小さな会社員とかつ丼大好き男とのかつ丼対決生活
優が学校に通い始めてから二週間以上過ぎた。あれからクラスの人全員と仲良くなり、もうクラスのマスコットとして人気者に、
「お、早乙女君。今日もよろしくな?」
「はい。今日もよろしくお願いします、先生。」
なんてことは無かった。
合宿から帰ってきてから先生が、「これから抜き打ちテストをします」と言ってきた。他の人達は全員嫌そうな顔をするが、それでもやった。教科は国語、算数、理科、社会の四科目だ。それでテストの成績が教室の後ろに張り出されることになったのだが、
「一位 早乙女 優 400」
と、なっていた。このことにクラス全員が抗議した。「あいつ、不正して満点とったんだぜ。」とか、「カンニングなんて最低。」とか、陰口を言われ放題だった。席が隣の人にも、「私のテスト見るなんて最低!死ね」とまで言われた。たぶんあなたの解答を見ても満点なんか取れないよ?自分の成績、把握していますか、と声を大にして言ってやりたい。先生も、「カンニングして取った満点に意味はないのよ?」とか言われた。まさか先生にもそんなことを言われるとは思わず、つい驚いてしまった。ちなみに、二位の人は九割、つまり三百六十点にすら届いていなかった。まぁ、それがいいのか悪いのかわからないが。
そんなこともあり、私はさらに教室にいづらくなり、「先生。私、この教室にいづらいので、別の教室で勉強してもいいですか?」と、直球で聞いてみた。そしたら、「だったら、保健室に行くといいよ。君のその態度も少しは良くなると思うし。」と言われた。もしかして、私が本気でカンニングしたと思っているのか?
…はぁ。クラス担任なら、生徒の成績を把握しとけよ。そうすれば、カンニングしても満点なんか取れないとすぐわかると思うけどな。
それとも私の隣の人はそんなに頭いいのか?この際、どっちでもいいか。早くこの教室から出て行こう。
こうして私は保健室に行き、保険室にいる先生とマンツーマンで授業を受けることになった。だが、「はい、このテストをやって。」とまた問題用紙を渡された。今回は一人だけなので、カンニングとか言われる心配はないだろう。
…このテスト、なんか難しい。国語はいつも通りの問題だけでなく、古典や漢文の問題もある。算数も連立方程式や、因数分解の問題もある。社会は日本史だけでなく世界史の問題もある。理科に至っては、生物と化学の分野に分かれて問題が出されている。これらって確か、後で習うと思うけど。それとも最近の小学生は頭がいいのか?
そんな無駄な思考に時間を割いてしまったが、どの問題もやったことがあるので、スラスラと解答を書いていく。
…うん。見直してみたが、おそらく九割くらいは取れているな。まぁ、こんなものか。
「先生。終わりました。」
そういって、保険室の先生に解答用紙を渡すと、先生はまるでひったくるように私の持っていた紙を取り、すごい勢いで採点をしていく。隣に置いてある紙に答えが書いてあるのかな。
やがて、先生の採点が終わると、採点済みの解答用紙を渡すと同時に、
「君、もう勉強しなくいいんじゃないの?これ、高校生でやる範囲だよ?」
と、言われてしまった。まじかー。どうりで難しいとは思っていたけど。
先生曰く、この問題を解くように言った理由は、「0点の答案用紙を見て、あなたを馬鹿にしようと思った。」だった。なんともひどい理由だ。だが同時に私にすごい興味をもったらしく、「ねぇ、よかったらこれからも保健室に来てくれない?君のこと、個人的に聞きたいからさ。」と言われた。
しかも、この頼みを聞いてくれたら、この保健室でちゃんと授業していると報告してくれるらしい。これは私にとって好条件じゃないかと思い、「もちろんいいですよ。これからよろしくお願いします。」と、返した。
そして、本日も保健室で先生とマンツーマンでおしゃべりをするために学校に来ているわけなのだ。…学校に通うって、こういう事じゃない気がする。
一応、建前は必要なので、教科書は机の上に出しておくが、正直、ほとんど開いていない。何故なら、ほとんどが先生とのおしゃべりで授業が終わってしまうからだ。なので今日は、
「あなた、そんなに応急処置について勉強してどうするの?」
「今後、私が自立するのに必要かと思いまして。」
「ふーん。」
応急処置について、話をしている。こういう機会じゃなければ、こんなこと聞けないからね。私は先生から重要だと思うことを常に持っている手帳にメモする。
「そういえば、私の名前、知っている?」
「名前、ですか?」
そういえば、この人のこと、いつも先生としか言っていない気がする。名前は…知らないな。
「知りません。」
「…はぁ。そんなことだろうと思った。あなた、いつも私のこと先生としか言ってないものね。」
「まぁ、そうですね。」
「一応言っておくとね、私は…。」
キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。
タイミング悪く、授業終了のチャイムが鳴る。
「「………。」」
あまりのタイミングの悪さに、二人はただただ黙っていた。この空気は、お見合い開始直後の空気のように重かった。
「や、やっと給食か。さてと、準備してもいいか?」
先に話題をだしたのは、先生だった。
「あ、はい。準備、手伝いますね。」
私もそれに続き、先生を手伝う。行為だけ見れば、食事の準備をする新婚夫婦なのだが、身長差があるため、食事を準備している家族にしか見えない。
「ん?なんか今、私のことを馬鹿にされた気がする。」
「?何言っているの?早く準備しなさい。」
「はーい。」
こうして優達は食べる準備を始める。
給食。本来、給食費を払えば食べられるのだが、優はその際に必要な手続きをしていない。なので、
「早乙女君。今日も弁当か?」
「はい。」
優は毎日、弁当を持参している。
優が学校に通い始めてから、会社にいる時間が減ってしまったため、普段、優の作る料理を楽しみにしている人達がかわいそうだと思い、弁当を作ることにした。そのため、一人分作ろうと、五人分作ろうと、優にとってたいしてかかる時間は変わらないのだ。ちなみにメニューは毎日少しずつ変えている。今日はとろけるチーズ入り卵焼きと星型ハンバーグが入っている。あとはトマトやキャベツなどの野菜、そして、おかか入りおにぎりが今日のお弁当だ。
「毎日毎日弁当持ってきて、親御さん、大変じゃないか?」
「そうでもないですよ。けっこう詰め終わった後の達成感もなかなかですし、みんなも味の感想を言ってくれるので、料理のしがいがあります。」
「へぇ~。ってこれ、君が全部作ったの!?」
「え?あ、はい。何かおかしいですか?」
もしかして、お弁当は必ず保護者に作ってもらわなければならない、という校則でもあるのか?…そんな訳ないよな。
「いや、美味しそうだなと。じゅる。」
おい。大の大人が涎をたらすんじゃない。
「よかったらお一つどうです?」
「それじゃ頂こう。」
先生はなんのためらいもなく私が作った卵焼きを手づかみで口に放り込む。
「なかなか美味いな。私の夕飯も作ってくれないか?」
「何を馬鹿な事を言っているのですか、先生?早く食べないと時間になっちゃいますよ。」
「そうだな。」
こうして、二人だけの給食の時間が終わる。これが二人の生活である。
優はいつも学校が終わるとすぐに家に帰る。それは家に帰ってやることが多いからだ。夕飯の用意はもちろん、洗濯、掃除、会社の仕事等、最早小学生とは思えないほど多くの用事がある。もちろん、この日も家に帰って夕飯の準備をしようとしている。
「さて、今日の夕飯はどうするかな?」
まだ春だし、筍ご飯にしようかな。それとも少し派手にちらし寿司にしてみようかな。
優の頭の中は、今日の夕飯のことで頭がいっぱいである。
「あのー、すいません。ちょっと頼みたいことがあるんですけど、お時間いいですか?」
どうやら人が来たみたいだ。女の子みたいだな。どっかで見たような…いや、知らないな。
「あ、先生。それじゃ、さよう…。」
がしっ。
「まぁまて。君もここにいなさい。」
私は先生に肩を掴まれながら、さっきまで座っていた席に座らされる。
「私、部外者なんですけど。」
「なんか君がここにいた方がいいと思ってな。」
「はぁ。」
何その勘。先生はそんなに第六感を信じているのか。まぁここで話を聞きながらパソコンでも見て、メールが来ていないか確認でもするか。
「携帯見ながらでもいいですか?」
「…はぁ。今回だけですよ?」
今回だけってどういうことだ?優はパソコンを立ち上げながらそんなことを考えるが、すぐに携帯の画面に視線を向ける。
「それじゃ、そこの椅子に座って。詳しく話を聞かせてもらえないかな?」
「えっと…、は、はい!」
…何故、こっちをちらちら見ているんだ?私のことなんか気にしなくていいのに。
こうして、少女は先生に相談事を話し始めた。
ふむふむ。あぁ!この企画、通ったんだ。確かこの企画を担当していたのって…やっぱり、工藤先輩だ!よかった。工藤先輩、頑張っていたものね。
「…ねぇ。」
となると、何かお祝いでもしようかな。確か工藤先輩、酒のつまみが好きって言っていたから、ベーコンでも作って持って行ってあげようかな。
「ねぇ!話を聞いているの!?」
「?………キイテイマスヨ。」
「なら、何故こちらを見ずに片言なの?」
それは、実際聞いていなかったし。そのことがわかると先生怒るじゃん!とは言えないよな。
この空気に慣れていないせいか、心なしか、少女の顔がひきつっていた。
「それでだ。この件、君に任せようと思うが、いいかな?」
「「えっ!??」」
私と少女が同時に驚く。ほとんど話聞いていなかったから、どんな悩みなのかすら知らない。
「こういうことは、私より君の方がいいと思うけどな。」
「はぁ。それで、結局私はどうすればいいのですか?」
「やはり聞いていなかったね。」
「今はそんなことより、彼女の要件ですよ。」
私は思いっきり話を逸らすことにする。
「後で説教だからな?」
どうやら私への説教は確定らしい。まぁ、自業自得だけど。
相談された案件は家庭科クラブのことだ。
クラブは週に一度、水曜日に行われる授業みたいなものだ。それで、彼女は家庭科クラブに所属しているらしいが、なんでも、家庭科クラブに所属している男が問題を起こしているらしいのだ。その問題とは、
「毎回カツ丼を作らせろ?」
というものだ。その男はとある有名なカツ丼屋のチェーン店を経営している人の息子で、毎日美味しいカツ丼を作ることを日課としているらしく、それを家庭科クラブに強要しているらしい。だが、その男の作るカツ丼はとても美味しいらしく、ある人がいうには、店で出されるカツ丼より美味しい、というのだ。その男をなんとかしてほしい、とのことだ。
…なんか、その男に色々問題があるな。
まず、毎日美味しいカツ丼を作るって、飽きないのか?いくら美味しくても、毎日同じ物を食っていたら飽きると思うのだが。同僚もそうだし。家庭科クラブの人達も、毎週毎週カツ丼だけ作らされるのはさすがに嫌だよな。それだったらいっそ、カツ丼クラブとか別のクラブ作ればいいのに。絶対一人だけだと思うけど。
そんな執念があるせいだろうか、そんな迷惑かけている男が作るカツ丼が店で出されるカツ丼より美味しいって、どういうことだよ。さすがというかなんというか…。
「先生が直接言えばいいのでは?」
「家庭科クラブを担当している教師は基本、放任主義なんだ。」
「それじゃ、どうするんですか?」
「その人より美味しいカツ丼を作る、とか?」
「誰がですか?」
「早乙女君が。」
何故ここで私の名前が出る。
「この人が作ればいいじゃないですか。」
「君ぃっ!?なんてことをいうんだ!?」
あれ?なんか変なこと言ったかな?
「私、得意料理は丸焦げの目玉焼きなんです」
彼女は、俯きながら自分の得意料理を言った。
…うん。誰しも苦手なものの一つや二つ、あるよね。そのことについて深く聞くのはよそう。なんでそんな人が家庭科クラブにいるのか、すっごく聞きたいけど。
「えっと、早乙女君は彼より美味しいカツ丼を作る自信があるの?」
彼女は自分の弱点を突かれたにも関わらず、私に質問を投げかける。この人、結構心が強いんだな。
「そうですね。時間があれば、色んなカツ丼を試作、試食する時間は作れると思います。」
カツ丼はカツを卵でとじる丼だ。だが、確かカツを卵でなく、別の何かでとじるカツ丼もあった気がする。それに、カツにも少しばかりアレンジしたり、カツの代わりになるような食材を使えたりすれば、その男が作るカツ丼よりインパクトのあるカツ丼は作れると思う。ただ、そのカツ丼大好き男の作るカツ丼より美味しいのが作れるかと言えば、わからない。
人によって、『美味しい』は様々だと、私は思うからだ。
「あの、私達の家庭科クラブのために、料理を作ってくれませんか?」
正直に言えば、そのカツ丼大好き男の作るカツ丼には興味がある。
だが、勝負となれば話は別だ。
「悪いですけど、この話は……。」
「いいのではないか?やってあげても。」
私が断ろうとすると、まるで私の意見を無視するかのようにかぶせてきた。
「私にはやる理由も義務も……。」
「それじゃ君、この勝負に降りたら、上に虚偽の報告をして、この学校を卒業させなくしてもいいけど?」
「………。」
この先生は。
一歩間違えれば、その発言は自分の首をしめることに気付いていないのか?
いや、ここまで言えば、私が断ることは無い、と確信して言っているのか。
タチが悪いな、この先生。
「…非常に不本意ですが、その勝負、受けることにします。」
「!ありがとうございます!それでは来週、よろしくお願いします!」
そう言って少女は、駆け足で帰っていった。
「それじゃぁ早乙女君、お前も早く帰って、何作るか考えた方がいいのではないか?」
「はいはい分かりましたよ。それじゃ先生、さようなら。」
「さようなら。」
そういって私は、保健室の扉を閉め、帰路につく。
その間、私は来週作るカツ丼のことで、頭が一杯だった。
週末、一応考えていた新作のカツ丼を食べてもらうため、今日も会社に向かう。
「今日の差し入れはオリジナルカツ丼です。」
みんなに試食してもらったが、評判はまずまずだった。
「………なるほど。わかりました。ご指摘ありがとうございます。」
「なぁに。いいってことよ。現に俺ら、カツ丼食って、感想言っただけだし。それに、仕事も手伝ってくれてよ。感謝を言うのはこっちだっつうの。」
こうして、貴重な時間は過ぎていく。
後は言われた部分を直し、調整するだけだ。
いよいよ決戦当日。私は家庭科室に向かう。
やはり、家庭科室にはキッチンや水道があり、調味料も揃っている。
「今日もカツ丼を作るぞ!今週は試したかったことがあるからな。今回はそれをやる。みんな見ていろよ!」
どうやら、カツ丼大好き男は今日もカツ丼を作るらしい。
まじかよ。本当に毎週カツ丼作っているのかよ。
「違います!今日はある人とカツ丼で勝負するって先週話したでしょう?」
「ちっ!そういや先週、そんなこと言っていたっけか。んで、その勝負相手はどこのどいつだ?」
「あの人です!」
そう言って、少女は私を指さす。
もし、この勝負を受けてなかったら、誰が出ていたのだろうか。
「はん!こんな小さいガキが作るカツ丼なんて食えたもんじゃなぇよ!さっさと終わらせてやるぜ!」
やはり小学生の男の子だからだろうか。勝負事になると、何故か張り切ったり、燃えてきたりする。自分も人のことは言えないが。
「それでは、料理勝負を始めます。それでは、調理始め!」
かぁん!
ボクシングで使われるゴングのような音が鳴り、料理勝負は始まった。
ところで何故、あなたが司会をしているのですか、保険室の先生。
カツ丼特有の匂いが家庭科室に充満し、みんな涎を垂らさんと耐えているなか、先に出来上がったのは、
「良し!出来たぜ!相変わらずいい腕をしているぜ、俺。」
カツ丼大好き男だ。
カツ丼大好き男は自分の作ったカツ丼に見惚れていたり、自画自賛したりしながら、審査員のところへ持っていく。
今回、審査員を担当するのは、家庭科クラブの部員およそ二十人と保険室の先生、そして、………誰だ?その男はどっしりと中央の席に偉そうに座っていた。
「この俺様カツ丼の美味さ思い知れ!」
「「「い、いただきます…。」」」
箸を持ち、みんなカツ丼を食べ始める。
「あ!このカツ丼、美味しいわね。」
「うむ。さすが、『カツバラ亭』責任者の息子なだけあるな。」
「そんなことは当たり前だ!俺様が作るカツ丼は日本一、いや世界一美味いのだからな!」
カツバラ亭?確か………。
おっと余計なことを考えている暇はないな。自分の料理を完成させないと。
私が調理している中、他の人達はきっとあの美味しそうなカツ丼を食べているのだろう。一度でいいから食べてみたい。
「おいガキ!貴様みたいなガキが俺様より美味いカツ丼なんか作れる訳がねぇんだよ!さっさと諦めちまいな。」
…うるさいな。今、調理中なんだから、話しかけないでほしいんだけど。
「せいぜい、俺様の作ったカツ丼食って、格の違いでも思い知ればいいさ。」
そう言うと、カツ丼大好き男は高らかに笑いながら、食器を洗うために、自分の持ち場に戻る。
「………よし。こんなものかな。」
料理もよそい、食器もまだ洗い終わってない物は水に浸けておいたし、これでいいかな。
私も出来た料理を審査員がいるテーブルまで運ぶ。気付けば全員、カツ丼に手を付けず、ただ向かってくる料理人を出迎えるように静かに待っていた。
「はい。これが私のカツ丼です。」
そう言って私は二つのやや小さめな丼茶碗を置く。
「この二つが君のカツ丼かね?」
「はい。」
「「???」」
さて、ここからは私の番だ。
優はここにいつみんなの喜ぶ顔を想像しながら、丼茶碗の蓋を開ける。
「それでは、いただこうか。」
「いただきます!」
みんなが一斉にカツに箸がのびる。
「「「何これ!?甘ーい!」」」
「これってカツと言うより…。」
「フレンチトーストね。」
「その通りです。」
そう。私が作ったカツ丼のカツは実はフレンチトーストなのだ。
できるだけカツに見えるように、きつね色に焼こうとするのがなかなか難しい。といっても、フレンチトーストの匂いで、普通のカツでないことは、審査員にばればれだろう。
「このご飯、さっぱりしているな。これは何だ?」
「それは梅を細かくして、ご飯に混ぜ込んだ物です。」
「なるほど。これならフレンチトーストを食べながらご飯を食べても、口の中が甘ったるくならないって訳ね?」
「そうです。」
自分からネタばらしをするのもどうかと思い、黙っていたのだが、この審査員の人達は全部わかっているらしい。
さすが大人ってことなのか?
「ふん!この程度のカツ丼で俺様のカツ丼に勝った気でいるのか!?百年早いわ!」
いつの間にか、私が作っていたカツ丼に箸をつけ食べ始めているカツ丼大好き男がそんなことを言う。
「これ、おもしろーい!」
「こんなの食べた事なーい。」
「あ、もう一つあるのでそれも食べてみて下さい。」
でもまだもう一つ、別のカツ丼を用意しているのですよ。
「…これか?」
「はい。」
審査員を務めている男が、もう片方の丼のふたを開けると、
「これもカツ丼か?」
「はい。」
ふたを開けてみると、丸いカツの上に、白い物体が乗ったカツ丼だ。
「この白いのは何だ?それにこのカツ、何か…?」
「それは食べてみれば分かります。」
私は食べるように促す。
私の口から言うのは野暮だからね。
「む?このカツ、肉じゃない。これは…大根か?上に乗っているのは…大根おろしか!?」
「さっきとは違って、かなりあっさりとした味ね。」
「こんなの食べたことないよ。」
「ねー。」
ありがとうございます。
その言葉が聞けただけでも十分です。
私は心の中で感謝を述べた。
「次に、この出汁をかけてお食べ下さい。」
「お、おお…。」
審査員の人達も、私が用意した出汁をかけて食べ始める。
「うん…うん!」
「このカツ丼、さっぱりしているから、サラサラと食べられるわ。美味しい。」
「「「美味しい!!!」」」
「名づけるなら、『カツ丼茶漬け』って言ったところでしょうか。」
茶漬けというより、ひつまぶしに近いかも知れないけど、まぁいっか。
審査員の方々も、あんな甘いカツ丼を食べた後でも、がっついて食べている。
そして、
「か、完食だと!??」
そう。
二つとも完食してくれたのだ。
いくら量を少なくしたとはいえ、あのボリューミーなカツ丼を食べた後なのに。
みなさん、すごい胃袋をお持ちで。
「…どっちも美味かったな。」
「そうですね。」
「「「ご馳走様でしたー!!!」」」
審査員の方々は、思い思いの感想を述べる。
さて、そろそろ審査の方、よろしくお願いします。
私は皿を洗いながら、結果を待った。
「結果が決まった。」
中央にいるやや偉そうな態度をとっている男が司会進行する。
「勝者は…早乙女優の勝ちとする。」
と言い、男は私に軍配を上げる。
「何故だ!??俺様のカツ丼の方が美味いはずだ!貴様ら、舌がおかしくなったのか!??」
…当然、反論を言うよね。
正直、私もあのカツ丼は美味いと思う。
あの卵の半熟具合、カツのサクサク感は、今の私にはすぐに真似できない。
さすが、カツバラ亭の責任者の息子だ。
でも…、
「それは…あなたのカツ丼にみんな、飽きているからよ。」
「なんで!??こんなにも変わっているのに!!」
「…ちなみに何を変えたのだ?」
「そりゃ、カツの厚さだ。今回はサクサク感を大事にしたかったからな。いつもより数ミリ薄く、卵もパン粉も必要最低限にして、カラッと揚げたんだ。美味しくないはずがない!!」
なるほど。
今回のカツ丼に、そんな工夫があったのか。
まったく気が付かなかった。
まだまだ私も学ぶことが数多くあるな。
「…そうなのか?先週食べたカツ丼と大して変わらない気がするが…?他の人達はどうだ?」
「私は今日初めて食べたので、美味しいとしか…。」
「そうなの?」
「全然分かんないよ?」
「いつもと同じじゃない?」
「ねー。」
と、否定的な意見ばかりだ。
もしかして、カツの厚さを変えたというのは、先週のカツと比べて、ということなのか?
「ふん!これだから舌が馬鹿な奴は手に負えないんだ!!大体、こいつのカツ丼は、最早カツ丼じゃない!それは食ったお前らが一番わかるだろ!」
「「「………。」」」
まぁ、確かに私が作ったカツ丼はカツ丼と呼べる要素はほとんどない。
第一、カツ丼のカツに肉、使っていないし。
「それはそうですよ。これは、『なんちゃってカツ丼』なんですから。」
「はぁ!??」
カツ丼大好き男、開いた口が塞がらない状態。
でも私は続けて言う。
「確かにお題はカツ丼です。ですが、私が作ったのは見た目をカツ丼に似せた別物。つまり、『なんちゃってカツ丼』を作ったわけです。」
「ふ、ふざけるな!こんなカツ丼、あってたまるかぁ!!」
「まぁそうですね。お店等では確かにないと思いますよ?」
「はぁ!??」
私はそれでも話し続ける。
「今回、カツ丼を作るにあたって、まず、美味しさでは勝てないと判断しました。なので、相手にインパクトを与えることを重視し、このカツ丼を考案したわけです。」
「てめぇ…。大体、お前が作ったのは、2品じゃねぇか!ルール違反だ!」
「今回決められていたのは、作る料理はカツ丼、ということだけです。品数の指定は無かったはずですが?」
「…ふむ。確かに言っていなかったな。」
「ふざけたことばっか言いやがって…。」
「それに、これらが勝負の決め手じゃないですか?」
と言いながら、私はとある物を指差す。
「こ、これが一体…?」
「あなただって、お店に携わる人なら、これがどんな意味を持つか、分かっているのではありませんか?」
それは、双方の丼だ。
私の作ったカツ丼は2品とも完食してくれたが、カツ丼大好き男のカツ丼は、まだ残っていた。
「なんで、なんで…!」
カツ丼大好き男は、自分が出した丼を見るなり、崩れ落ちていく。
数分経ち、急に、
「なんで…、なんでお前はこんなカツ丼を作れたんだ!?」
私にこんなことを聞いてきた。
どういう風に答えるか色々悩んだのだが、
「色々な料理を知っていたから、ではないでしょうか?」
「色々な料理、だと…!?」
「はい。この2つのカツ丼も、フレンチトーストとお茶漬けを知っていたから作れた料理です。知らなければこんな物は作れません。」
「・・・。」
「なので、このクラブに所属している人達と一緒に料理を学んでみてはどうでしょう?」
「馬鹿を言うな!俺はもう立派な料理人なんだぞ!今更こんな初心者と一緒に料理を学ぶなど…!」
「でしたら、あなたはこれ以上、料理人として成長できませんよ?あなたはそれでいいのですか?」
「・・・。」
無言の時間が続く。
それは、ここにいる人全員が、この行き末を見ているが故に発生した静寂である。
そして、その静寂を最初に打ち破ったのは、
「…分かった。」
カツ丼大好き男だった。
返答は短かったが、その短い言葉には、きちんと彼の意志が込められている気がした。
「だからさ、たまにはお前も、このクラブに来てくれよな?」
と、少し恥じらいつつ、カツ丼大好き男は手を差し出す。
私も、
「…たまになら、いいですよ。」
と返し、差し出された手を握った。
その様子に、生徒の方は、拍手喝采が起き、先生達はただ頷いていただけだった。
片づけも終わり、帰ろうとしていると、
「今日はお疲れ様。」
保健室の先生が話しかけてきた。
「いえいえ。それほどでもありませんよ。」
「でも大変だったじゃない?色々試作とか、材料調達とか…。」
「休日はほとんどやっていますから、それほど大変、というわけでは…。」
「…そう…。」
その時、保健室の先生が、何か悲壮感溢れる顔をしていたが、私はそのことに気付かず、そのまま帰路につく。
そして、
「ただいま。」
自分の部屋に戻り、そのまま夕飯の用意を始めながら、メールのチェックを始める。
さて、今日の夕飯は残り物にしようかな。
優はいつも通りだった。