

「…何の話だ?」

「とぼけないでください。先日、アルド商事から電話がありました。“出来れば、今回のビックプロジェクトに早乙女優をお願いします。”と、名指しされていましたよね?」

 専務の発言で、周囲がざわめく。

 そもそも、このビックプロジェクト、会社の看板を背負って業務を全うしなければならず、人選は各会社に委ねられている。なので、他の会社から名指しで指名される、なんてことは今までなかった。だから、この事態は社長も予測せず、耳に届いた時は驚いたものである。だが、

「それはあくまでアルド商事側のお願いであって、指名ではない。それに出来れば、と言われている。断られることも承知の上でお願いしているはずだ。」

「でしたら!菊池美奈を餌に…!」

「菊池美奈を敵に回すつもりか?」

 瞬間、社長の目が鋭くなる。

「彼女は確かに、早乙女優にぞっこんだ。この会社でもよく働いてくれている。」

「でしたらなおのこと…!」

「だからこそ、早乙女優に被害が及ぶ事態になれば、この会社を潰すはずだ。」

「そ、そんなことが出来るわけ…、」

「ないと?彼女の仕事ぶり、資格を見、噂を聞いたうえで、本当にそう言い切れるのか?」

「噂?噂とは何でしょう?」

「とある機密事項データを数年、保持している。」

「は?そんな噂が…、」

 ここで、男の専務はある疑問を浮かべる。

 機密事項とは、どこの機密事項なのか、と。

「それは、とある航空宇宙局の機密データをここ数年、一人で守っているそうだ。」

「は?そんな噂、誰が信じると…、」

「そうだ。確かに噂の類だが、彼女なら可能だと、私は思うぞ?それは彼女の仕事ぶりから分かるのではないかね?」

 社長自身、菊池美奈の底知れぬ能力に恐怖すら覚えていた。その能力を凶器して自分に向けられないよう、内心ドキドキしていた時期もあったのだ。そしてなにより、

「「「・・・。」」」

 社長以上に、菊池美奈の仕事ぶりを間近でみていた面々も、「彼女なら、出来るかもしれないな。」とか、「完全に否定できない。」とう、菊池の噂を信じ始める面々。それほどまでに、菊池の能力は常軌を逸しているのだ。普通の会社員でいることが、おかしいぐらいに。

「君も、彼女の能力をその目で見たのだろう?なら、少しは分かるのではないのかね?」

「・・・はい。」

 専務は渋々ながらも納得する。

「とにかく、この一件は、早乙女優、菊池美奈には不適だと判断した。他に意見がある者はいるかね。」

「「「・・・。」」」

「それでは、今日の会議を終了とする。」

 この一声で、上層部の面々は退室していった。


 社長室。

 ここでは、

「ふぅー。」

 会議を終え、一息ついている社長がいた。

(とはいえ、確かに言いたいことは分かるんだよなぁ。)

 社長自身、何度も説得を試みようとした。だが、一度目の呼び出しで、

「菊池君。君にはビックプロジェクトを任せようと思うのだが、どうかな?」

「いえ、結構です。」

 年収一千万を超え、エリートサラリーマンになれること間違いなしの話を、一切の迷いもなく断った。

「理由を聞いてもいいかね?」

「優君を近くで育てたいからです。」

 理由は、早乙女優のことであった。

 早乙女優の件は、社長本人が頼んだことである。だから強く言えず、

「そうか。」

 それに、強い目をしていた。何が何でも、このビックプロジェクトを断るつもりだ、と。そう視線で訴えられている気がした。だから社長は根掘り葉掘り聞かず、一言で返事したのだ。

「後悔はないかね?」

「ええ。」

「そうか。」

 その後、菊池は社長室から退室した。

(よ、良かった~。)

 社長は内心、菊池美奈がビックプロジェクトに参加しなくて安堵していた。

(あの者がいなくなれば、業績が間違いなく下がるからな。)

 それは、会社の売り上げのことを気にし、

(それに、士気も間違いなく下がるだろう。それだとおそらく…。)

 社内の雰囲気を落とさないよう気を付けた配慮でもあった。

(アルド商事には悪いかもしれんが、今回はパスさせてもらうとしよう。)

 だが、

「これで本当に良かったのか?と、お考えなのですか?」

「…気付いていたのか。」

「ええ。」

 近くにいた秘書が社長に話しかける。

「もしかしたら私情が入ってしまったかもしれない、とでも思ったのですか?」

「…本当に君は私の事を何でもお見通しなんだね。」

「長年、社長の秘書をしてきましたから。」

「そうか。それで今回の決定は、どう思うかね?」

 社長の問いに、

「…そうですねぇ…、」

 秘書はお茶を注ぎながら、空白の時間を作り出す。

「一秘書が会社の方針に口を挟むことはいかがな事かと思いますが、それでは一つだけ言わせていただきます。」

 注ぎ終えたお茶を社長の目の前に置く。

「目の前の欲に目を曇らせることなく、決定を下すことが出来たと思います。この決断でアルド商事との関係性が大きく崩れることもありませんし、社員の反感も買っていません。なので、私は良いご決断だったかと思います。」

「君の目から見て、やはりあの二人は、」

「ええ。異質、としか言いようがありません。なので、あの二人の今後に関わる決断は慎重になさるべきかと。あの二人はきっと、大物になります。」

「ああ。特に早乙女君は私から見ても凄いと思う。」

「それはおじいちゃん目線でも、ですか?」

「ああ。だから、あの二人には出来るだけ、今の環境で仕事を続けられるよう、私達も最善を尽くすべきだろう。」

「そうかも、ですね。」

 この二人は、早乙女優、菊池美奈二人のために動き出す。

「早乙女君なら将来、この会社だけでなく、他の会社も引っ張っていけるかもしれませんね。」

「それなら、それまではこの会社も存続させないとな。」

「ええ。まだまだ社長には頑張ってもらわないと、ですね。」

「ああ。早乙女君の勇姿をたくさん見たいからな。まだまだくたばるわけにはいかんな。」

 こうして、社長は少し重くなっていた腰を上げ、社長室をでる。

出た後は、無音の空間と化ける。

 残された椅子は、誰か座って欲しいという願望がこもったかのように、小さな音を細々と鳴らしていた。

次回予告

『小さな会社員の運動会雑務人員生活』

 9月に学校に行った早乙女優は、12歳にして運動会の存在を知ることになる。そして、やっていないカンニング事件の罰として、運動会に関する雑務を命じられてしまう。優は帰宅時間が遅くなることを考慮し、会社に短期間、仕事の融通をお願いする。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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