国民達の大型連休生活~新入女性社員の両親から目つきが鋭過ぎる会社員への感謝~
「「・・・。」」
桐谷両親は、桐谷杏奈が台所へ向かった事象を確認する。
そして、
「橘君。あなたは本当に、杏奈が勤めている会社の先輩、なんだね?」
「?はい。」
橘寛人は、出会い頭にも言ったような気がしつつ、桐谷父の言葉を肯定する。
「「・・・。」」
すると、桐谷両親は椅子から立ち、橘寛人の近くに寄る。そして、どんどん頭の位置を低くしていく。その姿勢は通称、土下座と言われる姿勢となった。
「!?な、何をしているのですか!?」
あまり自ら話をしない橘寛人も、2人の姿勢に驚いて声をあげる。
「君が杏奈のことを助けてくれたのだろう?」
(助けてくれた?何を・・・あ。)
橘寛人は、桐谷父の言っていることがよく分からなかったが、すぐに察しがついた。
おそらく数か月前、横領等の罪で捕まった桐谷杏奈の幼馴染、石井亮太の件だろうと推測する。そして橘寛人は、桐谷父の質問に答える。
「俺は大したことはしていません。桐谷さんを助けたのは俺の先輩達です。」
橘寛人はある会社員達を思い出す。
一人は、酒がとても好きな社員で、面倒見がいい先輩。
一人は、ある社員がとても好きで、とても高スペックな先輩。
最後の一人は、自分を社会人として育ててくれた年下で小さな先輩。
(先輩方が全部やってくれたのであって、俺は何もやっていない。)
橘寛人はそう考え、桐谷父の言葉を否定した。
「ううん。少なくとも私達以上に出来ていたと思うわ。」
「そんなことはないと思います。というか頭をあげて下さい。」
桐谷母と橘寛人は互いの言葉を否定する。橘寛人は引き続き2人に顔をあげるように言う。だが2人は橘寛人の言葉が聞こえなかったかのように振る舞い続ける。
「杏奈は子供の時から、あの男に苦しめられていた。そして相談を受けた。」
「それなのに私達は単なるじゃれ合いだと思ってしまい、助けようとしなかった。」
「・・・。」
「それに付け加え、私達は今回の事件の事も何も知らなかったし、出来なかった。」
「杏奈の近くにいてくれた橘君には本当に、本当に感謝している。」
「・・・。」
橘寛人は、桐谷両親の言葉を黙って聞き続けた。
(この2人、本当に桐谷の事を思っているんだな。)
確かに親としての対応はどこかで間違っていたのかもしれない。数か月前に起きた石井亮太に関する件も、どうして桐谷杏奈を守るために行動を起こすことが出来なかったのかと考えてしまう。
でも間違え、出来なかったからこそ、今度こそ我が娘のために行動しようと決めたのである。その最初の行動が感謝の意を込めた土下座である。
「俺は会社の先輩として、後輩を守っただけです。だから気にしないでください。」
橘寛人はここで会社の関係を会話に持ち出す。
「先輩後輩、ですか。」
ここで桐谷母は橘寛人の顔を見る。玄関で見た時、一瞬ビビったが、今はもうびびっていない。
「ええ。それに、例え私に感謝しているのであれば、私の先輩にも感謝すべきだと思います。」
「確かにそうだな。後で菓子折りを持って感謝を伝えるとしよう。」
「是非そうしてください。先輩方も喜びます。」
そう言い、橘寛人は少しにこやかにする。
「橘君みたいな人が先輩で、杏奈も喜ぶと思います。」
そして、桐谷母と桐谷父は一度頭をあげた。
(あ、ようやく頭をあげてくれた。)
橘寛人が、桐谷杏奈がようやく頭を挙げてくれてホッとしていると、桐谷両親が再び頭を下げる。
(!?)
橘寛人は、再び桐谷杏奈の両親が頭を下げたことに驚く。橘寛人が驚いている間に桐谷両親は話をする。
「私達のせいで未熟な部分が数多くあると思いますが、いい子に成長していったと思います。」
「だからどうか今後とも、」
「「杏奈の事を、よろしくお願いします。」」
橘寛人は今回、桐谷杏奈と結婚報告をするために来たわけではない。なんなら、桐谷杏奈とは付き合っていない。だから、桐谷両親のこの行動に対し、どのように返せばいいのか少し困っていた。
(いい加減な返答は不味い、よな・・・。)
橘寛人は二人に伝える返答を間違えないよう、橘寛人なりの言葉で返そうと考える。
「こちらこそ、至らぬ点が無数にありますが、橘寛人という人間をよろしくお願いします。」
・・・端から見れば、橘寛人が結婚報告しているように見えている。そして、その結婚を了承する桐谷両親。
(・・・。)
そしてなにより、この件に最も深く関わっている女性、桐谷杏奈が物陰に隠れて聞いていた。会社の先輩と自身の両親との会話を聴く為に声を殺し、自身の存在感を悟られないよう今も努めている。
(これ、もしかして結婚挨拶、なの?)
そう考えるだけで、桐谷杏奈の全身が熱くなる。本来、桐谷杏奈と橘寛人は婚約も交際もしていない。順序が色々とおかしいことは承知している。
だが桐谷杏奈は、橘寛人に好意を抱いていた。好きか嫌いかどちらかと言われれば、好きと答えるくらいには好きだったし、実際に交際を申し入れたら承諾していたことだろう。
(そんなつもりで連れてきたわけじゃないんだけどなぁ。)
と、桐谷杏奈は熱くなった頬に触れる。
(橘先輩、本当にありがとう。お父さん、お母さんもありがとう。今後は頼りにさせてもらうから。)
男性より膨らんでいる胸に手を当てる。手から心拍数を計る。その心拍数がいつもより多くなっていた。
その後、
「はい、どうぞ。」
桐谷母は橘寛人に飲み物を渡す。
「ありがとうございます。」
橘寛人は桐谷母から飲み物を受け取り、口に含んで食道を通し、胃の中に入れる。
「!?」
橘寛人は今飲んだ飲み物に違和感を覚えた。単なる水だと思っていたその液体に、酒と似たような感覚があった。
(これ、水だと思ったが、まさか酒なのか!?)
橘寛人は桐谷母を見る。
「?・・・あら?もしかしてこれ、お酒だったかしら?」
桐谷母はどこか棒読みしているような話し方をする。
「そうか。それに今日はもう遅いから泊っていきなさい。場所は・・・客間があったから、そこを使ってもらえばいいか。」
桐谷両親は、橘寛人の了承の言葉を聞かず、泊まる前提で話を進めていく。
「えっと・・・本当にいいのですか?」
「本当に泊める気なの!?」
橘寛人桐谷杏奈は桐谷両親とは異なり、否定的な意見だった。それもそうだろう。未婚で年頃の男女が一つ屋根の下で一晩明かそうとしているのだ。色々と問題が出てくるだろう。
「まぁ問題ないだろう。それとも橘君は嫌かね?」
「い、いえ。桐谷さんが問題なければ私は別に・・・、」
橘寛人の発言で、桐谷杏奈に視線が集中する。その視線はまるで、
“杏奈はどう考えているの?杏奈は橘君と一つ屋根の下で泊まっても問題ない?”
と聞いているかのようである。
「私は別に・・・いい、よ?」
この桐谷杏奈の言葉で、
「それじゃあもっと飲もう!」
どこから取り出したのか、桐谷父は酒瓶をテーブルに置く。
「それじゃあ私は布団を敷いてくるわ。杏奈は橘君に替えの下着とパジャマを渡してあげて。お父さんが使っているものでいいから。」
「分かった。」
「えと・・・お世話になります。」
こうして橘寛人は、桐谷母の企みで桐谷家にお泊まりすることになった。
その後、桐谷家では、橘寛人を歓迎し、夕飯後もしっかりもてなしていった。
昔話を聞かされ、
「本当に俺が一番風呂でいいのですか?最後でも構いませんよ?」
「別にいいのよ。大事なお客様をもてなさない人なんていないでしょう?」
一番風呂に入れられ、
「今日は杏奈の恩人に出会えてめでたい!今日はおおいに飲むぞ!橘君も遠慮せずに飲みさい。」
「は、はい。」
酒を奨められ、
「これが小学生の時の杏奈よ。この時の杏奈はまだ・・・、」
「うわー!?昔の恥ずかしい話はやめてー!」
昔話を聞かされ、
「橘先輩。この第5巻に付いてきた限定ファイル、どうです?今ではプレミアがついてそれなりに値段がついているんですよ?」
「ほう。これを持っているとは。流石だな。」
ラノベアルカディアに関する談議をしていった。
こうして橘寛人は、桐谷家で思う存分おもてなしをうけ、充実した一晩を過ごしていった。
一晩経過。
「今回は大変お世話になりました。お土産までいただき、駅まで送っていただきありがとうございます。」
「そんな些細なことはどうでもいい。それより橘君、大変名残惜しいが、これからも杏奈の事をよろしく頼む。」
「私達の娘を、杏奈をお願いしますね。」
「!!??もう!?お父さんにお母さん!!恥ずかしいからやめてよー!」
親の言葉に、娘である桐谷杏奈は恥ずかしくなる。
(桐谷、家族に愛されているなぁ。)
橘寛人は、桐谷杏奈の両親がいかに桐谷杏奈という娘を溺愛しているのかを見てきた。そして、羨ましくなった。
(それに対して俺は・・・。)
橘寛人は、自分の家族がいかに自分という存在を蔑ろにしていたのかを自覚してしまった。自分の目つきが原因とはいえ、ほとんど家族の愛情をもらえなかった。そして、今も同じである。だから今、親から愛情をもらっている桐谷杏奈が羨ましく思っていた。
(もしかしたら、目つきが悪くても桐谷のように愛想がよかったら親が愛情を注いでくれたのかもな。)
実の親と楽しそうに話している桐谷杏奈を見て、何度も羨ましく思う。もう自分に手にはいる事のないものだと思っているからかもしれない。
「それじゃあそろそろ俺は帰ります。」
橘寛人は親子の楽しい会話に申し訳なく入り、社員寮に戻ることを伝える。
「あ!それじゃあ私もそろそろ帰るね。」
「お、そうか。寂しくなるな。」
「ええ。」
桐谷母は桐谷杏奈に近づき、桐谷杏奈の両手を握る。
「いつでも帰ってきていいからね。私達はいつでも歓迎するわ。」
「ああ。」
「ありがとう、お母さん、お父さん。」
桐谷杏奈は感極まり、実の両親に抱きつく。
((杏奈・・・。))
桐谷両親は無言で、桐谷杏奈の抱擁を受け入れ、抱擁する力を強める。
(こんな共用の場で抱き合って、恥ずかしくないのかね。)
家族の微笑ましい姿を見て、橘寛人は微笑ましく思ったが、ここが共用の場であることを忘れていないのだろうかと考える。
数秒経過し、ここが共用の場であることと、周囲の視線に気づいたのか、
「は、放して!」
自ら自由にしてほしいとお願いし、実の両親から放れる。
「まったく。」
「杏奈から抱きついてきたくせにな。」
「う、うるさい!」
桐谷両親は桐谷杏奈の態度に呆れ、桐谷杏奈は恥ずかしいのか、顔を赤くしている。
「じゃあね!」
桐谷の言葉に、
「ああ。」
「行ってらっしゃい。橘君も元気でね。」
突然振られた橘寛人は少し驚きながらも、
「はい。」
橘寛人は元気に返事し、桐谷杏奈と共に桐谷両親の元を去った。
「いい人、だったわねぇ。」
「ああ。いい男だった。」
桐谷杏奈と橘寛人が新幹線に乗車後、桐谷両親はある男性、橘寛人について語り始める。
「あんな男性だったら、杏奈の結婚相手にふさわしいかもね。」
「!?あの男が杏奈の結婚相手だと!?」
桐谷母の発言に、桐谷父は驚愕の顔を露わにする。
「だってあなた、杏奈が今回みたいに、自ら進んで男の人を自宅に招き入れたこと、あった?」
「それは・・・だが・・・。」
桐谷杏奈が実家にいたころ、桐谷杏奈は誰一人、実家に招き入れなかった。理由は本人に聞かないと分からないだろう。
「それに、杏奈は分かっていると思うわよ?」
「?何をだ?」
「男性を実家に招き入れる意味よ。あなたも分かるでしょう?」
「う!?そ、それは・・・。あの時は苦労したなと、思っている。」
桐谷父が想像していることは、桐谷母の実家に結婚の挨拶をしたときである。
「でしょう?橘君は結婚関連に一切触れていなかったけど、きっと何かしら思っているわよ。」
「・・・だな。俺も、杏奈の結婚相手に、あの男が相応しいと思う。酒も付き合ってくれたし。」
「話もよく聞いてくれるしね。あんな人と結婚出来るなんて、杏奈もいい男を見つけたものだわ♪」
桐谷母は自分の事のように、嬉しそうに話す。
「・・・もしかしなくとも、俺への当てつけか?」
「あら?そんなことないわ?あなただって素敵な男じゃない?」
「・・・そうか。」
「もう。そんなに照れなくていいのに♪」
「うるさい。」
桐谷母は、照れている桐谷父を軽くひじでつつく。
「それより近いうち、杏奈の勤め先に行くが、問題ないか?」
「ええ。お世話になったお礼をしに行くのでしょう?」
「ああ。」
桐谷両親は、関東地方に体を向ける。
「だから近いうち、また橘君、杏奈に会えるぞ。」
「それは楽しみね。杏奈がお世話になっている先輩方にも挨拶しないとね。」
「そうだな。橘君だけではなく、他の人達にもお礼をしないと。」
こうして、桐谷両親は近いうち、関東地方に行くことが確約される。
それがいつ頃になるか明確には示されていない。
一方、桐谷杏奈と橘寛人はというと、
「橘先輩!これ見て下さい!これ、何だか分かります?」
「・・・もしかして、第8巻のおまけに付いてきた特典、か?」
「正解です!家にあったので持ってきました!寮に飾るので、後で私の部屋に見に来ますか?」
「お邪魔じゃなければ。」
「ありがとうございます!」
帰りの新幹線の中でも、お互いの好きなラノベアルカディアについて楽しい談議を行っていた。
(まさかだけど、結婚の挨拶とか思われてないよね?女性の家に男性が宿泊するなんて普通・・・だったっけ?)
(俺、桐谷の家に泊まって良かったんだろうか?なんか色々不味いんじゃ・・・?)
お互い、先日の出来事に関して考えながら。
次回予告
『国民達の大型連休生活~中学生達の連休~』
大型連休は、大人だけの特権でない。子供も大型連休を満喫する権利があり、その権利を存分に発揮し、休みを謳歌する。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




