小さな会社員の京都出張生活~仕事~
優が京都に出張に来てから数日。
優はというと、
「早乙女君。この資料のコピー、明日までに20部お願いね。」
「はい。」
「おい。今日中にと頼んでおいた資料はどうした?」
「それでしたら、後は最終チェックだけです。終わり次第、メールで送ります。」
「お、おお。そこまで進んでいるならいいよ。」
「早乙女君?取引先の人がお見えになったから、今すぐお茶、淹れてきてくれないかしら?」
「分かりました。二人分、でいいですか?」
「ええ。よろしくね。」
優はUSBメモリーを渡した後、常に職場を動き回り、売り上げに貢献していた。
「それにしても、たった数日でここまで動けるようになるなんて…。」
「さすが、部長が目をつけたことだけのことはあるわね。」
「けっ。あんな雑用、誰にでも出来るじゃぇか。それで、『私、仕事していますよ。』アピールされていても困るだけだっつーの。」
「もう!またそんなこと言って!」
この職場に来て、色々と勉強になることがあった。
まず、書類の書き方が少し異なっていたことだ。大体は同じなのだが、「…おい。これ、間違っているぞ。ここはな、こうやって書くんだよ。」と、教えてくれた。
それに、職場の雰囲気もかなり異なっていた。
社員寮では、小鳥遊さん達、じゃなかった。小鳥遊先輩達はかなりだらけていて、フンワリとした雰囲気だったが、職場ではきっちりとしていて、常に気を張っていて、いつもと違う緊張感を味わえた。私や菊池先輩のいる職場は、常に菊池先輩が雰囲気を和らげてくれるおかげで、和やかな雰囲気で、リラックスして仕事に臨んでいた。そういう意味では、真逆の職場、と言えるかもしれないね。きちんとメモに残しておこう。
社運寮でも驚いたことがあった。
それは、女性専用の社員寮だった、ということだ。
初日、確かに女性の方々が多くて、男性の方々が少ないな、なんて思っていたが、男性社員が一人もいないとは思いませんでした。後日聞いても、
「あら?もしかして知らなかったの?伝え忘れていてごめんなさいね。」
と、謝罪してくれた。
これももしかして…、なんて思ってしまったが、事情があったらしい。何でも、男性専用の社員寮が今一杯で、“仕方なく”女性専用の社員寮に、一時的に入寮することになったんだとか。日頃のこともあってか、どうも菊池先輩が一枚噛んでいそうな気がしてならない。根拠は何もない。私の直感がそう言っているのだ!
ちなみに、あの初日のような事件は起きなかった。
あの飲み会は歓迎会のようなもので、みんな浮かれ過ぎからのはめ外し過ぎ、ということになってしまい、みんな酔い潰れてしまったのだとか。その後はみなさん、接待をして遅くなってくる人や、友人達との飲み会で早めに帰ってきて、一度着替えてから出かけていく人等、みなさん、色々と多忙な日々を過ごしていた。それでも、朝食だけはきちんとみんなで食べていく光景を見ると、
(日本の朝って、これが定番なのかな?)
と、感慨に耽ってしまう時もあったのだ。こういった習慣も大事にしているなんて、さすが京都民です!
…そんなことはともかく、何とかアルド商事でも働け、社員寮にも貢献出来はじめた頃であった。
ですが、私が京都、アルド商事で働けるのも残り僅か。
いつも以上に気が引き締まります。
そんな調子で最終日を迎えた私は、この時微塵も考えていなかった。
物事はいつも、そう簡単に旨くいかないことに。
最終日のお昼休憩。
私は小鳥遊先輩達と最後の昼食休憩を楽しんでいた。
「あ~あ。今日も早乙女君とおさらばか。寂しいね。」
「「「ね~。」」」
「いえいえ。私はこの一週間、みなさんの足を引っ張らないよう、がむしゃらに動き回っただけですよ。」
今思えば、改善点はいくらでも挙がる。
あの資料、もう少し詳しく記した方が良かったのか、とか。
あのプレゼン、もう少しアレンジを加えるべきでした、とか。
本当に、挙げても挙げてもきりがない。
「そ、そんなことないよ!?」
「そうよ!優ちゃんみたいに率先して雑用引き受けてくれる人なんてほとんどいないし。その時も嫌な顔一つせず引き受けてくれる人なんてこの会社にいないわ。」
「それに、補佐しかやっていなかったけど、補佐だけでも充分過ぎるくらい完璧にこなしていたじゃない!?メインの私達が資料作りに関してほとんど手伝わなくてもいいってすごいことよ!?」
「え?それは違いますよ。みなさん、あんなに手伝ってくれたじゃないですか。」
「「「そんなことはない!!!」」」
「えー?」
と、仕事の話をしながら食べるお昼はまた格別である。
そして、お昼休憩が終わり、一本の電話から、事態は急変する。
とある少年の助けを借りないと、間に合わない事態へと。
お昼休憩が終わり、
「それじゃ、早乙女君は…。」
「さきほどの書類の最終チェック、ですね?」
「そう。さすが、早乙女君ね。」
「けっ。」
そんなあからさまな嫌悪が私の方へ向かれた直後、一本の電話が鳴る。
「はいもしもしこちら…、て、黒田じゃねぇか!?」
「黒田…?」
「えっとね、昨日私と話していた若干髭の濃い人よ。」
・・・あ。あの人のことですか。
「あ、あー。教えてくれてありがとうございます。」
「それで、容態は?…あぁ!?それでいつ完治するか分かるか?…そうか。ま、頑張って治してこい。」
と、職場とは思えないような砕けた発言に大きな声、苦虫噛み潰したような顔をしていた。
「それで、どうだったの。黒田君の容態?」
「あぁ!?…わりぃ、少し怒鳴っちまった。」
「それほど酷かったの?」
「…おたふく、だとださ。」
「は?おたふくって、おたふく風邪のこと?」
「そうだよ!あいつ、こんな時に季節外れのおたふくになんかかかりやがって…!」
「季節外れって…。それに、かかったものはしょうがないじゃん。その埋め合わせはみんな、で…。」
と、ここで、小鳥遊先輩の口の動きが止まる。
「そうだよ。そういうことだ。」
「それじゃあ、黒田君の代わりを探すしかないんじゃ…?」
「無理だよ。出来る奴は来週、出張で遠方へ赴くから、この仕事を任せるのは無理だ。」
「そんな…。」
どうやら、何か困った事が起こったらしい。
私は部外者なので、何を言っているのかあんまり分からない。けど、誰かが欠けたので、その穴をどう埋めるか悩んでいる、ということでいいのかな?
「…あの、何か私に出来ることは無いですか?」
「ああ?そういやお前、今日で体験入社は終了だもんな。いいよな、ガキは気楽で。」
「ちょっと!それはいくらなんでも言い過ぎよ!」
「ふん!こんな時にふざけたことを抜かしてくるこいつが悪い!」
と、私に指を向けてくる。…私が何かしたのでしょうか?ひょっとして、さっきの発言は要らぬお節介だった、ということなのでしょうか?
「…ごめんなさい。私が悪かったです。」
と、私は二人に頭を下げる。悪いことをした自覚はないが、無自覚に二人の気分を損なってしまった。
「…確かに、俺も大人げなくガキに対して強く言い過ぎた。だからここは両成敗でということで、とりあえず頭を上げろ。」
「は、はい。」
「何が両成敗よ!?あなたの方がよっぽど子供じゃない!?子供に意味もなく頭を下げさせるわ、偉そうにものを言うわ…。」
「え、えっと…。」
私は小鳥遊先輩の発言を終えてから、今回のことについて聞くことにした。
そして、二人の説明を聞いている内に、二人の悩みが分かってきた。
簡単にまとめると、
・来週、黒田先輩がおたふく風邪で一週間近く休むことになった
・そして先週から、黒田先輩主体でとあるプログラムを作成していた
・代わりの人に助けをお願いしようにも、出来る人達は来週、出張でアルド商事にはいないらしい
・今の私達では、どうしても出来ない箇所があり、それらをなんとかするにはどうしたらよいか
と、こんな感じ、かな。
・・・。
プログラム、ですか。
「…ちなみに、どんなプログラムを作ろうとしていたのですか?」
「あ?確か…あった。これに詳細に記してあるぞ。」
と、厚めの紙束を渡してくれた。
「ありがとうございます。」
私はその資料に目を通す。
・・・。
・・・。
・・・。
「ど、どう?」
「え?」
私が必死に資料を読んでいるなか、小鳥遊先輩が声をかけてくる。
どう、と言われましても、
「えっとですね…。ここと、ここと、ここは黒田先輩と相談しながらでないと出来ませんが、それ以外ならなんとか。」
私の発言に、
「「は??」」
間抜けな返事が職場に響いた。
「え?お、お前、何を言っているのか分かっているのか!?単なる子供のお遊びなんかじゃないんだぞ!?」
「?ええ、そうですけど…?」
一体、何を言いたいのでしょうか?
「ほんとに出来るの?今ならまだ嘘でも通じるわよ?」
「確かに一度作ってみないとどうにも言えませんが、それでもいけると思いますよ?」
「…根拠を聞いてもいいか?」
「根拠、ですか?」
「ああ。だってこの案件は、お前には関係なかったものだぞ。それを無謀にも、自分から頭突っ込みやがって。それで余計な責任を負うのはお前なんだぞ?それに、とばっちりを食らう俺達のことも考えていたのか?」
「だから!なんであなたはそう強く言うの!」
「首を突っ込んだことで周りにかかる迷惑を考慮していたのか?社会人として暗黙のルールを知らないんじゃないのか?出来ないことを出来ると嘘をつくのは社会人としては失格だ。違うか?」
「・・・そうかも、しれません。」
私は少し考え、言葉を続ける。
「私はこれまで、先輩方に数え切れないほどの迷惑をかけましたし、失敗のフォローもしてもらいました。そのことが申し訳なくて、私は何度も何度も自分を責めました。ですが、そんなことをしても無駄だと分かりました。ですから、数多くの先輩方に色々聞いて、何が出来たらいいのか聞き、自分で考え、必死に勉強してきました。」
私の話に、
「「・・・。」」
二人はただ黙って話を聞いている。
「そして、数多くの資格を取得しました。私の存在理由を知るために。」
と、ここで持ってきていたコピー用紙を一枚取り出し、二人の前に置く。そして、
「これでも、実力不足ですか?」
私は、二人が読みやすいよう、紙の向きを変える。
「え?何これ?java言語の資格?1級?」
小鳥遊先輩は、これを見ても分からないようだが、男の先輩は一目で分かったらしく、その紙をひったくって、凝視し始める。
「え?う、嘘だろ!?だって、え?」
「ねぇ?その紙、何なの?」
と、小鳥遊先輩は私に視線を向ける。
「資格です。菊池先輩に色々教えてもらいながら勉強して取得しました。」
「取得しましたって、これ、そんな簡単にとれる代物じゃねぇはずだぞ!?」
「そうなの?」
「ああ。確か、3級、2級、1級の3段階で、1級を受けるときは、実技試験もあったはずだが?」
「はい。受けました。」
「それで受かったと?」
「はい。」
「…なるほど。部長が推している理由の一端がこれか…。」
「?それで、どうでしょう?」
「あ?何の話だ?」
「あ!黒田の穴をどう埋めるかよ!」
「はい。私に任せてもらえないでしょうか?」
「…分かった。これぐらい実力があるんなら、最初から言ってほしい気もするけどな。」
「それについてはすみません。菊池先輩から、あまり言いふらさないように言われていますので。」
「なんで…。ああ、そういうことか。」
「なんでって…。そういうことね。」
二人は納得していたが、私は、その理由が分からなかった。
「それじゃあ、今日から取り掛かりますね。」
「おう。頼むぞ、早乙女?」
「早乙女君、頑張って。」
「はい!」
こうして、体験入社最終日に、大きな仕事を任されることとなった。
時刻は夕方。
本来なら、優は退社し、数日後には千葉に戻る予定だったわけだが、
「優く~~~ん!ほんとに、ほんっとーーーに帰ってこられないの?」
「はい。すいませんが、後一週間ほどこちらにいようかと…。」
「一週間も京都ですって!?私、優君がいないと死んじゃうの!お願い!帰ってきて!」
一週間ほど、帰省が遅れるので、その電話を入れると、電話口から菊池先輩の狂ったような声が聞こえる。ちょっと申し訳ないな。
「…すいません。」
「…ほんとに今週、帰ってこられないの?」
「はい。ですから、後一週間、こちらでお世話になろうかと思っています。」
「・・・。」
「…あれ?菊池先輩?」
おかしいな?返事がない?
「あ、悪いな。電話、代わってもらっていてな。」
「この声、工藤先輩ですか?」
「ああ。さっきからこいつの発狂する声が聞こえてきてな、誰かと思ったら、優だったのか。それで、用件はなんだ?」
「はい。実はですね…。」
私は工藤先輩にも同じようなことを伝えた。
「…なるほど。それでか。」
「え?どうかされました?」
もしかして私、知らず知らずのうちにミスをしてしまったとか…!?
「ん?いや、こっちの話だから気にするな。」
「そ、そうですか。」
ならいいですけど。
「そっちの事情は大体把握したから、優、お前は思う存分やってこい。こっちのことは、今は気にしなくていいからな。」
「あ~~!!優君ともっとお話しさせて~~~。」
「うるさい!」
「…本当に大丈夫なのですか?」
なんか、電話越しに悲痛な会話が聞こえてきたような…?
「本当に気にしなくていいからな?」
「わ、分かりました。」
「それじゃ、また来週に会おうな?」
「はい!」
「待って優君とお話しさせて!おねが…!」
プツ。
・・・。
どうやら電話は切れたみたいだ。
…菊池先輩、大丈夫なのだろうか?
ここ一週間、電話をかけてこなかったから集中して仕事に励んでいたけど、何かとたまっていたのかな?大丈夫だといいですけど。
「上の方達も引き続きお願いしますだって!ところで、そっちは大丈夫だった?なんか、伝口から変な声が聞こえてきたけど?」
「あ、ああ。大丈夫じゃないですかね。」
「?とにかく、来週もよろしくね、早乙女君。」
「こちらこそです、小鳥遊先輩。」
こうして、引き続き、アルド商事で仕事することとなった。
次回予告
『会社員達の飲み会生活』
優が京都出張延期を知らせた後、工藤達は残業を終え、4人で飲み会に行くこととなった。
飲み会を終え、2手に分かれた一方は、互いの様子を観察し、互いの恋模様を描き始める。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?
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