小さな会社員の同級生と合宿生活
「初めまして。早乙女優と申します。よろしくお願いします。」
今、クラスで自己紹介の時間で、私の番なので自己紹介をしたのだが、みんな驚いていた。無理もないだろう。急に顔も名前も憶えのない人がいるのだから。むしろ、このぐらいの視線は想定していたくらいだ。
「ねーねー。どこから来たの?」
「去年この学校にいなかったよね?今年からこの学校に来たの?」
「何が出来るの?好きな食べ物は?」
さすがにこの質問の嵐は想定していなかった。大人の人はこんな風に無神経にむやみやたらに聞いてこなかったからな。
「えっと、他のところから来ました。何が出来ると言えば、勉強をずっとやっていたので、少しくらいはできるかと思います」
「ふぅーん。さっきから自分のこと『私』って呼んでいるけど、女の子なの?背小さいし。」
な!?よりによって一番言われたくないことを言われた!身長のことは触れてほしくなかったのに!
「確かにちっちゃいよね。」
「おい!ここに小学一年生がいるぞ!入ってくる教室間違えているんじゃねぇのか?」
「「「あははははははははは。」」」
「はいはいみなさん。静かにしてくださいね。では次の人お願いします。」
先生の一声で次の人の自己紹介が始まった。
この後も自己紹介は続いたが、ほとんどの人が私のことを見ていた。
「それでは明日から合宿ですので、きちんと準備してくださいね?」
「「「はぁーーい!!」」」
・・・は?
私は「合宿」という言葉に強い違和感を覚え、先生に聞きに行こうとすると、とある男が立ち塞がる。
「おいお前、合宿の準備はちゃんとしているんだろうな?」
「合宿とは何ですか?」
「お前、合宿も知らないのか?体だけでなく頭も小学一年並みかよ!お前ほんとにおない年かよ。一年の教室に行けよこのちび。」
「「「あはははははは。」」」
どうやら、合宿を何故この時期にやるのか教えてもらえなさそうなのでその男の横を通り過ぎようとすると、
「なんだよ。正論言われて反論もできねぇのか。やっぱお前はガキだな。」
周りの大人にいくらガキと罵られようと、「自分はまだ成長期が来ていないからしょうがない。」とか、「私の顔は童顔だから。」と自分に言い訳しながらやり過ごせたが、同学年の同じクラスの人に言われると、自分がいかに小さいのかが嫌でもわかってしまうな。
そのあと私は先生に合宿のことを聞きに行ったが、鼻で笑われてしまった。
ちなみに合宿のやる目的は『みんなと仲良くなること』らしい。まぁ、会社でも歓迎会をやるし、あんな感じかな。私はそう理解した後、学校は入学式だけだったので直ぐ帰り、合宿の用意を始めた。もちろん、後で菊池先輩に文句を言っておこう。
合宿当日、私は荷物を持って、学校に向かった。
「さぁてみなさん。出発しますよー!」
「「「はーい!!!」」」
こうして六年生総勢で合宿所に向かった。
「広いな。」
最初、この施設を見た感想だ。なんでも、うちの学校の校長がこの施設「修憲館」の運営者と知り合いらしく、毎年使わせてくれるらしいが、
「俺、一生ここにいるー。」
「私、ここでテニスしたーい。」
「俺も俺も。」
あまりにもいいところなので、みんなのテンションが上がっていたりする。
「はいはーい。それでは部屋に荷物を置いた人は夕方まで自由行動です。この間にみなさん、仲良くなってくださいね?」
「「「はーーい!!」」」
「それでは解散!」
「「「わー!!!」」」
みんな、早くここで遊びがたいがために一目散に荷物を持って、部屋に向かった。
「みんな元気だなぁ。」
独りでぽつりとつぶやいた後、私もみんなの後を追った。
ちなみに自由行動の時間、爽やかな風を受けながら、独りでずっと会社からのメールを受け答えしていた。
「さて、そろそろ夕飯の時間だが、みんなにはカレーを作ってもらいます。材料はこちらにありますので、班の人達と協力して作ってくださいね。」
「「「はーーーい!!!」」」
どうやら夕飯は他の人達と協力してカレーを作るらしい。私は家で何度もカレーを作っている。なので、カレーに関しては少し自信がある。だが、
「また独り、か。」
どうやら他の人達は私を仲間外れにしたいらしく、私だけは一人でカレーを作らなければならないらしい。まぁ、一人で料理すること自体慣れているので、特に問題はないけど。
「あれ?」
材料を取りに来たのだが、大切なものが無いことに気付く。どうやら他の人も気付いたらしい。
「せんせー。カレーのルーがないですけど、どこにありますか?」
「え?ちゃんとここにってあれ?」
先生も慌てて探し始める。ガサガサゴソゴソ。やがて音がしなくなると、はっきりとした声で、
「ごめんなさい。どうやら忘れたらしいので、君たちでなんとかしてしてください。それじゃ。」
その言葉を残し、先生は椅子に座り、お酒を飲み始めた。
「あ、先生たちはお酒飲むので、夕飯はいりませんよ」
どこから取り出しのか、ビーフジャーキーとピーナッツをテーブルの上に出し、宴会を始めてしまった。
残された私達はというと、
「「「・・・。」」」
固まっていた。この事態に頭が付いていかなかったのだ。だんだん今の状況を理解し始めると、
「おい、どうすんだよ。」
「どうするって、作るしかないだろ。」
「ルー無しのカレーライスをか?」
「それしかないだろ。」
「いやよ!私はちゃんとしたカレーが食べたいの!」
「じゃあ、どうやってそのカレーを作るんだよ!」
「だからこうして話し合って考えているんでしょ!そんなこともわからないの!」
「あぁ!?」
「なによ!?」
喧嘩を始めていた。他の人達も喧嘩を止めず、ただ傍観しているだけだった。
確かに、カレーのルー無しでカレーライスを作るのは無理だ。
今ある食材を確認しても、ルーの代わりになるような香辛料等は無い。
あるのは、カレーに使うであろう玉ねぎやニンジンなどの野菜や、何故かある片栗粉や味噌だけだ。あまりカレーに味噌等は使わないと思うけど…。
「こんなことになるってわかっていたら、昨日の中華丼でも持ってくるべきだったか?」
そういえば、昨日はわざわざ一から作ったんだっけ。あのとろみ加減もなかなか良かったし、今度会社のみんなに味見してもらおうかな。
「あれ?確か片栗粉あったよな。だったら…。」
他の人達が言い合っている中、私は懸命に考える。
「いけるかも。」
こうして私は材料をお盆の上に乗せて、自分が使うキッチンまで運ぶ。頭の中でレシピを考えながら。
できたのはあんかけご飯だ。もともと使う予定だった野菜と肉を使い、味噌で味付けをし、水溶き片栗粉でとろみをつけ、ご飯の上に乗せたものだ。名づけるなら、『カレーライス風味噌中華丼』ってところだろうか。そもそもキクラゲや水菜、白菜などの食材が一切入っていないため、中華丼と言えるかわからないけど。
じーー。
何故だか視線を感じる。視線を感じる方を見ると、五人ほど、おそらく一班がこちらを見ていた。
「「「「「ごくり。」」」」」
しかも生唾を飲み込む音まで聞こえてくる。ちなみに私が作った中華丼は一班分の量、つまり五人分あったりする。残りはタッパーに詰めて持ち帰るつもりだったんだけどな。はぁ。
「あの、何か用ですか?」
「全然ないですよ!」
「それ美味そう!」
「それは何ですか?」
「それちょうだい!」
「その料理の作り方を教えていただけないでしょうか?」
実にばらばらな回答だ。おかげでどういう風に答えればいいかわからない。
「ちょっと何言っているのかわからないので、食べていいですか?」
「「「「「それを私達に分けてください!」」」」」
五人全員が一斉に皿を差し出す。
「………はぁ、今回だけですからね。」
そう言って、私は、自分の作った料理を差し出された皿に盛りつける。
「「「「「ありがとう!!!!!」」」」」
こういった後、五人は自分の席に戻っていった。
「さて、いただ…」
きます、と言おうとしたところで、皿が無くなった。否、皿が誰かによって持ち上げられていた。
「おい。俺よりも美味そうなもの食おうとするなんて生意気だな、ちび。」
この人は確か、初日に絡んできた男だ。そういやこのクラスの人の名前、全く知らないな。
「俺が代わりに食ってやるよ。」
そんな訳わからないことを言い終えるとすぐに私が盛りつけた料理を持ってきていたであろうスプーンを手に取り、一気に全部食った。
確かに私は周りの人よりも小さいしガキに見えるかもしれないが、そんな理由で人の作った料理を勝手に食うやつなんているのか?そんなこと店でやったら無銭飲食で捕まるっていうのに。
「ふん。まぁまぁだな。」
そんな捨て台詞を吐いた後、ガキ大将を彷彿させるような男は自分の席に戻っていった。他の人は関わりたくないのか、ただただ傍観していた。そんな状況に、
「マジかよ。」
そんな言葉しか言えない自分がいた。
少し時間が経ち、ほとんど夕飯が食えず腹が減っていたが、汚れた食器が目の前に洗ってほしいと言わんばかりに存在感を放っている。
「洗うか。」
このクラスの理不尽に呆れつつ、食器を洗っていった。
ちなみに、他の人達は、野菜炒めだったり、スープだったり、何かしら作って食べていたようだ。カレーじゃなかったことに不満があったようだが。
それでも、翌日の朝食がバイキング形式だとわかると、ジャンプしながら喜んでいたけど。
そんなハプニングがあったが、その後はたいしたことも起きず、帰りのバスの中も、カラオケ大会みたいな状態でみんな元気みたいだった。
アイス。それは私の大好物だ。あんなに冷たくて甘く、そして種類が豊富なスイーツがあるだろうか。いや、ない!
…少し興奮してしまった。
学校に通い始めてようやく来た初めての週末、私は今、アイスを食べながら、
チーン。
「お。やっとできたか」
パンを作っていた。試食用に作っていた小さいパンをほおばる。
「うん。これなら大丈夫かな?さて、それじゃ、会社に持っていくか」
バックにできたてのパンを入れ、家を出て、会社に向かう。
「こんにちはー!今日もお疲れ様です」
「「「お疲れ様。」」」
休日出勤している先輩方に挨拶する。仕事をする上で大事なことだと私は思う。
「今日はパンを焼いてきたので、少し休憩しませんか?お茶も入れ直しますよ。」
「「「お願いします!!!」」」
「任されました。」
そう言って、私は給湯室に向かう。
私の会社の主な仕事は雑用だ。お茶を入れ直したり、掃除したり、差し入れしたり等色々している。もちろん、私も会社に貢献したいと思っているので、タイピング技術を磨いて議事録を作成したり、先輩方の資料作成の手伝いをしたりしている。そして、常に社内を動き回っている。パソコンでの書類作業も、もちろん行う。誰か訪問してきたら、お茶とお茶請けを用意するのももちろん私の仕事の一環だ。定時である17時を過ぎても仕事し続け、家に帰っても、仕事内容や資料の確認作業をするため、寝るのはいつも日付が変わっている。
最初はそんな生活がとても辛かったが、何年も続けていると、いくらか楽になるものだ。今では差し入れや夜食に何を作っていこうかと考えられるほど心にゆとりがある。
「今日も優の作る飯は美味いなぁ。」
「そうだな。入れてくれるお茶もいつの間にか社内一美味しいし。」
「もう、優無しではこの会社は成り立たないかも。」
「いくら何でも褒めすぎですよ。照れちゃうじゃないですか。」
まったく。そんな褒めてもお茶ぐらいしか出ませんよ?
「もう!優君ったら、今日もかわいいわね!」
「…何故、菊池がここにいる?」
ちなみに、菊池先輩は今のところ、休日出勤するほど仕事は溜まっていない。なら何故、今会社にいるかと言うと、
「もちろん!優君のことを見に来たに決まっているでしょ!」
そう言いながら、菊池先輩はガッツポーズを決めた後、私が作ったパンを口にする。この人はもう…はぁ。
「さて、まだパン食べたい人いますか?まだありますけど。」
「俺はいらん。」
「俺もだ。」
「私も。」
「それでは、仕事再開しますか。あ、何か私に手伝えることはありますか?」
「それじゃ、このプログラムの作成、お願いできるか?」
「じゃあその後でいいから、こっちのパワポも手伝ってもらえるか?」
「それじゃ私はこの紙のコピーを今日中に二十枚刷ってきてくれないかしら?」
「はい!わかりました!」
「それじゃ、私も少しやろうかしら?」
こうして私達は日が暮れるまで仕事し、帰った後も、夕飯はもちろん、明日の朝食やお菓子を作った後、お風呂に浸かり、その後はいつも通り資料に目を通す。
目を通し終えた頃には、もう日付が変わっていた。
「もう寝るか。」
パソコンの電源を切り、布団を敷き、寝る準備を整え、
「お休み。」
誰に聞かせる訳もなく、呟くように言った。
今日も無事に平穏に過ごせた。
これでまた『自立』した人間に近づいたかな?
この問いの答えを優はいつも聞こうとしていた。だがその答えは聞けず、いつの間にか夢の世界へと旅発ってしまうのだ。
これもまた、優にとっての平穏である。
だが、優の平穏はそう遠くないうちに壊されることになる。
そのことは、優も誰も知らない。
書きながら、
「あれ?こんなことってあるの?」
と、思ってしまいます。
ちなみにこれはフィクションです。