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小さな会社員のお盆休み堪能生活~火・水曜日~

 お盆休み二日目の火曜日。

 私はというと、

「さ~て。楽しみだな、優。」

「そうですね。」

 工藤先輩と一緒に新幹線に乗っていた。ある場所に向かうためである。それは、

「お。そろそろ着くぞ。降りる準備を始めるぞ。」

「はい。」

 京都である。

 

 今日、そして明日は京都で工藤先輩と一緒にお酒の試飲会がある。それが目的で京都に来たのだ。何故京都で?と思ったけど、工藤先輩はそんなこと微塵も思っていないらしく、

「よっしゃー!!酒をめいっぱい飲んでやるぜ!!!」

 どうやらお酒のことしか頭の中に残っていないらしい。私を連れてきた理由もおそらくですが、単なる子守でしょう。お酒を飲むと酔っ払い、正常な判断が出来なくなるらしいですから、もう一人いてほしい。そして、そのもう一人が私に適任だ、とでも思ったのでしょう。いいように使わされた、なんて最初思ってしまいましたが、私は構いません。こうして頼ってくれることは素直に嬉しいですし、私を必要としてくれている。そう考えると、私の存在意義も増える、というものです。

「おい優!何ボーっとしている!?早くホテルに行って荷物を置き、試飲会会場に急ぐぞ!」

「は、はい!」

 こうして私達は、京都に着いて早々、ホテルに荷物を置き、試飲会会場へと向かう。


 試飲会会場。

 それは、

「それにしても、こんなにキチッとしないと駄目だなんて聞いていませんよ?」

「まぁ。これは正式な会だからな。ドレスコードもってところだろう。」

「な、なるほど。」

 私も工藤先輩も着替え、工藤先輩はスーツ。私も菊池先輩が買ってくれたスーツモドキ、を着用している。何でも正式な会らしく、ドレスコードを合わせないといけないらしい。まさかこんなにきっちりしているなんて思いませんでした。

 私はてっきり、どこかのおじさんが酒屋で数人集まり、雑談を交わしながら酒を飲みあうものだとばかり思っていました。それがどうでしょう。

 今、私達がいる試飲会会場はとあるホテルの広い一室。

 受付もきちんとしており、入場するには専用のチケットが必要らしい。そのチケットを工藤先輩は2枚見せ、私も工藤先輩と一緒に入る。

「き、きれいですね。」

「当たり前だ。幻の酒の試飲会だぞ。きっちりしていないと酒に申し訳ないからな。」

 部屋はもちろんのこと、グラスやテーブルもきれいで、とある香りが部屋内を充満している。これはおそらく、

「これが幻の酒の香り…。素敵♪」

 …一瞬。ほんの一瞬ですが、工藤先輩の顔が非常ににやけ、声も裏返っていました。そのことを気持ち悪いと思ってしまいました。ざ、罪悪感が半端ないです。それにしても、これが、工藤先輩が言っていた幻の酒の香り、ですか。香りで酔っぱらう感じはしませんし、むしろ、いつまでも嗅いでいたいような…。

「…この幻の酒の魅力は、いくら嗅いでも悪酔いしないところなんだ。いい酒は味だけでなく香りも最高なんだ。」

「な、なるほど。」

 さすが、幻の酒。私が普段使っている料理酒とは比べ物になりませんね。

 それにしても、

「ぷ。子供連れとか。」

「まったく。ここをどこだと思っているのやら。」

 …感じ、悪くないですかね。さっきから私や工藤先輩を蔑んでいるような、そんな視線を感じます。私だけならともかく、工藤先輩まで…!

「優。大丈夫だ。」

 そんな時、頭の上に温もりを感じた。いつまでも包まれていたいような感覚になる、あの温もりに。

「く、工藤先輩。私がこの場にいるせいで…!」

 そうだ。私がこの場に、場違いな場所にいるせいで、こうして工藤先輩が蔑まれている。だったら、私がいなくなった方が…!

「そんな顔をするな。」

「で、ですが…!」

「俺は大丈夫だ。それより、」

 工藤先輩は顔をあげ、とある方向を指さす。その方向を見てみると、

「さぁ!それではこれから、幻の酒の試飲会を始めたいと思います。」

 会場の視線を牛耳る人がいた。どうやら、この大会を取り仕切る人のようです。

「試飲会が始まる。これで借りを返してやるぞ。」

「は、はい…?」

 ど、どう言うことでしょうか?

 そんな私の疑惑とは裏腹に、試飲会が始まる。


「それでは試飲会を始めます。まず初めに、この試飲会を企画した…、」

 こうして、代表?企画者?の話を聞いた。

 話の内容は、酒に関する内容だった。まぁ、それはいいと思う。酒の試飲会なのだから、酒に関する話をして問題なんてものはないし。工藤先輩曰く、

「校長の話より数万倍面白いな。」

 と、広角をあげながら私に話しかけていた。私としては、その校長のお話しとやらを聞いた覚えはないので、比較のしようがありません。それにしても、酒を最初に作った人の話やら、酒の種類、酒と鮭は違う、みたいな話をしていたな。最後の話はきっと、ダジャレみたいなものでいいですよね。その時、全員声をあげて大笑いしていましたね。そんなにおかしいことなのでしょうか。ダジャレに関してよく分かりかねますね。後、工藤先輩が言っていたことはどういうことなのでしょうか。借りを返すってどうやって…?

「…それで、話を終わりにします。」

 あ。どうやら長い話は終わったようです。私も話を聞いていましたが、試飲会なのに、どうして酒の起源等を話していたのか、謎です。

「次に、幻の酒について紹介したいと思います。例の物を。」

 司会者がそう言うと、運営側の人が数人、大事そうに一本のボトルを持ってきた。

「これが、幻の酒が入っているボトルとなります。」

 この司会者の言葉に、

「「「おおおーーー!!!」」」

 全員が歓喜の声をあげはじめる。そ、そんなに大声をあげるほどなのですね。子供の私からすれば、どうしてそこまで?と考えてしまいます。

 そして、すぐにその瓶は奥に消えた。

「それでは、あの幻の酒の試飲権をかけ、クイズ大会を開きます。この場にいる人の中で、誰が最も酒に関する知識を深めているのか、私は非常に楽しみです。」

 ・・・はい?

 く、クイズ大会?

「さぁ~て。今まで調べてきた成果、見せてやるよ。」

 なんか、工藤先輩もやる気みたいです。

「俺達の知識、見せてやるぜ!」

「私が、あの幻の酒の試飲権をいただくわ!」

 他の方々もすごくやる気をだしているみたいです。

 あれ?急に何か配られ始めましたね。これは、ホワイトボードと、ペン?

「問題はスクリーンに映し出されますので、その答えを今配ったホワイトバードに記入してください。」

 そんなアナウンスをいただいた。ですが私、酒に関する知識なんてほとんどありません。

「優は何もしなくていいぞ。俺が全部やるから。」

「あ、はい。」

 ここは素直に返事しておくしかありません。それにしても、酒に関するクイズですか。何問も作ることなんて出来るのでしょうか。いや、酒のことが大好きな人なら、いくらでも作ることが出来るのでしょう。知識を深めるとそこまでいくわけですか。す、すごいです。

「さぁ。クイズ大会を始めましょう。」

 こうして、クイズ大会が始まった。


 クイズ大会をやる時、チームはペア毎、らしい。2人で来た人は2人で1チーム。1人で来た人はもう一人をチームに誘ってクイズに臨んでもいいらしい。要するに、2人でクイズに臨んでほしい、とのことであった。私はお荷物なので、実質、一人で工藤先輩はクイズに挑んでもらうしかない。心苦しいですが、今の私では、工藤先輩を助けることはできません。

 そして、クイズ大会ですが、

「正解!」

「正解!」

「正解!!」

 工藤先輩は着々と正解数を重ねていった。

 酒の名前の由来なんか普通、知らないと思うのですが?何故みなさんは当たり前のように答えることが出来るのでしょうか。しかも、複数個考えられていたとか、何故知っているのでしょう。謎です。

 ワインの種類も、主に4種類に分けられるなんて、今知りましたよ。ほんとみなさん、お酒が大好きで色々調べていらっしゃるのですね。情熱が全身に伝わってきます。

 そんなこんなで、クイズ大会は終盤を迎え、

「あっぶねー。日頃の勉強が役に立ったぜ。」

 工藤先輩と、

「あんなガキを連れている奴がまさかここまで残っているなんてな。」

「そうね。あんな子供を連れて、非常に不愉快だわ。」

 先ほどいちゃもんをつけていた夫婦が残っていた。だが、私のことをどうもよく思っていないらしく、今もこうして嫌な視線を受けている。私も、工藤先輩に連れられてきただけなので、どうしようもできません。

「…お前ら、人のことを貶しているんじゃねぇよ。せっかくの美味い酒が台無しになるだろうが。」

「ふん!そもそもこの高貴な試飲会に子供を連れている貴様の感性を私達は疑っている。」

「そうよ!子供に飲ませる酒なんてここにはないわ!」

「子供だって飲める酒はあるぞ?子供向けに開発されたチャイルドビールの存在を知らないのか?よくそんな頭でこれまで正解出来たな?運による采配が最も大きいみたいだな。」

「ちょっ!工藤先輩!」

 どうやら、工藤先輩もご立腹だったみたいである。酒が関わっているからでしょうか?それとも…。

「貴様みたいな大人が子供をダメにするんだ!分かっているのか!?」

「そうよ!あなたみたいな大人が子供を…!」

 隣の組が何か言っていたが、

「ゴチャゴチャうるせぇよ。酒が不味くなるっつってんだろ。いい加減黙れ。」

 この工藤先輩の一言で私たち含む4人は静まる。

「それでは、ラスト問題です。」

 こうして、ラスト問題が、

「あなた達が思う、幻の酒に合う最高のつまみを教えてください。尚、理由も一緒にお書きください。幻の酒の味はこちらに簡単に書きましたので、参考にしてください。」

 開始、される?

 そして、一枚のプレートを渡された。このプレートにその幻の酒の味が記載されているみたいですね。

 ・・・。

「…なんか、思った以上に変な問題を出されたな。」

 この問いに、さすがの藤先輩も予想できなかったらしく、驚いているようだ。私も驚いているし。

「また、正解はこちらの独断とさせていただきます。幻の酒に最も合うおつまみをお考え下さい。」

 と、司会者側からアナウンスされた。

 さて、シンキングタイムは限られていますし、頑張って考えましょう。


「それで工藤先輩。工藤先輩が思う、最高のつまみは…?」

「うひょー!こ、これが幻の酒の味なのか!?早く飲みてぇー!」

 …く、工藤先輩。はしゃぐ気持ちは分からなくもないですが、今は出された問題について考えましょうよ。私が視線を送っていると、それに気づいた工藤先輩は、

「…悪い。俺がしっかりしなくちゃ駄目だよな。」

 どうやら正気に戻ってくれたらしい。これでやっと設問に集中出来、

「しかし、これはどう答えるべきだろうか…。」

 てはいるみたいですけど、苦戦しているみたいですね。私に何か出来ることはないでしょうか。

「いつも食べているビーフジャーキーじゃダメ、ですかね?」

 工藤先輩は大抵、私が作っているビーフジャーキーをつまみにして、お酒を飲んでいる。だから今回の答えは、ビーフジャーキーではないでしょうか。

「う~ん…。それもそうなんだが。それじゃないような、そうなような…。」

 非常に煮え切らない答えが返ってきた。よほど、この問題に苦戦している様子です。

(私に何か出来ることは…?)

 ふと、会場内を見てみる。テーブルの上には、大量のおつまみ、そしてお酒が存在していた。

 そもそもこの会場内のテーブルには、常にお酒を楽しむことが出来るよう、お酒とおつまみが用意されている。だが、ほとんどの人がそれらに手をだしていない。どうやら、幻の酒を楽しみにしすぎるあまり、他の酒に目をくれていないようです。勿体ない気もしますが、こればっかりは…て、今はそんなことより、

「このチーズと、サラミをもらいますね。」

 テーブルの上に置いてあるおつまみを数個もらい、さっきいた場所にもどる。

「工藤先輩!チーズやサラミもいいですよ!食べてみます?」

「…いただこう。」

 こうして、私達2人はおつまみを食べるが、

「…確かに美味いが、これじゃああの幻の酒に合わねぇ。合うには…、」

 う~ん…。これも駄目ですか。なんか、思考が暗くなっている気がします。このままでは正解にたどり着けなくなるかもしれません。しかし、今の私に出来ることは…。

 一方、隣の夫婦はと言うと、

「さて。残りの時間を優雅に過ごそうじゃないか。」

「そうね。無様なあの2人を酒の肴にしましょうね♪」

 会場内にあるおつまみを食べながら優雅に談話していた。私としてはイライラしますが、八つ当たりになるかもしれませんので、怒りを抑え、今の私に出来ることを引き続き考え始める。

 ・・・。

 そういえば、工藤先輩は言っていたな。

 確か…、

「やばい!?残り時間は差し迫ってーー!!!」

 どうやら工藤先輩はご乱心のようだ。なら、

「失礼します。」

 私はまた席を離れ、会場内のテーブルに移動する。

「確か会場内には…、」

 あった!

 これと、後は…。

「すいません。麦茶ありますか?」

「麦茶ですか?少々お待ちください。」

 私はその間に新たなグラスとお酒を用意する。

「こちらが麦茶となります。」

「ありがとうございます。」

 私は麦茶をもらい、酒と混ぜる。

 そして、

「失礼します。」

 一口分だけ、工藤先輩の口に流す。

「!!?ケホッケホ。優!一体…。」

「落ち着きましたか?」

 ちなみに作ったのは麦焼酎の麦茶割り。香ばしさが際立つ、美味しいお酒である、と思う。このお酒は、工藤先輩は好んでよく飲んでいて、休日の時は目覚めの一杯と称して飲んでいる時もあるという。そんなお酒を飲めば正気に戻ると思い、作って飲ませたのだ。強引に飲ませてしまった。反省点もあるけど、今は前を向こう。

「…ああ。なんか、世話かけちまったな。」

「これぐらいはなんてことありません。それより、どうですか?」

「ああ。あともう少しで思いつきそうだ。それと、1つ確認したいことがある。」

「?なんでしょうか?」

「優。お前は、俺が出した答えを信じてくれるか?例え、この問題に間違えたとしても。」

「?」

 何を思って発言しているのか分かりかねますが、

「私は、工藤先輩の答えを信じます。どんな答えだろうと、私は工藤先輩をみかぎったり、引いたりしません。」

 これでよかったのでしょうか。工藤先輩も非常に答えづらい質問をしてくれたものです。

「そうか。ありがとうな、優。」

 工藤先輩は私の頭を数回軽くたたいてから、

「覚悟が決まったよ。おかげで最高の答えが出せた。これも優のおかげだ。サンキューな。」

「いえ。私は背中を押しただけです。」

「…そうか。ま、そういうことにしておこう。さて、書こうか。」

 そして、

「さぁ。双方書き終えたところで、答え合わせといきましょうか!」

 司会者のこの言葉で会場内にいる全員が、私達4人を注目する。

 さて、工藤先輩はどんな答えを出したのでしょうか。


「さて。まずはこの夫婦に答えを聞いてみましょう!答えは!?」

「はい!それは…!」

 そして、隣の夫婦は高らかに答えだす。

 話を聞いたところ、夫婦が導き出した答えは、とあるチーズだった。そのチーズは大変濃厚で、ある超有名芸能人もお気に入りでよく食べているほどの超人気商品を指名していた。周りの方々も、その夫婦の意見に賛同していて、首を上下に振っていた。司会者の人も笑顔を崩さずに聞いていた。

(これ、もしかしたら私達の負けかも。)

 なんてことを悟ってしまうほどであった。

 だが、工藤先輩はおそらく、悔いのない答えを書いたはずです。今回は負けるかもしれないけど、工藤先輩が納得しているなら、それでいいです。私は元々、工藤先輩の付き添いで来たわけですから。

「それでは次に、そちらの…唯一の子連れの方に聞いていきましょう。」

 すると、

「「「ぷっ。」」」

 数人の大きくない笑い声が会場内に響いた。決して大声ではなかったが、会場全域に届いたような声だった。

「す、すみません。子連れでこんな場に来ていることがちょっとね…。」

 と、蔑みの声で謝られた。

「・・・。」

 工藤先輩は冷淡な目となっているが、冷静になっていた。よかったです。

「…さ、さて。それでは答えを言っていただきましょう。どうぞ!」

 そして、工藤先輩の返答が開始される。


「それは、酒を楽しむ心だ。」

 この工藤先輩の発言に、

「「「あっはっは!!!」」」

 大声で笑う人がいた。私は、工藤先輩が導き出した答えに文句を言うつもりは微塵もありません。ですが、これはあんまりです!人の答えを嘲笑うような真似を…!

「優。俺は大丈夫だ。だから落ち着け。」

「…すいません。」

 失敗してしまいました。もう感情を高ぶらせないと決めたはずですのに!もっとしっかりしないと、ですね。

「…それで、理由は何でしょう?」

「理由は、酒は楽しい時に飲んでこそ、本当の味を引き出せると確信しているからだ。美味しい酒を楽しい時に飲む。これが最も酒に合うつまみだ。」

「でしたら、やけ酒はしちゃ駄目、ということですか?」

「それ自体は否定はしない。だが、酒を一番楽しむためには、悲しい時や辛い時に飲むのではなく、楽しい時、嬉しい時に飲んだ方が美味しいだろう?」

「つまり、一番は心の持ちよう、ということですか?」

「ああ。この酒を作った時もきっと、美味しくなるように願って作られたはずだ。だから、」

「ぶははは!そ、そんなわけないだろ!」

 と、またしても変な人が笑い出し、審査を妨害する。隣の夫婦も笑いをこらえているようだった。非常に不愉快です。

「なんだ?そんなに可笑しいか?」

「ああ、愉快だ!非常にな!そんな精神論ばかり並べて酒が美味くなるとか、正気の沙汰じゃないな!気でも狂ったか!?」

 この人!工藤先輩になんて…!

「気が狂ったかって?それは違うな。」

「ふん!貴様の言っていることは、酒の品質に関係なく、楽しんで飲んでいればそれでいいという、酒のさの字も分からない子供みたいなことを言っているのが分からんのか!?」

「だからさっきから言っているだろ?楽しんで飲む時が、一番酒の味を引き出せる、と。酒は美味いことに越したことはない、と言っているつもりだったが、十分に伝わっていなかったのか?」

「ふん!結局は精神論しか言っていないではないか!?そんな心意気で幻の酒を飲めると思っているのか!?」

「これは俺の覚悟だ。これで幻の酒が飲めなくても構わない。ま、出来れば飲みたいと思ってはいるがな。」

「そんな意気込みで…!」

「待ちなさい。」

 と、ここで車いすの男性が司会者の後ろから現れる。きっと、運営側の人間なのでしょうね。

「てめぇ!いきなり現れて何を…!」

「あなたには聞いていません。それより、そこのあなた。」

「?お、俺のこと、ですか?」

「そうだ、君だ。」

 と、車いすの男性は工藤先輩を指さす。一方、司会者は驚愕の目をしている。

「君はどうしてそこまで精神論を語るんだい?」

 と、車いすの男性は工藤先輩に聞く。その工藤先輩は私を見て、

「こいつに酒の味を教えたいからです。こいつは未成年で、色々と助けてもらっている。だから酒に関する知識を教え、他の面でこいつを助け、成人したら一緒に最高の酒を飲みたい。そして、常に笑って楽しくいてほしいから、俺も楽しくいようと決めた。だから、酒のみに関しては自分にこう課している、というわけです。」

「く、工藤先輩…。」

 顔を真っ赤にしながらそんなことを言うなんて…!

「あ、ありがとう、ございます。」

「て、照れているんじゃねぇよ!こっちまで恥ずかしいじゃねぇかよ。」

 それは、工藤先輩が嬉しいことを言ってくるからでその…。

「なるほど。君はその子のために、ということかい?」

「それもありますが、自分のためでもあります。」

「…なるほど。では、正解者を発表しようじゃないか。」

 さっきからきの車いすの男性は何者なんでしょうか?司会者の人もこの車いすの男性には一切口答えなんてしていませんし、他のスタッフの方々も同様に動きません。もしかしてこの方もスタッフなのでしょうか?

「は、はい!」

 ここでようやく司会者の方が口を動かす。

「では正解の方は直接この方に答えていただきましょう。その方はこの幻の酒の製造者であらせられるかたです。」

 と言い、司会者は車いすの男性を中央に案内する。もしかして、まさか…?

「そう!この方が、この幻の酒を製造なさった方です!」

「「「!!!???」」」

 それは驚くでしょう。約一名、その酒の製造者に喧嘩ふっかけていましたからね。それにしても、

「酒の製造者の個人情報とかは知らなかったのですか?」

 普通、こんな有名な酒を作った方なら、個人情報の一つや二つ知っていると思うのですが。

「いや。一切の情報をシャットアウトされていてな。そういった情報がネットにもどこにも載っていなかったんだ。噂ではもう死んで再現不可能、とまで言われていたけどな。」

「なるほど。」

 でしたらこの驚きようも納得です。

「それにしても君、先ほどから精神論を非難する発言が私の耳に届いていたのだが、どうなのかね?」

 と、車いすの男性はさきほどから工藤先輩の発言を小馬鹿にしていた男性に聞く。

「い、いや。その…。」

 と、さきほどの威勢が嘘のようになく、萎んでいく風船を連想させた。

「あの幻の酒はね、私が美味しくなれ、これを多くの人に飲んでほしい、そんな思い、願いを込めて作ることができたお酒なのだが、この心意気では駄目なのかね?」

「そ、それは…!」

 男性の方は黙っていた。

(そのまま退場すればいいのに。)

 こんな黒い感情が出てしまったのは工藤先輩に秘密にしておきましょう。

「正解の方だが、君達の答えを正解としよう。」

 と、車いすの男性は私達視線を送っている。

 え~っと…?つまりこれは、

「俺達の答えが正解、ということですか?」

「うん。君達なら、このお酒も喜ぶと思っていてね。だから…、」

「何でよ!?何でそいつらなのよ!?」

 突然、隣の夫婦の女性の方が絶叫し始める。

「…何がかね?」

「そいつら、精神論しか語っていないじゃない!?それに、さっきの話も全部嘘かもしれないのよ!?そんな話を当然のように…!」

「先ほども言ったが、私はみんなに美味しいお酒を飲んでほしいという一心で、その気持ちで作ったんだ。精神論でも大変結構。それに、この者達は嘘をついていない。そう私は確信している。」

「な、なぜそんなことが言い切れる!?」

 と、男性の方も絶叫し始める。声量が大きくて、耳がちょっと痛くなりそうです。

「それは、この小さい少年の行動だ。」

 と、車いすの男性は私に近づき、私の頭を軽く撫でる。

「この少年は、この者が困っている時、どんなことをしていた?」

 車いすの男性は、会場内にいる人全員に聞かせるように申し上げる。

「おつまみを食べさせていたり、独自でお酒を混ぜて飲ませていたりと、どちらもこの者を助けようと行動していた。それが、先ほどのセリフの信頼性を持たせているとは思わないかね?」

「で、でも…!」

「それに、君達と彼とでは、見ている景色が違うのだよ。」

 まだまだ車いすの男性は話を続ける。

「彼は自分達大人だけでなく、子供にも視点を向けた。これがどういう意味か分かるかい?酒は大人だけでなく、今後飲むであろう子供にも視点を置いた。そのことが私にとって嬉しいのだ。それに比べて君達はどうだい?自分達大人のことしか考えていないだろう。そんなことであれば、後数十年で酒がこの地球から姿を消してしまうぞ。」

 その車いすの男性の発言で、

「「「・・・。」」」

 会場内は静まり返る。

「…さ、さぁ!正解者も決まったことですし、いよいよ実際に幻の酒を試飲していただきましょう!」

 と言い、奥から一本のボトルと2個のグラスが出てくる。どうやら、このボトルの中に幻の酒が入っているようです。

「では、実際に試飲していただきましょう!どうぞ!」

 これでいよいよ工藤先輩待望、幻の酒が飲めるわけですね。良かったです。

「・・・。」

 だが、工藤先輩は飲もうとしない。私や会場内にいる人々、司会者に色々視線を送っている。どうしたのでしょうか?

「どうされました?」

「…ここで質問するのも悪いが、質問していいか?」

「構わん。何だね?」

 工藤先輩はボトルを指さし、

「このボトルに入っている酒全部、幻の酒、で間違っていないんだよな?」

「そうだが、それがどうかしたかね?」

 ここで工藤先輩は会場内にいる人々に視線を送り、

「こいつらにも試飲させてやってくれねぇかな?」

 そんなことを車いすの男性に告げる。

「…可能不可能でいえば可能だが、そんなことをすれば一人一杯も満足に飲めないぞ。それでもいいのか?」

「ああ。だって、」

 工藤先輩は私の頭に手を置き、

「みんなで楽しんで飲んだ方が美味いだろう?」

 そんなことを車いすの男性に言う。その発言を、

「…そ、そうか。そうだったな。ふふ。君はなかなか…おい。」

「は、はい!」

「そのお酒をここにいる全員に行きわたるよう等分してくれ。」

「それってつまり…?」

「ああ。この場にいる全員が、この酒の試飲権を獲得したわけだ。この男によってな。」

 この車いすの男性の発言で、

「「「やったーーー!!!」」」

 全員、喜んでいた。先ほどまで工藤先輩に送っていた妬ましい視線とは裏腹に、尊敬の眼差しを送っている。

 こうして、全員による試飲会が行われ、一時期、工藤先輩は大人気となっていた。

 私はと言うと、

「どうだい?このマティーニ風味のアイスは?」

「う~ん♪美味しくって最高です♪」

 期間限定のアイスを堪能していた。

 ちなみに、私が食べたアイスには、一切アルコールは含まれていないみたいです。入っていたら危なかったです。


 あれから私達は、

「うぃ~。なんとか~、かえって~、きたろ~。」

「あの。少しはしっかりして下さい。」

 工藤先輩は会場に遭ったお酒を色々飲み、酔っ払っていた。酔っぱらいは面倒くさいですが、

「うへへ~。」

 こんなにも幸せそうにしているのでしたら、多少の事は目を瞑りましょう。

「さ、工藤先輩。その服を脱いでください。そのまま寝るとシワになってしまいます。」

「めんでぇ~な~。優が脱がしてくれよ~。」

「…分かりました。」

 ま、今日は嬉しいことがあったようですし。普段はこんなことを頼まない人ですからね。よほど酔っ払っているのでしょう。

 工藤先輩を着替えさせた後、

「zzz…。」

 工藤先輩はすぐにベッドに横になり、そのまま寝てしまった。ま、幸せのまま、眠りについてもらいましょう。

「それでは工藤先輩。私は温泉に行ってきますね。」

 独り言のように言い、部屋を後にする。

「ふぅ~。ただいま戻りました。」

 一応、報告の言葉を言うが、

「・・・。」

 返事はなかった。どうやら眠っているようです。

「明日の用意を軽く済ませてから寝ますか。」

 スーツケースの中身を簡単にチェックしてから、私は使われていないベッドに横になる。


 翌日の水曜日。

 先に起きたのは、

「・・・ん?ふ、ふぁ~。」

 工藤である。工藤は周囲を見ると、

「優は、寝ているか。確か昨日は…。」

 ここで工藤は昨日、優に散々迷惑をかけたことを思い出す。

(さすがに迷惑をかけすぎちまったか。)

 そんなことを考えつつ、風呂の用意を始める。

「さすがに風呂は入らないとな。」

 そして部屋を出る直前、

「それじゃあ優。俺は風呂に行ってくるからな。」

 そう言い残し、工藤は風呂へと向かう。


 私が起きると、工藤先輩がいなくて、かなり焦りました。ですが、昨日工藤先輩のために用意しておいた下着類が無くなっていたので、おそらくお風呂に行ったのでしょう。それから数分で戻ってきて、二人で朝食を食べ始めていた。

「それにしても、朝からバイキングとか最高だな。」

「そうですね。たまにはバイキング形式もいいかもしれませんね。」

「…それは優に負担がかかるんじゃ…?」

「ですからたまに、というわけです。」

「そうか?ま、無理だけはするなよ。」

「当然です。」

 工藤先輩と私はご飯を食べ終え、ホテルを出る。

 お土産をある程度買い、アイスを堪能し、帰りの新幹線に乗ろうと駅に向かうと、見知った人が顔を左右に振っていた。どうやら、誰かを探しているようだった。

「あ!?ここにいましたよー。」

 どうやらお目当ての人を見つけたようです。他人事ですが、見つかってよかったですね。私達はそのまま新幹線の切符を買おうとすると、

「ま、待ってください!」

 先ほどの人が私達に話しかけてきました。

「え~っと確か…?」

 昨日の、司会の方、でしょうか?服が私服なので自信ありません。

「確か昨日の…、」

「そう!昨日司会を務めた佐島です!」

 やはりそうでしたか。ですが、名字を名乗られても聞き覚えがありません。昨日が初対面ということですね。

「それであなた方お二人に話がありましてね、ここで…、」

「やぁ。二度目まして、かね?」

 先日の車いすの男性だった。


 あれから私達4人は別の場所で昼食を兼ねた相談?話し合い?の場が設けられた。お金は全額、車いすの男性が負担してくれるらしい。太っ腹です。それで、私達に話したいことというのが、

「これから、酒造の会社に勤めてみないか?」

 ということらしいです。何でも、昨日、工藤先輩が言った言葉や考え方に惹かれたらしく、工藤先輩にこの酒造を任せたいのだとか。その言葉に工藤先輩は、

「俺は、酒を飲む専門です。作るのは優の方が向いているだろう?」

 と、実に工藤先輩らしい発言でした。ですが、私を巻き込まないでほしいです。車いすの男性が私に視線を送り、

「君も、彼と一緒にこの酒業界を担おうじゃないか!?」

 と、私を勧誘してきました。私以外の3人の視線が…。私の答えはもちろん、

「今は申し訳ありませんが出来ません。今、恩を返さなくてはならない人が数多くいます。その人達に恩を返しきれたら、その時にまた再検討しようと思います。その時でよろしければ、私を改めて誘ってもらえませんか?」

 今勤務している会社に多大な恩がある。だから、その恩を返しきれたら、という条件で言ってみたら、

「「ぜ、是非!」」

 目を輝かせて言われてしまった。

 しかも、

「これは今回、会食に付き合ってくれたお礼ね。」

 と言われ、チャイルドビール一瓶をもらった。味は昨日試飲していた幻の酒の味、らしい。なんでも、幻の酒を未成年でも飲めるよう改良し、それの試作品がこのチャイルドビール、とのこと。つまり、私にも工藤先輩が試飲していたあのお酒を飲めるということです。…ごくり。こんな代物をもらってよろしいのでしょうか?お礼にしても、高過ぎるような…?ですが、要らない、と言うのも失礼ですし、ありがたく頂戴するとしましょう。

「良かったじゃん。そんないいチャイルドビールもらって。」

「はい。後でみなさんにも分けますね。」

「お?いいのか?それじゃあ遠慮なくいただこう。」

「ぜひ、そうしてください。」

最高のお土産をもらい、こうして長い1泊2日の京都旅行は幕を閉じる。

次回予告

『小さな会社員のお盆休み堪能生活~木曜日~』

 工藤直紀との1泊2日の京都旅行を終え、木曜日は菊池美奈との用事がある。菊池美奈は優と過ごすことを楽しみにし、一般的に気持ち悪い笑みを顔に出現させる。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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