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目つきが鋭すぎる会社員と新人女性社員のラノベ談義生活

 時は、優が京都へ出発した日まで遡る。

 実はその日、一部の人にとっては待ち遠しい日でもあった。

 何故かというと、ラノベ好きの間で大流行しているラノベ、『ラノベアルカディア』の5巻が発売される日でもあったからだ。だが、ほとんどの人はそのことを知らない。知っているのは、その大人気ラノベを愛読している人くらいだろう。

 そして、その大人気ラノベを愛読している人は、菊池達の職場にも数名いた。


「あ~あ。優君、今日からいないのかぁ~。寂しいな~。」

「…おい。何初日からそんなことを言っているんだ!」

「だってぇ~…。」

「「・・・。」」

 菊池の相変わらずの発言に、工藤は菊池を叱り、橘と桐谷はただ薄ら笑いを浮かべていた。

「さて。今日から優がいないことだし、優の穴は俺達全員で埋めていくからな。だからしばらくいつも以上に忙しくなるけど、頑張ってくれよ?」

 そんな工藤の発言に、

「「はい!!」」

 橘と桐谷は賛同した。

 だが、

「えぇ~?優君がいないんじゃ、私、やる気でな~い。」

 と、進学校に入学してきた反抗的な肌黒ギャルのようにタブレットをいじりはじめる。

「おい!タブレットは緊急時以外使うな!」

「…ちぇ。」

 菊池はさらに反抗的な態度をみせるも、渋々仕事を始める。

 菊池自身、仕事を無意味にさぼろうなんて思っていない。ただ、いつも一緒にいた優がいないことで調子がでないだけなのだ。他の人達も、優に対する依存がひどいのでなんとなくは理解していたが、まさかあそこまでとは…!ここで、職場のみんなは認識を改めた。

 菊池は、優が近くにいないとダメ人間と化すのだと。そして、それはもう完治できない病気の様なもので、自分達もそのことを受け入れるしかないと。

 職場のみんなも、優だけでなく、菊池にも助けられていたのだ。

 仕事で分からないことがあれば分かりやすく教えてもらい、機械トラブルが発生すれば、あっという間にその機械を直す。ある人は、ストーカー撃退の方法まで相談し、そのことについても解決方法を教わり、無事に解決できたとのこと。

 なので、無暗に菊池を解雇するのは後々、この会社に悪影響を及ぼしてしまうのだ。なので、

「たく。なんで俺がこいつのお目付け役に任命されなきゃなんねぇかな…。」

 と、いうわけなのである。

 そして、いつも以上に工藤の気苦労が絶えなかった。

 だが、様子が変なのは菊池だけではなかった。

「橘先輩。ここ、誤字ってますよ。」

「桐谷。ここ、間違っているぞ。」

「「え??」」

「お前ら、互いのミスを指摘しあうなんて珍しいな。そんなこと、そうそう起きないぞ?」

 橘、桐谷も仕事でミスを連発していた。

 最初、互いが互いのミスを指摘するならいいか、と達観していたが、

「橘先輩。ここの計算、間違っていますよ。」

「桐谷。ここの文字、打ち間違っているぞ。」

「「・・・。」」

 何度も続くコントの様なミスの連発に、

(もしかして、優がいないと、うちの課ってやばいのか?)

 と、工藤は人知れず、優の影響力について考えていた。


 夕方。

 時は退社時刻間近。

 工藤はというと、

「はぁ~~~。やっと、やっと終わる~~~。」

 仕事から解放される喜びから、デスクに上半身を預ける状態となっていた。何故そこまで疲れているかというと、

(ただでさえ優がいないことで仕事量が増えたのに、菊池はやる気ゼロ。橘も桐谷もミス連発で…。ほんと、今日はどうしたんだ?)

 工藤も含めた全員が、いつもの仕事風景とはかけ離れたものだったからである。

 会議に必要な物を忘れたり、プレゼンを用いて説明する際、間違ったプレゼンを開いてしまい、恥をかいたりと、いつもならしないミスをしていたのだ。

「さ~て。今日は全然よくなかったし、久々に優に頼んでおつまみを…。」

 と、言いながら工藤は気付く。

 今日から優はいないのだと。だから、工藤のお気に入りである、優お手製ビーフジャーキーが食べられないのだと。そう考えた瞬間、

(あ~…。やっぱり、優がいないと調子でないな。)

 菊池の気持ちが理解できてしまった瞬間でもあった。

 それにしても、

(あの二人、いつにも増してミスを連発していたが、橘も桐谷も、俺や菊池と同様、優がいなくて調子が出ないのだろうか。)

 そんなことを考えさせられる一日だった。

「そ、それじゃあ俺はこれで失礼、します。」

「あ、私は今日用事がありますので、失礼します。お疲れさまでした。」

 と、二人して足早に帰ってしまった。

「俺も今日は早く帰るか。」

 優が使用しているデスクに頬ずりしている菊池を無視し、工藤は帰路についた。



 場所は少し離れ、駅の近く。

 駅の近くには大きな商業施設や、色々なお店が並んでいる。そのお店の中に本屋があり、数種類ある。その一つ、『ラノベイト』はラノベ関連の本を売っているお店である。また、新刊の予約も可能となっており、予約を行う人は絶えない。そんな店に、一人の男が入ってくる。

「いらっしゃいませー。」

 店員の挨拶を聞き流し、男性は何かを確認するかのように視線を泳がす。

(あれ?あの人、危ない人なんじゃ…?)

 と、知らないうちに店員から変な目で見られ始めるが、男はそんなことも気にせず、

「…これを。」

 レジにとある紙を置く。

「?…あ、予約票、ですね。少々お待ちください。」

 店員にタイムラグが発生したが、それでも仕事を全うした。

 そして、予約されていた本の確認するため、

「「ラノベアルカディアの5巻ですね。お買い上げありがとうございます。」」

 本のタイトルを読み上げたのだが、隣の客も同じ本を買おうとしていた。

 男性はその隣の客を見ると、

「…あれ?もしかして、橘先輩?」

「…はて?誰ですか?私は唯我隆斗(ゆいがりゅうと)です。」

「それ、ラノベアルカディアの主人公の名前ですよね、橘先輩?」

「・・・。」

 見知った人、桐谷杏奈であることに気付いた男性、橘寛人であったが、簡単にばれてしまう。

「?またのお越しをお待ちしております。」

 店員は若干困った顔をしていたが、自分には関係ないと思い、そのまま放置することにした。

「それじゃ、また会社で。」

 橘は足早にラノベイトから去ろうとするが、

「待って下さい!」

 と、肩を掴まれ、行動を阻止される。

「…何か用か?」

「…少し、お話しませんか?」

 ちょっと思いつめた空気をだしていた桐谷を見かね、

「…分かった。」

 橘は桐谷の案に乗ることにした。


 ラノベイトから離れ、橘達はとあるファミリーレストランに来ていた。

「いや~。私、ここ、久々なので、どれにしようか迷っちゃいます。」

「それで、俺に何の用だ?」

「それは食事後でいいですか?なんなら、私が奢りますので。」

「それじゃあ…俺はハンバーグステーキで頼む。」

「分かりました。」

 こうして二人は注文を済ませる。

 桐谷は水を一口飲み、

「実はですね。橘先輩にお願いしたいことがありまして、こうして来てもらいました。」

 やや軽めの口調で話し始める。

「…それで?」

 橘は話を促す。

「はい。おそらくですけど、先輩、ラノベアルカディア、好きですよね?」

「…ああ。好きだぞ。」

 橘はずれていないサングラスに手をかける。

「ですので、そのラノベアルカディアについて、一緒に語り合いたいな~、なんて思っていたり、いなかったり…。」

 桐谷の話す声がだんだん小さくなっていく。

 橘は少し不思議に思った。

 何故、そんな頼みを俺にするのか。出会って数ヵ月の俺と語り合いたいのか。そんなことを考え始める。そして、

「…俺よりいい話し相手なんていくらでもいると思うが?」

 そんな結論に至る。

 橘は、自分の目つきにコンプレックスを持っていて、それを隠すためにサングラスをかけている。そんな人相が悪い人間より、同性で同じ趣味をもっている人達と話をすればいいのに。そんなことを結論として導き出した。

「…私、九州から上京してあの会社で働かせてもらっているんです。ですから友達もみんな九州に住んでいて、どうにも電話をかけづらくて、えへへ…。」

「・・・。」

 橘は何となく察していた。

 今、桐谷は嘘をついたと。

 どこでどういう嘘をついたのかは分からない。だが、どうも本当の話の感じがしなかった。まるで、作り話を聞かされているような、即興で話を合わせているような、そんな感じがした。欲を言えば、橘はそのことについて言及したかった。「なぜ今、嘘をついたのか?」と。

「そう、か。分かった。」

 橘はただ了承の意を示しただけだった。橘自身、思う所はあったが、それでも、こんな自分を頼ってくれているのだから、その期待には応えないと。そんな意識を持ち始めていたのだ。だが、心配なところもある。

「俺なんかでいいのか?」

 それは、橘自身、話し相手には不足なんじゃないかということである。

 橘はこれまで、人と楽しく話をした、という経験がほとんどない。社会人になり、あの会社に入社したからこそ、対話スキルを身に付けたと言っても過言ではないほどである。そんな自分が、女性と一対一で会話をするなど、無謀なのではないか。と、橘は考えていた。

「もちろんです!ラノベアルカディア好きに悪い人はいません!」

「そうか。」

 ここで、

「お待たせしました。ハンバーグステーキに和風ハンバーグです。」

 店員が持ってきた料理を目の前にして、

「たまには外食もいいものですね?」

「確かに。」

 普段、二人は自炊しているが、料理にそこまで手間をかけたくなく、いつも簡単に済ませていた。ハンバーグも手作りするのではなく、あらかじめ形成されたものを買って焼くぐらいである。

「会社の先輩方と食べている時も思いましたが、独りで食べるよりみんなで食べる方が美味しく感じますね!」

「そ、そうだな。」

「橘先輩はよく外食しているのですか?」

「いや、普段は家で食べている。休日は…その日の気分だな。」

「へぇ~。私も同じ感じです。休日に作るくらいならこれ読んでいます。」

「そうか。」

 橘は、このアフターファイブでの桐谷との出会いによって、桐谷に関する見方が大幅に変わった。

 これまでは、仕事もキャリアも伸び始めている期待の新人で、デスクもきれいに片付いている。仕事はもちろん、私生活においてもしっかりとしていると思っていた。

 だが、この出会いから、桐谷は好きなものに対してはとても情熱的であることが分かった。ラノベアルカディアについて話している時の目は自分の汚れきった目とは正反対の純粋無垢な子供のようだった。

「それ、面白いよな。」

「ですよね!特に何巻が一番面白かったですか?」

「そうだな…。」

「「3巻の…!」」

 ここで、二人の発する言葉がシンクロしていることに気づき、

「あ、橘先輩からどうぞ。」

「いや、桐谷からでいいぞ。」

 互いに譲り合いを始めていた。

「…それじゃあ同時に言いましょうか?」

「分かった。」

「せーの!」

「「隆斗の覚醒シーン!!」」

 二人は席を立って宣言した。

 人の視線があるにも関わらず、桐谷も橘も興奮した瞬間である。

 その後、すぐに席に座り、

「悪目立ち、しちゃいましたね。」

「だな。」

 そのまま食事を再開し、次の店に行った。


「橘先輩。次はこの店ですか?」

「ああ。次はこの店で少し飲もうと思ったんだが、迷惑か?」

「いえ!是非ともお供させてください!」

 2軒目はとある居酒屋。

「へいらっしゃい!何にします?」

「俺はこれとビールで。」

「私はこれとハイボールでお願いします。」

「かしこまりましたぁ!」

 そう言って、店員は奥に行った。

「悪いな。あの店じゃ、ちょっと飲みづらかったから、店を勝手に変えちまって。」

「いえ!元はといえば、私からお誘いしたことですし、文句なんかありませんよ!?」

「そうか。それじゃあまず、交換するか?」

 と、俺はスマホを取り出す。

「え?私が入社した時…あ、なるほど。」

 桐谷は橘の言いたいこと、やりたいことが分かったらしく、自分のスマホを見る。

「これで、俺と個人的に聞きたい事があればいつでも聞けるし、待ち合わせ場所も決められるだろ?」

「わざわざありがとうございます!」

「いや、それは…。」

 途中で言葉が濁る。これは、桐谷に言っていいのかと。今この場で言えば、今後の仕事に悪影響をもたらすのではないのかと。

「?どうかしました?」

「…いや、なんでもない。」

「それでしたら、ラノベアルカディアの話をしましょうよ!」

「そうだな。桐谷はどのあたりが好きなんだ?」

「私はですね~。やっぱり主人公の隆斗がヒロインに裏切られた場面が…。」

 こうして、1時間かけ、時に興奮し、時に慌てながら話を進めていく。

 話をしている二人は、まるで恋人のように見えていたのだろう。それほどまでに、桐谷は笑顔で話していた。橘も、サングラス越しとはいえ、口角が自然と上がり、頬が緩んでいた。その後、二人は、自分が住んでいる部屋に帰宅した。

 

 その後二人は、優が出張に行った初日のようなミスはしなくなり、いつも以上の成果をあげ、上司の人に褒められることとなった。


 一方、菊池と工藤はというと、

「あ~…。優君、今日もいないの?出張、早く終わらせて帰ってきてくれないかしら?優君成分が不足でたまらないわ…。」

「それは俺のセリフだよ。そんな様子を無理やり見せられている俺達のことも考えてほしいものだぜ。」

 菊池のやる気ゼロ発言に、工藤は相も変わらず突っ込んでいた。

 そんな状態でも菊池は仕事をなんとか行い、約束の日が来るのを分刻みで数えながら待っていた。

次回予告

『小さな会社員の京都出張生活~仕事~』

 優が京都出張に来てから数日。優は自身の能力をフルに使い、アルド商事本社でも仕事を全うしていた。だが、思わぬアクシデントに、アルド商事本社に勤める会社員達は問題解決に頭を悩ませる。そんな様子を見て、優は自身に何が出来るかを聞き、行動を起こす。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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