何でも出来るOLのかつての生活~小さな会社員との出会い編~
「お前。」
俺はまず、目の前の害虫に話しかける。こんな奴、苗字で呼びたくないのでこの呼び方で十分だろう。
「・・・もしかしなくても、私の事を言っているの?だとしたら、随分生意気なガキね。」
目の前の害虫も俺同様、悪意をぶつけていく。お前が俺のことをどう思っているかなんて知らないが、少なくとも俺はお前みたいな害虫にイライラしているんだよ。
「ああ。お前みたいに、俺の大切な人を理不尽に傷つける人なんか、名前で呼ぶ価値もない。」
「ふん!お前みたいなガキに何が分かる!?」
「分かりたくもないな。」
俺は改めて害虫を見る。
「俺にとって大切な人を平気で傷つけるような害虫の気持ちなんて、微塵も分かりたくないな。」
普段なら言わない言葉が自然と出てくる。普段の俺とは大違いだ。
「ふん!あいつの学生時代を知らないからそんなことが言えるのよ!あいつの過去を知らないあなたにどうこう言われる道理はないわ!」
何も知らない、か・・・。
「知っているさ。」
俺の言葉に害虫は反応する。
「最近の菊池先輩はもちろん、学生時代の菊地先輩も。」
「・・・はぁ?あなた、何の冗談?それに、本当に知っているとしても、どうやって知ったというのよ?」
「そんなの、調べたに決まっているだろう?害虫、お前が菊地先輩にしたこと。そして、俺と菊池先輩との出会いも、全部、記憶しているさ。」
(優、君・・・。)
菊池美奈は早乙女優の言葉を重く受け取る。
「記憶している、ですって?なんとも気持ち悪い子ね。そんな子が日本の将来を背負うなんて、この日本もおしまいね。」
「大切な人の出来事を、大切な人との思い出を記憶して何が悪い?」
(大切な・・・記憶・・・)
菊池美奈は早乙女優の言葉を受け、今までの記憶を遡り始める。
その記憶は、幼稚園児、小学生、中学生という学生時代を超え、社会人まで至る。
(私と、優君との出会い・・・)
そして、菊池美奈は、早乙女優との出会いを脳内に映し出し始める。
 
 
時は、菊池美奈がある会社に入社し、何カ月も経過した時。
「突然だが菊池君、君にある事をお願いしたい。」
菊池美奈にとって上司、将来の課長が菊池美奈に話しかける。
「ある事、ですか?」
「ああ。何でも、ある子供の面倒を見て欲しい、ということらしい。」
「はぁ。」
菊池美奈は気のない返事をする。その返事を聞く限り、良好な反応を示していないことが一目瞭然である。
無理もないだろう。何せ、自分は仕事をするために通勤し、仕事をしているのである。決して、子守をするために通勤し、仕事をしているわけではないからだ。
「無論、言いたいことは分かる。何故保育園に預けないのか、とか、親はどうしたのか、とか。なんなら私も聞きたいくらいだ。」
「ならどうしてわざわざその仕事を引き受けたのですか?」
将来の課長は、菊池美奈に近づき、耳打ちする。
「ここだけの話、色々と訳アリなんだそうだ。それに、これはあくまで噂なんだが、社長がスカウトしてきた子、なんだそうだ。それも直々に。」
「はぁ。」
「・・・菊池君は相変わらず、他の人に興味がないようだね。」
「そうですか?みんなこんなものだと思いますけど。誰だって、面倒事は引き受けたくないですし。」
「・・・それもそうか。まぁ、私も菊池君も、とんだ不幸に巻き込まれたものだ。そういうわけだ。私も出来るだけサポートするつもりだから、よろしく頼むよ。」
そう言い、将来の課長は去っていった。
(ほんと、とんだ面倒事、不幸に巻き込まれたものね。)
当時の菊池美奈は、出来るだけ能力を隠し、平穏無事に過ごそうと常日頃努力し、能力をセーブして生活していた。というのも、自身の学生時代の失敗を教訓とし、人より出来ないよう、日々自身の能力を隠して生活していた。まるで、社会に紛れた一般人のように、時にミスをし、時に怒られる。そんな一般人が過ごすような日常を送っていた。
そんな日常に、非日常な出来事が舞い込んできた。
それは、菊池美奈が勤めている会社に子供が来訪し、世話を頼まれたのである。
(それにしても、どうして子供を保育園、学校に通わせないのかしら?)
菊池美奈は、さきほどの話について考える。
(もしかして、よほどの問題児なのかしら?)
その考えに至ったが、先ほどの話の一つを思い出す。
(でも、社長が直々にスカウトしたんでしょ?てことは、それほど優秀ということなの?)
それは、その子供を社長が直々にスカウトした、と言う話である。
(でも、その話の正当性なんてないから、信じていいのか分からないわ。)
「はぁ。」
菊池美奈は思わずため息をついてしまう。この様子から、少なくとも子供の来訪に喜んでいないことが手に取れる。
「どうして私に・・・はぁ。」
菊池美奈は気乗りしないものの、自分のデスクに戻り始める。
「おぉ。やけに遅かったな。」
菊池美奈は自身のデスクに戻ると、近くの席に座っていた工藤直紀が声をかける。
「・・・少々話が長引きまして。」
「ふぅん。」
工藤直紀は、菊池美奈の話に少し興味があったものの、それ以降話が続かず、仕事を再開する。
「「・・・。」」
お互い、無言のまま。
そして、定時になり、
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。」
菊池美奈と工藤直紀、共に退社する。
もう少しで、ある子供が会社に来訪する。
 
数日経過。
「早乙女優と申します。よろしくお願い致します。」
早乙女優と名乗った小さな子供は、目の前の社員達に挨拶をする。早乙女優を最初に見た者達はみな、同じことを考えただろう。
(((ちいさ!!!???)))
詳細な年を聞いていないものの、あまりにも小さく見えたので、心の中で大きく驚いた。声に出さないあたり、この会社に勤めている会社員達は大人なのかもしれない。自ずと、言われたら嫌な言葉は口に出さないのである。そんな小さな子供が挨拶の際、頭を下げる。頭を下げたからか、ただでさえ小さい体がさらに小さく見えた。
「それじゃあ菊池君、後を頼んだよ。」
「はい・・・。」
菊池美奈は、顔に出さないものの、面倒くさそうな返事をする。
「よろしくお願いします。」
早乙女優は、今後の事を踏まえ、今後お世話になる菊池美奈に挨拶をする。その挨拶は、さきほどと同じように、頭を下げ、今の自分の気持ちを体現する。
「ええ。こちらこそよろしく。」
言葉ではそう言ったものの、
(はぁ。とんだ貧乏くじを引いたものね。)
面倒くさく、嫌そうな感情を心の中だけに留めておいた。
このようにして、菊池美奈と早乙女優は出会う。
この出会いがこれまでの菊池美奈という人間を大きく変えていくことになる。
 
「それじゃあまず・・・よし。行きましょうか。」
菊池美奈は用意を済ませてから、早乙女優に声をかける。
「分かりました。何か持っていくもの、必要なものはありますか?」
「あなたは何も持っていかなくていいわ。私が全て持っているから。」
「それではその荷物、私がお持ちしましょうか?」
早乙女優は、菊池美奈が持っている荷物に向けて手を伸ばし、荷物を持てる、ということをアピールする。
「・・・大丈夫、その気遣いだけで十分よ。ありがとう。」
「いえ。」
「それじゃあ行くわよ。」
「はい。」
早乙女優は、出発した菊池美奈の後を追う。
(・・・なんなの、この違和感は?)
菊池美奈は歩きながら、さきほどの会話を思い出していた。
さきほど、子供と話していたはずなのに、まるで同年代の大人と話しているような、そんな感覚を覚えていた。
(この子は一体・・・?)
先ほどの会話で、早乙女優に違和感を覚えた菊池美奈は、早乙女優を改めて見る。
(この見た目からして、小学生・・・ではなさそうね。幼稚園児ってところかしら。)
その容姿は、近辺にいる幼稚園児に遜色ない。それなのに、中身だけは大人のような、そんな容姿と中身の不一致が、菊地美奈に戸惑いの感情が生誕する。
(それにしても・・・、)
そして、菊池美奈は一目見た時からずっと思っている事があった。
(この子、男の子なの?それとも女の子?)
それは、早乙女優の性別である。
早乙女優は、髪を肩で切り揃えていて、フォーマルな衣装に身を包んでいる。一見、男にも見えるが、女の子が男の子の恰好をしている、というふうにも見えた。だから、男だと言われたら納得するし、女と言われても納得してしまう状況になっていた。
(まぁ、後で聞けばいいでしょう。それに、トイレに行かせれば分かるでしょう。)
菊池美奈は、早乙女優の性別に関して失言しないよう注意しながら移動を続ける。
 
「着いたわ。ここよ。」
菊池美奈はある部屋の前で立ち止まり、扉を開ける。
「私はここで何をすればよろしいでしょうか?」
早乙女優は開かれた部屋を見て菊池美奈に質問する。
「早乙女君、あなたはここでこの本を使って勉強してほしいの。」
菊池美奈は鞄から複数の本を取り出し、早乙女優に渡す。
「勉強、ですか?」
「ええ。それと・・・、」
菊池美奈はさらにノートパソコンを取り出し、パソコンを開く。今までスリープ状態にしていたのか、すぐに電源が点く。
「・・・ここにあるデータをエクセルにまとめて欲しいの。」
菊池美奈は早乙女優に複数の画像を見せながら説明する。
「そのまとめ作業を優先して行えばよろしいのですか?」
「いや、勉強を優先して。勉強が手に付かなくなったら、エクセルにまとめてくれたらいいわ。」
「分かりました。私の質問に返答していただきありがとうございます。」
「え、えぇ。別にこれくらいいいわよ・・・。」
菊池美奈は、早乙女優の大人過ぎる返答、態度に若干困惑の色を見せながら答える。
「それじゃあこれとこれはテーブルの上に置いておくわね。」
菊池美奈は勉強と作業に必要な物一式を置く。
「それじゃあ、ちょこちょこ様子を見に来るから。しっかりやるのよ。」
「かしこまりました。」
菊池美奈は、早乙女優の姿を見ずに扉を閉める。
(・・・あんな子に仕事をさせてよかったのかしら?)
実は少し前、菊池美奈は将来の課長に、早乙女優の事について相談していた。相談したところ、
「う~ん・・・とりあえず勉強してもらったらどうかね?後、あの子は一通り仕事が出来るらしいから、簡単な仕事を任せてみるのも手だね。菊池君も同じ仕事をして、早乙女君が期限内に仕事を終わらせられなくても問題ないようにしてみようか。」
という返答をもらい、勉強道具と仕事道具を渡したのである。
(でも、あの子が仕事出来るなんて、どこから得た情報なのかしら?そもそも、あんな小さな子に仕事なんて出来るの?)
将来の課長から話を聞き、菊池美奈の脳内に疑問が浮かぶ。
(でもまぁ、上司から言われたことだし、そこまで深く考えなくいいや。)
だが、菊池美奈は思考を放棄した。面倒くさいことは考えず、言われたことを忠実にこなすように、菊池美奈は動き始めたのだった。
 
そのような経緯があり、菊池美奈は早乙女優に、勉強道具と仕事道具を渡したのである。
(さて、私も自分のデスクに戻りますか。)
菊池美奈は自身のデスクに着席し、仕事を始める。
「なぁなぁ?」
工藤直紀は、菊池美奈が着席した時を見計らい、声をかける。
「・・・なんですか?」
菊池美奈は波風立てないよう、出来るだけ表情を変えずに対応する。
「あの子、一体何?」
工藤直紀が言うあの子を理解出来ないほど、菊池美奈は察しの悪い女ではない。
(あの子・・・きっとさっき私が話していた早乙女君の事ね。)
菊池美奈は、すぐ工藤直紀の言いたいことを理解する。
「さぁ?私にも何が何だか分かりません。詳しいことは、私にめんど、この仕事を持ってきた先輩に言ってください。」
「・・・今、面倒くさいって言おうとした?」
菊池美奈は曖昧な返答を行い、詳細は将来の課長に任せる。若干本音が見えてしまったが、菊池美奈は一切気にしない。
「そうか。それじゃあちょっと聞くか。」
工藤直紀は好奇心で、将来の課長のデスクへ向かい、話を聞くことにした。
(さて、私も仕事をしますか。)
そして、菊池美奈は仕事を始める。
程よく手を抜き、なるべく自身の能力が露見しないよう仕事を行っていく。
時間が過ぎ、ちょくちょくトイレに行ったり、時に昼食を食べたりと、仕事の合間に休憩を挟みながら仕事を全うしていく。そして、仕事をしていくうちに、定時になり、退社時刻になる。
「急ぎの仕事は特にないし、今日はこれで帰るか。」
工藤直紀は退社するつもりなのか、退社する準備を始める。
「そういえば菊池、あの子供の方はどうなったんだ?」
工藤直紀はふと気になった事を菊池美奈に質問する。
「子供?私は子供なんていませんし、そもそも結婚もしていませんが?」
「いや、菊地の子供じゃなくて、今お前が面倒を見ている早乙女優って言う子供だよ。」
「・・・あ。」
菊池美奈はここで、自分は今日から早乙女優の面倒を見ていることに気付く。
(あの時からすっかり忘れていたわ。)
部屋で独りにしたまま、今の今までほったからしにしていた。
(どうして今の今まで忘れていたのかしら?)
菊池美奈は、どうして忘れていたのか、その理由を考え始める。
(・・・いや、そんなことはどうでもいいわね。)
菊池美奈は急いで、早乙女優がいる部屋の元へ向かう。
「・・・え?今の言葉、まさか・・・?」
工藤直紀は菊池美奈に何か言おうとしていたのだが、菊池美奈には聞こえなかった。
(早乙女君、いるかしら?)
菊池美奈は、早乙女優がいる部屋の前に到着し、心配になりながら扉を開ける。
(いた!)
するとそこには、
「お疲れ様です。」
菊池美奈の姿が見えた瞬間、起立してお辞儀をする早乙女優の姿があった。
「ごめんなさい。お昼、食べていないでしょう?それに、私が色々見るって言ったのに、結局見られなくてごめんね。」
「いえ、気にしていませんので。それに、誰にだってミスはします。気にしないでください。」
早乙女優はそう言いながら、テーブルに広げられていた本をまとめ始める。
「それで、今日の進捗状況について報告しようと思っているのですが、よろしいですか?」
「え、ええ・・・。」
(進捗状況を報告してくれるのは嬉しいけど、こんな小さな子が自分からしてくれるものなの?)
菊池美奈は相変わらず、早乙女優の対応に違和感を覚える。何故なら、見た目幼稚園児と遜色ないのに、対応、話し方が社会人とほとんど変わらないからである。
そして菊池美奈は、早乙女優から進捗報告を受ける。
受けた結果、
「そ、そう。分かったわ。ありがとう。」
「いえ。では私はこれで失礼するのですが、問題ないでしょうか?」
「え、えぇ。今日はお疲れ様。後、今日は本当にごめんなさい。」
「いえ。では私はこれで失礼します。お疲れ様でした。」
早乙女優は再度頭を下げ、菊池美奈の横を通り、退社した。
(・・・え?ええ??)
一方、早乙女優の報告を受けた菊池美奈は戸惑っていた。
(あの子、この冊子の問題、全部終わらせたというの!?この冊子、一日で終わるほど薄くはないし、そもそもこの冊子には、中学生じゃないと解けないような問題があるのよ!?)
菊池美奈が早乙女優に渡した問題集の中には、簡単な書き取りもあるが、英語の文章問題もあった。英語の文章問題に関しては、中学生でもそう簡単に解けない問題が掲載されていた。それなのに、早乙女優に渡した冊子には、解答が記載してあった。
(・・・これ、解答を見ていないから正解は分かんないけど、合っているんじゃない?)
菊池美奈の見立てが正しければ、早乙女優の答えが合っている。
だが、
(どうして、あんな小さな子に、この中学生レベルの問題が解けるの?)
菊池美奈は理由を探す。
どうしてあの子がここまで知識を持っているのか。
(・・・そういえばあの子、パソコンを使って作業させていたわね。ということは、)
菊池美奈はその場でパソコンの画面を開く。
(もし、パソコンで調べていたのなら、きっと検索履歴が残っているはず。)
そして、検索履歴を見て、英語の問題に関して何か検索してないか確認する。
(検索履歴がない、ですって!?検索履歴を消した?それとも・・・。)
まさか、本当に自力で解いたのか。あんな子が?そんな思考がよぎる。
(それに、この冊子だけじゃなく、仕事も終わらせていた。仕事に関して、ほとんど教えていなかったはず。それなのにどうして・・・?)
菊池美奈は、仕事を頼む際、仕事の概要は説明したが、手順に関してほとんど説明していない。なので、仕事をする上で、最低でも一度、仕事の作業手順について質問すると思っていた。
(でも、早乙女君は一度も聞いてこなかった。そして、)
早乙女優が提出してきたデータに何の不備もない。問題はないのだが、問題がないのが問題だった。
(まさかあの小さな子、勉強だけでなく仕事も出来るの!?)
単なるデータ入力なのだから、そこまで詳細に説明しなくても出来ない、というわけではないかもしれない。
(だけど・・・だけど・・・。)
普通、あんな小さな子が仕事を出来るの?
そんな疑問が残る中、菊池美奈は帰路に着く。
翌日、菊池美奈は、早乙女優の対応を変えた。
「早乙女君、あなたは今日からここで仕事、勉強をしてもらえるかしら?」
「かしこまりました。」
それは、早乙女優を自席の近くにいさせ、いつでも様子を見られるようにしたのである。昨日みたいに、独りでさせるのではなく、共に仕事をこなしていこうとしているのである。
「というわけで、今日からここで早乙女君が仕事をすることになったから。」
「いや、なったから、とか言われても!?」
工藤直紀は急な事態に脳が追い付かず、説明を求めるような姿勢を見せる。
「なんでも、菊地君からの申し出でね。前例がないからどうしようか考え、上に相談してみたところ、許可が出たんだ。」
「は、はぁ。」
工藤直紀は、何が何だか分からず、曖昧な返答をする。
「というわけで、私も注意するが、早乙女君の事を任せるよ。」
「分かりました。」
「分かり、ました。」
将来の課長の言葉に菊池美奈は反応し、言葉を返す。工藤直紀は、自分にも言っているのだと思い、菊池美奈に続いて返事をする。
(大丈夫かなぁ?)
工藤直紀は、子供が大人に混じり、職場で仕事をしていくことに不安を覚える。
(早乙女君がどういう子か、この目で見定めようかしら。)
菊池美奈は、早乙女優という人間を知るため、早乙女優を近くで見ていく事にした。
(((す、すごい・・・。)))
将来の課長、工藤直紀、菊池美奈は、早乙女優の仕事風景を見て、最初に思ったのが、早乙女優の凄さだった。
勉強は、やらせる必要がないくらい出来ていた。まるで、既に学んでいたかのように。
仕事も、早乙女優は平然とこなしていた。報連相も問題なく行い、仕事が終わる度に、
「菊地先輩、この仕事に関して報告がありますので、少しお時間よろしいでしょうか?」
菊池美奈に報告していた。なので、早乙女優が席を立つ度、
(((もう仕事終わったのか!!!???)))
声にはださないものの、心の中で何度も、何度も驚いていた。
「・・・なるほど。確かに早乙女君から資料、受け取ったわ。内容も問題ないようだし、次の仕事について、説明、いいかしら?」
「お願いします。」
「それじゃあ次の仕事なんだけど、この仕事の納期は再来週までなんだけど・・・、」
そして、早乙女優は頼まれた仕事を平然とこなしていた。まるで、菊池美奈や工藤直紀と同じ、会社員のように。
お昼。工藤直紀は菊池美奈を別場所に呼び出す。
「なぁ?あいつは一体何者なんだ?」
工藤直紀は、早乙女優が何者なのかが知りたくなり、菊池美奈に質問する。
「・・・私も分かりません。ただ、昨日今日で、年齢以上、見た目以上に勉強、仕事が出来る子だってことは分かったわ。」
「それは俺にも分かるわ。やっぱりあの噂、本当だったのかもな。」
「噂?」
「あいつ、社長の隠し子なんじゃないかって。だから、勉強や仕事を社長から直接教わって出来るんじゃないか。だから社長が直接連れて来たんじゃないかって。」
「へぇ。」
菊池美奈は工藤直紀の話を聞き、少し考える。
(・・・これはもう、どこかのタイミングで詳しく聞く必要があるみたいね。)
菊池美奈は、早乙女優について詳しく知ろうと、心の中で決めた。
早乙女優と共に仕事を始めて一週間。早乙女優と仕事をすればするほど、
(あの子、本当になんなの!?)
菊池美奈は早乙女優のことが気になっていく。だが、一週間は我慢した。何故なら、いきなり根掘り葉掘り聞くのは失礼だと考えたからである。
そして、一週間経過したので、そろそろ色々聞いてもいいだろうと判断した菊池美奈は、ついに大きな一歩を踏み出す。
「ちょっといいかしら?」
早乙女優は、動かしている指を止め、すぐメモ帳と筆記用具を手に取り、メモをとる準備を完了させる。
「はい、なんでしょうか?」
「あなたのこと、色々聞きたいのだけど、時間、とれるかしら?」
「分かりました。話をする時間や場所について教えていただけますか?」
こうして、菊池美奈は早乙女優と二人で話し合いをすることになった。
(さて、あの子の正体、暴いてみせますか。)
早乙女優に聞きたいことをメモし、閲覧可能な状態にする。
時は退社後。
「この店で夕食をとりながら、ゆっくり話を聞かせてもらうわ。」
菊池美奈と早乙女優はある和風の飲食店に来ていた。その飲食店の奥にある個室を二人で向かい、入室して着席する。
「さ、まずはメニューから食べたい物を注文しましょう。話はそれからよ。もちろん、ここは私の奢りだから気にしないで。」
「・・・では私はこれを。」
早乙女優はメニュー表からある料理を指差す。
「分かったわ。それじゃあ私が注文するわね。」
「私のためにわざわざありがとうございます。」
「・・・別にこれくらい問題ないわ。」
(この子、本当に子供なの?薬で縮んだ、とかそんなアニメ的展開はないわよね?)
早乙女優の大人過ぎる言葉、対応に戸惑いながらも注文を済ませる。
「さて、それじゃあ聞いていくわよ。覚悟しなさい。」
菊池美奈はこれまで以上に、声質を真剣なものにする。
「分かりました。」
早乙女優はいつもと同じような声色だった。
(・・・どうして私、こんなにこの子のことが気になっているのかしら?)
そんなことを脳内の端で思いながらも、菊池美奈は質問し始める。
本当は色々聞きたいことがあった。
どうしてそこまで勉強、仕事が出来るのか。
誰に勉強、仕事を教わったのか。
生活はどうしているのか。
今何歳なのか。
性別は男女どちらなのか。
保育園や幼稚園はどうしているのか。
だが、それら以上に聞きたいことがあった。
「あなた、どうしてそこまで全力で仕事に取り組んでいるの?」
それは、早乙女優が年齢にそぐわない能力を使っている理由だ。
菊池美奈は子供の時、自身の能力を使ったら、周囲から嫉妬され、いじめられた経験がある。だから、そんな経験から学び、二度と人前で過剰な力を使わないことにしていた。ずっと平凡を演じ続けてきた。それを子供の時から今の今までずっと続けてきた。
そんな時、この早乙女優と出会う。
早乙女優という者は、仕事を共にしていた時から、子供とは思えないほど非凡な能力を発揮し、会社に貢献してきた。
それが、菊池美奈にとって不思議でたまらなかった。
「・・・どういうことですか?」
早乙女優は、菊池美奈の言葉の意味が理解出来ず、再度質問する。
「それほどの力がありながら、どうして隠そうとしないの?いずれ周囲から嫉妬され、自身の身を滅ぼすわよ。」
本当はこんなこと、小さな子供に言うべきではないことは分かっている。だが、聞かずにはいられなかった。
なにせ菊池美奈は、自分の高すぎる能力のおかげで、学生時代にいじめられたのだから。
(そうか。そういうこと、だったのね。)
菊池美奈は、早乙女優に忠告したことである事を理解する。
それは、どうして早乙女優のことが気になっていたのか。
(きっと、子供の時の私と似ていたから。あの時の私の二の舞になってほしくない。そんな思いを無意識に抱いていたのね。)
菊池美奈は、自身の学生時代と早乙女優を無意識に重ねていた。だから、さきほどのように忠告したのだと納得する。
(さて、この子の答えは?)
そして、菊池美奈はさきほどの忠告に対する答えを待つ。
「・・・ご忠告、ありがとうございます。」
早乙女優は最初に、菊池美奈に対して感謝の言葉を述べた。そして早乙女優は、引き続き言葉を発するために呼吸を整える。
「ですが、私はこの力を隠すつもりはありません。これからも先輩方のために、この力を使わせていただきます。」
この早乙女優の言葉に、菊池美奈は激昂する。
「どうして!?わざわざ私が、この私が忠告しているのよ!!??私がどんな学生時代を過ごしてきたのか知っていて言っているの!?」
この時、菊池美奈は冷静でなかった。冷静で無かった故、偉そうな言葉で早乙女優に対して発言する。
「知りません。ですが、私の意志は変わりません。」
菊池美奈のただならぬ様子を見ても、早乙女優の意志は変わらなかった。
「!?どうして!?」
菊池美奈は理解出来なかった。
菊池美奈からすれば、早乙女優は近い未来、間違いなく仲間外れにされてしまう。その未来が確実に訪れると確信しているからこそ、早乙女優の今の言葉に納得出来なかった。
「菊地先輩にどのような過去があるのかは存じません。ですが、私はこの力を、社長や、社員の方々のために使うと決めているから、力を隠すつもりはありません。」
「だから・・・どういうこと?」
菊池美奈はすぐ早乙女優の言葉を否定しようとする。だが、二文目の言葉を聞き、早乙女優に質問する。
「私を救ってくれた社長。そして、こんな私を受け入れてくれた、菊地先輩を含めた社員の方々に恩を返すため、この力を思う存分発揮するつもりです。」
「私に恩を返す、ですって?私、何もしていないわよ?」
菊池美奈は、早乙女優が言う恩に心当たりがなく、さきほどより呆けた顔を早乙女優に見せる。
「いえ、菊地先輩は私にしてくれました。」
「何をよ?」
菊池美奈の質問に、早乙女優はハキハキと答える。
「私が勉強、仕事をしている時、私のことを見ていてくれ、さりげないサポートまでしてくれました。」
「あれは・・・業務の一環だからよ。恩を売ったつもりなんてないわ。」
「例え業務の一環でも、私は嬉しかったです。だから私は、菊地先輩に受けた恩を返そうと、この力を思う存分使うつもりで働いています。」
菊池美奈はここで早乙女優の顔を見る。
(目を見ればすぐに分かるわ。この子、本当に恩を返すためだけに力を使おうとしている。)
菊池美奈は、早乙女優が嘘をついておらず、本心で言っているのだと確信する。
「本気、なの?」
だが、それでも疑わずにはいられなかった。
何せ菊池美奈は、自身の非凡な力を披露し、周囲から避けられ、いじめられてきた。故に、過ぎた力は隠すべき。そう考えてきたし、実行もしてきた。
そんな菊池美奈にとっての常識が今、
「はい、本気です。」
一人の小さな子供にとって、ぶち壊された。
(この子、凄い・・・。)
そして、菊池美奈は生まれて初めて、自分以外の人を、凄いと思った。
「裏切られるかも、しれないのよ?」
「裏切られる、ですか?」
早乙女優が、菊池美奈の言葉に疑問形で返す。
「そうよ!裏切られて、こき使われ、最後には捨てられるのよ!」
子供に言うべきではないことは確実だ。だがそれでも、言わないわけにはいかなかった。何せ菊池美奈は、子供の時に失敗したのだから。忠告のつもりで言っているのである。
「・・・。」
菊池美奈から言葉を投げられた早乙女優は、菊池美奈の顔を真正面から見る。
その目は、一切逃げる気なんて微塵もなく、正々堂々立ち向かう、戦士のような目をしていた。
「確かに菊池先輩の言う通り、裏切られる可能性は零ではありません。裏切られ、使い潰されて捨てられることもあるでしょう。」
「なら・・・!」
「そうなったら、次は孤独死でもしますかね。」
「!!??」
菊池美奈は、小さい子供から孤独死、という言葉を聞いて驚きを隠せない。
(この子、まさか、孤独死も本当にする気なの!?)
そして、菊池美奈は早乙女優の顔を見て、孤独死するという発言が、冗談の類ではなく、真剣に言っていたのだと理解する。
「出来れば孤独死はしたくありませんからね。裏切られて捨てられることがないよう、これからも頑張っていくつもりです。後は・・・、」
「後は?」
菊池美奈は早乙女優の言葉を一言一句聞き逃さないようにくらいつく。
「これから、私にとって大切な人を増やしていきたいですね。2人でも1人でもいいので、そういった大切な人が出来るのは嬉しいですからね。」
そんな早乙女優の笑顔を見て、
(・・・私が学生時代、笑っていたらどんな顔をしていたのかしら?)
自身がどのように笑っていたのか思い出そうと試みる。だが、一向に思い出せない。それもそのはず。なにせ菊池美奈は学生時代、一切笑っていたなかったのだから。
(・・・馬鹿ね、私。)
菊池美奈は自虐を始める。
(そもそも、勝手に見切りをつけ、距離を置き始めたのは私。そしていつのまにか、私以外の人間を見下していたのね。)
菊池美奈は気づく。
自分が人より出来ていたから、いつの間にか人を見下していたのだと。だからいじめられもしたし、それで友達が一切出来ず、全員から距離を置かれていた事。原因が自分だけにあった、とは言い切らないが、自分にもあったという事。
「菊地先輩にも必ず、大切な人がいると思います。これからもその人を大切にしていってください。」
早乙女優が優しく発言すると、
「そんな人、一人もいないわ。一人もね。」
菊池美奈は一人を強調する。
「なら、私が菊地先輩にとって大切な人になってもいいですか?」
「あなたが、私にとって大切な人になる、ですって?」
「はい。菊池先輩が困った時、迷わず私を呼んでください。絶対、助けます。」
早乙女優は断言する。
(これも本気・・・みたいね。)
早乙女優の断言に、菊池美奈はただ見守る。
「その代わりといってはなんですが、菊地先輩にとって大切な人の中に、私が入っていると嬉しいです。もちろん、無理強いはしません。」
(!?そうか!!)
菊池美奈は、早乙女優と自身の学生時代が重なる。
(私は、期待、しているんだ。そして、見てみたいんだ。)
学生時代に見られなかった景色を見てみたい。そして、その景色は、今の早乙女優なら見せてくれる。その景色はきっと、自分と同じ非凡な才能を持ち合わせ、学生時代の菊池美奈と異なる思考を持っている早乙女優だからこそ可能なのではないかと。
(こんな子、絶対他の人に渡したくない!)
自分と同じ非凡の才能を持ちながら、菊池美奈とまったく異なる思考を持つ子供。そんな子供と今後、出会うのか。そんな考えがよぎったら、この子を手放したくないという独占欲が湧き始める。
(こんな子、今の機会を逃したら、一生出会えない。だから・・・、)
菊池美奈は今後、自分がどうしたいかを考えていく。
(私が育てたい。私がこの子を育て、この子が見る景色を見てみたい。)
そう考えたら、菊池美奈はいつの間にか無意識に早乙女優の手を握っていた。
「何言っているの!?もう私にとって早乙女君・・・ううん。優君は大切な人よ!」
「き、菊地先輩?」
早乙女優は、菊池美奈の急変に戸惑う。菊池美奈は、入室時は早乙女優の正面に座っていたが、横の席に移動する。
「私、これから優君に色々教えていくわ。」
「色々って、一体何を教えてくれるのですか?」
「私が教えられること全部。私の生涯をかけて教えるわ。」
「え?え、あ、ありがとう、ございます・・・。」
早乙女優はさきほどからずっと菊池美奈の態度に戸惑い続ける。菊池美奈は早乙女優の様子に笑顔を一切崩さない。
「会社にいる時はなかなか素直になれないかもしれないけど、せめて二人だけの時は・・・ね?」
「は、はぁ・・・は!?」
早乙女優は急に顔色を悪くする。
「?どうかしたの、優君?」
「今の今まで大変、大変失礼でぶしつけなことを言ってしまいました!申し訳ありませんでした!」
早乙女優は菊池美奈に謝罪する。
早乙女優は、今まで菊池美奈に失礼で、自分勝手な発言を聞かせてしまい、申し訳なさで謝罪してきたのである。
早乙女優から謝罪した理由を聞いた菊池美奈は、首を何度も横に振る。
「謝らないで。私、優君から話を聞いたおかげで救われたの。だから気にしないで。むしろ、ありがとう。」
菊池美奈は優しく早乙女優を抱きしめる。
「そう言って下さり、ありがとうございます・・・。」
早乙女優は菊池美奈の抱擁を静かに受け入れ、そのままゆっくり時が流れていった。
その後、店員が料理を持ってきたのだが、
(え?)
店員は二人の様子、特に女性の様子の変貌に驚いていた。
(あの人、入店した時、あんな素敵な笑顔、していたかな?)
何せ、入店時にほとんど無表情だった女性が、朝のような輝かしい笑顔を見せているのだ。一従業員としてポーカーフェイスを保ち、驚きを隠すことだけで精一杯だった。
「ねぇ優君?私、この料理を優君のお口に運びたいのだけど、いいかしら?」
「・・・いい、ですけど、私、自分で食べられますよ?」
「いいの。何せ、私が食べさせたいだけだから♪」
菊池美奈は、さきほど届いた料理にスプーンで一口分よそい、早乙女優の口元に近づける。
「はい、あ~ん♪」
「あ、あ~ん。」
早乙女優は菊池美奈の行動に戸惑いつつも受け入れ、おとなしくあ~んされる。
「どう?美味しい?」
「はい、美味しいです。」
「よかった~♪」
この後、菊池美奈は早乙女優の口にご飯を運び続けていく。
そして翌日以降、菊池美奈は早乙女優への対応がだんだん軟化し、次第に職場でも早乙女優へ愛の告白をしていくことになるが、それはまた別のお話で。
次回予告
『小さな会社員の大学祭支援生活~その6~』
三島美香子の行動、言動により菊池美奈の様子がおかしくなり、傷ついてしまう。
そんな様子を見た早乙女優は暴走し始める。
その暴走を止めた者は、早乙女優を大切に想う成人男性だった。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?
 




