小さな会社員達の屋台運営生活~2日目その7~
「やはりいないか。」
夏祭りで多くの人々が笑顔で歩いている中、険しい顔で周囲を見渡している成人男性がいた。
「もうどこかに行った、のか?」
その成人男性とは、桜井綾の父親である。
(周辺に不審者はいなかったし、このメモに記載している若者の姿も見えない。もうこの地を去った、と考えていいのだろうか?)
そう考えた桜井父は念のため、夏祭りの関係者のところに行き、不審者を見たかどうかの質問をする。
「いえ、私は見ていませんが?他の者にも確認してみましょうか?」
「いえ、ありがとうございました。」
桜井父はお辞儀をし、その場を後にする。
(ここにも不審者はいなかった。やはり、私の考え過ぎか?)
桜井父は改めて周囲を見る。
周囲の顔はどこを見ても笑顔で埋め尽くされている。
とても暴行の件があったとは思えなかった。
(もしかして娘達の気のせい?いや、そんなわけないか。)
桜井父は改めて、これからどのように動けばいいのか考える。
(いったん、このまま周囲を確認しつつ、一度警察署に寄ってみるか。)
桜井父は、夏祭り会場を後にし、最寄りの警察署に足を向ける。
(・・・ん?)
警察署が近づくにつれ、音がすこしずつ大きくなる。
だが、なんの音なのかまでは分からず、音の正体を気にする。
「頼む!俺達をここで匿ってくれ!」
(ん?この声は一体・・・?)
桜井父は、音の正体が警察署方面から聞こえてきていることに気づき、警察署に向けて歩む。
「ここにいたら俺達・・・だから頼む!」
「なんなら逮捕してくれ!頼む!!」
「!?」
桜井父は、逮捕、という言葉を聞き、思わず隠れる。
(一体どういう状況なんだ!?)
桜井父は今の状況を把握する為、話を聞くことに集中する。
「あの、逮捕してくれ、と言われても困るのですが・・・。」
「そんなこと言わないでくれよ!」
「そこをなんとか!頼む!!」
「俺達、あの小さな悪魔に、俺達の家の住所、家族構成、好きな食べ物とか知られているんだよ!あの悪魔、マジでやばいんだよ!!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!どういうことですか?」
(家の住所だけでなく、家族構成、好きな食べ物まで知っている?友人・・・とかではなさそうだな。友人なら悪魔、なんて言わないだろうし。)
桜井父は、聞こえてくる話に対し、様々な可能性を考える。
「あの悪魔は・・・人間じゃねぇんだ!」
「俺はもう、あの悪魔と同じ県、国に住みたくねぇんだ!」
「その証拠にほら、俺達はボロボロだ!見てわかるだろう!!??」
最後の青年の言葉を聞いた警察官は、三人の装いを見る。
「確かに服は汚れていますが、元気じゃないですか?げんに今もこうして話せていますし、傷だって一つありません。」
「そんなことはない!俺達のメンタルはボロボロなんだ!見れば分かるだろう!?」
「・・・それなら、精神科がある病院を紹介しましょうか?」
警察官のアドバイスに、
「そうじゃねぇよ!?」
「病院に行くだけじゃあ意味無いんだよ!」
「あの悪魔が、あの悪魔が来たら俺達は・・・、」
一人の青年の言葉に、他の青年達は全身をブルブル震わせる。
「そうだ!なぁ、お前らを殴れば、俺達は逮捕、だよな!?」
青年の一人は警察官に提案する。
だが、その提案内容は警察官にとって奇妙、としか思えない理解不能な内容だった。
「あなた達、いきなり何を・・・!?」
「そうだ!それは名案だ!」
「逮捕されれば、俺達は刑務所に行ける!刑務所にいれば、あの悪魔が来ることはない!最高だ!」
警察官は少しずつ後退する。
何せ、目の前で話している青年達の目や態度がどんどんおかしくなっていき、目の焦点が合っていないように見えたからである。
「早く応援を・・・!」
「お前ら、行くぞ!」
「「おう!!」」
その後、青年達は警察官を殴り始める。外の異変に気付いた他の警察官が応援に駆けつけ、青年達の暴挙を止める。
(・・・どうしたら、ああいう考えになるんだ?)
桜井父が唖然としている中、事態は収拾し、青年達は拘束される。
「やった、やったぞ!」
「これで俺達は一生刑務所だ!」
「だな!これであの悪魔と会わないんだ!よっしゃ!!!」
「「「・・・。」」」
青年達の言葉に対し、桜井父だけでなく、その場にいた警察官も唖然とする。
なにせ、青年達は逮捕されることに歓喜しているのだから。
(・・・ん?まてよ?あの容姿は・・・?)
ここで桜井父は、改めて青年達を見る。
(・・・やっぱり!このメモに記載されている容姿の特徴と一致している!ということは、あいつらが綾を襲った張本人!)
桜井父は怒りをむき出しにし、警察署に乗り込もうとするが、寸前で足を止める。
(・・・いや、あいつらはもう駄目だ。何せ手錠で拘束されているし、警察に手を出した。今すぐ釈放、というわけにはいかないだろう。)
「どうせなら、今までやってきたこと全部ばらして、一生刑務所暮らし出来るようにしようぜ!」
「それは名案だな!」
「そうなれば、俺達は一生、あの小さな悪魔と会わなくなる。天国かよ。」
(刑務所が天国なわけないだろ。)
思わず青年の言葉に心の中で突っ込んでしまう。そのツッコミのおかげなのか、再び冷静に思考をする。
(だけど変だな。メモや綾達から聞いた話によると、あの青年達はとてもけんかっ早く。子供に手を出す危険な男達と聞いている。それがあの様子・・・何かあったのか?)
警察という国家権力に頭が上がらないのだろうか?
だとしても、ここまで様変わりするものなのか?
(・・・違うな。様変わり、させられたのか!?)
だとしたら誰がこの青年達をここまで変えたんだ?
ここで桜井父は、青年達のある言葉を思い出す。
(小さな悪魔、か。)
桜井父は、青年達が言っていた小さな悪魔、という存在が、青年達を大きく変えたのだと推測する。
(おそらく、綾達と別れてからこの警察署に来るまでに小さな悪魔と出逢ったんだ。それであいつらは・・・、)
ふと桜井父は、自身の娘から聞いたある話を思い出す。
“早乙女君って言う男の子なんだけどね。その子が凄いの!何が凄いのかって言うとね・・・。”
(まさか、あいつらをここまで変えたのは、綾と同じ年齢の・・・!?)
ここでどこからか視線を感じる。感じた視線はどこからなのか周囲を見渡すと、一瞬だけ、小さな人影が見えた。
(!?あの子だ!!)
桜井父は、小さな人影があの青年達を様変わりさせた張本人だと直感で判断し、走り始める。
(確かこの角を曲がって・・・あれ?)
桜井父が駆け寄ると、既に小さな人影の存在はなくなっていた。
(もういない・・・て、これは!?)
桜井父は、足元を見て、地面の一部が異なる色であることに気づく。そして、色が異なっている理由に気づき、驚愕する。
(どうして血がこんなところに!?しかもこの血、まだ乾ききっていないじゃないか!?)
桜井父は、改めて周囲を見る。
(まさか、さっき見たあの子が流していた血、なのか?そして、血を流していた理由は・・・駄目だ!)
桜井父は、何がどうなっているのか分からなくなり、頭を抑える。
(とにかく、近くに血を流している子供がいる!その子供を探さなくちゃ!その子は多分、あいつらと何か関りがある!)
桜井父は、その子供を探す為、警察署付近を中心に捜索する。
(結局、いなかったな・・・。)
三十分ほど探し回った結果、血の跡で探せると踏んでいたものの、途中で途切れてしまっていたうえ、人の気配すらなかった。
(警察署に聞いてみたものの、情報は手に入らなかった。探してくれるとは言ってくれたが、望み薄だろうな。なにせ影しか見えず、服装、性別が不明だからな。)
桜井父は、警察署近くで見た小さな人影の手掛かりがつかめず、落胆する。
(だが、あの青年については少し聞けた。これも、このメモのおかげで関係者だと証明出来たからだな。)
桜井父はメモに記載されている情報を取引材料とし、さきほど警察署で見た青年達に関する情報を聞いた。
なんでも、これから詳しく事情聴取する予定なのだが、これまで聞いた中でも、窃盗、万引き、脅迫、暴行と、犯罪行為のオンパレードだったらしい。しかも、どの犯罪も繰り返しやっていたらしく、常習犯だったのだとか。
(暴行の件については、まさか綾達の他にもやっていたとはな。)
だが、これでひとまず一件落着だな。
綾達を襲った元凶は警察署にいて、しばらく出てくることはない。
これで、解決した。
が、まだ気になっていることがある。
(結局、あの青年達が言っていた小さな悪魔とは、誰なんだろうな?それにあの小さな人影の正体は・・・?)
桜井父は夜道を歩きながら考える。
(その小さな悪魔についても、あの男共は警察に一切話そうとしなかったそうだし、本当に何者なんだ?綾や妻に危害を加えないだろうか?)
悩んだ結果、
(・・・相談、してみるか。)
桜井父は、自身が愛する妻と、親友夫婦に相談してみることにした。
桜井父は風間宅に戻り、自身が見てきたことを、推測を交えて話し、相談する。
「・・・俺はこれからどうすればいい?いるかどうかも分からない小さな悪魔を探し続ければいいのか?それとも、放っておいておくのか?」
桜井父の言葉に、
「「「・・・。」」」
話を聞いた三人は黙っていた。
無理もないだろう。
事態が色々進んでいることに驚いているが、それ以上に、新たな脅威の存在が露呈したのだから。
「その小さな悪魔って、本当に実在するの?」
「その男達が見た幻じゃない?」
「そうかもしれないが、俺は違う・・・気がする。幻なら、あそこまで気が狂うことはないはずだ。おそらく、小さな悪魔、に近い何かが、あの男達を追い詰めたんだと思う。」
「だとしても、そんな人がこの町にいるというの!?」
「それじゃあこの先、迂闊に街を歩くなんて出来ないわ!」
二人の成人女性が話をする中、
「・・・。」
一人の男は、ただ黙って言葉を聞いていた。
「それで、どう思う?」
桜井父に話を振られた風間父は、席を立ち、冷蔵庫から飲み物をとり、全員の前に飲み物を置く。そして自分の分だけ先にあけ、豪快に飲み、一言。
「もしこの町に殺人犯がいるとしたら、どんな対応をする?」
そんな質問を投げかけてきた。そして、風間父は他の人の答えを聞かずに、自身の答えを言う。
「俺なら、犯人を捕まえようなんて考えず、そのまま生活しながら、いつ犯人が現れてもいいように対策をするくらいだ。」
「・・・何が言いたいの?」
風間母は我慢出来ずに、風間父に意図を聞く。
「要するに、今の俺達にすべきことは対策することであって、殻にこもることじゃない。幸い、元凶は捕まったことだしな。それに、対策はしてもいいが、し過ぎは逆効果だと思うぞ?周囲の人達に違和感を植え付けるからな。」
風間父の言葉に、
「一理あるわね。」
「そうね。他の人達は普通に生活しているのに、私達だけ警戒しているというのもね・・・。」
二人の母親は世間の目を考慮し、風間父の言葉を受け入れようとする。
「でもいいのか?もしかしたらこの町には小さな悪魔が・・・、」
「その話が嘘、と断定するわけではないが、おそらく俺達と敵対することはないと思うぞ?」
「・・・なんでそんなことが言えるんだ?」
「その小さな悪魔は結果として、綾と洋子を助けてくれた。だから、大丈夫だ。」
風間父は真っすぐに伝える。
その目は本気で、曇りのない本心からの言葉だった。
「・・・そうか。なら大丈夫ね。」
桜井母は風間父の言葉に安心したのか、笑顔をこぼす。
「信じましょう。私達の娘を救ってくれた小さな悪魔を。」
「ああ。まぁ何かあったとしても、俺がこの力でどうにかしてみせるさ!」
桜井父は、自慢の力こぶを4人に見せる。
「・・・一応言っておくが、なんでもかんでも力で解決しようとするなよ?」
「え?」
桜井父のマヌケな声に、
「そうね、あなた。」
「自分の娘命なのは分かるけど、流石に力で解決、は駄目よ。場合によっては暴行罪に問われるかもしれないわよ。」
「・・・それはやだ。俺、もっともっと綾と一緒にいたいからな。」
それから4人はある結論を導き出し、眠りにつく。
その結論は、
「警戒はしていくが、これまでどおり生活していこう。」
ということになった。
こうして、桜井家と風間家の大人4人による会議は幕を閉じる。
その一方、桜井家と風間家の子供3人は、
「「「zzz・・・、」」」
大人達の会議なんてそっちのけで睡眠を堪能していた。
次回予告
『小さな会社員達の屋台運営生活~2日目その8~』
用事を済ませた早乙女優は、帰宅早々菊池美奈につめられる。最初、早乙女優は曖昧な説明で乗り越えようとしたのだが、菊池美奈の追及により、事細かに話していく。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?
 




